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第56話 多忙な天使

 廊下に出ると、ジェイスが疲れたような表情を浮かべ、大きくため息を吐いた。

「相変わらず、自信があるんだかないんだか分かんねぇ人だな。」

「気分屋な人だからねぇ。」

 ヨルンも苦笑いで応じる。笑みを含んだため息がこぼれて、束の間の沈黙に、アスティは口を挟んだ。

「……どうしてカーディアルさんは、イニスさんのことをあんなに嫌っているんでしょうか。」

 二人の間の確執についてカーディアルの言い分を聞いてもなお、アスティにはイニスがカーディアルにあれほどにまで嫌われるほどの理由があるとは思えなかった。キュエリもカーディアルがイニスを「一方的に恨んでいるだけ」と言っていたが、その理由がよく分からない。

「うーん……僕が思うに、カーディアル部門長は別にイニス団長のことを嫌ってはいないんじゃないかなあ。」

 ヨルンが微笑みながら天井を見上げた。

「……クエェ? グエッ!」

 アスティの肩で、キーロが不満げな声を上げて首を振る。ヨルンの私見に異を唱えたつもりなのだろうか。

 ヨルンは振り返ってキーロに微笑み、宥めるようにキーロの頭を撫でた。

「嫌い嫌いも好きのうちってことじゃないかな。少なくとも、僕なら、大嫌いな人と顔を突き合わせて長々議論なんかしないし、ましてや、その大嫌いな人と同じ職場を選んだりはしないよ。よっぽど復讐でもしようと企んでいるんじゃなければね?」

 ヨルンはそう続けると、くすりと笑った。

「復讐……ですか。」

 冗談だろうとは思いつつ、笑顔に似合わない物騒な言葉に、アスティは戸惑いながら返した。

「それ、案外、有り得るかもしれないぞ。何しろしつこい人だから……。」

 ジェイスは腕を組み、深刻な面もちで呟く。

「でも、もし本当にカーディアル部門長がイニス団長に復讐するつもりなら、不意打ちを狙って大人しくしてるんじゃないかな。一々喧嘩をふっかけて目立つのは、単に構ってもらいたいだけだと思うよ? カーディアル部門長が本気で復讐計画を立てているなら、とっくに確実な罠を仕掛けて弱みを握り、完全に相手の息の根を止めてると思うんだよね。あの人の頭と立場を使えば、それくらいのことはできるはずだから。」

「確かに……って、お前、今、さらりと恐ろしいこと言ったよな。その発言はカーディアル部門長を褒めてんの? それとも貶してんの?」

 ジェイスが顔をひきつらせながらヨルンを見つめる。

「もちろん褒めてるよ。僕ら設計士も、彼女のおかげで飛躍的に向上したコンピュータ技術の恩恵を受けているからね。カーディアル部門長のことは科学者として尊敬してるよ?」

 ヨルンはにこりと微笑んだ。

「……そういうこと、笑顔で言い切れるお前が一番恐ろしいな。」

「ありがとう。」

「いや、今のは褒めてない……。」

 ジェイスがヨルンの肩にぽんと手を置いて頭を垂れた。きょとんとするヨルンにジェイスがため息混じりに文句をぶつけ、アスティは二人のやりとりをぼんやりと見つめながら考えていた。

 確かに、ヨルンの言うとおりなのかもしれない。カーディアルはイニスに続いて騎士団に入団しているのだ。先代騎士団長の熱烈な勧誘があったとは言え、本当にイニスのことが嫌いなら、一緒に騎士団で働こうとは思わない気もする。少なくとも、王宮広場で反政府の抗議活動をしていた人々のようにイニスの存在を嫌悪しているわけではないだろう。イニスを詰るカーディアルの口調が、広場に集まった人々の憎悪に満ちたそれと違うことはアスティにも分かった。しかしそれでも、カーディアルがイニスについて語る時に必ず伴う不平不満は、アスティの知っている「好き」の気持ちとはどうしても上手く繋がらない。

「まあ、イニス団長にしてもカーディアル部門長にしても、そんでもってこいつにしても、頭の良過ぎる連中の考えることは庶民には分からねえってことだな!」

 ジェイスはヨルンの肩を小突き、肩を竦めた。キーロが「クエッ!」と一声鳴いたのは、ジェイスに対する賛意だろうか、それともヨルンを攻撃したジェイスを威嚇するためだろうか。キーロはジェイスよりもヨルンに懐いているようだが、「分からない」ということに関しては、アスティもジェイスに同意せざるを得ない。また、分からないことが増えてしまった。

