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第17話 謁見

 ナウルと小太りのおじさん——彼がオーヴェルジーニ首相なのだろう——が追いかけっこを続けている間、アスティは部屋の入り口に立ち、二人の様子を眺めていた。

 ナウルはどうやらオーヴェルジーニが頭の上に隠し持っているらしい「かつら」を奪い取りたいようで、アスティはナウルに加勢すべきか悩んだのだが、イニスやユミリエールがナウルを手助けする様子はなく、アスティも二人に倣って事態の推移を見守ることにした。

 しばらくして、ナウルとオーヴェルジーニの追いかけっこがひと段落すると、オーヴェルジーニはアスティが立っていた入り口へ後ずさりながら近づいてきた。

「と、とにかく! 今回の事件について、私は言うべきことは言いましたからね! よくよく御警戒なさることですな! 次の事件が起こってからでは遅いのですからね!」

 オーヴェルジーニはアスティの前でそう叫んだが、アスティにはオーヴェルジーニが何の話をしているのかよく分からなかった。ただ、それはナウルも同じだったようで、きょとんとして首を傾げている。

 オーヴェルジーニが謎の——少なくともアスティにとっては謎の捨て台詞を残して苛立たしげに国王の執務室を出て行った時、当然、彼はアスティのすぐ横を通ったが、アスティには一瞥もくれなかった。部屋を出ていくオーヴェルジーニの邪魔をしないように扉の陰に退いたので、アスティはオーヴェールジーニの視界に入らなかったのだろう。

「いやしかし、ほんまに惜しいとこやったなあ。もうちょっとやったんやけど……。ちゃんと確かめられへんで申し訳ないわあ。」

 ナウルは不機嫌そうなイニスと言い合った後、ユミリエールを振り返って申し訳なさそうに頭を掻いた。

「別に確かめたいとも思ってなかったから、その点についての謝罪は不要よ。むしろ、全身埃まみれになったことの方を謝罪してほしいわ。」

 ユミリエールが呆れた様子でナウルに返す。

「ええ!? 姫様は噂の真相知りたくあらへんの!? 前に姫様と首相のかつら疑惑について話しとった時、式典の途中に天井からあいつの髪の毛を釣り上げたったら面白い言うたのは姫様やん!」

 ナウルが驚いた表情で叫ぶと、イニスが大きくため息を吐いた。

「……そんなこと言ったかしら、ね。」

 ユミリエールは一瞬イニスに目線を向けた後、気まずそうに床に視線をさまよわせる。

「言った、言った。ジェーンやサラと一緒にあんなに盛り上がったやん。」

 ナウルが言うと、ユミリエールは表情を強ばらせ、目線を上げてナウルを見据えた。

「そうだとしても、本当にやる人間がいるなんて誰も思わないわよ! 本当に馬っ鹿じゃないの!?」

「馬鹿とちゃう、天才や! 学校の成績は姫様よりずっーと良かったんやで!」

「ずっと良かったんじゃなくて少し良かっただけよ、私の成績だってそんなに悪くは……って、そういう問題じゃなくて! オーヴェルジーニはお父様に次ぐこの国の権力者よ。彼に嫌われると後で困るのはあなた自身だと思うけど。」

 ナウルの返しに反論したユミリエールの表情が急にまじめに変わる。

「別に嫌われたってええよ。俺もあいつ嫌いやし。」

 ナウルはつまらなそうに答え、頭の後ろで両手を組みながらユミリエールに背を向けた。

「お前が良くても俺が良くない。」

 イニスが口を挟んだ。

「お前のせいで騎士団に対する議会の態度が硬化したら、仕事がやりにくくなる。それは騎士団全体の損失だ。」

「えー、そやかて、あいつむかつくやん。なすびみたいな顔しよって。」

 ナウルが口を尖らせながらイニスを振り返る。正直と言えば聞こえはいいが、ナウルの発言は完全にオーヴェルジーニの悪口だ。

 アスティは、かつて父から、他人の悪口を言ってはいけない、ましてや見た目で人を判断してはならないと教わった。どんな人にも良いところと悪いところがあり、自分が他人に向けた刃は必ず自分に返ってくるとも言っていた。

