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第66話

 室内の窓を開け放ち、アスティは水回りの清掃から始めた。ゴートンの部屋のシャワールームはほとんど使われていないように見えたが、壁と床はひととおり磨き上げた。それから古いシーツをベッドから引き剥がして洗濯物袋に詰め、新しいシーツのセットはジェーンが手伝ってくれると言っていたから、ベッドはそのままにして、はたきを手に、棚や窓枠の埃を払い落とし始める。

「クエッ!」

 高い棚の上の掃除は、はたきをくわえたキーロも手伝ってくれ、アスティははたきを箒に持ち替えて床を掃く。一見綺麗な部屋も、部屋の奥から順番に掃いていくとそれなりに埃が出てくるようだ。アスティがひととおり床を掃き終わった時、ピピッと入り口の扉を開ける電子音が響いた。アスティは、ジェーンがシーツのセットを手伝いに戻ってきてくれたのだと思い、ちょうど良いタイミングにほっとして振り返ったが、扉が開いて姿を見せたのは別の人物だった。

「あ、ゴートンさん。」

「……ああ、そうか、しまった。今日は清掃日だったな。会議の前に少し仮眠を取ろうと思ったんだが、これは本宮の仮眠室に行くべきだったな。」

 ゴートンはアスティの姿を認めると、頭を掻きながらくるりと踵を返した。その瞬間にも、ふぁあと欠伸が漏れている。ゴートンが仮眠を取りたい理由は問うまでもない。昨晩、だいぶ遅くまで食堂でヨルンと難しい建築についての議論を交わしていたに違いないのだ。

「あ、あのゴートンさん! お掃除はもうひととおり終わりっていますし、後はシーツの交換だけなので、私、すぐに出て行きますから!」

 アスティが慌ててゴートンを呼び止めると、ゴートンは、ふと首を傾げ、怪訝そうな表情で振り返った。

「……あんた、まさかアスティか? なんでそんな格好……。」

 ゴートンがぽかんとしてアスティを指さす。

「マリアンヌ侍女長に着せていただいたんですけど……変ですか?」

 アスティはスカートの裾を摘んで見せた。

「いや、変とかそう言うことじゃなくて、俺が聞きたいのは、なんであんたが侍女の格好なんかしてるのかってことなんだが……。」

「あ、それは、今日から侍女見習いとして働かせていただくことになったんです。」

 アスティが微笑んで答えると、訝しげにアスティを見つめていたゴートンはうーんと唸った後、ため息を吐いた。

「そりゃまた……マリアンヌ侍女長も人遣いが荒過ぎるな。イニスの客人までこき使うなんて。」

「いえ、宿所に置いていただく分、少しでも皆さんのお役に立てたらと思って、仕事をくださいとイニスさんにお願いしたのは私ですから。」

「まじかよ……。」

 アスティの答えに、ゴートンは驚いたように零し、手持ち無沙汰な様子で頭を掻いた。

「あ、シーツ、すぐにセットしますから、少し待っててくださいね!」

 アスティは箒を壁に立てかけると、ベッドの上に置いておいた真新しいシーツをひらりと広げた。

「クエッ!」

 めくれ上がったシーツの端をキーロがくわえ、しわなく広げるのを手伝ってくれたが、ベッドの足側から順にシーツの端をマットレスの下へと押し込んでいくと、なぜか枕元でシーツが少し足りなくなった。

「あ、あれ?」

 やむを得ず「うんしょっ!」と力を込めてシーツの端を引っ張ると、アスティは勢い余ってベッド脇に置かれていた小机にぶつかり、そこに置かれていた機械を落としてしまった。床に落ちた機械はころりと転がって、ベッドの下へと潜り込む。

「あ、ごめんなさい!」

 アスティが慌てて落ちた機械を拾おうと床に伏せ、ベッドの下を覗き込んだ。

「……あれ?」

 右手を伸ばし、ベッド下に転がった機械を掴んだアスティは、その奥にまだ何かが落ちていることに気付いた。どうやら薄い本らしい。

 アスティは、掴んだ機械を左手に持ち替え、奥にある薄い本を引っ張り出した。本はだいぶ埃を被っていて、アスティは本の埃を払い落としながら、表紙に大きく書かれた文字を読み上げる。

