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第28話 情報部門長カーディアル

 「よおー、まだやってるかー?」

 勢いよく扉を開いて現れたのは、イニスと同じ黒い制服を着た赤い髪の人物だった。アスティは突然響いた声とその者の容姿に、一瞬、呆気にとられてしまった。すらりと伸びた細身の体型と両目を囲う楕円形の枠にはまったガラス板——確か「眼鏡」と呼ばれる道具で、東の森を通りかかる行商が「新聞が読みづらくなった」と漏らしたムリクにしきりに勧めていたのを覚えている——も印象的だったが、何よりアスティの目を引いたのは、赤みがかった美しい茶髪だった。茶髪と言うよりも、もはや赤髪と言うべきそれは、頭の高い位置で束ねられ、肩の辺りで毛先が元気よく跳ねていた。

「カーディアル……と、キュエリも一緒か。」

 イニスが呟くと同時に、赤髪の人物——こちらがカーディアルだろう——の背後から、もう一人、黒い制服に身を包んだ小柄な女性が顔を覗かせた。ふんわりとしたショートヘアの見るからに大人しそうな女性で、こちらがキュエリだろう。

「すみません、遅くなってしまって……。」

 カーディアルの横に立ち、キュエリがぺこりと頭を下げた。

「よしよし、料理はまだ残っているな!」

 カーディアルはずかずかと大股で中央のテーブルに近づき、まだたっぷりと残っている料理を満足げに見下ろすと、取り皿とフォークを手に取った。

「カーディアル部門長、お食事の前にお客様に御挨拶をなさった方がよろしいかと存じますが……。」

 キュエリがそっとカーディアルの背後に近づき、囁くように進言する。

「なぜだ!? 私は今、ものすごく腹が減っているのだ! 食事が最優先に決まっているだろう!」

 カーディアルはテーブルの上の料理を取り皿に盛りながら、不満そうに声を上げた。キュエリが呆れたようにため息を吐く。

「せめてイニス団長への御報告は先になさるべきかと思いますが……。」

「ほはへにまはへる!」

 キュエリの再度の進言に、カーディアルは料理を口いっぱいに詰め込んだまま答えた。たぶん「お前に任せる」と言ったのだろう。キュエリが困ったような表情を浮かべると、カーディアルは再びテーブルに向き直り、部屋の奥を指さした。

「見ろ! お前も早く食べないとあそこのタダ飯食らいの役立たずに全部食べられてしまうぞ!」

 カーディアルが指さした先では、ナウルが当初と変わらぬペースで料理をかき込んでいる。確かに、このままではテーブルの上の料理がなくなるのも時間の問題かもしれない。

 カーディアルはナウルに負けじと取り皿に料理を盛りつけ、がつがつとかき込み始めた。よほどお腹が空いているらしい。

「キュエリ、報告事項は緊急か?」

 イニスがキュエリに近づいて尋ねた。

「いえ……昨晩の事故後、国内の通信網は常時監視していますが、今回の事故に関係するような動きはまだ……。」

「言っておくが、かなり幅広く網は掛けたぞ。それで掛からないってことは、今回は主要組織の計画的な犯行ってわけではないんだろうな。組織内のはみ出し者が急いて単独行動に走ったか、それこそ単なるいたずらかもしれん!」

 カーディアルはキュエリのため息を遮り、フォークを握ったままイニスに言った。

「……だといいんだがな。」

 イニスがため息混じりに呟く。

「それで……堅物のイニスをたぶらかした娼婦ってのはお前か?」

 カーディアルはフォークを取り皿に置き、アスティを振り向いた。

「しょうふ?」

 アスティがきょとんとして首を傾げると、カーディアルは取り皿をテーブルの上に置き、まじまじとアスティを見下ろす。

「カーディアル!」

 イニスが怒気を含んだ声を上げた。アスティにはカーディアルが口にした言葉の意味はよく分からなかったが、イニスの反応からして失礼なことを言われたのだろう。

「彼女は俺の客人だ。例え冗談でもふざけたことを言うのはやめろ。」

 イニスがカーディアルに向かって窘めるように言う。先ほどの「冗談を真に受けるな」というゴートンの忠告を踏まえてか、ゴートンに抗議した時よりもいくらか落ち着いた口調になっている。