 ナウルの言動は明らかに父の教えに反しているが、ナウルは全く悪びれる様子もなく、ただ素直に感想を述べただけという風だ。加えて、先ほど目にしたオーヴェルジーニの面長で下膨れした顔は確かになすび——東の森ではよく年輩者がナスのことをそう呼んでいた——の形に似ていた。ナウルの感想と全く同じ感想を密かに抱いていたアスティはナウルを咎めることができなかった。

「なすび……。」

 ユミリエールはオーヴェルジーニの顔を思い浮かべているのか、天井を見上げながら呟いた。その表情にはじわりと笑みが浮かび出す。

「な? あの顔はなすびやろ、絶対。アスティちゃんもそう思わへんかった?」

 ナウルがユミリエールの肩越しにアスティの顔をのぞき込んだ。

「ナウル、陛下の御前だ。言動を慎め。」

 アスティが突然のナウルの問いに反応するよりも先に、イニスがぴしゃりと言ってナウルを睨み付ける。

「私は構わないがね、それを本人の前で言ってはいけないよ。彼は自分の容姿をひどく気にしているのだから。」

 国王が苦笑しながらナウルを諭しつつ、イニスをなだめた。

「それよりも、早く私にそのお嬢さんを紹介してくれないか? マリアンヌから聞いたところだと、お前の婚約者フィアンセだそうじゃないか。」

 国王はにこにこしながらアスティに視線を向けた。アスティは自分の後ろにイニスの婚約者がいるのかと考え、思わず後ろを振り返ったが、人影はない。

「……陛下……今、誰の婚約者と……?」

 イニスが表情を強ばらせ、ゆっくりと国王を振り返る。

「お前の婚約者だと聞いたが……違うのか?」

 国王はきょとんとして首を傾げた。

「違います!」

 イニスは国王に向かって半ば怒鳴りつけるように叫び、それから一呼吸おいてゆっくりと口を開いた。

「彼女はムリク長老の孫娘です。氏が亡くなられたことは三日前にご報告したとおりですが、氏と暮らしていた彼女を独り東の森に残すのも危険と考え、保護しました。しばらくは私の客人として騎士団の宿所に置かせていただこうかと……。」

「ほう……ムリクの孫か。」

 国王は立ち上がり、アスティに歩み寄る。

「名前は?」

「あ、アスティです。」

 国王に問われ、アスティは緊張して答えた。

「あの頑固者と違って素直そうな女の子じゃないか。」

 国王が微笑んだ。国王はアスティがイメージしていたよりもずっと気さくで親しみやすい雰囲気をまとっていた。

「あ、あの……王様は祖父を御存知なんですか?」

 国王の笑顔に緊張が緩み、アスティは思わず聞き返した。

「もちろん。若い頃にはよく叱られたものさ。」

「え? 祖父が王様を叱ったんですか?」

 アスティが驚いて聞き返すと、国王は微笑み、アスティの問いに答えぬまま背を向けた。

「遥々王都まで来たのだから、ゆっくりと王都の暮らしを楽しむといい。ここには森にはない珍しいものがたくさんある。」

 国王はアスティに背を向けたまま言った。

「でも……森にも王都にはない珍しいものがありましたよ、陛下。」

 国王に向かってそう言ったのは、アスティではない。アスティが声の発生源へ視線を向けると、ナウルが白衣のポケットに両手を突っ込んで含みありげな笑顔を浮かべていた。

「……ほう……黄金の鳥は見つからなかったとイニスから聴いたが、何か他に面白いものが見つかったのか? ぜひとも詳しく聴きたいね。」

 国王は元の椅子に腰を下ろし、ナウルに期待に満ちた眼差しを向けた。

「イニスの報告は正確やありません。俺たちが見つけた鳥は、もしかすると黄金の鳥かもしれへんのですから。」

 ナウルはそう国王に答え、アスティを振り返ってウィンクした。

 ナウルの言う「俺たちが見つけた鳥」はキーロのことで、ナウルのウィンクはキーロを呼べということだろう。

 アスティはそう解釈し、応接間へ戻ると、天井から吊り下がった電灯に留まっているキーロを呼んだ。

「キーロ!」

 アスティが声を掛けると、キーロは電灯をぶらぶら揺らしながら「クエッ」と鳴いた。

「キーロ!」

 アスティが再び声を掛けると、キーロはふいと横を向いた。降りてこようという気はないらしい。

 思い返せば、東の森にいた時からキーロは気まぐれだった。食事時だけは必ず姿を見せたが、それ以外はアスティについて来ることもあれば全く姿を見せないこともあった。つまみ食いを窘める以外には、アスティがキーロに指示を出すことはほとんどなかったし、その必要もなかった。アスティにとって、キーロがペットではなく友達であるのも、そういう間柄だったからだ。