「萌え萌えメイドさん大特集……?」

 埃を落とした表紙は、アスティの侍女服に似た、しかしだいぶ裾の短いドレスを着た少女のイラストに彩られていた。絵柄は可愛らしいが、表紙に踊る文字の形や色はいささかけばけばしい。

「うわぁ! まずい、まずい! それはダメ!」

 アスティが派手な表紙の本を見つめながらきょとんとしていると、ゴートンが慌てて駆け寄ってきて、勢いよくアスティの手から本を奪い取った。

「あ、いや、これはその、仕事で使う大事な資料で……とにかく触らないで!」

 ゴートンはひきつった表情でそう言いながら、アスティから奪い取った本を後ろ手にベッドの下へと押し戻していく。

「そう……ですか。でも、大事な資料ならちゃんと本棚にしまっておいた方が良いのでは? ベッドの下だと埃まみれになっちゃいますよ?」

 アスティが笑顔で助言すると、ゴートンは額に汗を浮かべながら「そ、そうだね。」とぎこちなく言った。よほど大事な資料だったのだろうか。勝手に触ってしまって悪いことをしたと思いながら、アスティは小机から転がり落ちた機械——表示された数字が刻々と変化していく——をベッド脇の小机に戻した。

「ふんっ、大事な資料とは笑わせるな。」

 突然、ゴートンとは異なる声がして部屋の入り口を見やると、カーディアルがにやにやと不敵な笑みを浮かべて入り口にもたれていた。

「か、カーディアル……俺に何か用か?」

「別にお前に用など微塵もないが、今日が清掃日だったの思い出してな。」

「あ、カーディアルさんのお部屋のお掃除はもう終わっていますよ? ゴートンさんのお部屋もシーツをセットするだけですし……すぐに終わらせますね!」

 アスティは急いで歪んだシーツを直しに掛かる。

「で? 用がないなら、とっとと出て行けよ、カーディアル。ここは俺の部屋だ。お前の部屋は隣だろう?」

 部屋の入り口でゴートンがカーディアルに告げる。

「ゴートン。単刀直入に聞くが、アスティのあの格好はお前の趣味か?」

 ゴートンの通告に、カーディアルが怪訝そうに問い返した。

「んなわけあるか!」

 ゴートンが怒鳴るように答え、「なんでも、今日から侍女見習いになったらしい。」と説明を加えてくれた。アスティのことを話してはいるが、アスティに対する問い掛けはなく、話はゴートンとカーディアルの間で進んでいる。アスティは、二人の会話が気になりつつも、端を引っ張っているうちにしわだらけになってしまったベッドシーツと格闘していた。

「イニスも了承しているらしいが、あいつも一体何を考えてるんだかね。まさか、ずっと彼女をここに置くつもりでもあるまいし。」

「そのつもりなんだろう? 仕事まで用意してやったら、ど派手な失敗でもしない限り追い出す理由はなくなるからな。」

「おいおい、ナウルじゃあるまいし、一体いつからあいつはそんな色惚け野郎になったんだよ。騎士団長自ら王宮内にリスク要因を増やしてどうすんだ。」

「色惚け野郎はお前の方だ。リスクだからこそ手元に置いておきたいんだよ。彼女は東の森の民の最後の生き残り、反政府勢力のキャンペーンに使われるとやっかいだからな。こっちに置いておけば、いざとなれば交渉材料としても使えるぞ。」

 カーディアルの台詞に、アスティはどきりとして手を止めた。

「人質ってことかよ。お前じゃあるまいし、あいつがそういうせこい思惑で動くかねぇ。」

 ——人質。

 イニスは本当にアスティのことを「人質」として手元に置くために、宿所の一室を貸し与えたのだろうか。そんなはずは……ない。イニスは、王宮前広場で叔父のトールクと再会したアスティに、トールクの家で暮らすことを勧めたのだ。イニスがアスティを反政府勢力から引き離し、人質とすることを意図していたのなら、反政府を掲げる市民団体に関与しているトールクの下へ行くよう促すはずはないのだ。イニスがアスティを王宮に置いてくれるのは、あくまでもイニスの厚意のはずだ。仕事が欲しいというアスティの要望にすぐに応えてくれたのも。ただ……。

