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第53話 中央監視室

 「あの、次のお部屋はどんなお部屋なんですか?」

 廊下に押し出されたアスティは、ジェイスを振り返りながら尋ねた。

「まあ、少なくともアスティさんにとっては物珍しい部屋だと思うよ?」

「物珍しい部屋?」

「百聞は一見に如かず。とにかく見てみるのが一番だから。」

 ジェイスはもったいぶるように言いながら笑い、廊下を進んでいく。

「……はい、とうちゃーく!」

 間もなくして、ジェイスが足を止めたのは、銀色に鈍く光る金属製の扉の前だった。赤い絨毯を見下ろす気品溢れる繊細な彫刻装飾が施された廊下では一際浮いた存在感を放っている。

「ここ……は?」

中央監視室コントロールルームだよ!」

 ヨルンが扉を見つめて首を傾げたアスティとジェイスの間に割り込んで答えた。

「コントロールルーム?」

「そ。王宮内はもちろん、王都中の警備システムを統制しているのがここ。街頭の監視カメラや衛星監視システムもここで運用してるんだ。警備システム以外にも国内のあらゆる情報通信網に接続できて、非常時には民間の各種ライフラインも統制できるらしい。」

 ジェイスが説明してくれたが、聞き慣れない言葉ばかりで一体何をする部屋なのかアスティにはいまいちよく分からない。

「まあとにかく、ここはそれなりに見栄えのするもんがあるから期待していいよ。だだっ広いだけの土木部門の部屋とは違うから。」

 アスティの戸惑いを察したのか、ジェイスはそう言って笑った。

「だだっ広いだけじゃないよ! 土木部門の部屋にも立派な模型とか図面とかがあったでしょう! 奥には製図用の大型コンピュータだってあったし、ちゃんと見てもらえば他にも面白いものが色々……。」

 ヨルンが不満そうに口を挟んだが、ジェイスは無言でその頭を押し退け、扉の脇に付いてる機械に触れる。先ほどの土木部門の部屋の扉の脇にあった機械に似ているが、こちらは一回り大きく、銀色の四角い箱も一緒にくっ付いていた。銀色の箱の中心部には丸く放射状に並んだ複数の小さい穴と、ガラスのはまった黒い穴が開いている。

「土木部門のお部屋の鍵とは少し違いますね?」

 アスティは扉の脇に付いている機械を見ながらヨルンに尋ねた。

「うん。中央監視室には重要設備が揃ってるからセキュリティが厳しくて、騎士団員でも毎回、中にいる人の許可を得ないと入れないんだ。自由に出入りできるのは、部門長クラスの偉い人くらいかな。」

「良いんですか、そんな重要なお部屋に私が入っても。」

 アスティはそわそわしながらヨルンに問う。

「僕たちと一緒に見学するだけなら大丈夫。今日はキュエリが当番で中にいるはずだから、入れてくれると思うよ。ただし、中の機械には触らないこと! ボタン一つ押し間違えただけで大騒ぎになっちゃうからね。」

 ヨルンの忠告を受けて、アスティは両手を胸の前に揃えた。

「キーロもね。」

 ヨルンはにこりと微笑み、アスティの肩に乗っているキーロの頭を撫でる。

「クエッ!」

 キーロは嬉しそうに一声鳴いたが、果たしてヨルンの忠告をきちんと理解しているだろうか。

 ——ピピッ。

 土木部門の部屋の前で聞いたのと同じ音がしたが、扉の脇の機械に付いた小さなランプは点滅を止めたものの赤色のままで、緑には変わっていない。

「……何の用だ?」

 突然、女性の声が響いた。聞き覚えのある声だが、周囲の廊下にはジェイスとヨルン、そしてアスティ以外に人影はない。

「え? あ、カーディアル部門長?」

 ジェイスが慌てたような声を出す。聞こえた声とそのぶっきらぼうな口調は確かにカーディアルのものと思えたが、辺りを見回してもその姿は見当たらない。

「今の声はあの機械からだよ。あの機械を介して部屋の中にいる人と話ができるんだ。」

 ヨルンが銀色の箱を指さしながら教えてくれた。

「……とっとと用件を言え。」

 再びカーディアルの声が響く。どうも少し機嫌が悪そうだ。

「あ、ええと、実は今、ヨルンと一緒にアスティさんに王宮の中を案内していて、中央監視室も少し見学させてもらえたらと思ったんですけど……。」

 ジェイスが慌てて答えたが、それに対する反応はなかなか返って来ない。妙な沈黙が漂い、ジェイスは遠慮がちに再び口を開く。

「……あ、あの、お忙しいようなら無理にとは……。」

「ああもう、うるさいっ。キュエリ、入れてやれ。」

 ジェイスの声に被せるように、投げやりな答えがやや遠くに聞こえ、すぐにプツンと音声が途切れた。「用件を言え」と言いながら、言えば「うるさい」とはあんまりな応答で、ジェイスも首を傾げ、困惑した表情で振り返る。

