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第58話 それぞれの立場

「え?」

 バウンスの呼び掛けに、ジェイスが怪訝そうに振り返る。

「レ、レイシー部門長!? 何でいきなりそこにいるんすか!」

 驚いて椅子から転げ落ち掛けたジェイスは、テーブルにしがみついて背後に立つ人物の顔を見上げながら叫ぶ。

「それはこっちの台詞だ。なぜお前たちがここにいる。」

 ジェイスの背後にしかめっ面で立っていた白衣の男——レイシーは、冷ややかにジェイスを見下ろした。

「僕が誘ったんだよ。カロナから貰ったケーキ、二人で食べ切るにはちょっと大きかったから。」

「聞いてない。」

「そりゃあ言わなかったからね。」

 機嫌の悪そうなレイシーに向かってバウンスはにこにこと笑みを浮かべる。レイシーは眉間にしわを寄せてバウンスを睨み返したが、ジェイスがおどおどした様子でテーブルの下から丸椅子を引き出して勧めると、黙ってそれに腰掛けた。

「これ、レイシーの分のケーキとお茶ね。お茶、少し冷めちゃったかな? いれ直そうか?」

 バウンスはケーキの載った小皿とカップをレイシーの目の前に揃えながら問う。

「これでいい。」

 レイシーは一言端的に答え、カップに口を付けた。

 ——しばしの妙な沈黙。

 アスティは意を決して、レイシーに向かって口を開いた。

「あ、あの、レイシーさん。私、アスティって言います。一昨日の夜にもお会いしましたけど、覚えていらっしゃいますか?」

「知らない。」

 レイシーはアスティの顔も見ずに、目の前のケーキをフォークで切り分けながら答えた。金曜日と同じ素っ気ない態度に笑顔が固まるが、ここでめげては余計に気まずい。

「イニスさんの御厚意で、しばらく騎士団の宿所に泊めていただくことになったんです。こっちの鳥はキーロと言って、私の友達で……。」

 何とか笑顔で続けるが、レイシーはアスティを一瞥することもなく、黙って目の前のケーキを口へ運ぶ。

「……あ、あの、レイシー部門長? いくら何でもその態度はないんじゃありません? せっかくアスティさんが挨拶してるんだから、もう少し愛想よく……。」

 ジェイスが苦笑しながらレイシーの顔を覗き込むように声を掛ける。

「騎士団長のイニスが滞在を認めた以上、出て行けとは言わない。だが、俺はお前たちの味方をするつもりはないし、お前たちと馴れ合うつもりもない。」

 顔を上げたレイシーは真っ直ぐにアスティを見つめて、はっきりと言い放った。青い切れ長の目が鋭くアスティを突き刺し、アスティは息を飲む。逆らい難い怜悧な空気に圧倒されて、二の句が継げない。直接睨まれたわけでもないジェイスも、僅かに身を引いて顔を強ばらせている。

「な、馴れ合うつもりがないって、アスティさんはただ挨拶を……。」

「関わりたくない。話し掛けるな。」

 レイシーはジェイスの言葉に被せて有無を言わせぬ口調で言い切った。ジェイスが唖然としてレイシーを見つめる。

「……いくら何でも、そういう言い方はないんじゃありませんかっ!?」

 意を決した様子で、ジェイスがバンッと両手でテーブルを叩いて立ち上がった。レイシーはケーキを運ぶ手を止めて顔を上げ、冷ややかな視線をジェイスに向ける。ジェイスは視線に気圧されたのか、一瞬言葉に詰まるも、すぐにテーブルに身を乗り出して続けた。

「どんなに血筋が良くても、経歴が立派でも、それに驕って人を馬鹿にするのは最低です! 部門長だろうが何だろうが、俺、許しませんよ!」

「好きにしろ。俺はお前に許しを求めた覚えはないし、この先、俺がお前に許しを求めることもあり得ない。」

 レイシーは冷ややかに答えて再び視線を落とし、ジェイスは唖然として立ち尽くす。ジェイスが怒ったのがアスティのためだということは分かっていたが、どう対応したらいいのか分からず、アスティもぼんやりとレイシーを見つめるしかない。アスティ自身にレイシーに対する怒りは全く沸いてこず、ただ、レイシーがどうしてこんなにも非友好的な態度をとるのか、理由が分からないことが不安だった。

