第69話
その後、ユミリエールとの最初のお茶会は和やかな雰囲気で進行し、意外なことに、森の生き物の話で盛り上がることとなった。最初は、ユミリエールが誕生日祝いに貰ったという七色鳥のホログラムを見せてもらいながら王都の科学技術についての解説をユミリエールから聞いていたのだが、気が付くと、アスティはユミリエールから森の生き物の生態について質問責めに遭っていた。どうやらユミリエールは森の生き物について並々ならぬ関心を抱いているらしい。ユミリエールはナウルから森の生き物や古代遺跡に関する講釈を受けているようで、彼女に森の生き物に対する興味を植え付けたのもナウルのようだ。
「今、個人的に気になってるのは、東の森のムケイチョウが雌のムケイの木の樹液を好み、西の森のムケイチョウが雄のムケイの木の樹液を好むという違いが生じた理由ね。この点に関しては、あの大馬鹿詐欺師も合理的な説明をしてくれなかったし、まだ未解明ってことだと思うの。」
ユミリエールは腕を組んでううんと唸った。ユミリエールは度々ナウルを「あの大馬鹿詐欺師」などと呼んで遠慮なく罵ったが、その口振りから、彼女が森の生き物や古代遺跡に関する知識の豊富さと正確性に関してナウルに一目を置いていることは明らかだ。
——コンコン。
ノックの音がした、ような気がした。
「そもそも、ムケイの木の樹液って、木の雌雄でどれくらい味が違うのかしら? あなた、ムケイの樹液、口にしたことある?」
ユミリエールはノックの音に気付かなかったのか、ぶつぶつと呟いた後、顔を上げるとアスティに問うた。
「ムケイの樹液はよくおやつに舐めていて、ムケイチョウがいない木の樹液の方がおいしいってティムは言っていましたけど……。」
——コンコン。
アスティがユミリエールの問いに答える最中、再びノックの音がした。
「それってつまり、人間でも違いが分かるくらい雌雄で樹液の味が違うってこと? でも、ムケイチョウがいない木の樹液の方がおいしいってことは、東の森のムケイチョウは味覚音痴なの? それとも、ティムとか言うあなたの知り合いの方が味覚音痴なの?」
ユミリエールは再びのノックの音も無視して、アスティに対する問いを重ねて来た。
——ガチャリ。
ノックの主が痺れを切らしたのか、入り口の扉が押し開かれる音がして、やっとユミリエールの視線が入り口へ向き、アスティも振り返った。
「アスティに大事な話があるんだが……。」
扉の陰から顔を覗かせたのは、イニスである。
「あら、私たちも今大事な話をしているところよ。後にしてくれる?」
不満げにユミリエールが言った。
「なら、要点だけ先に伝える。アスティのおじいさん、ムリク長老を殺した犯人が捕まった。自治警察が目撃者としてアスティの証言を求めてる。俺はこれから警察署に行ってくるが、都合が悪いならお前の証言は後日ということで伝えておく。それで良いか?」
イニスがやや早口で告げた事実は思いもよらぬことで、アスティは「え?」と聞き返しながらイニスの言葉を頭の中で反復した。
「な……イニス! そう言う大事なことは先に言いなさいよ! 私とのお喋りよりそっちの方が断然重要じゃない!」
アスティがイニスの言葉を理解するよりも早く、ユミリエールが声を荒らげて叫ぶ。
「だから、最初に大事な話だと言ったはずだが?」
イニスが怪訝そうな表情で首を傾げ、ユミリエールがむぅと膨れっ面でイニスを睨み付けた。
「イニスと一緒に行きなさい、アスティ。ムケイの話の続きはまた後で聞くわ。」
ユミリエールに促されて、アスティは戸惑いながら頷くと、イニスと共にユミリエールの部屋を出た。キーロも、いっぱいに膨れたお腹の重さによろめきながら羽ばたいて、アスティの肩にとまった。
事の詳細を、アスティは警察署へ向かう移動用円盤の上で聞くことになった。
「昨日、東の森で活動していた密猟組織のアジトが一つ割れて一味の連中が一網打尽に捕まったんだ。その中に、アスティのおじいさんを撃った奴もいた。正確には、彼を撃った銃と同じ銃を持った奴がいた、と言うべきか。銃創痕が一致した。」