「入れていただけるんでしょうか?」

「た、たぶん……?」

 アスティの問いにジェイスは自信なさげに答え、アスティがヨルンと顔を見合わせたのも束の間、不意に銀色の扉がシューッと音を立てて左右に開いた。

「お待たせしました。ようこそ、中央監視室へ。」

 部屋の中でにこりと微笑み、迎えてくれたのはキュエリだ。どうやら中には入れるらしい。

「お、お邪魔します……。」

 アスティはジェイスに続き、恐々と部屋に足を踏み入れた。やや薄暗い部屋の中に窓はなく、一見、エルタワーのエレベーターのような小さな部屋だ。三人が部屋に入ったところで、背後の扉が再びシューッと音を立てて閉まった。反射的に振り返ると、ヨルンが「どうしたの?」とでも問うように首を傾げて微笑んでいる。決して閉じこめられたわけではないと思うのだが、やはり落ち着かない。

「なあ、キュエリ。日曜にカーディアル部門長が出勤してるなんて、何かあったのか? あの人、休日出勤なんて柄じゃねぇのに。例の爆破事件の関係とか?」

 ジェイスが不安げにキュエリに問う。

「いえ、御心配いただくようなことは何もありませんよ。カーディアル部門長がいらっしゃるのは、先日の超過勤務の代休を取っている団員の分の穴埋めと、彼女の趣味のためですから。」

「趣味?」

 問い返したジェイスにキュエリは答えず、黙ってこちらに背を向けた。よく見ると、部屋の奥にはもう一つ扉がある。キュエリは、その傍らにある小さい機械に触れた後、指先で数回軽く叩いた。

 ——ピピッ。

 聞き覚えのある機械音がして、シューッと音を立てて奥の扉が開く。

 その先の部屋は手前の小部屋よりも明るく、アスティは思わず目を細めた。

「どうぞこちらへ。」

 キュエリに促されて小部屋を出たアスティは、ため息と共に感嘆の声を漏らした。

「わあ……。」

 目の前に、いくつものスイッチやランプが並んだ複雑そうな機械が何列も並んでいた。正面の壁には、全面に大小様々な映像が映し出され、王都の様々な通りの景色を映し出している。

「ここが中央監視室です。王宮内はもちろん、王都の街中に設置された監視カメラの映像をここで確認することができます。私たち情報部門の騎士団員はこの映像を二十四時間体制で監視し、事故や犯罪などの異常事態の発生を関知した際には、自治警察をはじめとする関係機関と連携して迅速に対応するよう努めています。」

 キュエリは淀みなく説明してくれた。目の前に並ぶ大小様々な四角に映る映像は、瞬く間に次々と切り替わり、ずっと見ていると目が回りそうだ。

「カメラ映像だけじゃなくて、国内の情報通信網の監視もしてるんだよね?」

「はい。騎士団員が利用している携帯端末装置モバイル・ギアの通信状況はもちろん、軍や警察、消防などの緊急通信もここでリアルタイムに受信しています。残念ながら、外部の方にはお聞かせできませんけれど。」

 ヨルンの問いに答えたキュエリは、自身が耳に掛けている携帯端末装置をコツコツと叩く。

「あの……こんなにたくさんの映像をずっとお一人で見ていらっしゃるんですか?」

 アスティは思い切って尋ねた。規則正しく並んだ機械の間に、椅子の背もたれが複数見えるが、キュエリの他に情報部門所属の騎士団員の姿は見当たらない。部屋の前で声だけ聞いたカーディアルも、部屋の中にいるはずなのに姿は見えない。もし瞬く間に切り替わるこれらの映像をキュエリ一人で監視しているのだとしたら、とても人間業ではない。

「まさか! 通常、カメラ映像の監視は自動プログラムで異常事態を検出して行っているんです。無数の映像の中からパターン解析によって機械的に異常事態と思われる映像を検出すると警告音が鳴る仕組みになっていて、私たちはその警告音を聞いて初めて、異常を検出したカメラの現況映像と録画データを確認し、事態に応じて個別に対応を指示するんです。ですから、通常、私たちはこの無数の映像を常に見ているわけではないんですよ。」

 キュエリが微笑み、アスティはキュエリが普通の人間らしいことにほっとした。一方で、細かな模様の違いを一瞬で判別したり、無数の映像から異常事態を検出したりする王都の機械たちの優秀さに対する驚きは、増すばかりなのだけれど。

「それに、今日は休日なので出勤しているのは当番の私とカーディアル部門長だけですけど、普段、この部屋では二十名以上の騎士団員が勤務しているんですよ。」

「自動プログラムがあるのに、そんなに人がいるんですか?」

 アスティは思わず尋ねた。確かに、部屋の広さと機械の合間に見える椅子の数からすれば、それくらいの人がいてもおかしくはないが、難しい仕事を全て機械がこなしてくれるのなら、二十人もの人がここに必要とは思えない。現に、今はこうしてキュエリ一人で対応できているのだ。