「なんで……。」

 ギリと歯を食いしばり呟いたのはジェイスだ。体側で握られた拳が僅かに震えている。

「あー、ごめん、ごめん!」

 バウンスが慌てて跳んで来て、レイシーとジェイスの間に割り込んだ。

「最近、反政府勢力からのありがた迷惑なアプローチが多いせいで、僕たちちょっとうんざりしててね。レイシーもすっかり人間不信なんだよ。あ、いや、レイシーの人間不信は元々だけどね? 益々酷くなっちゃって……でも、とにかくアスティさんが悪いわけじゃないから、レイシーのことは気にしないで!」

 バウンスは早口にまくし立てると、ジェイスの肩を叩いて半ば無理矢理ジェイスを椅子に座らせる。同時に、レイシーが僅かに顔をしかめてバウンスを一瞥したが、すぐに視線を戻して黙々とパウンドケーキを口へ運ぶ。

「人間不信だか何だか知りませんけど、それ、アスティさんを反政府勢力の奴らと同じだと思ってるってことですよね? アスティさんがプラント建設に反対しているから、だから関わりたくないってことっすか!?」

 ジェイスがむっとした表情でバウンスを振り返って睨む。

「別に、同じだと言うつもりはないけどね。」

「けど、何です?」

 バウンスの曖昧な答えに、ジェイスが突っかかるように問う。

「少なくとも、アスティさんは僕らと立場を異にする人間だとは思ってる。」

「な……まさかアスティさんを敵だって言うんすか!?」

 ジェイスがバウンスに掴み掛かった。

「違うよ。敵だとは思ってない。でも、味方だとも思っていないってこと。」

 バウンスは落ち着いた口調で答え、ジェイスの手をやんわりと引き離して押し返す。

「そもそも、アスティさんにとっても、僕らはそういう存在のはずだと思うけどね。違う?」

 バウンスは穏やかに微笑んでアスティを見つめた。

「俺はアスティさんの味方ですから!」

 アスティが答えあぐねていると、ジェイスが振り返って叫んだ。

「あまり安請け合いしない方が良いと思うよ。お互い、不幸になるから。」

 バウンスが自席に戻りながら呟くと、ジェイスは苦々しげにバウンスを睨み付ける。ジェイスが味方だと言ってくれたことはアスティも嬉しかったが、バウンスの言わんとすることも分かる。政府が進める政策の中止を求めて王都にやって来たアスティにとって、政府の役人であるジェイスたち王宮騎士団の人々が絶対的な味方であることはあり得ない。それは個人的な好悪とは別の問題なのだ。アスティは曖昧に微笑むしかなかった。

「ジェイス、座って。」

 立ち上がったまま、不満げにレイシーとバウンスを見下ろしているジェイスの服の裾をヨルンが引っ張る。

「ここで喧嘩されもアスティさんが困るだけだから。」

 ヨルンが諭して、ジェイスは渋々椅子に腰を下ろした。

「ところで、バウンスさんはさっき『反政府勢力からのありがた迷惑なアプローチが多い』っておっしゃいましたけど、何か嫌がらせでも受けてるんですか?」

 不満げなジェイスの傍らで、ヨルンは落ち着いた口調でバウンスに問う。

「まぁ、研究の邪魔という意味では嫌がらせと言っても差し支えないかな。プラントの危険性についての講演依頼だとか、研究に対する資金援助の申し出だとか、そういう話が色々ね。」

「資金援助の申し出って、反政府勢力がですか? さっきの話からすると、レイシー部門長やバウンスさんはプラントの存在を前提に研究をしていて、そもそもプラント建設反対派である反政府勢力の主張とは相容れないんじゃ……?」