 とは言え、一緒に王都——しかも王宮へやって来たからには、多少は言うことをきいてもらわなければ困る。キーロが問題を起こせば、キーロを連れてきた——正確にはキーロがアスティに勝手に付いてきたのだが——アスティが叱られることになるのだろう。

「キーロ、降りてきて!」

 アスティはもう一度キーロを呼んだが、キーロはそっぽを向いたまま電灯を揺らしている。アスティはため息を吐いた。

「早く降りてきなさい。国王陛下がお呼びよ!」

 ユミリエールが応接間を覗き、キーロに向かって叫んだ。キーロが人の言葉を正しく理解しているのなら、明らかな命令口調にキーロはきっと反発して余計に降りてこなくなるのではないかとアスティは心配したが、アスティの予想に反し、キーロはユミリエールを見下ろすと両翼を広げ、滑空してきた。アスティの頭上を掠めるように飛び、そのまま隣の執務室へと入る。

 アスティが驚いてキーロを追いかけると、キーロは執務室の天井近くをぐるりと一周した後、ユミリエールの肩に舞い降りた。

「いい子ね。」

 ユミリエールが微笑んでキーロの頭を撫でると、キーロは嬉しそうに「クエッ」と鳴いた。

「ほう……確かに珍しい。初めて見る鳥だ。」

 ユミリエールの肩に留まったキーロを見て、国王が椅子から腰を上げた。

「ナウルが王宮図書館の書庫で見つけた古文書によると、黄金の鳥は森の王の前で真の姿を現すんですって。だから、お父様の前ならこの鳥も金色に変わるかもしれないわ。」

 そう言ってユミリエールは肩に留まったキーロを手首へと移し、国王の前に差し出した。

「この黒い鳥が金色に……?」

 国王は怪訝そうにキーロを見つめる。

「陛下が伝説上の森の王なら。」

 ナウルが補足した。

 国王がキーロに触れようと恐る恐る手を伸ばすと、キーロは頭を垂れて、大人しく国王に撫でられた。

「……変身する気配は全くないが……。」

 キーロを撫でながら、国王が呟く。

「するとやっぱり、伝説上の森の王はエウレールの国王とは無関係っちゅうことやな。俺の言うたとおりやろ?」

 ナウルが勝ち誇った笑みをユミリエールに向けた。

「そんなことないわ! きっとキーロが伝説の鳥じゃないのよ。本物の黄金の鳥が別にいるんだわ。」

 ユミリエールがナウルに反論する。

 アスティとしては、ユミリエールの説を支持したいと思った。もしキーロが伝説の黄金の鳥だと言うことになれば、きっと今まで通り一緒にいることはできなくなるだろう。キーロは金色に変身したらさぞ立派だろうとは思ったが、せっかくの友達を失いたくはなかった。

「黄金の鳥とやらを見られなくて残念だが、そう簡単に見つかっては伝説らしくないからな。この黒い鳥は新種かね?」

 国王は笑い、ナウルに問うた。

「俺の知る限りでは、これまで記録されてきたエウレールのどの在来種とも異なります。」

 ナウルが改まった口調で答える。

「それは素晴らしい。しばらく観察して、その後は剥製にでもするのかね?」

 国王が口にした思いがけない言葉に、アスティは青ざめた。

 剥製するというのは、すなわち、キーロを飾りものの人形にするということであり、キーロを殺してしまうということだ。東の森で希少動物を密猟していた者たちが、王都では剥製にした稀少動物が高く売れるのだと言っていた。

「だめよ、剥製なんて。」

 国王に異議を唱えたのはユミリエールだった。

「この子は私が貰うわ。」

 ユミリエールはキーロを乗せた腕を引き寄せて、キーロを撫でる。

「貰うって……王宮で飼うつもりかい?」

 国王が戸惑いの表情を見せる。

「ええ。変な鳥だけど、結構気に入ってるの。」

 ユミリエールはキーロを撫でながら国王に答え、キーロはユミリエールの頬に顔を寄せて気持ちよさそうにしている。国王は困った様子で顔をしかめたが、それ以上反対するつもりはないらしい。