「ふむ……まあ、確かにこのちんちんちくりんじゃ娼婦にはなれそうもないな。」

 カーディアルはアスティを見下ろしながら顎に手を当て、納得したように呟くとにやりと笑った。

「しかし、こんな小娘が最近のお前の趣味か。私はてっきりお前は年上女が好みなんだと思っていたんだがな。」

 カーディアルがアスティから視線を逸らしてイニスを振り向いたその瞬間、アスティの目にはイニスが一瞬消えたように見えた。

 そして次の瞬間には、目の前でイニスがカーディアルの頭上で剣を振り上げていて、アスティは悲鳴を上げる間もなく体を強ばらせた。

 鈍い音が響き、イニスが動きを止める。

「今日は随分と太刀筋が甘いんじゃないか?」

 いつの間にかカーディアルは銃を手にしており、銃身を盾に剣を握ったイニスの拳を受けていた。

「……本気で殺されたいなら表へ出ろ。」

 互いに押し合ったまま、イニスがカーディアルに命じた。

「いや、それは遠慮しよう。」

 カーディアルは余裕の笑みを浮かべてイニスに返し、イニスは苦々しい表情を浮かべてカーディアルを押し返すと、素早く拳を引き戻して剣を鞘へと納めた。

「また随分と短気になったものだな。あの東の森の頑固爺の孫娘なんだろう? そんなに大事な客とも思えないが。」

 カーディアルは懐に銃を腰に差し直しながら笑うが、イニスは憮然としてカーディアルを睨みつけたまま答えない。

「……カーディアル部門長。いくら何でもイニス団長とお客様に失礼ですよ。最初の御発言といい、明らかにあなたの方に非があります。」

 キュエリがカーディアルとイニスの間に進み出て言ったが、カーディアルはきょとんとして「そうか?」とキュエリに聞き返した。キュエリが肩を落として大きなため息を吐く。

 イニスは明らかに不機嫌そうだが、一戦交えたカーディアルの方は全く意に介していないらしい。

「せめてきちんと御挨拶くらいされたらどうです?」

 キュエリに促され、カーディアルが再びアスティに向き直った。

「ふむ……。別に挨拶くらいしてやってもいいが、互いの立場を踏まえれば、まずはお前の方が先に名乗るべきだと思うがな。」

 カーディアルがアスティを見下ろして言う。

「あ……アスティと言います。こっちは友達のキーロです。」

 アスティはカーディアルに向かってぺこりと頭を下げ、肩の上のキーロを紹介した。

「クエッ!」

 キーロも小さく頭を下げて鳴いた。

「友達? ペットということか?」

 カーディアルがキーロを見下ろして呟く。

「い、いえ……飼っているわけではないんですけど……。」

 アスティの説明にカーディアルは小首を傾げ、ペット扱いされたキーロはいささか不満そうに低い声で鳴いた。

「まあいい。私はカーディアル。王宮騎士団情報部門の部門長だ。イニスの馬鹿よりも百万倍優秀な人間だ。よく覚えておくように。」

 カーディアルはそう言うと腰に手を当てて胸を張った。

「ごめんなさいね。カーディアル部門長は王宮騎士団一常識のない人なんです。」

 カーディアルの脇からアスティの前に進み出たキュエリが、申し訳なさそうに言った。

「キュエリ! 常識がないとは何だ! 私は絵に描いたような常識人だぞ。」

 カーディアルは不満そうに声を上げたが、キュエリが振り向いて睨み付けると、怯んだように押し黙った。

「騎士団にはキュエリさんのような女性の方もいらっしゃるんですね。」

 キュエリがアスティに向き直ると、アスティは素朴な感想を述べた。

「ええ。昔は男性だけだったようですけど、先代騎士団長のリスティアさんが国王の親衛隊として組織された王宮騎士団を専門家集団として再編してからは女性の団員も増えていますよ。特に私の所属する情報部門は部門長をはじめほとんどが女性ですし。」

 キュエリがにこりと微笑んで答える。第一印象の通りの穏やかな人だ。

「そうなんですか。」

 アスティはいくらか驚いてキュエリに答えた後、はたと気付いた。

「あれ? 部門長をはじめ……ってことは、情報部門長のカーディアルさんも女性……?」

 アスティは呟きながらカーディアルを見る。

「……それは、どういう意味だ?」

 カーディアルがひきつった笑みを浮かべながらアスティに聞き返す。

「え……えっと、ごめんなさい! 制服がイニスさんやゴートンさんと同じで、言葉遣いも男の人みたいだったのでてっきり男性かと……!」

 アスティは正直に答えた。確かに、一つ結びにされた長い髪や、細身の体型は女性らしいと言われれば納得のいくものではあったが、イニスとの忌憚のないやりとりや豪快とも言うべきその態度を見て、何となく男性のような気がしていたのだ。

