第五話 始まった新たな生活
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「というわけで私がここに」
「いや、全然何も説明してないからな」
「そうですね。では…」
朝食の席で早紀は話し始めた。
陽一の消息が赤坂本家に知られた事。
陽一のお目付け役として早紀が派遣されたことetc...
「物好きだね~あの爺様たちも」
陽一は赤坂本家の血筋を引く次期当主予定であったのだが、幼心に見られる反抗心により勘当。
二年前の事である。
陽一はそれ以後一人暮らしをしたり親戚を巡り巡って今日に至る。
「どうしてお兄様はここに?」
不思議そうに訊ねる早紀。
「どうして…?何だか面白そうだったし」
「成程」
早紀は陽一の言葉に納得した。
昔から陽一は怖い物見たさ、というか好奇心旺盛であった。かの偉大な発明家の幼少期のような真似事をやっていた事もある。
それ故、その回答には疑問は抱かなかった。
「あら、ハルじゃない。早いのね」
兄妹が会話しているところにやって来たのはクリスだった。
「ああ、クリス。お早う」
陽一が返した言葉をスルーしたクリスはじっと早紀を見つめている。
ややその視線は睨んでいる、とも言えなくも無かった。
「何か?」
早紀が尋ねる。
「あなた…お兄様の何ですか?」
視線から迫力が消えた。
「え、えっ…何って…友達?」
「多分」
突然話を振られた陽一だったが、そこは冷静に対処する。
改めて状況を見ると、早紀と陽一の目が合った。
「お兄様?少々お話があるのですが」
「分かりました…」
「ではクリスさん。失礼いたします」
「え、ええ」
早紀に引き摺られていく陽一。
その場に残されたのは今起こった出来事に脳がフリーズしているクリスだけだった。
その後早紀と陽一の間に何が起こったかを知る者はほとんどいなかった。
ただ、隣人の話によると『悲鳴が聞こえた』とのことだった。
数日後、寮内の食堂にある掲示板に一枚の紙が貼られた。
それは、学校の開校を示す物であった。
寮内にいた生徒は全部で二百人ほど。
大抵の者は直通でつながっている特別列車や自分の国から船でやってくるものが大半であった。
ここの滑走路は一般旅客機の乗り入れを認めていない。
ハイジャックなどのテロ防止のためである。
また、海から接近する場合にも指定された航路を通らない船は事前通告なしに沈められる。
これはこの場所が開かれたときに世界中のマスメディアを通して発表された事である為、然程被害が出ることは無かった。
もう一つの乗り入れ手段である列車。
列車内には荷物は持ち込めない。
乗客は着の身着のままでやってくるのだ。
荷物は事前に貨物列車を運行させているため特に支障は無い。
もともとここにやってくるのは入学する生徒とここに立地している企業の社員が来る程度の物である。
一応不干渉地域であるため特に問題は起きてはいない。
(ただ、学校の上を占める理事会が出資国から一人ずつ選ばれていてそれが前大戦の戦勝国が大半を占めていることは事実である)
開校する旨を聞いた学生予定者達は皆市内へ買い物に出かけていく。
この人工大地の上にあるのは研究所と寮と学校と企業ビルとコンビニくらいな物であるため買いものは列車で陸地のほうへ行かなければならない。
陽一もこの日は出かけていた。
「お兄様、あれが欲しいです」
「早紀~あれは学校に入らないものでしょ」
「クリスは黙っててください」
「後で見てやるから先に学用品を…」
三人で。
何時の間にやらクリスと早紀は打ち解けていたらしく、ここ数日は共に遊ぶ機会も幾らかあった。
そんな二人に引っ張られながら陽一は買い物を済ませていくのだった。
「これで揃ったか?」
「ええ」
「はい」
購入した荷物を運搬タクシーに載せるとタクシーは駅へ向かった。
貨物列車に積み替えて自室へ送られるのだ。
「さて…やる事済んだし、飯にするか」
「寮の食堂は閉まっていますが」
「街中で食べるのもお金が掛かるのよね」
大富豪の娘とは思えない発言をしたクリスに溜息をつきつつ陽一は案を出した。
「分かった…俺が作るわ」
「本当!?」
クリスは驚きの目で、早紀は喜びの目で陽一を見た。
「何だよその驚き具合は」
「ハルって料理できたんだ、って…」
「お兄様のお料理…二年振りです」
何がいいかを訊ねた陽一に対する答えは一つだった。
「お兄様のお好きな「寿司!」で」
「分かった。寿司な」
丁度いい形に二人の声が重なった事に思わず笑みを浮かべる陽一だった。
学校が始まったのはこの翌週の事である。
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