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第16話 天井裏の曲者たち

 「王宮内で噂になっておりましたよ、騎士団長殿が可愛いらしい女の子を連れていた、と。」

 オーヴェルジーニが続け、イニスはぎゅっと口を結んだ。

 イニスがアスティを連れて来たことは、ジェイスたちの口を通じてマリアンヌにも伝わっていた。マリアンヌがわざわざオーヴェルジーニに話をしたのか、誰か別の者の口を経て伝わったのかは分からないが、できればオーヴェルジーニには知られたくなかった。アスティを騎士団の宿所に置くこと自体はいずれ知られることになるのだろうが、噂話というものは、大概、事実に反する憶測を含んで広がっていく。

 その結果、よりにもよってオーヴェルジーニにくだらないからかいの種を与えることになったことは、不運としか言いようがない。予め口止めしておけばよかったと思わないでもないが、その手の工作は、彼らの好奇心を刺激するだけで、狙いとは逆の効果をもたらしただろう。

「騎士団長はまだまだお若いから……お楽しみが多くて結構ですな。」

 オーヴェルジーニは嫌らしい笑みを浮かべて言い、イニスはオーヴェルジーニを睨み付けながら奥歯を噛みしめた。侮辱されることには慣れているが、今日のはとりわけたちが悪い。

 アスティの名誉のためにも反論したいが、国王の御前で品のない言い争いを繰り広げるわけにはいかない。ましてや首相に向かって剣を振るうわけにもいかない。

 ここで挑発に乗れば、恥をかくのは、自分を信頼して側に置いてくれている国王の方なのだ。

 ——ドタン。

 突然、天井から物音が響いた。先ほどから天井裏を這い回るねずみの足音が気になってはいたのだが、今度の音はねずみの足音にしては大き過ぎる。

「誰かいるのか!?」

 イニスは腰の剣を握り、天井を見上げて問い掛けた。


 ***


 「ねえ、ちょっと……ここ、ものすごく埃っぽいんだけど。」

 ナウルに引き上げられたユミリエールが咳き込みながら言った。

「嫌なら、姫様は応接間で待っといてもええんやで?」

 ナウルがユミリエールに向かってにこりと微笑んで言うと、ユミリエールは不愉快そうに押し黙った。

 今、三人がいる場所は、ナウルが小部屋の天井に見つけた秘密の扉——もとい、配管修理用の入り口を登った天井裏である。

 キーロは小部屋のランプが余程気に入ったのか、ナウルやユミリエールの呼びかけにも応じず、独り小部屋に残っている。アスティとしては、キーロだけを部屋に残すのは不安だったのだが、キーロがあの部屋の重い扉を独りで開けて外へ出て行くことはないだろうというナウルの言葉に説得されて、ナウルと一緒に天井裏へ上がることにした。