 バウンスの答えに、ジェイスが怪訝そうに首を傾げる。

「そうだよ。でも、どういうわけか、血気盛んな反政府の市民団体のリーダーにはそれが分からないらしくてね。」

 バウンスは左右に首を振りながらため息を吐く。

「その反政府の市民団体のリーダーって、もしかしてラディックさん……?」

 アスティは貧民街のお好み焼き店で出会った眼鏡の青年を思い出し、思わず聞き返した。

「あれ、知ってるの?」

 バウンスの問いに、アスティは頷く。

「昨日、ナウルさんとイニスさんに街を案内して貰った時に、お昼を食べたお店で偶然お会いしたんです。」

「へぇ、どう思った?」

 バウンスが含みある笑みで問い掛けてくる。

「え?」

「ラディックのこと、どう思った? 多少は話したんでしょ?」

 重ねて問われ、アスティは答えに窮した。

「いえ、私は、彼が一方的に話すのを聞いていただけで……。」

 お好み焼き店でのやり取りを思い出し、アスティは憂鬱な気分で答える。ラディックは一方的にイニスを悪し様に言い、イニスはそれに一切反論しなかった。ラディックが口にしたイニスの悪口を真に受けるつもりはないが、一方で、彼が語った国政に対する思いは聞き流し難い真摯な熱を帯びていた。あの時、店の客たちから起こった拍手の中でアスティが感じた居心地の悪さは、イニスが受けた侮辱に対する嫌悪だけではない。

「なら、ラディックの主張は一通り聞いたわけだ。その感想は? 彼の主張に共感した?」

 バウンスは笑みを浮かべて執拗に問い、アスティはバウンスの意図を測りかねて困惑する。

「……よく分かりません。ラディックさんの話は、嘘を言っているようには聞こえませんでした。反政府勢力の人たちも、本当にこの国を良くしたいと思って行動しているんだと……。」

 王宮前広場での抗議デモには、アスティの叔父であるトールクも参加していた。トールクが生まれ育った東の森の開発に反対の声を上げるのは当然だったし、そもそもアスティが王都に来たのも同じ思いからだ。彼らの真摯な思いを否定はできない。

「つまり、間違っているのは俺たちの方だと言いたいわけか。」

 レイシーが冷笑と共に顔を上げ、アスティは反射的に立ち上がって叫ぶ。

「違います!」

「クエェ!?」

 突然の大声に、キーロが驚いた様子で羽をばたつかせたが、レイシーは興味なさげに再び視線を落とした。アスティも再び椅子に腰を下ろし、俯きながらゆっくりと言葉を選ぶ。

「本当に、よく分からないんです。私には、皆さんがラディックさんの言うような悪い人たちだとは思えません。ましてやイニスさんを悪魔だなんて……。髪の色や目の色がちょっと他の人と違うからって、だから悪魔だなんて、そんなの絶対に……絶対に間違っています。」

 アスティは膝の上に置いた両拳を見つめてぎゅっと握り締めた。視界の端に映ったキーロがじわりと滲む。

「君はいい子だね。」

 バウンスが穏やかな声音で言い、アスティは顔を上げた。しかし、アスティが安堵の笑顔を作るよりも早く、バウンスの表情が険しいものに変わる。

「でも、だからこそ覚えておいた方がいい。世の中は、君が思っているほど優しくないよ。」

 真剣な目に射抜かれ、一瞬、アスティの呼吸が止まった。

「……それは、どういう意味ですか?」

 アスティが喉を震わせながら問うと、バウンスはふっと表情を崩す。

「さあ、どういう意味かな? 僕も君が思っているほど優しくないからね。」

 バウンスの表情は既に元の飄々とした笑顔に戻っていた。

「それで、その優しくないバウンスさんやレイシーさんは彼をどう評価していらっしゃるんです?」

 ヨルンはテーブルに頬杖を突いて口を挟むと、ニッと挑発的な笑みを浮かべた。

「評価も何も、この話、反政府勢力に付きまとわれて迷惑してるって話から始まったんだぞ。お前、聞いてなかったのか?」

 ジェイスが呆れたようにヨルンに向かって言い放つ。

「その迷惑してるって言うのは反政府勢力についての一般論ですよね? 僕は、ラディックさんの人となりについてのレイシーさんとバウンスさんの評価をお聞きしたいんです。確か彼は、バウンスさんやレイシーさんと同じで王立大学の理学部を出ていましたよね。在学期間もほぼ同時期のはず……お二人は御学友として彼をどう思われているのかな、と。」

