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記録2 :世界を解釈した"緑族のイモータ"

第2890宇宙に存在する、シンフアーバンと呼ばれる星。

瘴気のない空気にきれいな水、星の半分以上を占める安定した大地。

生物の誕生から知的生命体への進化までに時間はかからなかった。


草食動物の進化から発展した知的生命体、彼らは緑族と名乗り大量に繁殖していた。

緑族は客観視と推測能力に非常に秀でており、様々な事象発生のメカニズム解明を得意としていた。

解明した事象から様々な法則を見つけ出し、自分たちの文明に技術として取り入れる。


いつしか彼らは自然現象をも解明し、自分たちの生活の質を高めていった。

短期間で天気や気温を操り、作物の成長を促し食料を確保する。

飢えることを知らないまま繁殖を続け、大地は緑族で満たされる。

大地だけでなく"空間"まで生息圏を拡大し、彼らの文化発展はとどまる事を知らなかった。


彼らは自己主張や承認欲求が乏しく、統治者が権力に興味を持たない極めて稀な種族だった。

高度な発展を迎えた世界はほとんどが同じ結末を迎える。

私利私欲にまみれた権力者の暴走と反乱分子の革命による滅亡、見るに堪えない。

しかし、緑族達は欲求を抑制できるのか、他の世界のような結末を迎える事はなかった。


彼らは発展した文明を持ちながら貨幣制度を持っていなかった。

食料の生産や分配、調理は全て自動化しており、基本的な生活を享受するために働く必要はない。

起きている時間の大半は事象のメカニズム解明、つまり自分が興味をもつ事象の研究に費やす。

その代わりに費やした研究で得た結果を余すことなく公開し、より高度な文明を築き上げていたのだ。


緑族の文明が栄えていた時代、一人の男が誕生した。

彼の名前は"イモータ"。

論理的で合理主義が多い緑族の中、柔軟な思考を持つ異端児として生を受けた。


多くの緑族は事象について因果関係を紐解き、発生原因を特定する。

発生原因の理屈を突き詰め、任意発現の手法を確立させメカニズム解明を完了させていた。

"類似性と再現性"を彼らは最も重視する。


イモータはここを緑族の欠点だと考えていた。

合理主義で結果を重視、過程はあくまで作業として割り切り振り返ることはしない。

確かに高度な文明を築いているが、今のやり方では"観測できる事象の再現"が限界だ。

文明をもう一段階昇華させるには過程から学びを得る事、学びを繋げて新たな事象を自分たちで生み出すことが重要なはずだ。


しかし、イモータの主張は誰にも届かない。

「事象の再現で充分すぎるほど発展してる。」

「未知の事象を引き起こすと世界に負担がかかるかもしれない。」

彼らは高水準の生活を維持しながら星に負担をかけない選択として、今のやり方を地道に続けることを結論づけたのだ。


イモータは納得しなかった。

現状に満足して前進しない、それは思考放棄と何も変わらない。

"足るを知る"なんて耳障りがいいが、実際は甘い蜜に浸されて変化を恐れている者の戯言だ。

最善の結果を得るために最大の努力をする、それこそが能力を持つ者たちの義務だ。


誰の協力も得られないイモータは一人で新しい事象の発明に取り掛かった。

通常であれば事象から原因解明のために深堀を行うが、イモータは観測した事象が新たに引き起こす事象がないか考えた。

既に解明されている原因から、事象発生までの道筋に複数の分岐を導き出す。

分岐先を研究して起こりうる事象を想定し、再現性を検証する。


この方法は新しい事象を発見する可能性があるものの、驚くほど効率が悪い。

一つの事象から起こりうる別の事象は無限にある。

全てを把握するのは困難だし、それこそ無限の時間が必要だ。

(だから我々のような存在が誕生したのだろうか?)


