【劇場版響け!ユーフォニアムを観たあと、感化されてシリーズ全部見た私が作家さんの才能の凄さに凹まされて『リズと青い鳥』の感想を書いて映画の内容を検証してみたはなし】
先ずこの映画『リズと青い鳥』ふたりの主人公「みぞれ」と「希美」について。
中学一年で出会ったときにみぞれに希美が声をかけたことは、他の人に声をかけるのとは全く別の感情が作用させたのではないだろうかと思った。
希美は初めて会ったときから、みぞれに特別な感情を抱いていたから、しずくに声を掛けたのだと。
だから消極的なみぞれを引っ張るように胸を張って先頭で風を切って歩いた。
友達なら、みぞれも追いつくために早く歩かなければならないし、早く歩く自分に文句も言うだろうから。
希美は階段を二段飛ばしで登ったり、早く歩いたりすることで、みぞれに言って欲しかったのではないだろうか「もう!希美、歩くの、早過ぎ!」って。
つまり何でも気軽に話すことのできる対等な友人関係を築きたかった。
でもみぞれはいつまでも殻を破ろうとはしてくれなかった。
まるでロボットのように、あとを着いて来るだけで、みぞれから話しかけてくることもなかった。
この映画で特に私が印象的なシーンとして感じたのは、希美が夏紀と優子と話をしていたときに『リズと青い鳥』に移し替えた、みぞれと自らの立ち位置が逆であったことに気付くシーン。
ここで希美は自分の立ち位置がリズであることに気付く。
そして『リズと青い鳥』の物語のシーンでリズが希美の気持ちを代弁する。
「わたしがあの子を愛するあまり、うつくしい翼をうばってしまった。――ああ、神様どうしてわたしに」と。
ここで場面は丘の上のベンチに座る希美の姿にかわり「カゴの開け方を教えたのですか」と続く。
時期は分からないものの、現在の場所や時間も異なることから以前であることだけは分かる。
物語の冒頭で希美が『リズと青い鳥』の絵本を広げて子供のころに読んだと言っていたから、時期は最近ではないのかもしれない。
私はこの時期を、希美が吹奏楽部に戻ってくる前ではないかと思った。
社会人の吹奏楽団を辞めたとき、そのきっかけとなったのが、希美がみぞれの演奏を聴いたことだと思う。
そのシーンは出てこなかったと思うが、シーズン2第一回「まなつのファンファーレ」で、そのことを久美子が思い出す言葉が入っている。
「あのひと、たしか府大会で来ていた人だと思うんだけどぉ~……」って。
つまり、希美は府大会でのみぞれの演奏を聴いたから。
そしてこのときは、部を辞めたときにみぞれとの恋を諦めてカゴの中に閉じ込めていた自身の感情が開けられたことをさすのではないだろうか?
これまでを時系列で表すと
中一:みぞれに一目ぼれして吹奏楽部にさそう。
↓
中三:コンクールで挫けてしまったみぞれをさそって北宇治高校に進学する。
↓
高一:自身や仲間、それにみぞれのためにコンクールで金賞を狙える北宇治吹奏楽部に変えるため奔走するが成し得ずに、みぞれとの恋をあきらめる。
部に残れなかった理由は、みぞれがAメンバーに選ばれたからではなく、孤立して周囲から無視された惨めな自身の姿をみぞれに見られるのが怖かった。
↓
府大会で聴いてしまったみぞれのオーボエから、活き活きとした音色が影を潜めていることに気が付いてしまう。
↓
どうしようもない気持ちに駆り立てられ、社会人吹奏楽団を辞めて復部を決意。
↓
復部が叶ったあと、今度は普通の友達としてみぞれに接するつもりだった心が、離れる前よりみぞれを好きだという気持ちが強くなり始めたことに気付き、永遠に開けられないカゴに閉じ込めていたはずの自身の気持ちをカゴから開け放ってしまったことを後悔する(映画で描かれた夕焼けの公園のシーン)
と、こうなるのだと思う。
★やはり京アニだけあって音楽のシーンが好き!
