白き聖女の章
これは遠い遠い昔のお話。
神様の年代記から溢れ落ちた小さな物語の欠片。
「神官長様の馬鹿、大馬鹿!!」
「待ちなさい、朱銀…フェリア!!」
「神官長様なんか大っっ嫌い!!
神官もみんなみんな大っ嫌いなんだからっ!!」
白い衣を翻して冷たい大理石の床を走る。
神官長様が悪くないのは分かっている。
悪いのは私だ。
私が下ろした予言が私のたった1人の、ついこの間出会ったばかりの年の変わらない友達を痛い、赤い、苦しい、怨嗟と憎悪の空間へ引きずり出すのだ。
そんなことは分かっているけれど
私の事は外に出さないくせにあの子は平気であの怖い場所に送り出す神官長様を、皆を許せなかった。
「聖女様を捕まえなさい!!」
神官長様の声が神殿内に響き
前方に神官と神徒達が立ちふさがる。
「どいて!!
フェリアの邪魔したら神罰が下るんだから!!」
衣を乱暴に足でさばきながら叫ぶと神官達が一瞬ビクリと動きを止める。
その間に脇にそれて神殿の柱を縫うようにして人を避けながら足を前に運ぶ。
「白姫様、こちらへ。」
前に前にと走っていた私は突如横から現れた腕に引かれる。
「お怪我はありませんか、白姫様?」
気遣う声はあくまで優しくふんわりと柔らかい。
私と同じ白い髪の毛先に茶の混じる髪をハーフアップの少女が隠し扉を閉めて私を庇うように立ちふさがる。
少女は普段の動きやすそうな服装ではなく今は私と同じ白い衣を身に纏っていた。
「てんちゃん…」
「無断で衣をお借りして申し訳ありません。」
私の呼び掛けにてんちゃん、こと天樂がぺこりと頭を下げる。
この少女は今は赤い、悍ましい空間を駆ける彼女の友達の1人。
「そんなことはいいの、その服じゃあてんちゃん、動きにくくない、転ばない?」
私は物心ついた頃からこういう服装だからいいけれど、てんちゃんは違う。
「私、変装は得意なんです。
私が追っ手の注意を引いておきますから、白姫様は自室に戻ってください。
部屋には天音がいるはずですから。」
そう言っててんちゃんは神殿の広場に飛び出して行った。
「ま…」
待って、と止める暇さえなかった。
私はいつも守られてばかりだ。
今だってそうだ。
私は、1人では何も成し遂げられない。
暗いもう1人の自分が囁く。
―なんて役立たずなんだろう。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
扉を開けて私は自室とは違う方向へ駆け出した。
美しい花々が咲き誇る庭園を駆け抜けて、茨の垣根を潜り抜けて、石垣の崩れた隙間から神殿の外へとでる。
生まれて2度目の外の世界は広く、暗かった。
鬱蒼と茂る森を駆け抜ける。
枝や小石が裸足に痛いけれど、そんなことはどうでもいい。
(王に、言わなきゃ…、想いを…言葉にして、伝えなきゃ)
王都に行かなければ行けないのに身体が言う事を聞いてくれない。
とうとう足を絡ませて転んだ私は、立ち上がるどころか呼吸すらもままならなくて…。
涙で霞む視界に差し伸べられる手は見えず、声も聞こえない。
ただ、自分の喘鳴だけが静寂に響く。
気を失っていたらしい。
気がつくと高かった日も沈み血を思わせる不気味な半月が私を見下ろしていた。
立ち上がろうと身体を動かすとあちこちが痛む。
特に足はじくじくと私を責めるように痛む。
すぐにはとても歩けそうにない。
立ち上がる事を諦めて近くの木に身体を預ける。
こんな時、弱い身体が特に恨めしい。
幸いにして今晩は暖かく、凍死だけはせずに済みそうである。
「優しくも厳しき天の支配者よ、我を見守り給え。
暖かなるその腕は儚きを抱き、厳しき鉄縋は罪を払い、迷い子に道を示さん。」
小さく口ずさむのは神を称える唄。
小さな頃、私のもうおぼろげに消えつつある最初の記憶。
神殿の前に置き去られた私に神官長様が歌ってくれた唄。
1人に思える時も神様が側にいてくれている、この歌がどんなに心の支えになっていただろう。
「神様が見てくれてるのに、こんな情けなくへたれこんでられないわ。」
自分に喝を入れるように口に出して言うとゆっくりと立ち上がる。
大丈夫、きっとまだ歩ける。
木々の隙間から見える天を仰ぎ、今ここにいない彼女を真似て、不敵に笑って見せる。
「見てなさい、神様。
フェリアが全部守って見せるんだから。」
彼女のように強く、しなやかに戦場を駆ける事はできないけれど、私にも私にか出来ない事があるはずだ。
そう思うと少し元気と勇気が湧いてくる。
取りあえず、王都を目指して歩き出す。
この闇が私の敵であり私自身だ。
片耳に触れる。
青い石は心なしか暖かい。
―これで妾とフェリはいつも一緒だよ。どこにいても、どんなに遠く離れても、繋ってる。―
右耳に同じピアスの片割れをつけたこの石と同じ青い髪と瞳をもつここにいない少女の声が記憶の中で響き笑う。
(…いつも一緒。)
記憶の少女につられて僅かに笑う。
一人ではできなくても二人ならなんでもできる。
私はどこにあるのかさえ知らない王都を目指して歩き始めた。
はじめましての方にはまったくもって意味不明でしたね、身内ネタです、すみません。
SSなのでヤンデレ描写はありません。
反抗期の娘の家出談みたいなノリで書いてます、というかかきました。
今回登場する聖女フェリアはヤンデレ系の聖女です。
友達の魔術師とは共依存状態という設定があります。
なにか機会があればまたフェリアを含めまたお目にかかる瞬間があると信じて今回はこの辺にしておきます
では、またいづれ。