最大の難関は分岐の検討にある。

全ての事象には無数の分岐が存在し、分岐の数だけ別の事象が存在する。

新しい事象とは、"自分がまだ発見していない事象"に過ぎない。

つまり、自分が認識できていない可能性を認識して分岐として定義する必要があるのだ。


可能性の検討は知識の積み重ねでどうにかなるものではない。

誰もが考えに至らなかった結論を"センス"で見つけ出す行為なのだ。


新たな事象発明を開始してから5年、イモータは未だに成果をあげられていない。

周りからは呆れられ距離を置かれているが、別に悲観していなかった。


今の自分たちの当たり前、それは昔の人にとっては求めていた新しい世界だったはずだ。

歴史を辿ってみても今の世界はまるで異常なはず、昔は作物を育てるには雨を待つ必要があった。

我々が歩けたのは大地だけ、空間は羽をもつ種族の領域だった。

調理のようなエネルギーを効率よく吸収する術はなく、大量の食事が必要だった。


一歩先の未来を実現するためには、自分たちの想像が及ばない世界を創造するしかない。

イモータは理解されることなく研究に没頭した。

そしてさらに10年の月日が経過した頃、イモータはついに新しい事象を"発明"した。


彼が見つけ出したのは物理法則を反転させる力、事象を逆転させる力。

冷たい炎や乾燥をもたらす水、上に落下する荷物など、誰もが見たことのない事象を引き起こした。

新しい事象の発明を緑族は歓迎し、イモータを称えた。

(この時のイモータは呆れた目をしていたように見えた。)


緑族はこの新しい事象をすぐに技術として整えた。

物理法則に依存しない様々な事象は文明の発展を加速させ、緑族の文明は最盛期にたどり着いた。


しかし20年後、彼らの最盛期は終わりを告げる。


彼らの技術は発展していたし、私利私欲に溺れない理性的な種族だった。

だが、どれだけ文明と種族が優れていようが土地を拡張する事はできない。

長寿化したまま繁殖を続けた結果、土地に対して人口が増えすぎたのだ。


そもそも最盛期を迎える前から人口増加は課題だった。

(だから空間に物体を固定する技術を開発して居住地を増やしていた)

繁殖を抑制しようにも、生物として子孫を残さない選択はありえない。

長寿化を抑制したところで、自ら死を選ぶ生物など存在しない。


この課題に結論を見出しのはイモータだった。

物理的な課題によって緑族は争いの危機に扮している。

だったら取るべき結論は一つ、"物理からの脱却"だ。

イモータは事象を逆転する技術を応用し、肉体から脱却した思念体としての在り方を皆に説いた。


イモータの結論は賛成派と反対派に分かれて大規模な討論を招いた。

種族同士の争いを選ぶか、生物からの脱却を選ぶか。

お互いの主張がぶつかり合って結論はいつまでも出ない。


数か月におよぶ討論の中、イモータはひとりで準備を進めていた。

彼はシンフアーバンに存在する全ての生物を思念体にしようと計画していたのだ。

誰の許可を取ることもなく、ただ粛々と。


イモータは別に種族の事を考えていたわけではない。

ただ、疲れていたのだ。

合理性だけを追求する彼らに囲まれて生活するのに。

イモータは種族ではなく星の安らぎに寄り添うことを決意し、誰の許可も得ずに計画を実行した。


シンフアーバンに静寂が訪れた。

星中に存在する生物の抜け殻、大地は栄養として消化した。

土地は豊かな栄養を元に植物を増やし、宇宙から見た星は緑に覆われていた。


思念体になった彼らは私にはもう観測できない。

肉体から脱却した生物は例外なくブラックホールに吸収される。

彼らは圧縮された質量の中で、宇宙の一部として星を見守るのだ。


彼らに思考や感情は存在するのだろうか。

私にはそれを理解するすべはない。


イモータは物理からの脱却による思考と感情の圧縮まで見えていたのだろうか。

彼の解釈がどうか安らぎを皆に与えていることを願うばかりだ。

様々な世界でブラックホールは観測されているが、どの世界でも無限の質量を有している。

あの中は時間が止まっているのだろうか、それとも無限に時間が流れているのだろうか。

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