「ええ。我々の仕事はカメラ映像の監視だけではありませんから。むしろ、我々情報部門の主な仕事は、国政に関わる国内外の情報を幅広く収集し、現在の状況が生じた原因や将来の見通しについての分析結果を国王陛下に報告することです。この部屋からエウレール国内のあらゆる情報網に接続することが可能ですが、これは、正確な分析結果を導き出すために幅広く情報を集める必要からなんです。」

「情報を収集して、分析して……何だか難しそうなお仕事ですね。」

 アスティが呟くと、キュエリがくすりと笑った。

「そうですね。簡単なら、二十人も要りませんから。」

 キュエリが笑顔で告げた一言に、アスティは苦笑いを浮かべるしかない。

「あ、そうだ。もし、アスティさんが情報部門の仕事内容に興味があるなら、図書館にある過去の報告書を読んでみたらどうかな?」

 ヨルンがポンッと手を打って言った。

「報告書?」

「うん。情報部門の人たちの分析結果は、全部ではないけれど、報告書としてまとめられて公表されているものもあるんだよ。ここの図書室にもあるはずだし。例えばほら、前にキュエリが書いた、王都一の商店街である通りを歩行者専用道路とした場合の周辺道路の交通量の変化を予想した報告書は分かりやすいんじゃないかな。その報告内容は、実際の道路の拡張工事計画にも反映されたしね。」

 ヨルンは人差し指を立てて言う。

「確か、その拡張工事の施工を担当したのがヨルンでしたね。」

「つまり、今のヨルンの話は、単に自分の仕事を自慢したかっただけってことか。」

 ジェイスが薄ら笑いを浮かべながらヨルンを見やった。

「いいじゃない、少しくらい! さっき土木部門の部屋を案内した時、ジェイスのせいいで僕の仕事の話は全然聞いて貰えなかったんだから!」

 ヨルンは拳を握り締めてジェイスに抗議するが、ジェイスは迫るヨルンの額を押し返しながらキュエリを振り返った。

「……まあ、それはそれとして。せっかくだからさ、何か面白い映像を見られないかな?」

「面白い映像……ですか?」

 キュエリはきょとんと首を傾げる。

「そ、アスティさんが驚くようなとっておきの奴!」

 ジェイスの要望に、キュエリはしばし口元に手を添えながら、考え込む。

「……そうですね。じゃあ、アスティさんの暮らしていらした東の森の集落を映してみましょうか?」

 顔を上げたキュエリが微笑む。

「東の森も映せるんですか?」

 アスティが驚いて聞き返すと、キュエリはにこりと微笑んだ。

「もちろん。衛星映像も含めれば、エウレール国内でこの部屋から状況確認できない場所はほとんどありませんから。」

 キュエリは手前の機械に近付くと、いくつかのスイッチを素早く操作し、機械に付いた小さな画面に何やら数字を打ち込んでいる。

「この辺りでしょうか……。」

 そう言いながらキュエリが顔を上げると同時に、部屋の奥の大画面に大きな四角が現れて、一面の緑が映し出された。その一部が更に四角く囲われ、引き伸ばすように拡大される。それを繰り返す度に、画像はより鮮明になっていった。次第に、濃淡のある緑が上空から見た森だと分かり、木の一本一本がはっきりと分かるようになった。

「クエッ、クエッ!」

 嬉しそうに鳴くキーロにはきっと見慣れた光景なのだろう。

「空にも監視カメラがあるんですか?」

「これは人工衛星が撮影した静止画を拡大したものです。」

 アスティの疑問にキュエリは落ち着いて答える。

「人工衛星……?」

「雲よりも遥か上空、宇宙空間に浮かぶ人工物——簡単に言えば、人が作った月のようなものです。」

「王都の人はお月様を作れるんですか!?」

 アスティが驚いて声を上げると、キュエリは一瞬驚いたように目を見開いた後、くすくすと笑った。

「本物の月よりもずっと小さなもので、見た目は全然違いますけどね。」

 キュエリの背後では、ジェイスとヨルンも笑っている。

「これはイメージ図ですが……こんな感じのものですよ。」

 そう言いながらキュエリが再び手元の機械に触れると、東の森を移していた画面の上に、新しい四角が現れた。漆黒の闇の中に四角い奇妙な翼を広げた機械が浮かんでいる。月と言うよりは鳥に似た形だが、全体的に角ばっていて、金属的な輝きが少し不気味だ。

「変なお月様……ですね?」

「ごめんなさい、月に例えたのは失敗でしたね。」

 キュエリが困ったように苦笑しているが、アスティには、なぜキュエリが目の前の奇妙な物体を「月のようなもの」と言ったのか、さっぱり分からなかった。

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