「何もせこくなんかない。王宮騎士団長としての合理的かつ妥当な判断じゃないか。色惚けで動く司令官よりずっとマシだ。」

 カーディアルの言うとおり、「王宮騎士団長として」の判断なら、ただの厚意でアスティを王宮に置くのはあまりにも人が好過ぎる。

「どうだかね。俺はああ言う素直な子を政治に利用するのはポリシーに合わん。」

 そう不満げにこぼすゴートンの声には、彼の真正直さが籠もっている。

「その顔でそんな甘っちょろいことを言ってもモテないぞ、色惚け野郎。」

 おちょくるようにカーディアルが言った。

「うるせー、俺はお前みたいなずる賢いだけの非情女とは違うんだよ。」

 ゴートンがカーディアルをなじるが、彼らの立場からすれば、カーディアルの言葉はたぶん正しい。

「何とでも言え。その代わり、お前の宝物は遠からず没収されると思え。」

「……は? 宝物?」

 突然の話題の転換に、ゴートンが間の抜けた声を出し、アスティも思わず二人を振り返った。

「とっておきはマットレスの下に隠してあるんだろう?」

 カーディアルがにやりと笑い、ゴートンをみやる。

「な、何でお前がそれを……!」

「ふん、王宮騎士団一の秀才にして情報部門長カーディアル様の情報収集能力を舐めないでもらいたいな。」

 そう言いながら、カーディアルは動揺するゴートンを突き飛ばし、すたすたとアスティがシーツを整えているベッドの方へとやって来た。

「ちょ、待て、カーディアル! 勝手に人の部屋に入るな! 俺は許可してない!」

「何を今さら。見苦しい。」

 ゴートンの制止を無視してカーディアルはベッドへ近付き、ゴートンは慌ててカーディアルの前に走り出るとベッドを隠すように倒れ込んだ。

「全く、物の隠し方が思春期のガキと同じだな。その上、こちらがわざと分かりやすく隠してやったのにも気付かないんじゃ、能なしにも程がある……。」

 そう言いながら、カーディアルはベッドの下にすっと右手を差し入れると、ベリッと音を立てて勢いよく何かを引き剥がした。

 ベッド下からカーディアルが取り出したのは、指先サイズの小さな部品らしきものである。

「うむ。特に故障はないようだな。やはりこのサイズだと内蔵電源では一ヶ月が限度か。」

 カーディアルは取り出した部品を見つめながら呟いた。

「え……? おい、それは何だ?」

 ベッドに倒れ込んでいたゴートンが身体を起こし、怪訝そうにカーディアルに問う。

「これか? これは私とギムニクの新作コラボアイテム『壁耳君二号』だ!」

 カーディアルは得意げな表情で小さな部品——壁耳君二号を摘み掲げた。

「壁耳君二号って……まさか、盗聴器か!?」

「正確には、盗聴盗撮器だ。と言っても、搭載しているのは夜間利用を想定した赤外線カメラ。人間のシルエットしか映らんがな。」

 ゴートンの慌てた声に対し、カーディアルは余裕の表情で解説した。

「お、お前、なんでそんなもんを俺の部屋に……。」

 カーディアルに問うゴートンの声が微かに震えている。

「もちろん、仕事として、だ。騎士団内の監察権は情報部門の所管事項。騎士団員の素行に問題がないか調査するのは正当な業務行為だろう?」

「……それは、俺が何か調査対象になるようなことをしたと疑われてるってことか?」

 ゴートンが神妙な面もちでカーディアルに問う。

「いや。強いて言うなら、お前の不健全な趣味の痕跡について侍女長からイニスに進言があったらしいが、妄想が妄想である限り処分しないとイニスは言っていたからな。その件について特に調査の指示は受けていない。今回は、機械部門の叡智と私の天才的ひらめきを組み合わせて開発したこの新作の性能を試したかっただけだ。記念すべき第一号はイニスの部屋に仕掛けたんだが、あの野郎、どういうわけは早々に気付いて問答無用で壊しやがったんだ……。私が開発した最新鋭の暗号通信技術を搭載し、盗聴電波を探知されるリスクを最小限にした優れ物だったのに! 全くもって最低な奴だ!」