 天井裏の空間は、高さこそないものの、思いの外広く、国王と首相、そしてイニスがいる奥の間の上にも続いているようだ。

「あ、あの……ここで何をするんですか?」

 アスティは、這いつくばって天井裏を進み始めたナウルを、同じように這いつくばって追い掛けながら尋ねた。

「ちょっと釣りにでも挑戦しようかと思うてな。」

 ナウルは天井裏を進みながら楽しそうに返す。

「釣り……ですか?」

 アスティの認識では、釣りというのは、川や池で魚を獲るためにやるものなのだが、王都では天井裏でやるものなのだろうか。

「まさか天井裏からテーブルの上のお菓子を釣り上げて盗み出そうなんて言ったりしないわよね? それ、くだらな過ぎるわよ。」

 ユミリエールがアスティの後ろから呆れた声を上げた。

「お菓子なんかやないて! もうちょい珍しいもん釣り上げたるわ。」

 ナウルはそう言うと振り返り、「たぶん、この辺や。」と言って伏し、床——ではなく天井裏に耳を押し当てた。アスティもナウルを真似て天井裏に伏し、耳を澄ます。

 ——王宮内で噂になっておりましたよ、騎士団長殿が可愛いらしい女の子を連れていた、と。

 誰かの声が聞こえた。イニスではない。となると、国王かオーヴェルジーニ首相だろう。

「アスティちゃん、すっかり有名人になってもうたな。」

 ナウルが笑った。

「え? 女の子って私のことですか?」

「そらそうやろ。イニスが連れてた可愛らしい女の子なんて他におらへんわ。」

 アスティがきょとんとして聞き返すと、ナウルは身を起こした。

「私はユミリエール姫のことかと……。」

 アスティがユミリエールを振り返ると、ナウルは笑った。

「そらないわ! 姫様を『可愛らしい女の子』なんて言うはずあらへんって!」

 次の瞬間、何かがアスティの眼前を横切り、ナウルが派手な音を立てて転がった。

「悪かったわね、可愛らしい女の子じゃなくて!」

 ユミリエールが拳を引き戻しながら呟き、アスティは眼前を横切った「何か」がユミリエールの拳だと悟る。

「そ、そういう意味やのうて、ただ、オーヴェルジーニ首相ならユミリエール姫のことは御存知のはずやから、そういう抽象的な言い方はせえへんと思てやな……。」

 ナウルは何とかユミリエールの拳を眼前で受け止めたようだが、尻餅をついて転がった拍子に配管に頭をぶつけたらしく、片手で後頭部をさすりながら姿勢を起こした。

「どうだか!」

 ユミリエールがふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向く。

「……誰かいるのか!?」

 足下の部屋から、聞き覚えのある声が上がった。今度の声は、イニスのものに違いない。

「あかん、気付かれてもうた!」

 ナウルが額に手を当てて空を仰ぐ。

 アスティが足下の声に耳を澄ますと、「その声……ナウルか?」というイニスの声が聞こえた。その声はユミリエールの耳にも届いたらしく、ユミリエールは大きくため息を吐いた後、顔を上げて叫んだ。

「ちょっと、どうするの? 完全にばれてるわよ!」

「うーん、どないしよ。まあ……とにかく降りてから考えよか。」

 ナウルは頭を掻きながら呟く。

「降りるって、まさかこの天井をぶち抜くつもりじゃないでしょうね?」

「いや、それもなかなかかっこええ登場の仕方やとは思うねんけど、後でイニスに怒られそうやからなあ。」

 薄暗くてナウルの表情ははっきりと見えないが、その声は妙に明るい。苛立ちを含んだユミリエールの声とは対照的だ。

「どんな登場の仕方をしたって怒られるのは変わらないと思うけど。」

 ユミリエールが呆れた声で言い、ため息を吐いた。

「まあ、とにかく元来たとおり戻るで。ほれ、ほれ。」

 ナウルが両手をひらひらさせてアスティとユミリエールを登って来た入り口へと追い立てる。

「最悪ね。埃まみれになった挙げ句、ちっとも面白くなかったわ。」

 どうせもうばれているのだからと開き直ったのか、ユミリエールは体を起こし、天井裏に足音を響かせながら小部屋の入り口へと戻っていく。アスティもナウルに追い立てられて立ち上がり、梁に頭をぶつけないよう注意しながら中腰の姿勢でユミリエールを追い掛けた。

