第1話 奥手な魔王様
吾輩は魔王である。
・・・と、昨今話題沸騰中である、人気小説家『セキソー・ド・ナツーメ』の代表作冒頭を真似してみたものの、ちゃんと名前があるし、何よりネコではない(自認識)から、矛盾しかない。どうやら、パロるのも簡単ではないようだ。
要塞型魔導都市クロナード王国から北西に百数キロ、過酷な岩峰の頂に位置する城下町。それが魔王軍連合国の一つであるジャスペルである。そこの大総統兼、軍部最高指揮官であるのが、魔王『ベルゴール・グレン』である。彼女は連合国トップの紅一点であった。
コンコンコンコン。執務室の堅牢な扉が叩かれた。
「入れ」
「失礼します」
一礼し、第二軍団指揮官アルクルド中将が入ってきた。顔を上げた時、そのしなやかで長い浅葱色の髪が宙に舞った。
「要件はなんだ?」
「先ほど、東国遠征先遣隊からの緊急連絡がありました。それによると、やはり戦争が始まっていたそうで、かなりの死傷者が出ているそうです」
「そうか。先遣隊は今どうしている?」
「現在は負傷者の治療にあたっています」
「・・・わかった」
唾を飲み込むと、そう言った。
「当分の間はそのまま治療を続けろ。敵味方関係なくだ。その間に、両国の首相に会ってくる。物資の補給は任せたぞ。」
「了解しました。失礼します」
「あ、ちょっと待ってくれ」
敬礼し、部屋を後にしようとしたアルクルドを引き留めた。
「はい?」
「補給部隊を派遣したら、自室まで来てくれないか・・・?」
グレンの顔は微かに紅を散らしていた。
「はい・・・了解しました・・・」
その不自然な紅さに違和感を覚えたものの、気にすることなく部屋を去っていった。扉が閉まると、静寂が執務室をこだました。
「いっ・・・言った・・・言ったぞ・・・!ついに言ったぞぉ・・・!」
心の中で密かにガッツポーズをかまし、叫んだ。しかし、喜びの井戸はすでに許容範囲を大きく超えており、余分が顔面に滲み出ていた。
「ついに・・・ついに言えたんだ・・・!あのアルちゃんに・・・!」
いつまでも消えることのない迸りを、ひたすらに噛み締めていた。
そう。魔王であり、大総統であるグレン、意外にも初心なのである。ここまで硬派な異世界戦争モノであるように見せかけて恐縮であるが、実際のところはちゃんとタイトル通りの、彼女の奥手な恋愛事情を綴ったラブコメなのである。
さて、そんな奥手で初心なグレンの恋愛と言ったら、魔王としたら不適切極まりないものばかりだ。親の教育方針により箱入り娘だった彼女は、軍の新人仲間に教えられて、初めて交尾の方法や自慰行為などを知った。
また、人生で初めて好きな人が出来た時も、恋愛経験はおろか、恋愛というものに全く馴染みがなかったせいで、いきなり押し倒すという暴挙に出た。その時、緊張と焦りのあまり気絶してしまい、相手を押しつぶしかけるという武勇伝が出来上がった。
そんなグレンが今ぞっこんなのがアルクルドなのだ。
「マジで何なの!?あの顔よすぎだろ!仕事時には凍てつく氷のようにクールなのに、オフの時は犬にも似たお日様のような笑顔!マジ魔王でよかったわ。じゃなかったら、こんな写真撮れてなかったよなぁ〜」 そう心の中で発狂しながら、軍でもトップクラスのスパイに盗撮させた、オフのアルクルドの写真を舐め回すかのように見ている。
「あー、マジでなんでこんなにビジュいいのー・・・ビジュ以外も最高だけど、マジでビジュがぁー・・・ビジュぅー・・・・・・」
アルクルドを長時間摂取しすぎたせいか、脳が正常に働かなくなってきた。その歪みに歪み切った笑顔はいつしか、絶頂寸前まで変わってきていた。
「私の部屋に来てもらったら、何しようかなぁ・・・とりあえずお茶でも飲んでぇ、いや、お酒の方がいいかなぁ・・・もしそうだとしたら何がいいのかなぁ・・・ワイン?麦酒?それとも極東の国のクリア・リカーってのもアリかなぁ・・・一回あれ飲んでみたけど、結構アルコールキツめだし、もしかしたらすぐ酔っ・・・て・・・・・・って、そしたらエッチな事に・・・!?」
ブシャッッ!
妄想を一人で勝手にエスカレートさせたせいで、鼻血が出てきてしまった。急いで紙を鼻に詰めるが、止まらない。止まらない。止まらない。止まらない。ヤバい、このままでは失血死してしまう。そう考えたグレンは咄嗟に、回復魔法を発動した。
一瞬、突き刺すような光がグレンを包み込んだ。危機一髪であった。何とか鼻血は止まったらしい。ホッとため息をつk「大総統!大丈夫でありますか!?」
勢いよく扉を開け、一人の兵士が入ってきた。
「おっ・・・おい!許可も無しに勝手に・・・!」
「すっ・・・すみませんっ!しかし、先ほど扉の向こうから激しい光があったので、何事かと思い・・・」
「大丈夫だ!問題ない!わかったらさっさと去れ!」
「はっ・・・はい!了解しました!」
ピンチを乗り越えた。そう思った矢先、兵士が何かを拾った。それは紛れもなく、アルクルドの写真だった。
「!?!?」
「大総統、これは・・・」
言いかけた兵士を、猛スピードで壁に押さえつける。そして、写真を奪う。
「いいか?この事については忘れ、誰にも話すな。わかったな?」
やっと魔王らしい顔になった。
「はっ・・・はい・・・」
「よし、行け」
兵士は尻尾を巻いて、去って行った。
再び執務室が静まり返る。呆然と立ち尽くすグレン。傾き始めた陽の光。子供達の甲高い声に、八百屋のおっちゃんのしゃがれた声。冷めたコーヒー。軍帽。残響。空虚。泡沫。
グレンは灰と化した。