 アスティはもやもやとした思いを抱いたまま、中央監視室コントロール・ルームの扉を振り返ったが、ぴったりと閉ざされた扉の奥からは物音一つ漏れ聞こえてはこない。カーディアルはまだ苛立ってイニスの悪口をキュエリ相手にこぼしているのだろうか。

 アスティの小さなため息と同時に、ヨルンの明るい声が響いた。

「それで、次はどこに行く?」

 振り返れば、ヨルンがにっこり微笑んでジェイスに問うている。

「まあ、やっぱり当面の生活に必要な場所は案内しておかないとな。」

 腕を組んだジェイスが大きく頷いて答えた。


 アスティが再びジェイスとヨルンに連れられて長い廊下を歩き、上がって来た所とは違う階段を下りてたどり着いたのは、「医務室」の看板が下がった部屋の前。

「医務室……?」

 アスティが看板を見上げながら呟くと、キーロもアスティの肩の上で首を傾げた。

「そう、医務室。転んで怪我をしたり、食べ過ぎてお腹を壊したりした時には、ここに来れば大丈夫! 医療部門の精鋭が丁寧に看てくれるよ!」

「まあ、設備的にここでできるのは一般的な医薬品の提供と応急処置程度。重病なら王立病院に救急搬送だけどな。」

 ヨルンの御機嫌な説明にジェイスが苦笑しつつ付け足して、扉を押し開く。

「失礼しまーす!」

 部屋の中に元気な挨拶を投げ掛けたジェイスに続いてアスティが「医務室」に足を踏み入れると、ツンとした臭いが鼻を突き、同時に白い世界が眼前に広がった。部屋の隅に並んだ白シーツのベッドはもとより、壁紙も、窓に吊されたカーテンも、ガラス扉の付いた家具も、全てが白い。きちんと片付けられているがゆえの殺風景さはヨルンの机周りを除いた土木部門の執務室といい勝負だが、部屋全体に眩しく感じられるほどの清潔感が溢れていて、雰囲気は明らかに異なっている。

「体調不良なら右の棚の体温計! 怪我なら左の棚の救急セット! それ以外はちょっと待ってて!」

 部屋の奥から強い口調で返って来た声に、アスティは戸惑った。声の主は、こちらに背を向けて正面の戸棚と向き合っている白い服の女性のようだが、こちらを振り返りもしない。

「あ、俺たち、別に病気でも怪我でもなくて、ちょっと見学を……。」

 ジェイスが答えると、やっと戸棚の前でこちらに背を向けていた女性が振り返った。

「見学? 何の話? 何も聞いてないんだけど。」

 振り返った女性は、不満そうに顔をしかめてアスティたちを見た。白いワンピースに身を包み、白い帽子がきちんとまとめられた髪の上にちょこんと載っている。

「あれ、もしかして、カロナさん……?」

 アスティは振り返った女性の顔を見て小首を傾げた。目の前の女性——カロナは、金曜日の夜に見たのと同じ白いワンピースに身を包んでいるが、一瞬、別人に思えたのは、カロナの特徴として記憶していた二つに束ねて顔の横に垂れていた髪がきちんとまとめ上げられて帽子の中に収まっていたからだ。