「そんなことを聞いて何になる?」

 レイシーが眉を顰めてヨルンに聞き返した。

「ただの個人的な興味です。主張の是非は別にして、毎週あれだけの人間を集められる人ってどういう人間なのかなぁってずっと気になってて。」

 ヨルンがレイシーに向かってにこりと微笑み掛ける。レイシーは訝しげにヨルンを見つめた後、ため息と共に口を開いた。

「……確かにあいつも俺たちと同じ教授に師事していたが、それだけだ。個人的な付き合いは一切ない。そもそもあいつは、学部卒業後、希望の就職口が見つからないと教授に泣きついて修士課程に進んだくせに、まともな論文一つ書けずに中退してる。」

 レイシーは吐き捨てるように一気に言い切った。 

「まぁ、熱意の量と頭の良さは必ずしも比例するわけじゃないからね。議論になるとやたらに多弁だったけど、筋が悪いと言うか、思い込みが激しいと言うか……正直、彼に科学の素養があったとは思えないから、中退して正解だったんじゃないかな。彼は科学者よりも活動家の方がずっと向いてるよ。」

 一見、優しく響くバウンスの評も、決してラディックを褒めるものではないらしい。

「要するに、そのラディックって奴、大学では落ちこぼれだったってことっすか?」

 ジェイスが眉を顰めて問う。

「まあ、そういうこと。いずれにしても、僕らは今も昔も、彼には色々迷惑してるってわけ。最近は、支持者を使ってウェルフス財団にもアプローチしているみたいだし。」

「ウェルフス財団?」

「レイシーが理事を務めているエウレール最大の慈善事業団体だよ。レイシーの曾お祖父さんが立ち上げて以来、レイシーたち一族が代々運営に関わってるんだ。孤児院の運営や低所得者向けの共同住宅の提供、職業訓練校の運営……最近は、国外での医療支援や食糧支援なんかもやってるんだっけ?」

 バウンスの説明に、アスティは驚いてレイシーの顔を見つめた。目の前の無愛想な青年は、他人にあまり関心がなさそうに見え、積極的に慈善事業に取り組んでいるというのは意外な事実だ。

「すごいですね。」

「別に。俺は名前を貸してるだけだ。何もしてない。」

 素直に感心したアスティにレイシーは淡泊な答えを返すが、その声が僅かに丸みを帯びたように感じて、アスティは微笑んだ。彼に対して最初に感じた「悪い人ではない」という印象は、きっと間違っていない。

「何もしていないって言っても、レイシーは騎士団からの給料のほとんどを寄付してるよ。」

「寄付ならお前だって毎月してるだろう!?」

 バウンスの解説にレイシーが苛立たしげに反論した。

「ほんの少しだけね。日々のおやつと予算外の研究資材に費やした分を差し引いた後に残った分だけだから。僕のお給料、部門長のレイシーほど高くないし。」

 バウンスがため息と共にさらりと吐き出した言葉は皮肉と解いて良いのだろう。レイシーは不愉快そうに眉を顰める。

「けど、ウェルフス財団を経由してまで近付いてくるなんて、反政府勢力はよっぽどレイシー部門長に御執心なんですね?」

 ヨルンが問う。

「いや、彼らの本命は、レイシー本人よりもむしろ、財団の信用と資金の方のはずだよ。開発反対の主張を掲げている以上、彼らが産業界から支援を受けるのは難しいだろうし、彼らの支持基盤は中流以下の庶民がほとんどだから、資金が潤沢とも思えないしね。レイシーに対する資金提供の申し出も、財団の後ろ盾を得るための繋ぎとしてレイシーを利用できるとでも思ったってところじゃないかな。研究内容を広く知らしめて寄付を集めたいとかそんな話で、実際にどれほど出資してくれるつもりなのかもよく分からない話だったし。」