「そやなあ、こうなったら、いっそ正面から攻めてみよか。それも案外面白いかもしれへんで。」

 ユミリエールの不満に答えたつもりなのか、アスティの背後でナウルがぶつぶつと呟いている。


 ***


「……あかん、気付かれてもうた!」

 天井から聞こえた特徴のある声に、イニスは眉を顰めた。

「その声……ナウルか?」

 イニスは天井を見上げながら呟く。

「ちょっと、どうするの? 完全にばれてるわよ!」

 さらに続いて天井から聞こえた声に、国王も首を傾げる。

「ユミリエール?」

 イニスは国王と顔を見合わせ、再び騒がしい天井を見上げた。

「一体何なんだ! 天井裏に不審者が潜んでいたのか!?」

 オーヴェルジーニが取り乱した様子で叫ぶ。

「まあ、不審者と言えば不審者ですかね……。」

 イニスは天井裏を移動する足音に耳を澄ませながら答えた。足音は三種類。ナウルとユミリエール、それにアスティも一緒らしい。イニスはため息を吐いた。

「何を暢気なことを言っているのだ! 不審者なら、すぐに引きずり下ろして捕まえるのが貴様の仕事だろう!」

 取り乱したオーヴェルジーニは、国王の御前であるにもかかわらず、乱暴に叫ぶ。

「ユミリエール殿下が天井裏で遊んでおられただけですよ。すぐに降りてこられます。」

 イニスは落ち着いた声で答えた。天井裏でのかくれんぼを主導したのはナウルだろうが、ここでナウルの悪戯だと言えば、最終的にその責任は上司であるイニスに降りかかってくる。ユミリエールには悪いが、とりあえずは彼女の仕業にしておきたい。オーヴェルジー二も、王女であるユミリエールのしたことでは表立って批判することはできない。聡明な国王はナウルが首謀者だと見抜くだろうが、それをイニスの責任と責め立てることはしないだろう。多忙でなかなか一人娘の相手をしてやれないことを気にしている国王は、ナウルがユミリエールの退屈しのぎに付き合って度々仕事をさぼっていても咎めない。そのおかげで、ナウルが堂々と仕事をさぼり、そのしわ寄せがイニスに来ていることも聡明な国王は十分理解しているようで、何かとイニスを気遣い、労ってはくれる。それが、イニスにとってよいことなのか悪いことなのか、一連の流れを考えるとなかなか判断がつかないところではあるのだけれど。

 天井裏が静かになったかと思うと、隣の部屋からがたがたという音が響き、間もなく、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ。」

 イニスが答えると、扉がゆっくりと開き、予想どおり、ナウルが様子を窺うようにそっと顔を覗かせた。自慢の金髪はもちろん、白衣も大分埃にまみれていて、先ほどまで天井に潜んでいたのがナウルであることを完全に証明している。イニスはため息を吐いた。

「……天井裏におられたのはユミリエール姫ではなく、あなたの部下のようですな、騎士団長殿?」

 オーヴェルジーニがイニスを見遣りながら笑う。

「いや、ちゃんと姫様も一緒やったで!」

 ナウルが後ろを振り返ると、同じく埃まみれのユミリエールが姿を現した。ユミリエールはオーヴェルジーニを不愉快そうに一瞥し、髪やドレスに付いた埃をせせっと手で払っている。

 ユミリエールもまた、オーヴェルジーニとは相性が悪い。イニスの場合と異なり、オーヴェルジーニの方は彼女に対して基本的に好意的であるにもかかわらず、だ。

「天井裏に何か面白いものでもございましたかな、ユミリエール殿下?」

 オーヴェルジーニが愛想のいい微笑みを貼付けてユミリエールに問い掛ける。

「特になかったわ。」

 ユミリエールはオーヴェルジーニの問いに端的に答え、目も合わさない。

 首謀者はナウルに決まっているのだから、ユミリエールに問いを重ねたところで意味はない。かといって、何もなかったことにして話を続けるという雰囲気でもない。

 ユミリエールの愛想も欠片もない態度に、オーヴェルジーニの作り物めいた笑顔が歪んでいる。

「何をしてたんだ、お前は?」

 仕方なく、イニスはため息混じりでナウルに問うた。

「ちょっと確かめたいことがあってん。」

 ナウルは悪びれる様子もなく、にこりと微笑んで答えた。

「確かめたいこと?」

 イニスはナウルを怒鳴りつけたい衝動を抑えながら、聞き返した。

「そうや。王宮中で話題になっとる噂の真偽を確かめよう思たんや。王宮騎士団としては、王宮内に根も葉もない噂話が広がっとる状況を放置はできへんやろ?」

「何の話だ?」

 イニスには、ナウルの言う「噂話」には心当たりがない。

「騎士団長殿のお連れならここにはおりませんがね。」

 オーヴェルジーニがイニスを見遣りながら笑った。オーヴェルジーニの視界には入っていないのだろうが、イニスが連れ来た女の子——アスティは、きちんとここ——ナウルとユミリエールの後ろにいる。色鮮やかなバンダナが扉の陰でちらちらと揺れていた。