「銃創痕?」
アスティはイニスが口にした聞き慣れない言葉に、風に靡いて視界を塞いだ髪を払いのけながら聞き返した。
「銃弾が発射される時に銃弾に付く傷だよ。同じ方の銃でも傷の付き方は一丁ずつ違う。銃創痕が同じ弾は同じ銃から発射されたものだと証明できるし、どの銃が使われたかが特定できるんだ。おじいさんを撃った弾は身体を貫通していたから、あの場で回収して、現場写真と一緒に事件報告を自治警察に送っておいたんだ。事件絡みで押収された銃弾は全てその銃創痕を捜査機関のデータベースに登録することになってるからな。それで、密猟組織のアジトから押収された銃の銃創痕が、おじいさんを撃った弾の銃創痕と一致することが判明し、その証拠を前に密猟組織の構成員を片っ端から尋問したところ、一人がムリク長老を撃った現場にいたことを認めたということらしい。連れがサルと間違えて人を撃ったが、怖くなって一緒に逃げたとね。もっとも、肝心の撃った奴と名指しされた方は全面的に否認していて、東の森にはいたが途中で連れとはぐれて人が撃たれたことは知らない、自分は撃っていないと主張しているが。」
「それは、どちらかの方が嘘を吐いているということですか?」
「ああ。どちらかじゃなくて両方の可能性もあるがな。余罪がたっぷりあるからどちらも密猟犯なのは間違いないが、それに殺人罪か過失致死罪が加わるか、あるいは単に偶然殺人現場に居合わせただけの奴になるか、それぞれ罪の重さが全く違う。どっちも言い逃れに必死だろうな。」
「……罪の重さが違うと言うことは、受ける罰が違うということですよね?」
「ああ。殺人罪が認定されれば最悪死刑もあり得る。まあ、単なる誤射で死刑になることは通常ないが、今回の連中は密猟目的な上に逃げてるからな。情状に関する参審員の心証次第で、積極的な殺意が認定される可能性も皆無じゃない。『密猟に抗議していた森の民を密猟の邪魔になると思って殺した』となれば、財物目当ての計画殺人罪で最高刑は死刑、最短でも十年以上の懲役刑だ。重罪だよ。」
「死刑……。」
ぞくりと背筋に悪寒が走る。先刻、ユミリエールが同じ言葉を口にした時も衝撃だったが、イニスの言葉にはそれ以上の重みがあった。ユミリエールが口にした「死刑」の言葉は、質の良いものではないにしても半ば冗談の類に過ぎなかったが、イニスが語る「死刑」は現実に誰かが死刑になるかもしれない可能性をはらんでいるのだ。
移動用円盤に乗って王都の敷地を出て、一週間程前に通ったはずの道を逆に辿って、アスティとイニス、そしてキーロがやって来たのは東の森近くの小さな町の警察署だった。
移動用円盤が警察署の建物の前に到着するなり、アスティの叔父のトールクと同じ年頃の小太りの男が建物の中から慌てた様子で飛び出して来た。小太りの男はイニスに向かって敬礼すると、アスティの聞き慣れない言葉を交えて早口に喋りながらイニスにペコペコと頭を下げる。
アスティが小太りの男の早口の暗号に首を傾げている間に、イニスは落ち着いた様子でその小太りの男と二、三言言葉を交わすと、アスティに小太りの男の後からやって来た若い女性に付いていくよう促した。
そして、アスティは今、決して広いとは言えない部屋で、その若い女性とあまり若くはない男性数人に囲まれて、ムリクが撃たれたときの状況について説明を求められている。
「すると、君は犯人の姿は見ていないわけだね。」
アスティの正面に座って質問を繰り出してくる男の口調は丁寧だが、慣れない場所で知らない人に囲まれているこの状況はどうにも緊張する。部屋の隅では、最初にアスティを案内してきた若い女性が熱心にペンを走らせ、メモを取っていた。
「は、はい……。あ、でも、その時、キーロも近くにいたので、キーロが見ているかも。」
「キーロ? その人も現場にいたのかい?」
「あ、いえ、キーロは人じゃなくて……。」
「クエッ!」