「もしかしなくてもカロナよ? 一日半ぶりってところかしら。ええと……?」

 カロナはアスティの反応に不満げな表情を見せた後、アスティを見た。

「アスティです。」

「そうそう、アスティとお友達の鳥さんだったわね!」

「クエエッ!」

 カロナが思い出したように顔を綻ばせると、キーロがいささか不満げに鳴いた。

「キーロ……です。」

 アスティが言い添えると、キーロが「クエッ!」ともう一度鳴く。

「自分の名前は覚えられてて当然みたいな態度を示しながら、自分はアスティさんのこと覚えてないってどうなんですかね。」

 ジェイスがぼそりとこぼすと、カロナは「何か言った?」と不自然な笑顔でジェイスを睨み付けた。

「いいえ、何も!」

 慌てて首を振るジェイスとカロナのやり取りには、どこか既視感がある。

「それで、カロナさんは何をしてるんです?」

「薬品在庫の棚卸しよ、棚卸し! 時々確認しないと、薬品の在庫数がデータベースと合わなくなるのよねえ。」

 カロナはため息混じりに手にしていた分厚い紙束を振った。

「それ、大丈夫ですか? この部屋、使い方次第で死人が出る劇薬も置いてあるんでしょう? 管理が甘過ぎません?」

 ジェイスが眉を顰め問うと、カロナはむっとした表情で細い指先をジェイスの眼前に突き付ける。

「部屋にがらくたの山を築いた挙げ句、それが崩れて怪我をしたなんて言ってくるような自己管理のなってない奴には言われたくないわ!」

「う……って、あのガラクタの山はヨルンの趣味で、先月の怪我のことなら、俺は純粋な被害者ですよ!」

 一瞬怯んだジェイスが思い出したようにカロナの手を押し退けて反論した。

「あら、それは不運だったわね。」

「……それだけですか。不当な侮辱に対する謝罪の言葉はないんですか。」

 ジェイスの不平に、カロナが微笑みで返して、ジェイスは不満げに顔をしかめるも、反論の言葉は続かない。

「でも、そう言えばこのお部屋は鍵が掛かっていませんでしたよね? 危ないものがあるなら、中央監視室みたいにちゃんと鍵を掛けた方が良いような気もしますけど……。」

 純粋に不安な気持ち半分、ジェイスに対する擁護の気持ち半分でアスティが口を挟むと、カロナがアスティの方を向いてピッと人差し指を突き立てた。

「あなた、もしお腹が痛くて死にそうな時に医務室までやって来て『解錠コードを入力してください』なんて言われたら殺意を覚えない?」

「あ……。」

 確かに、そうだ。この医務室は、病気や怪我の時に治療を受けたい人が来る部屋なのだ。急病や大けがの患者も来るかもしれない。そんな一刻を争う事態に、いちいち鍵を掛けたり開けたりはしていられないだろう。

「だ、か、ら、この部屋は出入り自由にしておかないと意味がないの! もちろん、完全に留守にする時は施錠するけどね。」

 カロナはにっこり笑ってウィンクする。

「それに、基本的にこの部屋には医療部門の担当者が常駐しているし、危険な劇薬類はちゃんと鍵の掛かる戸棚にしまってあるわ。一つずつ管理タグも付いてるし、部外者が無断で持ち出そうとすれば警告音が鳴る仕組みよ。」

 言いながら、カロナは戸棚の小瓶を一つ手に取り、瓶底に付いた厚みのある四角い紙面を示した。この小さな紙片にも、王都の最先端の科学技術が使われているに違いない。

「セキュリティ対策は万全……っておっしゃりたいんでしょうけど、じゃあ何で在庫数とデータベースが合わなくなってるんです?」

 ジェイスが不満げにカロナを睨む。

「知らないわよ! それを確かめるために、私はわざわざ紙の原簿と照らし合わせて在庫チェックをしてるの! どうせ誰かが使用記録をデータベースに入力し忘れてるんだろうけど……あぁもうっ、嫌んなる!」

 カロナは手にしていた紙束をバシンッと机に叩きつけるように置いた。

「誰かって、自分じゃないんですか?」

 ジェイスが苦笑いを浮かべながら言うと、カロナがじっとジェイスを睨んだ。

「……私がそんなミスすると思う? どうせあのジイサンか詐欺師の仕業に決まってるじゃない!」

「ジイサンって……侍医のフォール先生のことっすか?」

 ジェイスが苦笑いを浮かべながら聞き返す。

「そうよ。」

 カロナが端的に答え、アスティは「ジイサン」が「お爺さん」の意味ではなく、国王陛下の主治医である「侍医」のことだと理解したが、確か、金曜日の宴席で、現在の侍医は高齢だとヨルンから聞いた記憶がある。カロナの口ぶりからすると、「お爺さん」の意味も存分に含まれているのかもしれない。