 カーディアルは苛立たしげにドンッと足を踏み鳴らした。

「いや、どう考えても最低なのはお前だろ! 職権濫用もいいとこじゃねーか! 人のプライバシーを何だと思ってんだよ!」

「プライバシー? そうだな、他人の恥ずかしい秘密ほど握って面白い物はない。」

 カーディアルがさらりと言ってのけ、ゴートンは呆然とカーディアルを見つめる。

「だが、安心しろ。お前のくだらない独り言や寝言は情報部門の専用サーバーにきっちりプロテクトを掛けて保存してあるからな。私の楽しみに資すること以外で悪用するつもりはない。」

 カーディアルはゴートンのベッド下から回収した『壁耳君三号』を手のひらの上で弄びながらくつくつと笑った。

「それはつまり、自分の楽しみのためなら悪用もするってことだよな? ……お前、本っ当に最低だな……。」

 ゴートンが心の底から吐き出すような声で言った。

「それは最高の間違いじゃないのか? まあ、この一ヶ月、盗聴器の存在に全く気付きもしないで情報を垂れ流しているような低能の変態に、私の有能さが理解できないのも無理ないことだがな。」

 高らかな笑い声を上げるカーディあるとは対照的に、ゴートンは両拳を握り締めながら呻き声を零した。

「……お前、その盗聴データをどこまで聞いた……?」

 押し殺した声で、ゴートンがカーディアルに問う。

「壁耳君二号のバッテリーが切れるまでの約一ヶ月分、お前が部屋にいた夜間の記録を中心に大方聞いてやったぞ、五倍速でな。なかなか興味深い音声だったから、どうしてもと言うならデータは売ってやっても良いぞ? マスターデータを売る気はないがな!」

「……。」

 カーディアルがけらけらと笑うと、ゴートンは青ざめた表情でがくりと膝を折った。

「アスティさーん、お掃除終わりましたか?」

 開け放たれたままの入り口から、ジェーンが覗き込むように顔を見せた。

「あ、ジェーンさん! お掃除は済んだんですけど、やっぱりシーツのセットが上手く行かなくて……。」

 アスティはタイミングよく助けが現れたことに喜んだが、ジェーンは部屋の中を一瞥しするなり、表情を曇らせた。

「ゴートン部門長、お部屋にお戻りになっていたんですね。」

 ジェーは緊張したと言うよりも、警戒した表情で崩れ落ちているゴートンを見、それからゆっくりとその脇に立つカーディアルに視線を移した。

「カーディアル部門長も御一緒でしたか。もしかして、お取り込み中にお邪魔してしまいましたか?」

「いや。むしろ、掃除の邪魔をしたのは私の方だ。気にしないでくれ。」

 カーディアルが気さくに答えると、ジェーンは再びゴートンに視線を戻し、彼を見つめたまま……と言うより、睨みつけたまま、部屋の壁に沿って遠回りでベッドへ近付いてきた。

「ジェーン……お前、なんでそんな部屋の隅を歩くんだ?」

 顔を上げたゴートンが怪訝そうにジェーンに問う。

「別に、特に深い理由があるわけではないのですが、何となく……。」

「まあ、当然だな。ベッドの下にこんな変態雑誌を隠し持ってる奴なんざ、避けるに越したことはない。」

 カーディアルは手にした本のページをぺらりとめくりながら言った。丈の短い侍女服の少女が描かれた本は、先ほどアスティがベッドの下で見つけ、ゴートンが大事な資料だからとベッドの下に押し戻したはずのそれである。

「げっ! お前、いつの間に……って、それは、あれだ、建築デザインのためのイマジネーションを膨らませるために、色々と見識を広げようと思って買ってみた資料と言うか、何と言うか……。つまりその、決してこれが俺の趣味というわけではなく……!」