それまでおとなしくアスティの肩にとまっていたキーロが鳴くと、アスティを取り囲んでいた男たちが驚いて仰け反った。
「それ、ぬいぐるみじゃなかったの!?」
メモを取っていた女性も驚きの声を上げてキーロを見つめる。警察署に着いてから、お腹がいっぱいで動きづらいのか、キーロはずっと大人しくアスティの肩にとまっていたから、見間違えるのも無理もない。
「はい、キーロは私の友達なんです。」
アスティはにこりと微笑んで答えたが、周りの男たちは訝しげにキーロを見つめながら頭を掻いた。
「うーん、まあ、例えこの鳥が犯人を見ていたとしても、鳥の証言じゃなあ……。」
「裁判で証拠にはなりませんよねぇ。」
苦笑いと共にため息が零れ、気落ちした空気が室内に漂った。キーロは状況を理解しているのかいないのか、退屈そうに大きなくちばしを広げ、欠伸をした。普段のキーロなら、「お前たちが何を話しているかくらい分かっているぞ!」とでも言わんばかりの態度を取りそうなものだが、今日はユミリエールの部屋でマカロンを食べ過ぎたせいか、動きも頭も随分と鈍くなっているようだ。
「まあ、犯人の顔は見ていないとしても、現場で何か気付いたこととかはないかな? 例えば、犯人が落としたものを拾った……とか。」
悪い空気を振り払うためか、若い男が笑顔を作ってアスティに問う。
「ええと……男の人の声は聞きました。ペットのサルを捕まえに来ただけだって慌てた声で……。たぶん、二人……。一人の人は、自分は付いてきただけだって言っていて、もう一人はサルだと思ったとかそう言うことを言っていたと思います。」
「ふむ……まあ、誤射した自覚はあったと見て良さそうだな。」
正面の男が、腕を組んで頷く。
「撃った方の声がどっちだか分かるかい?」
脇に立っていた別の男が、小さな四角い機械をアスティの目の前に差し出しつつ問い、同時に、その小さな機械から誰かの声が流れ始めた。
最初に聞かされたのは「俺はやってねえって言ってんだろ!」という怒鳴る声、そして、次に聞かされたのは「僕は付いて行っただけで、何も……。」と気弱そうに語る声。それぞれ明らかに違う声に聞こえるのはきっと口調のせいで、いずれも取り立てて特徴的な声ではない。そもそもアスティには、ムリクが撃たれた時に聴いた二つの声のうちどちらがムリクを撃った者の声だったのか、はっきりとした記憶はなかった。
「ちょっと……分からないです。どちらも若い男の人の声だったとは思いますが。」
アスティの答えに、周りの男たちが一斉に残念そうなため息を吐いた。
「あ、あの……すみません。」
アスティが思わず謝罪の言葉を述べると、音声を流す機械を手にしていた男が慌てて両手を振った。
「いやいや、とんでもない! こちらこそ、捜査にお忙しいところ御協力いただき恐縮です。」
「後は我々の方で進めますので、今日はもうお帰りいただいて結構ですよ。」
最初に案内してくれた若い女性と共にアスティは小部屋を出て、再び警察署の入り口までやってくると、入り口脇でイニスが手持ち無沙汰に壁に凭れて立っていた。
「御協力ありがとうございました。何か進展がありましたら随時御報告させていただきます。」
女性がイニスに向かって頭を下げると、イニスは「ああ、よろしく頼む。」と短く答えて、アスティに「帰ろう。」と促してガラスの玄関扉を押し開けた。
「あの、覚えている限りのことはお話ししましたけど、あれで良かったんでしょうか。」
警察署の建物を出て、アスティは隣を歩くイニスにこぼすように問うた。
「証拠を集めて犯罪を立証するのは警察と司法省の仕事だ。お前は自分が知る限りの事実を証言すればそれでいい。」
イニスは携帯端末装置を操作しながら端的に答える。
「そう……ですね。」
明確過ぎるイニスの回答に、アスティはもやもやとした気持ちを抱えたまま俯いた。
——ギュンッ。
風を切る音を立てて、移動用円盤がイニスの前に飛んできた。イニスが携帯端末装置を使って呼んだのだろう。