「キーロ……。」

 アスティは呟くようにキーロを呼んだ。

「何?」

 アスティの呟きに反応して、ユミリエールがアスティを振り返る。その表情は明らかに不満げだ。

「別に文句ないわよね? だってこの子、あなたよりもずっと私に懐いてるんだもの。」

 アスティが突然の問いかけに上手く答えられずにいると、ユミリエールは一方的に言ってアスティに背を向けた。

「餌は何を食べるのかしら? パンでも果物でも好きな物を用意してあげる。それからお家も必要ね。綺麗な鳥かごを用意するわ。ピンク色なんてどうかしら?」

 ユミリエールはキーロを撫でながら語り掛ける。

 ユミリエールの言う通り、確かに、王宮に来てからのキーロのアスティに対する素っ気ない態度と比べると、キーロはユミリエールにだいぶ懐いているようだ。もしキーロが王宮でユミリエールと共に暮らすこととなれば、アスティと東の森にいた時よりもずっと贅沢な暮らしをさせてもらえるのだろう。少なくとも食事に困ることはないだろうし、キーロにとってもそれは幸せなことなのかもしれない。でも……。

「……キーロは物じゃありません!」

 気が付いた時には、言葉は既に発せられており、アスティは室内に響いた自分の声に驚いた。

 ユミリエールが驚いた表情で振り返り、国王とイニスも戸惑いの表情でアスティを見つめる。

「え、えっと……。」

 視線を向けられ、アスティは言い淀んだ。アスティにとって、キーロは「友達」だった。誰かに貰われる物ではないはずだ。

 王都の人々が珍しい動物をかごや檻に入れて飼い、それを観賞することを楽しみとしているという話は聞いたことがある。しかし、それは動物たちにとって幸せなことではない——ムリクはそう言っていた。アスティとしても、キーロが狭い檻の中での窮屈な暮らしを望んでいるとは思えなかった。

 尤も、キーロが真実何を望んでいるのかは分からない。キーロがユミリエールのそばにいたいと言うなら、アスティにそれを止める権利がないことは分かっている。ユミリエールに対して偉そうに意見できる立場ではない。

「問題は、キーロがどうしたいかやな。」

 アスティに助け船を出したのはナウルだった。

「姫様とアスティちゃん、どっちと一緒にいたいかしっかり選びや。」

 ナウルはユミリエールに近付いて腰を屈め、キーロに視線を合わせて微笑んだ。

「そんなの私と一緒の方がいいに決まってるわ。王宮の方が森の中よりもずっと贅沢な暮らしができるんだから!」

「それはどうやろ? いくら御馳走くれたかて、こんなわがまま姫と一緒にいるんは御免やて思うんとちゃうの? なあ、キーロ?」

 ナウルがキーロを見つめて首を傾げる。

「そんなことないわよね!?」

 ユミリエールが半ば睨み付けるように右腕のキーロに視線を向けて問いかけたが、キーロは小首を傾げた後、意見を求めるようにナウルを振り返った。

「姫様とアスティちゃんのどっちが好きかっちゅうこっちゃな。」

 ナウルがキーロに答えるように呟くと、キーロはアスティを振り返る。

 アスティは黙ってキーロを見つめ、キーロの答えを待った。

「私と王宮で一緒に暮らす方が良いわよね?」

 ユミリエールがキーロに向かって選択を促すと、キーロはユミリエールに向き直り、大きく嘴を開いて「クエッ」と鳴いた。

「ほらね? ちゃんと私を選んだでしょう?」

 ユミリエールが得意げにナウルを振り返ったが、ナウルはにやりと笑うだけだ。アスティは黙って視線を床へ落とした。

 キーロがユミリエールと一緒に王宮で暮らしたいと言うなら、それを止める権利はアスティにはない。キーロが王宮でユミリエールに大切にされ、好物のマリイヤの実をたっぷり食べられるなら、それはキーロにとって幸せなことなのかもしれない。