希美は練習のときに、自らの意志で第三楽章の演奏を滝先生に求めるみぞれの行動に驚く。
そして、みぞれが覚醒して、みぞれ自身が閉じ込めていたその才能を自らの手でカゴから取り出したことを。
けれどもそれは2回目の別れを意味するのだと希美は思ったに違いない。
音楽でしか繋がっていられなかった関係が、みぞれの覚醒によって引き裂かれてしまう現実。
みぞれは手の届かないところに行ってしまう現実を。
ここの演奏の描写は凄い!
真直ぐに強く情感をうったえかけるオーボエの音色に対して、やさしく柔らかくこたえることしかできないフルートの音色。
これは吹奏楽にいらした作者の武田綾乃先生だからこその選曲と楽器の選択だったと思う。
個人的な話で恐縮なのですが私は吹奏楽の楽器の中でオーボエが一番好きだ。
それは吹奏楽の楽器の中で一番感情を豊かに表現できると思うから。
同じダブルリードのファゴットも感情は豊かだが、高音域での表現に難がある。
その他の楽器ではフルートが素晴らしいと思う。
リードのないフルートは高音から低音まで、とても豊かな感情を表現できますしその表現力はオーボエをも凌ぐことができる。
ただ、リードのないフルートには大きな欠点がある。
それは大きな音を出すことが非常に苦手っていうか、そもそも出ないこと。
リードのないフルートは、表現力はあるものの、息を消費し過ぎて続かなくなることが圧倒的にオーボエに対して不利になる。
だからこの第三楽章では、フルート奏者のレベルがオーボエ奏者を上回っていない限りそもそも成り立たない楽譜だと私は思う。
ただしこれは感情論なので、人によって好みは分かれますし、違う視点で比べるとまた違う。
話は逸れたが、いたたまれなくなった希美は音楽室から逃げ出してしまう。
自分から離れていったみぞれの音を聞きながらも、みぞれのために折れそうな心を踏み留めて最後まで演奏したことは希美の最後の愛の告白だと思う。
★理科室のシーンが秀逸過ぎる!
逃げ出した先は、みぞれが一人でよく居た理科室。
覚醒してみんなにその実力を見せつけたみぞれにはもう不必要な場所。
もうみぞれは決してここに戻ってこないと思いながら、みぞれを一人ぼっちにしてしまったことを後悔しながら希美は思っていたに違いない。
「なぜ私は、あのとき太陽の光をみぞれに反射させて彼女を呼び掛けていたフルートの気持ちがわからなかったのだろう」と。
楽器は知っていた。
自分がどうすれば、よかったのかを。
それを今さら気が付いたことが、悲しかったに違いないと思う。
ところがみぞれは希美を追って理科室に来る。
希美の立場になった場合、おそらくここでの第一声が話の内容を左右してしまう。
やさしく手を伸ばすみぞれの手を拒むように、考えるよりも先に声が出てしまう。
最初からみぞれが自分を追ってくると分かっていたら、違う言葉を用意できたかもしれない。
でも用意する暇もなく、みぞれの優しい慰めの手、ほんとうは一番欲しかったその手から逃れるために直近の失意の感情を口に出してしまった。
口から出たのは、みぞれに対する愚痴。
愚痴は一旦言い出すと、脳で止めようとしても止まらなくなる。
みぞれの才能が普通に上手い人だったなら、おなじ大学に行って今度はコンクールとは関係のない世界で同じ音楽を楽しむはずだった。
そのために悲鳴を上げていたみぞれの音を取り戻させるために、希美は青い鳥になって吹奏楽部に舞い戻ってきたはずだったのに、それがいつのまにか自分はリズになっていてみぞれの才能をカゴに閉じ込めようとしてしまった。
その後悔が、愚痴として自分を圧し潰そうとしていた。
それをみぞれが止めてくれた。
それだけではなく、みぞれはこんな私に大好きのハグまでしてくれた。
希美が「みぞれのオーボエが好き」と言った後の間と、そのあとのみぞれの目の動きと希美の笑いと自ら大好きのハグを解くところから、希美はみぞれからの「希美のフルートが好き」という言葉を待っていたのだと思う。
嘘でもいいから、大好きなみぞれからそう言ってもらえることで、みぞれのそばに居続けることができるかもしれないと。
どんなに他人から見て虚勢を張っているということが見透かされていようとも、希美は音大を受験することをまだ諦めていなかったのだと。
でも、みぞれは希美に嘘は言えない。
そう、あの青い鳥のように。
だからみぞれは希美の意図を知りながらも「希美のフルートが好き」とは言えなかった。
それが、みぞれが見せた、戸惑うような目の仕草のわけだった。
ここで嘘を言うことで、青い鳥は二度と帰る場所を見失ってしまうから。
みぞれには、それがわかっていた。
嘘をつける関係は、友達でもなければ、まして自身が望むようなもっと上の関係でもないことを。
それは希美もわかっていたのだと思う。
わかっていて、みぞれが嘘をいうのを待っていた。
それは、みぞれを自由に飛び立たせるために必要だと思ったから。
★二人の関係は廊下のシーンからが本当の関係になる!