「ただ、もしまだお前の中に言い足りない思いがあるなら、それを語る機会は別にある。」
そう言いながら、イニスは呼び寄せた移動用円盤の側面を軽く蹴り、二人乗り用の形態に変化させた。
「別にあるって……?」
「王宮に戻ってから話そう。立ち話には長過ぎる上に、ややこしい話だ。」
聞き直したアスティにそう答えると、イニスは移動用円盤に乗り、アスティに後ろに乗るよう促した。
王宮に戻り、イニスが長話の場所として選んだのは王宮騎士団の宿所の端にあるイニスの私室だった。侍女としての清掃の仕事をするようになって、アスティは宿所の部屋にはひととおり立ち入ったつもりでいたが、思えばイニスの部屋に入るのは初めてだ。
各部門長の私室よりも更に一回り広いように思われるその部屋には、小机を挟んで向かい合わせに置かれたソファ、その奥には広い机と、左の壁一面を埋め尽くす書棚があった。入り口脇から伸びた廊下には小さなキッチンがあり、奥にはまだ寝室とバスルームがあるらしい。
イニスはアスティを部屋の中へ招き入れると、正面のソファーへ座るようアスティを促し、自身もアスティの向かいに腰を下ろした。
「さっきも少し話したが、被疑者の男二人はムリク氏を撃ったことのは自分ではないといずれも否認している。奴らの持っていた音声通信機の通信記録から、事件当時あの二人が東の森にいたことは間違いないし、密猟組織のアジトから押収した銃創痕の一致する銃も専らあの二人組が使っていたもので、連中の指紋が出てる。あの二人が現場に居合わせ、そのうちのいずれかがおじいさんを撃ったことはないと当局は見ているし、俺もそう考える。どちらが撃ったのかについての立証は当局が捜査を進めているし、俺たちがどうこうできる問題じゃない。問題は、裁判で情状面がどう認定されるかだ。」
「裁判……。」
「裁判制度についての説明が必要か?」
イニスが不安げな表情で問う。
「え、ええと、裁判って、特別頭の良いお役人さんが罪を犯した人にどんな罰を下すかを決めること……ですよね?」
アスティの説明は、かつて叔父のトールクがアスティに自慢げに語ったものと同じだ。直接の情報源は若干信頼性に欠けるところがあるものの、トールクは、その知識の出典について、王都でも大人気の有名な本の中で法廷弁護士のロジャーが言っていたことだと、その本——眼鏡を掛けたいかにも優秀そうな顔立ちの青年がその相棒である名犬リチャードと並んで表紙を飾っていた——を片手に言っていたから、全くのでたらめと言うことはないはずだ。
「正確に言えば、法令の解釈と適用について特別な訓練を経た官吏、即ち裁判官が、罪を犯したと疑われる者について、捜査当局と当該被疑者の双方の主張に基づいて、その犯罪の正否を認定し、どのような刑罰をくだすべきかの処遇を決定すること、だ。」
「それはつまり……。」
「だいたい最初のイメージで合ってる。」
「そ、そうですか。」
それなら最初からそう言ってくれればいいのにと思うものの、イニスの難解な説明が当初のアスティの説明と「だいたい同じ」であるはずもない。たぶん、アスティの説明には、アスティの記憶違いのせいか、トールクの勘違いのせいかは分からないが、イニスとしては見過ごし難い誤りが何かしら含まれていて、それゆえに「正確に言えば」の説明がなされたのだろう。もっとも、その説明に対するアスティの反応を見たイニスは、正確ゆえに難解な説明を続けることを断念したようだけれど。
「重要なのは、あの二人組をどんな刑罰に処するかは裁判で決まると言うことと、もしお前が望むなら、その裁判において被害者遺族として意見陳述をすることもできるということだ。」
「意見陳述……?」
「クエ?」
聞き慣れない言葉にアスティが首を傾げて聞き返すと、アスティの頭に押された肩の上のキーロが迷惑そうに鳴いた。
「あの二人組についての刑罰を決める権限を有する裁判官たちの前で、事件について思っていること話すことができる。もちろん、あの二人組により重い罰を与えるよう訴えることもできる。」