 バウンスはうんざりした様子で言い、ため息を吐く。

「確かに、エウレール一の信用度と資金力を誇るウェルフス財団を味方に付けられれば、反政府勢力としてはだいぶ有利になりますもんね。低所得者に対する慈善事業を行ってる団体だから、庶民の味方として政治的主張も近いんだろうし……。」

「違う! ウェルフスは政治的には中立だ。政治活動には一切関与しないし、反政府勢力に与するようなことは絶対にあり得ない!」

 突然、レイシーが声を荒らげ、ジェイスが反射的に身を縮めた。

「いや、もちろん、ウェルフス財団の政治的中立の理念は知ってますけど、可能性としては……。」

「あり得ない。」

 ジェイスが縮めた体をそろそろと伸ばしながら慌てて言い訳を述べるも、レイシーはジェイスが言い終わらぬうちに言葉を重ねてジェイスを睨み付ける。

「いずれにしても、俺たちは奴らと関わるつもりは一切ない。奴らと関わるくらいなら、まだ頭の固い悪魔の下で働く方がマシだ。」

 そう吐き捨てるように言って、レイシーは立ち上がった。目の前のケーキとお茶は既になくなっていて、お茶の時間はもう終わりということのようだ。

「頭の固い……悪魔?」

 レイシーが口にした意味深な言葉の意味をアスティが確かめるよりも早く、レイシーは四人に背を向けて奥の実験室へ向かっていた。

「バウンス。」

 実験室の扉が自動で左右に開いたと思った瞬間、レイシーがバウンスを呼んで振り返る。

「さっき、相談があるとか言っていたな? 仕事の話か?」

「ああ。カロナから、レイシーにケーキの感想を聞いてくるよう言われたんだよ。ケーキの味、どうだった? 気に入った?」

「特にコメントすることはない。」

 レイシーは端的に答えてきびすを返した。

「……そ。」

 レイシーの素っ気ない答えにバウンスはただ肩を竦めるだけで、それ以上を追及しない。レイシーが奥の部屋に入ると、扉は自動的にぴたりと閉まった。

「またノーコメントでしたね。カロナさん、がっかりするだろうなぁ。」

 レイシーの消えた部屋の扉を見つめながら、ヨルンが呟く。

「それが現実なんだから仕方がないね。科学者たる者、謙虚に事実を見つめないと。」

 バウンスは小さくため息を吐いて、自分の分のケーキを口へと運んだ。

「……ところで。このケーキ、君たちはどう思う?」

 バウンスは自分の分のケーキを食べ終えると、フォークを置いて問う。

「クエッ!」

 キーロがアスティの皿を見つめながら機嫌よさそうに鳴いたのは、たぶん、追加の催促だろう。マリイヤを混ぜ込んでいるらしい柔らかな生地は、キーロも気に入ったらしい。

「おいしいです、とても! すごく甘くて。」

 アスティは、今にもアスティのケーキをつつき出しそうなキーロのくちばしを押さえつつ、バウンスに答えた。

「そう。僕はちょっとこれは甘過ぎると思うね。甘い果物を生地に混ぜ込むなら、その分砂糖は減らさないと。」

 バウンスは澄ました表情でそう言うと、お茶を一口口に含んだ。

「バウンスさん、厳しいっすね。」

 ジェイスが苦笑いを浮かべて言い、その隣でヨルンが何か言いたげにケーキの詰まった口をもごもごさせている。

「科学者たる者、謙虚に事実を見つめないとね。」

 バウンスはカップを置き、先ほどの言葉を繰り返す。

「僕はもうちょっと甘くても歓迎です!」

 ヨルンがごくんと口の中の物を飲み込み、口を開いた。

「その事実も伝えておくよ。」

 バウンスが笑った。

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