「いやいや、俺が確かめたいんはそんなことやのうて……。」

 ナウルはつかつかとオーヴェルジーニに歩み寄り、ひょいとオーヴェルジーニの頭上に手を伸ばした。

「な、何だね、一体!?」

 オーヴェルジーニは慌てた様子で身を翻し、ナウルの手から逃れる。オーヴェルジーニの表情には、いつになく不安が表れている。

「いや、ちょっと確かめようと……。」

「だから、お前は何を確かめたいんだ!?」

 イニスはナウルが何をしようとしているのか分からず、苛立ちながら問うた。

「何をって、そらもちろん……。」

 ナウルはきょとんとしてイニスを見た後、ゆっくりと視線をオーヴェルジーニに戻して微笑み、オーヴェルジーニは身構えながら後じさる。

「もちろん……何だ?」

 イニスが急かすと、ナウルが叫んだ。

「首相の頭の上の髪の毛が本物かどうか、や!」

 叫ぶと同時に、ナウルはオーヴェルジーニに向かって飛びかかる。

「……!」

 オーヴェルジーニは声にならない悲鳴を上げて、すんでの所でナウルの攻撃をかわした。

「な、ななな、何を言っているんだ、貴様は! ほ、本物に決まっているだろう!」

 オーヴェルジーニは頭を押さえながらナウルに向かって叫ぶ。

「いんや、違う! みんなの目はごまかせても、この名探偵ナウル様の目は誤魔化されへん! 真実を白日の下に晒したる!」

 ナウルは猫のように身軽く方向転換をすると、再びオーヴェルジーニの頭上を狙って飛び掛かる。

 イニスは呆れながら、ナウルとオーヴェルジーニのやり取りを眺めていた。

 確かに、年を取って髪の毛が薄くなったオーヴェルジーニがかつらを愛用しているという話は王宮内で何度か耳にしたことがある。しかし、いずれも女中や警備兵の雑談でのことであり、イニスとしては他人の髪の毛の存否などに興味はない。時々、オーヴェルジーニの髪の毛が不自然に浮き上がっていることが気にならないこともなかったが、イニスがそれを気にした最大の要因は、そこに何らかの危険物が仕掛けられているのではないかということだった。そして、その懸念がさほど気にする必要のないことであることは、王宮内の複数箇所に設置された金属探知機が反応しないことでほぼ解消されている。

「ふ、ふざけるな! こんな侮辱は初めてだ! 騎士団長殿は一体部下にどういう教育を……こ、こら、やめんか!」

 オーヴェルジーニは、これまで見せたこともない素早い動きでナウルをかわしながらイニスに向かって抗議したが、言い終わらないうちに、ナウルが次の攻撃を繰り出した。

「申し訳ありません。」

 イニスは謝罪の言葉を返したが、ナウルから逃げるのに必死のオーヴェルジーニの耳には届いていないだろう。

「いい加減にしないとクビにするぞ!」

 オーヴェルジーニがナウルに向かって叫んだ。

「クビやって? できるもんならやってみぃ! 首相に騎士団員の任命権はあらへんで! なあ、イニス?」

 ナウルはオーヴェルジーニを追い掛けながら、余裕の笑みでイニスを振り返る。ナウルが本気を出せば、オーヴェルジーニを捕まえるくらいはわけないはずだが、なかなか捕まえられないのは、オーヴェルジーニの動きが普段の彼からは想像できないほど素早いことに加え、ナウルがこの追いかけっこ自体を楽しんでいるからだろう。放っておけば、延々に続きかねない。

「そうですね。騎士団員の任命権は騎士団長の権限ですから、これ以上国王陛下の御前で無礼な真似をするなら、私としても、彼をクビにするほかないでしょうね。」

 イニスはあえてナウルを見ずに答えた。

「え?」

 ナウルはイニスが自分の味方をしてくれると期待したのが、驚いた表情を浮かべて固まった。

「ふ、ふん! 当然だ! 役立たずの給料泥棒な上に、この無礼極まる言動! こんな奴はさっさとクビにすべきですよ! 陛下もそうお思いでは?」

 イニスの言葉に勝利を確信したオーヴェルジーニが、襟元を正しながら言った。

 オーヴェルジーニの言う「役立たずの給料泥棒」と言うのは、日頃ナウルが仕事をさぼっているという王宮内では疑う者のいない噂に加え、王立大学を首席で卒業したという経歴から医療部門での活躍を期待されて王宮騎士団に入団した彼が、卒業後に国家試験をすっぽかして医師の資格を得られず、期待に添った働きを全くしていないという事実に由来するのだろう。ナウルが王宮騎士団における一番の問題児であることは、もはや王宮内では周知の事実であり、イニスもそれを否定するつもりはない。何しろ、この件に関して誰よりも迷惑を被っているのがイニスなのだ。