「じゃあ、詐欺師って言うのは……?」

 苦笑いを浮かべているジェイスに代わって、ヨルンがカロナに問うた。

「ナウル以外にいる?」

 異論を認めぬカロナの口ぶりに、アスティも思わず苦笑いを浮かべる。

「あいつはねぇ、大体いつも私のいない時を狙ってこそこそやって来ては胃腸薬や風邪薬を盗んで行くのよ! どうせ、いつもの食べ過ぎでお腹を壊したとかそんなんだろうけど、せめて自分でちゃんとデータベースに入力してくれればいいのに、若い新人看護師に『代わりに記録しといてや!』なんて言い残して箱ごと持っていくし、新人も新人であの大馬鹿口ウマ野郎にちょっと褒められたくらいで喜んじゃってあいつを甘やかすし、レイシー様の方がずうぅっと素敵なのにみんな全然分かってないし!」

 そう叫んだかと思うと、カロナはふと我に返った様子で「でもまあ、レイシー様の魅力は、私が分かっていればそれで良いんだけど……。」としおらしげに言い添えた。

「あのぉ……何か話が逸れてません?」

「とにかく! 薬品在庫の数字が合わなくなるのも、新人に任せた予算の請求書類がミスだらけなのも、フォール先生が毎回の学会発表をつまらない冗談から始めるのも、全部ナウルのせいってことよ!」

 ジェイスの突っ込みを無視して、カロナは乱暴に結論付ける。二番目以降の「大変」がどうしてナウルのせいになるのかは分からないが、言われ放題なナウルに対する同情心よりも、目の前のカロナに対する同情心の方が強くなるのは不思議なことだ。

「大変なんですね……。」

 そう述べるしかなくて、アスティがこぼすと、肩の上のキーロも「クエェ……。」と同情げに鳴いた。

 ——コンコン。

「お邪魔するよ?」

 ノックの音に振り返ると、扉が開いて、白衣を着た小柄な青年——バウンスが顔を覗かせた。

「あ、バウンスさん!」

 嬉しそうな声を上げたのはヨルンだ。

「……? 何、もしかして君たち、またガラクタにつまずいてつまらない怪我でもしたの?」

 バウンスは怪訝そうにヨルンとジェイスの顔を見た。バウンスが「また」と言うのは、先ほどカロナも言っていた、ヨルンが部屋に積み上げていたガラクタの山が崩れてジェイスが怪我をしたらしい一件を踏まえてのものだろうか。ガラクタが崩れてきて怪我をするのと、ガラクタにつまずいて怪我をするのでは少し事情が異なるような気もするので、もしかしたら、ジェイスは一度ならずヨルンの集めたガラクタによって災難に遭っているのかもしれない。

「違いますよー。僕たち、今日は、アスティさんとキーロに王宮の中を案内しているんです!」

「へぇ……それは暇そうでいいね。」

 ヨルンのにこやかな態度に、バウンスは素っ気なく答えて、手にしていた包みを机の上にポンッと置いた。

「この間はクッキー御馳走様。これ、空の容器。甘さ控えめで美味しかったよ、ありがとう。」

「今の『美味しかった』って、レイシー様の感想!?」

 バウンスが言い終えるや否や、カロナはバウンスの両肩をがっしりと問い詰めた。

「いや、僕の感想だけど……。」

「あんたの感想なんて聞いてない! 私が知りたいのはレイシー様の感想よ、レイシー様の!」

 カロナがぶんぶんとバウンスの肩を揺すり、バウンスはされるがままに頭をゆらゆらと揺らしている。

「……で、レイシー様は何て?」

 一頻りバウンスを揺すり終えると、カロナは再びバウンスを問い詰めた。バウンスの頭は惰性でまだゆらゆらと揺れている。

「特に何も。」

 バウンスがため息混じりに答えた。

「何もって何よ!」

「特段の感想はなかったってこと。」

 バウンスの答えに、カロナが大げさにため息を吐いた。

「……あんたねぇ、私が何のために愛情溢れる手作りクッキーをあんたに託したと思ってんのよ! レイシー様の感想を聞いて来てって、私、言ったわよね!?」

「聞いたけどノーコメントだったんだよ。」

「それ……もしかして不味かったってこと?」

 カロナが不安げな表情で恐々と聞き返した。

「いや、レイシーも普通に食べてたし、不味いって言うほどひどくはなかったと思うけど……。」

「……特別感想を述べたいほど美味しくもなかったってことね……。」

 カロナが肩を落として呟く。それまでの元気のいい態度が一変して、思わずアスティはヨルンやジェイスと顔を見合わせる。

「僕はあのクッキー好きだったけど、レイシー好みの味にしたいなら、もう少しバターを控えめにして軽くするといいかもね。あと、砂糖の代わりに乾燥果物を刻んで入れると、研究の合間に食事代わりにできて喜ぶかも……。」