「……ほーう、この絶世の美女を前に男と間違えるとは随分と目が悪いようだな。私の眼鏡を貸してやろうか?」

 カーディアルが不満そうに腕を組みながら言う。

「ご、ごめんなさい……。」

 アスティは体を縮めてカーディアルに謝罪したが、カーディアルはなおも機嫌を損ねたままだ。

「まあまあ、アスティさんも悪気があったわけではないですし。」

「カーディアル部門長の方がずっと失礼な発言を先にしていますからね。文句を言えるようなお立場ではないかと。」

 ヨルンがカーディアルを宥め、キュエリが冷ややかにカーディアルを窘める。

「そうそう、アスティさんは悪くないって。男勝りな性格の上に、こんな裏表のはっきりしない体型してたら誰だって女とは思わねえよ! 俺も未だに女とは思えねえもん!」

 ジェイスがけらけらと笑うと、カーディアルがじろりとジェイスを睨んだ。

「キュエリ。」

 カーディアルがジェイスを睨んだままキュエリを呼ぶ。

「はい。」

「締め上げろ。」

 カーディアルはジェイスから視線を逸らすと同時に、キュエリに命じた。

「かしこまりました。」

 キュエリが直ちに答えると、ジェイスが怯えた表情で後じさる。

「え? 何で……?」

「上司の命令ですし、今の御発言は同じ女性として許し難いかと……。」

 キュエリはジェイスの前に進み出ると、柔らかく微笑んだ。笑顔ではあるがどこか不自然で、端で見ていたアスティも嫌な予感を覚える。

「ちょ、ちょっと待って……。」

 ジェイスが両手を前に出してキュエリと距離を取るが、カーディアルがもう一度「キュエリ。」と呼ぶと、キュエリは「はい。」と答え、次の瞬間、ジェイスが前に出した腕を絡め取って、背後に回っていた。

 両腕を背中から上へ捻り上げられ、ジェイスは身動きが取れないらしい。

「いや、これ……痛っ!」

 ジェイスは床に片膝をついて悲鳴を上げると、キュエリがジェイスの両腕を絡め取ったまま、片腕をジェイスの首に回した。

「……ふんっ、下っ端の分際でこのカーディアル様を馬鹿するからだ!」

 カーディアルは苦悶の表情を浮かべるジェイスを見下ろしながら満足げな笑みを見せる。

「……キュエリさんって、お強いんですね……。」

 アスティは驚きながら感想を漏らした。

「いえいえ、そんな……。」

 キュエリはジェイスを締め上げたまま、アスティににこりと笑顔を向けた。

「キュエリのお爺さんは古武術道場の師範をしてるんだ。キュエリも小さい頃から訓練しているから、一流の使い手だよ。」

 ヨルンが脇から口を挟んだ。

「古武術……ですか?」

「大昔に渡来人がもたらした格闘術で、元は要人暗殺のための技術だったらしいよ。もちろん、今は暗殺なんてしないし、護身術として学んでいる人が多いけどね。」

 アスティが聞き返すと、ヨルンは丁寧に解説してくれた。今は暗殺なんてしないとヨルンは言ったが、一瞬でジェイスの背後に回り込んで身動きを取れなくしたキュエリの技術なら、そのままジェイスを殺してしまうこともできそうな気がする。

「すごいんですね……。」

 アスティは目の前のいかにも穏やかで大人しそうな女性の意外な一面に驚きつつ、ため息を吐いた。

「ぐ、苦じい……だ、助げて……。」

 アスティたちが話している間、ずっとキュエリに締め上げ続けられていたジェイスが必死の形相で声を漏らした。

「ああ、ダメだよ、キュエリ。」

 ヨルンが慌ててキュエリに近づく。

「脇はちゃんと締めないと。」

 そう言いながらヨルンがキュエリの肘に軽く触れると、ジェイスが一瞬大きく目を見開き、次の瞬間、ぐったりと頭を垂れた。

「ほらね、この方がちゃんと締まるでしょ。」

 ヨルンがにっこりと微笑むと、キュエリが驚いた表情でヨルンを見上げる。

「ジェイスさん、完全に落ちちゃいましたけど……。」

 キュエリが不安げにジェイスを見て腕を解くと、ジェイスは崩れ落ちるように床に伏した。

「え? あれ? 本当だ……。」

 ヨルンがジェイスを見下ろして呟く。

「お前、無邪気な顔して容赦ないな……。」

 ジェイスを締め上げろと命じた張本人であるカーディアルまでもが、顔をひきつらせながら呟く。

「あ、あの……ジェイスさんは……。」

 まさか本当に殺してしまったわけでもないだろうが、床に伏せたジェイスがぴくりとも動かないのでアスティは不安になった。

「大丈夫だ。……たぶん。」

 イニスが一歩踏み出したアスティの手に肩を置いて引き留めた。不安げに添えられた「たぶん」の言葉が気になるが、周りの誰も慌てていないところを見ると、たぶん、大丈夫なのだろう。

