第3話 閃光のF①
羽田空港の国際貨物倉庫。X線検査をする係員の井上は、倉庫にいる山口の携帯に電話した。
「左から3つめの貨物、中を確認してくれ!」
山口が貨物を開けると、中から5億円の渋沢(一万円札)が発見された。
「渋沢(一万円札)っすね」
無線から山口の緊張感の無い声が聞こえた。
「またか。最近多いな」
「そうですね。渋沢(一万円札)をガムテープでぐるぐる巻きにして、機内に持ち込む乗客も増えているらしいですよ」
「こないだも、渋沢(一万円札)を見たらマネーロンダリングだと思え、って課長が言ってたしな」
「そうっすね。100%マネロンっすね」
最近、渋沢(一万円札)を海外に持ち出す、そんな運び屋が増えている。空港の検査で発見できるのはほんの一部だ。一割にも満たないだろう。大半の渋沢(一万円札)は海外に流出している。
「CAから聞いたんだけどさ。トイレから出てこない乗客がいて、鍵を開けたら、渋沢(一万円札)が機内にばら撒かれたらしい。俺が同じ便に乗ってたら、何枚か拾うな」
「僕も拾います。ところでこれ、どうします? 1億円くらい抜いてもバレないですよ」
どうせ犯罪収益だ。警察が押収した後、持ち主が名乗り出ることはない。井上が盗んでもバレることはない。
「そうだな。監視カメラ映像はどうする?」
「同期が警備室にいるから、大丈夫っす。1,000万円渡せば、データ消去してくれます。後は井上さんと僕で山分けだから、4,500万円ずつ。どうです?」
「いいよ」
「あーざっす! 次も怪しい貨物あったら、山口に直電ください!」
井上は手許の時計を見る。これも役得だな。
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翌日、警視庁捜査二課の刑事が羽田空港の国際貨物倉庫にやってきた。現金が詰まった貨物について訊きたい、と捜査二課長の加藤、2名の刑事が井上に会いに来た。
「貨物の中身を確認しました。4億円の渋沢(一万円札)ですね。通関書類はこちらですか?」
「ええ。荷送人はタイ籍の法人、荷受人はミャンマー籍の法人です。犯罪組織が使っている法人なら、ダミー会社だと思いますけど」
加藤は書類に目を通している。同席した警察官が加藤に耳打ちする。
「法人名は違うけど、2週間前の渋沢ロンダリングと住所が同じか。もう、この住所には送らないだろうな」
渋沢ロンダリング――井上が聞いたことない用語だ。
「すいません。渋沢ロンダリングですか?」
「ああ、すいません。捜査二課で使っている用語です。使用履歴のない渋沢(一万円札)が使われるマネーロンダリングです。日銀が発行した新しい渋沢(一万円札)が頻繁にマネーロンダリングに使われていまして、連番だから渋沢(一万円札)を利用したら犯罪資金かどうかが追えます」
「へー。連番ですか」
あの1億円を使うと足が付く。どうにかして、別の紙幣に替えないといけない。マネロンの資金をマネロンか……上の空の井上に加藤が言った。
「ところで井上さん、いい時計していますね。ヴァシュロン・コンスタンタンですか?」
加藤は表情を変えない。井上が犯罪組織と関わりがあるかを疑っているのかもしれない。
「中古ですよ。時計が趣味なんです」
怪しまれただろうか? 加藤の表情に変化はなく、その後、腕時計の話題が出ることはなかった。
通関書類について井上にいくつか質問した後、加藤と2名の刑事は国際貨物倉庫の内部、監視カメラ映像を調べるために、退室した。
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「頭取、渋沢(一万円札)の回収率が落ちていますね。もう少し、真剣にやってもらわないと困りますよ」
三つ葉銀行頭取の中村は、前に座る一回り年下の男を見た。高圧的な態度ではあるが、腹を立ててもしかたない。男は大手銀行を監督する金融庁の銀行第一課長。男に失礼な態度をとれば、三つ葉銀行は潰される。
中村は男の機嫌を損なわないよう、細心の注意をはらう。
「いえ。当行は全力を挙げて渋沢(一万円札)を回収しております。ただ、日銀からは福沢先生(一万円札)を差し出すように言われておりまして。渋沢(一万円札)を回収するための資金を捻出するのに苦労しています」
「言い訳は結構です。この国で流通すべき一万円札は福沢先生だけです。渋沢(一万円札)は日本から駆逐せねばなりません」
「おっしゃる通りです。福沢先生を盛り立てるべく、当行は全行員をあげて、鋭意努力いたします」
男は満足したのか、「よろしくお願いします」と言い残して頭取室から出ていった。
三つ葉銀行の金庫には、渋沢(一万円札)が山積みで置かれている。日銀からのノルマで引き受けたものの、男の指示で国民に流通させることができない。金融庁の職員に抜き打ちでチェックさせているらしく、AMTから渋沢(一万円札)が出てきたら、どんな仕打ちが待っているか。
最近は福沢(一万円札)が不足している。そろそろ渋沢(一万円札)を使わないと店舗の紙幣が枯渇する。何とか対応策はないものか。
あいつなら何とかしてくれるかもしれない……中村は懐刀の遠藤に相談することにした。
「お呼びでしょうか?」
常務取締役の遠藤が入ってきた。中村は遠藤に、不足する福沢(一万円札)の紙幣を確保し、滞留する渋沢(一万円札)の紙幣を国民に流通させないで消費することを指示した。
「そういうことですか。問題ありません。私にお任せください」
遠藤は自信たっぷりで頭取室を出ていった。やはり、頼りになるのは優秀な後輩だ。遠藤を次の頭取に推薦しよう。
遠藤の動きは早かった。僅か2週間で、金庫に積まれた渋沢(一万円札)の半分を消費した。遠藤がどんな方法を使ったかを中村は知らない。だが、福沢(一万円札)の紙幣を確保することができたから、渋沢(一万円札)の回収ペースを上げられる。