 だから何も問題はない……アスティはそう自分に言い聞かせながらゆっくりと息を吐いた。

 一瞬の沈黙の後、ばさりと羽音が響いた。アスティが反射的に顔を上げると、キーロがユミリエールの腕から飛び上がった。アスティが見上げると、キーロは天井近くでくるりと円を描き、それからゆっくりと高度を下げて、アスティの肩に留まった。

「キーロ?」

 アスティが呼び掛けると、キーロはアスティを見つめ、それから「クエッ」と鳴いて、アスティの頬に頭を寄せた。

「……ちょっと! 私と一緒に王宮で暮らすんでしょう!?」

 ユミリエールが両拳を握り締め、キーロに向かって叫んだ。キーロは顔を上げてじっとユミリエールを見つめる。アスティは緊張しながらキーロを見守った。

 本音を言えば、アスティもユミリエールのようにキーロに向かって叫びたかった。私と一緒にいて、と。

 祖父ムリクが亡くなり、東の森の家族を全て失ったアスティにとって、キーロは東の森で共に暮らした貴重な仲間であり、友達だった。

 でも、キーロがアスティをどう思っているかは知らない。食事と寝床が確保できれば、誰と一緒でも構わないのかもしれないし、天井から吊り下がったきらきらと輝く灯りに留まっていられることが最高の幸せなのかもしれないし、可愛らしいお姫様と豪華な王宮で優雅に暮らす方が東の森の奥よりもずっと快適なのかもしれない。

 アスティがキーロと一緒にいたいと思うのはアスティの都合であり、キーロにそれを押しつけることはできない。キーロはアスティの愛玩動物ペットではなく、大切な友達だから。アスティと出会う前のキーロは元々森で自由に暮らしてきたはずであり、その自由を一方的に奪うべきではない。それが、森の民の森の動物たちとの付き合い方だった。

 キーロはしばらくの間ユミリエールを見つめていたが、ユミリエールに向かって「クエッ」と鳴いて、左右に首を振った。

 ユミリエールが驚きの表情を見せて固まる。

 キーロはアスティを振り返り、再び「クエッ」と鳴いてアスティの頬に顔を寄せた。

 ユミリエールと会ってからずっと、アスティに対して素っ気ない態度を見せていたキーロの態度が一変し、アスティは驚いた。アスティがぼんやりとキーロを眺めていると、キーロは顔を上げ、アスティに向かってにこりと微笑んだ——ようにアスティには見えた。

 アスティも反射的に微笑み返し、キーロの頭を撫でる。東の森にいた時と同じように、キーロは機嫌よく「クエッ」と鳴いて尾を振った。

「あれま、可哀想な姫様やね。イニスに加えてキーロにまで振られてもうて。」

 ナウルの笑い声が響いた。アスティが顔を上げると、ユミリエールは眉間にしわを寄せ、不満げに口を結んでアスティを睨み付けている。

 ユミリエールの立場からすれば、キーロが自分を差し置いてアスティに懐いていることは面白くないに違いない。それに、キーロに対するユミリエールの接し方が森の民とは違うとしても、彼女は彼女なりにキーロを気に入り、大切にしようとしていたはずで、キーロがそれを拒んで彼女の下を去るとなれば、彼女は寂しく思うだろう。

 キーロとて、ユミリエールを嫌っているわけではない。少なくとも、散々くちばしでつつき回したイニスよりは相性がいいはずだ。

 アスティはそのことを不愉快そうなユミリエールに伝えようと口を開き掛けたが、アスティが言葉を発するよりも早く、ユミリエールが叫んだ。

「何よ! いいわよ、別に。私にはお父様がくれた七色鳥がいるもの。無知なあなたは知らないでしょうけど、そんな黒くて汚い鳥よりずっとずーっと綺麗なんだから!」

 ユミリエールはそうアスティに向かって叫ぶと、腕を組んでアスティから顔を背けた。

「せっかくできた貴重なお友達にそない言うたらあかんやろ? たまには一緒に遊んでくれて頼んだらどうや?」

 ナウルがユミリエールの頬をつつきながら言うと、ユミリエールは不愉快そうに顔をしかめる。

「結構よ! 私、疲れたから部屋に戻るわ!」

 ユミリエールはナウルの手を振り払うと、アスティとキーロを睨み付け、部屋を出て行ってしまった。

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