「もう、しょうがないなあ……。」

 ヨルンは一つため息と吐くと、ぐったりと床に倒れ込んだジェイスを仰向けにひっくり返した。さらにジェイスの上半身を起こして背後から両脇に腕を通し、ジェイスの胸の前で組み合わせた自分の両手をジェイスのみぞおちに押し当てる。そして「いち、に、さんっ。」と唱えると勢いよくジェイスの体を抱え上げた。

「げほっ、ごほっ……。」

 ぐったりしていたジェイスが突然激しくせき込むと、アスティの肩に置かれていたイニスの手が小さなため息とともに離れた。

「……あれ、お花畑は……?」

 ジェイスがぼんやりと辺りを見回しながら呟く。

「いい夢見れた?」

 ヨルンがにっこりと微笑んでジェイスの顔をのぞき込んだ。

「ああ、何かものすごく綺麗な花畑があって……って、違う! ヨルン、てめぇ、裏切ったな!」

 ぼんやりしていたジェイスがはっとしてヨルンの胸元を掴んで立ち上がった。

「えぇ? 裏切ってなんかいないよ、ちゃんと蘇生措置したじゃない。」

 ヨルンがきょとんとしてジェイスに返す。

「そう言う問題じゃねえ! 危うく死ぬところだったんだからな!」

「大丈夫、あれくらいじゃ死なないから。」

 ヨルンはにっこりと微笑んだ。

「全然大丈夫じゃねぇ!」

 息を吹き返したジェイスはヨルンに激しく言い募るが、ヨルンはきょとんとしたままだ。

「もしかして、ヨルンさんも古武術の使い手なんですか?」

 アスティはヨルンとジェイスの言い争いを眺めながら、隣のキュエリに尋ねた。

「ええ、ヨルンも子供の頃、私の祖父の道場に通っていたんです。門下生の中でも一番センスが良くて、あのまま続けていれば師範にもなれたのにって未だに祖父が残念がっているくらいで……。私よりずっと強いんですよ。」

「へぇ……。」

 ヨルンもキュエリと同じで穏やかな印象なのに、つくづく人は見た目によらないものだ。アスティは感心すると同時に、少しばかりの恐怖を覚えた。

「まあ、素手での勝負ならヨルンは騎士団一だろうな。」

 ギムニクがパンをかじりながら補足する。

「騎士団一ってことはイニスさんよりもお強いってことですか?」

 アスティは驚いて聞き返した。ギムニクの発言は、イニスが王国一の剣士と呼ばれていると言ったトールクの発言と矛盾するような気がしたからだ。

「まあね。素手での勝負なら、イニスさんにだって勝つ自信はあるよ。」

 ヨルンがにこりと微笑んでイニスを見るが、イニスはつまらなそうに無表情を貫いている。ヨルンの勝利宣言が不快というよりも、単に興味がないという風だ。

「あくまでも素手での勝負限定だけどな。ヨルンは剣でも銃でも武器を持つとからっきしダメなんだ。剣術の試合なら俺でも余裕で勝てるし。」

 ジェイスがヨルンを小突きながら言った。

「武器を持つと弱くなっちゃうんですか……?」

 アスティはジェイスの説明に混乱しながら聞き返す。普通は武器を持った方が有利になるはずで、武器を持つと弱くなるのでは武器の意味がない。

「武器を持つと間合いも変わるし、身体感覚が鈍っちゃうんだよね。」

 ヨルンが苦笑を浮かべながら答える。

「ただの訓練不足だ、訓練不足! 道具を使い慣れてねぇからだよ。お前の強さは認めるが、いい加減、剣術くらいは人並みにしておけよ!」

 ゴートンが食事をかき込みながら言った。

「うーん……でも、武器を使うのってあんまり好きじゃないんですよねえ、僕。」

 ヨルンが困ったような表情を浮かべる。

「好き嫌いの問題じゃねえ! 剣術は騎士団員に求められる伝統的教養だ。だからこそ、騎士団長を決める決闘だって真剣勝負なんだろうが!」

 ゴートンがフォークを掲げてヨルンを一喝する。

「騎士団長を決める決闘……?」

 アスティが疑問を口にすると、ジェイスが解説してくれた。

「王宮騎士団の伝統として、騎士団長は騎士団の中で一番剣技に優れた者が就くことになってるんだ。だから、騎士団員には常に騎士団長への挑戦権が与えられていて、剣術の試合で騎士団長に勝てば、その人が負けた騎士団長に代わって新しい騎士団長になれる。」