そして、このとき廊下に青い鳥が飛び立って行く影が見えた。
だがこの青い鳥は、帰って来ることを知っている。
おそらく二人は意識の奥で、このことを悟ったのだと思う。
希美は荷物を取ってくると言い、ひとり廊下を歩く。
みぞれを遠ざけるために中一で初めて会ったとき吹奏楽部に誘ったことを覚えていないと嘘を言ったが、希美はそのことを忘れてはいなかった。
みぞれが思う以上に、希美はしずくが好きなのだと思う。
だから虚勢を張ってフグのように膨らませてきた息を吐いた。
もちろん才能への嫉妬もあったと思うが、それも一緒に吐き出した。
そして空には二羽の鳥。
鳥たちはお互いに前を競い合うように、優雅に楽しそうにいつまでもいつまでも広い大空を舞っていた。
それは、これからの二人の関係を表すように。
★音楽室と図書室に分かれていても、心は一緒!
このあと二人は別々の行動をとる。
みぞれは部活に、そして希美は図書室で自習。
これはあのフグの水槽のある部屋でのことがあって、ふたりの関係性が大きく変わったことを意味すると思う。
いままでお互いに、お互いの関係を繋ぐのは音楽だと思っていたことから解放された二人の関係。
音楽というかごに閉じ込められていた二人の関係が、外の世界に飛び出すことができたのだと思う。
みぞれは図書室で自習している希美を知りながらも、楽譜の端に書かれたイラストとメッセージによって希美に応援されていることを感じられることに驚いた。
図書室の窓の外を飛び立つ鳥。
そして音楽室の外を飛び立つ鳥。
この描写は『リズと青い鳥』に、なぞられていると思っていた物語の根底を覆す描写だと思う。
つまり、どちらがリズで、どちらが青い鳥というのではなく、もともと青い鳥は2羽……いや、もっともっと沢山いたのかもしれない。
そして閉じ込めていたカゴは……。
確か作者の武田綾乃がこの作品で「二人の天秤が釣り合った」とインタビューで言ったことがあると何かに書かれてあったのですが、みぞれと希美の、お互いがお互いに好きという感情の波が揺れることなく釣り合いが取れて安定したということなのではないかと思いました。
画用紙の上に並べて置かれた水彩絵の具の青色と赤色の接点は、しだいに混ざり合ってきれいなもようを作る。
これがこの物語を製作した山田尚子監督が作中で伝えたかったことではないだろうかと私は思った。
そして、いろんな解釈のある最後のシーン。
急に振り返った希美が、みぞれを驚かせた言葉。
これ、わたしなりの考察で恐縮なのですが書いてみたいと思います。
「初めて会ったときから、みぞれは私の一番だったよ!」って。
★その他に気付いたこと。
ひょっとすると希美の社交的な一面は、みぞれに悟られないようにするためのカモフラージュだったのではなかったのだろうか?