「わ、私がですか?」
アスティは驚いて目を丸くした。
「ああ。遺族の意見は刑罰の決定に影響を与える。特に今回の事件は参審員制度の対象にもなるだろうからな。」
「参審員制度?」
「特定の重大事件について、一般から抽選で選ばれる参審員が裁判の審理過程に加わり、判決決定に関与する制度だ。参審員は裁判官と違って法令の解釈適用について専門的な訓練を受けてはいない。あくまでも一般市民の感覚で裁判に臨むんだ。それゆえ、参審員の判断は情状面に影響を受けやすい。」
視線を落として語っていたイニスはそこで一旦顔を上げてアスティの顔を見、はっとしたように一旦言葉を切った。たぶん、アスティのきょとんとした表情に、難しい説明をアスティが理解しきれていないと察したのだろう。
「つまり、例えば被疑者の犯行動機に同情すべき事情があれば刑罰は軽くなり、いかにも悪そうで反省の様子が見られない場合には罪が重くなる。裁判官の判断においても情状面は考慮されるが、参審員の判断においてはそれ以上に情状の影響が大きい。古い研究によれば、参審員が関与することで刑罰の水準が二割以上変動するとされている。」
「二割以上、というのはつまり……。」
何とか精一杯頭を働かせて、アスティは疑問を口にする。
「懲役十年の刑になるところが懲役十二年。通常、職業裁判官は公訴官の求刑を越える刑に処すような判断をすることはないが、遺族の被害感情を参審員が重視して終身刑の求刑を越えて死刑が宣告された例もあるよ。」
イニスがさらりと口にした言葉にアスティは絶句する。アスティの意見で犯人が死刑になるか否かが決まるのだとしたら、それはあまりにも責任が重大だ。
「別に、今すぐ決める必要はない。捜査当局が裏付け捜査を進めて、二人のうちのどちらが撃ったのかを特定するのにもまだ数日は掛かるだろうからな。ただ、参審員制度の適用事件となれば、参審員を務める一般市民の負担を軽くするために審理期間は短くなる。裁判が始まれば、結論が出るまではあっと言う間だ。法廷で意見陳述をするか否か、今のうちから考えておくべきだと思う。俺から話せるのはこれくらいだ。」
そう言ってイニスはソファから腰を上げた。
「より専門的な助言が必要なら、専門の法律家を紹介する。犯人により厳しい罰を与えたいと思うなら、そのための戦略についても助言してくれるはずだ。」
「戦略……?」
「どうやって参審員の同情を引くか、被疑者の行為の悪質性を印象付けるか、実際に参審員に選ばれた人間の属性調査を含めて傾向と対策を練ってくれる専門家がいる。俺はあまりそう言うのは得意じゃないから……。」
言いながら、イニスは窓際に置かれた机に歩み寄り、アスティに背を向けたまま、そこに積まれていた数冊の本を手に取ってトントンと揃え直した。
「とにかく、ゆっくり考えるといい。たった一人の家族を亡くしたんだ、その悲しみや苦しみを訴える権利がお前にはある。」
再びアスティを振り返ったイニスはどこか悲しげな顔をしていて、アスティはその理由を問いたいような気がしたが、同時にそれを問うてはいけないような気もして、しばらくぼんやりとイニスを見つめていた。
「大丈夫か?」
不安げな表情のイニスに問われ、アスティはハッと我に返る。イニスの悲しみの表情に対する朧気な不安と、自分の意見次第でムリクを撃った犯人の生死が左右され得るという現実の重みが、アスティの頭の中をぐるぐると回っていた。
「悪い。少し話を急ぎ過ぎたな。分からないことや不安なことがあったら、いつでも聞いてくれて構わない。俺が答えられない話でも、対応できる人間に繋ぐことはできるから。」
「あ、はい、ありがとうございます。」
アスティはぼんやりとしたままソファから立ち上がり、ぺこりとイニスに頭を下げた。
「今日はゆっくり休むといい。警察署でも色々話を聞かれて疲れただろう?」
イニスが穏やかに微笑み、アスティは「はい。」と頷いてキーロと共にイニスの部屋を辞した。