「なるほど……。」

 つまり、現騎士団長であるイニスは騎士団の中で一番剣技に優れているということだ。騎士団の外に剣技に優れた人がいないとは限らないが、たぶん、国一番の剣士という異名は真実なのだろう。

「でも、僕は別に騎士団長になる気もありませんし。」

 ヨルンが笑顔でゴートンに答えると、ゴートンはつまらなそうにため息を吐いた。

「ったく、最近の若い奴は覇気が足りねぇよ、覇気が。」

「何、無理する必要などない。どんなに訓練したところで、今更このカーディアル様のような早撃ちの技術が身につけられるはずもないのだからな! 訓練するだけ無駄というものだ!」

 カーディアルが腰に手を当てて天井を見上げながら豪快な笑い声を立てた。

「射撃の訓練が無駄ってのは全くその通りだな。イニスの剣速に負けるような射撃術なんか何の役にも立たねえ。ヨルンはもっと体を鍛えて、俺のように豪快な剣技を身につけるべきなんだよ。」

 ゴートンはカーディアルを横目に見ながら笑うと、力強くヨルンの背中を叩いた。

「……待て、ゴートン。何がイニスの剣速に負けるって?」

 天井から視線を戻したカーディアルがじろりとゴートンを睨んだ。

「お前の射撃。剣より遅いようじゃ早撃ちどころか銃の意味がねぇってことだ。」

 ゴートンは独り食事を進めながら呆れた表情で言う。

「バカを言うな! 私の早撃ちは決してイニスの剣に負けてはいない! 前回の試合はイニスが卑怯な手を使ったせいだ!」

「卑怯はお前の方だろうが! 騎士団長になるための決闘は真剣勝負、拳銃の使用は認められてねえんだよ!」

「何を言う! 伝統も科学技術の発展に伴って進化するのが当然だ! 文明の利器を活用しないのは、単なる時代遅れの愚か者だ!」

 ゴートンとカーディアルが激しく言い争い、アスティはどうしていいのか分からなくなった。止めた方がいいような気はするが、どう止めに入ればいいのか分からない。下手をすると、火に油を注ぎ、不要な火傷をすることになりそうだ。

「……カーディアル部門長。」

 突然、凛とした声が響き、二人の言い争いが止んだ。

「……な、何だ?」

 カーディアルが不安げな表情で声の主、キュエリを振り返る。

「……お客様の前で見苦しいですよ。」

 キュエリがにこりとカーディアルに微笑んだ。

「いや、これは、ゴートンが私を侮辱したから……。」

「前回の試合、イニスさんに負けたのは事実でしょう? カーディアル部門長は御自身の負けを認めたからこそ、イニスさんが騎士団長の職に就くことをお認めになられたのではないのですか。不満があるなら、もう一度イニスさんに挑まれてはどうです?」

 キュエリはカーディアルの弁明を遮り、イニスを振り返った。その場の視線を集めたイニスは面倒そうにため息を吐いたが、諦めた様子でカーディアルを真っ直ぐに見据える。

「騎士団長への挑戦は団員の権利だ。いつでも応じよう。」

「……今は……いい。」

 カーディアルは難しい表情を見せた後、頬を膨らませて視線をそらせた。

「まあ、何度勝負したってお前が負けるに決まってるからな。」

 ゴートンが笑いながらカーディアルに向かって言うと、カーディアルがぴくりと眉を動かしてゴートンを睨み付ける。

「ゴートン部門長?」

 カーディアルがゴートンに反論をぶつけようと口を開くよりも早く、キュエリがゴートンに鋭い視線を向けた。

「人がやっと治めたところを蒸し返さないでいただけますか。」

 口元こそ緩やかな円弧を描けど、キュエリの目は全く笑っていない。

「わ、悪い……。」

 ゴートンが怯えたように顔をひきつらせ、アスティは改めてキュエリの強さに感心した。

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