「今更隠すな。壁耳君二号を通じてお前の妄言は散々聞いているし、そもそも壁耳君二号を使わずとも、隣の部屋にいれば大方筒抜けだ。まあ、一番の『宝物』に比べればこれはまだ健全な方だな。」

 必死の体で声を上げて立ち上がったゴートンだったが、大事な資料をカーディアルに突き返されると、それを抱えて再びへなへなと床に崩れ落ち、うなだれた。

「あの、ゴートンさんの宝物って……?」

 話の筋がいまいち見えず、アスティは沈黙の合間を縫って口を挟む。

「ああ、具体的に聞きたいか? 私の口から直接語るのは遠慮被りたい内容だが、どうしてもと言うなら、こいつが真夜中に無駄にでかい声で語っていた説明の録音データが私の部屋に……。」

「いい、いい! アスティちゃんは何も知らなくていい! 世の中には知らない方がいいこともあるんだ!」

 床にへたり込んでいたゴートンがアスティの両肩を力強く掴み、訴えた。

「知らない方が……いいこと?」

 アスティの胸にもやもやとしたものが立ちこめる。ここ王都には、アスティの知らないことや知らないものがたくさんある。それらの多くは、アスティがこれから「知るべきこと」で、アスティとしてはこれまで知らなかったたくさんのことを少しでも多く知りたいと思っているのだが、中にはアスティが「知るべきではないこと」もあるらしい。ゴートンが一体どんな宝物を持っているのか気にはなるが、それが人に教えたくないとても大切で特別な宝物だと言うのなら、それを無理に聞き出すのは失礼だろう。

「覚えてろよ、カーディアル。いつか絶対、お前の弱み握ってやるからな!」

 ゴートンは大事な「資料」を抱えたまま、涙目でカーディアルを睨みつけた。

「ははは、この私に弱みなどと言うものがあるわけなかろう!」

 カーディアルはそう言うと、高笑いをしながらゴートンの部屋を出て行った。

「それでは、私たちもこれで。」

 ジェーンは、ゴートンとカーディアルやりとりの間に手早くベッドにシーツをセットし終え、アスティが部屋の端にまとめていた掃除道具を抱え上げていた。アスティは慌ててジェーンに駆け寄り、ジェーンが手にしていた掃除用具の半分を受け取り、床に残っていた洗濯物袋を拾い上げる。

「あ、ああ……あのな、ジェーン、誤解のないように言っておくが、俺は本当にそういう趣味なわけじゃなくてだな……。」

 すたすたと部屋の出入り口へと歩いていくジェーンの背中に向かって、ゴートンが不安げな声で呼びかけた。

「心配無用です。侍女たるもの、皆様のプライバシーは決して口外いたしません。では、失礼いたします。」

 部屋の扉の前でくるりと振り返ったジェーンは、ゴートンに向かってぺこりと一礼すると、直ちに部屋を出て行った。ゴートンが絶望感の漂う表情でアスティへと視線を移すが、アスティにはどうゴートンを慰めていいのか分からない。そもそも、ゴートンが何をそんなに落ち込んでいるのかも分からないのだ。

「あ、あの、ゆっくり休んでくださいね?」

 アスティが微笑んで告げると、ゴートンの顔にも微かに笑みが浮かんだが、アスティがゴートンの部屋を出て、ぱたんと扉を閉めると、「なんでなんだー!」と悲鳴にも似たゴートンの叫び声が部屋の中から漏れ聞こえてきた。アスティには、ゴートンが何で叫んでいるのか全く分からなかったけれど。

「今日は、アスティさんがいらっしゃって良かったです。」

 宿所の二階から一階へと降りながら、ジェーンがほっとしたようにこぼした。

「私、お役に立てたでしょうか?」

「はい、とても。私はゴートン部門長が苦手なので……。」

 ジェーンがため息混じりに答え、アスティはその理由が気になったものの、すぐにジェーンが次の仕事の説明を始めたので、聞き損ねてしまった。

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