 バウンスの素っ気ない呟きが沈黙を破ると、カロナが驚いた表情でバウンスを見つめ、パチパチと数回瞬いた。

「……そうね、次は乾燥果物入りで作ってみるわ!」

 そう話言い終わらぬうちに、カロナの表情はすっかり晴れやかなものに戻っている。

「あんた、頭いいわね!」

「それはどうも。」

 カロナに両肩を叩かれながら、バウンスは興味なさげに素っ気なく返す。カロナの八つ当たりを受けたバウンスは機嫌を損ねてもおかしくなかったと思うが、この素っ気ない返答が、バウンスなりの不快感の表明なのか、純粋な無関心なのかはよく分からない。

「じゃあ、僕はこれで。」

「ああ、待って、待って! これ、持って行って!」

 カロナは慌てて椅子の上に載っていた紙袋を掴むと、バウンスに差し出した。

「これは?」

 バウンスは紙袋の中身を上から覗き込んで一瞥した後、怪訝そうにカロナを見上げる。

「新作のパウンドケーキよ! 今朝、焼いたの。」

 満面の笑みでバウンスに紙袋を押し付けたカロナの言葉で、アスティは部屋の中に漂う薬品臭に仄かな甘い香りが混じり始めたように感じた。

「カロナさんはお菓子作りが得意なんですか?」

「まあねー。女子の嗜みよ、嗜み!」

 アスティの問いに、カロナは口元に人差し指を当てながら得意げに答える。

「これも、レイシーに食べさせろってこと?」

「そういうこと! 本当は自分で届けたかったけど、招かれざる三人組に邪魔されたせいで、研究室に顔を出す暇もなくなりそうだから。」

 そう言ってカロナは恨めしげにアスティたちを振り返る。アスティはヨルンと顔を見合わせ、ジェイスは「招かれざる三人組って……。」と苦笑しながらこぼしたが、カロナは何も言わずにバウンスに向き直った。

「今度はちゃんとレイシー様の感想を聞いて来てよね!」

「努力はするよ……。」

 バウンスは小さく息を吐いて答える。

「よろしくねー!」

 カロナはにこにこ笑顔で医務室を出て行くバウンスに手を振った。

「さて、私も仕事を再開しないと今日中に終わらなくなっちゃう!」

 カロナがパンッと両手を打ち合わせ、くるりと入り口に背を向けた……その瞬間。

「あぁー!」

 カロナが突然、悲鳴を上げた。

「な、何すか!? ケーキにうっかり毒薬でも入れました?」

 ジェイスが驚いて身構えると、「んなわけないでしょ!」とカロナはジェイスを押し退けて、机に置かれていた紙の束を手に取り、ぴらぴらとめくり始めた。

「……あぁ、やっぱり。あんたたちに途中で声掛けられたせいで、リストのどこまでチェックしたか分からなくなったぁ!」

 カロナが紙束を抱えたまま、右手の甲を額に当てて天井を仰いだ。

「……え、それって俺らのせいっすか? どこまで作業したかくらい、印を付けておくもんなんじゃ……。」

「そうよ、そのために切りの良いとところまで確認してから中断しようと『待ってろ』って言ったのに、あんたが遠慮なく話し掛けてきたせいで、うっかり印を付ける前に閉じちゃったんでしょぉ!?」

 カロナは掴み掛からんばかりの勢いでジェイスに顔を寄せ、ジェイスは両手を顔の前で広げながら後じさる。

「……ああ、もう、最悪!」

 カロナはくるりとジェイスに背を向けると、リストの束を机に叩き付けた。

「……えーっと、じゃあ、俺たちはこれで……。」

 ジェイスがそっと医務室の出入り口へと後じさる。

「お邪魔しましたぁ!」

 ジェイスが叫んで医務室を飛び出すと同時に、アスティもヨルンに背中を押されて廊下へと飛び出した。

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