部活の帰りに後輩たちからファミレスに誘ってもらえる希美だが、しずくは後輩からの誘いを断っても、そのことを諦めずに自分に相談しに来るほど慕われていることを知ったとき、希美は不安を覚えたのだと思う。
いつも明るく練習にも雑談にも応えられる私が後輩たちの誘いを断ったとしたら、どうだろう?と。
おそらくそういった不安があって、会計係にもかかわらず部費の未納入者への取り立てができていなかったのではないのかなって。
だって本当に社交的だと、そういったこと平気でできると思う。
だから、みぞれから後輩たちをプールに誘っていいかと言われたときに焦ったし、みぞれを取られてしまうかもしれない恐怖に怯えたのかもしれない。
★映画以外からのしてんでみてみると。
シーズン3の第十一回で久美子たちが、みぞれのコンサートを観に行ったシーンで、演奏を終えたみぞれが慌てて階段の踊り場から下を見る描写がありますが、このときもみぞれはハッキリと希美を見て明るい表情を見せ、急いで階段を降りて希美の前に向かっているように私には見えた。
しかも、ふたりの服装もなんか似ている。
友達の定義として疚しい心で自分を裏切っていた人とは、たとえ仲直りをしたとしても距離を置くのが普通なのではないかと思う。
まして久美子が同じ大学に入った未来について想像できないと言い、希美に裏切られたと思っていた頃に希美のフルートの音色に吐きそうになり、会って取り乱したみぞれが希美の本当の気持ちが忌まわしいものだと気付いたときに平気でいられるはずはない。
みぞれは、そういう事を許して付き合えるほど器用ではないはず。
むしろ希美の本当の気持ちを知ったからこそ、離れても恋しい親友として希美を見ていると思う。
これは希美のことを悪く解釈しがちな人がいることに対しての私の抵抗なのかも知れませんが……。
★余談1
悪い人ではないのですが、この物語で私が唯一文句を言いたいのは新山先生なのです。
新山先生は本当に学校にいる本当の先生のままの先生なんです。
特定の優秀な生徒を指導する。
通しで第3楽章を演奏しているときも、フルートとオーボエの掛け合いが問題なのに、新山先生はみぞれだけを見ています。
演奏をしていても子供はみんなこういう視線には敏感です。
希美だけじゃないです。
あれ見せられると「あなたなんか、眼中にないわ!」って言われているのと同じです。
希美が音大に行こうと思っていることを打ち明けたときにも、アドバイスもしないで「何かわからないことがあったら、相談して」っていう決まり文句のあと自分から話を打ち切って行ってしまう。
大人と違って子供のときは、そういう態度ですぐに傷つく。
先生ではないプロ演奏家の橋本さんだらきっと違う対応をしたと思うし、滝先生も演奏のときに不必要な目の動きはしない。
この新山先生の態度は、音楽教師あるあるなのだと思う。
★余談2
希美視点で見ていましたが、希美の気持ちがすごく分かる。
そして希美はすごいと思った。
私は「なろう」で小説を書き始める前はたくさん小説を読み漁っていたのですが、書き始めてから全然読めなくなった。
理由はプロの人の小説読むと、その才能の違いに凹まされてしまうから。
だから漫画やアニメも見ない。
作家さんへの嫉妬とは違う。
ただの自己嫌悪。
頑張って頑張って、それでも本当に頑張っているとは言えない状況。
だから、こうなるの分かっていたから、友達からユーフォ観に行こうって誘われたときに断ろうと思っていたのですが、ことわりきれなくて映画館行って感動して、それからネットでシリーズ全話観て、もうそれは「風邪?」って聞かれるほど、のどが枯れるくらい泣いて泣いて泣いた……感動の嵐の次に訪れたのは、敵わない絶望感。
映画を観てもう1週間も経つのに、まだ凹んだまま執筆ができないほど落ち込んでいます。
希美は強いなーって思った。
でも嫌じゃない。
ユーフォ本編での主人公、久美子ではありませんが、いつかこの気持ちも宝物に変えられる自分になりたいと思う。
だから「なろう」の投稿規定に抵触するかも知れませんが、前を進むために大好きになったこの映画の感想文を書いてみました。
一歩でも、前に進むために。
もし最後まで読んでくれた人がいたら、ありがとうと感謝の言葉言いたい。
「ありがとう。そしてこれからも、がんばろうね!」って。