「まあまあ、ナウルの新しい発想はなかなか興味深いものだよ。」

 国王はのんびりとした口調でオーヴェルジーニに告げた。まさか国王がオーヴェルジーニの髪の毛の存否に興味を持っているとは思わないが、ナウルがクビになればユミリエールの相手をする者がいなくなるという点で、国王にはナウルに肩入れする十分な理由があった。

 オーヴェルジーニにとって、この国王の態度は期待外れだったようだが、国王相手に激しい反論もできず、ばつが悪そうに沈黙する。

 一方、ナウルは、この場の——どころか、この国の最高権力者を味方に付けたことで、満足げな笑みを浮かべた。

「じゃあ、そういうことで、国王陛下の目の前で噂の真相を確かめ……。」

「じょ、冗談じゃない! わ、私はこれで失礼いたしますよ!」

 ナウルがオーヴェルジーニに向き直って微笑むと、オーヴェルジーニは慌てた様子でナウルを押し退け、部屋の出口へと向かう。

「えー! 陛下も真相が知りたい言うとるんに!」

「いや、そこまでは……。」

 ナウルの不満そうな声に、国王が苦笑いを浮かべる。

「と、とにかく! 今回の事件について、私は言うべきことは言いましたからね! よくよく御警戒なさることですな! 次の事件が起こってからでは遅いのですからね!」

 オーヴェルジーニはもはやナウルを相手にする気はないらしく、そう言い捨てると、頭を押さえながら足早に部屋を出て行った。

「事件?」

 ナウルが首を傾げるが、オーヴェルジーニが最後に言い残したのは、ナウルが起こした事件ではなく、王宮の外壁の損傷についてのことだ。

「……ったく。お前はどうしてこう、いつもいつも馬鹿げた騒ぎを起こすんだ!」

 オーヴェルジーニが立ち去ったことを確認すると、イニスはナウルを怒鳴りつけた。国王の御前だが、むしろこの場でしっかりと叱りつけておかなければ、上司としてのイニスの立場がない。

 それに、イニスにとっては非常に不名誉なことだが、国王はこれに似た光景を既に何度も目にしているはずで、今更遠慮したところで意味がなかった。

「ええやん。ちょっとした余興やて。面白かったやろ?」

 ナウルはけらけらと笑い、反省している様子は微塵もない。イニスは今度こそ本当にナウルの頭と胴体を切り離してやろうかと思ったが、国王の執務室を血で染めるわけにはいかない。

「まあまあ、イニス。私も少々首相の長話には辟易していたところだ。邪魔してくれて助かったよ。」

 国王は気さくに述べるが、その台詞がナウルを調子付けてしまうのだ。

「いや、これはそういう問題では……。」

「ほら、陛下もこう言っとることやし。そない怒ってばかりやと寿命が縮むで。」

 ナウルは手をひらひらさせながらイニスに近づくと、イニスをなだめるようにぽんっと肩に手を置いた。

「誰のせいだと思ってるんだ!」

 イニスがナウルの手を払いのけて叫ぶと、ナウルはイニスの腕を掴んでイニスの耳元に顔を寄せて囁く。

「……俺はお前を助けたったんやで?」

「は?」

 イニスが聞き返すと、ナウルはにこりと微笑む。

「あの場で剣抜いて流血沙汰にでもなったら大変やったろ?」

 そう言ってナウルはウィンクをすると、イニスから離れた。

 確かに、あの時、イニスがオーヴェルジーニの度を超した冗談に苛立っていたし、怒りに任せて剣を抜くことが一瞬頭をよぎったのも事実だ。だが、それで実際に剣を抜くほど今のイニスは子供ではない。騎士団長として然るべき振る舞いは心得ている。

「馬鹿にするな。」

 イニスは小さく呟いたが、その声はナウルの耳に届いてはいないだろう。

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