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【短編小説】統計学者の憂鬱 ~ベイズの罠と外れ値の連続殺人~  作者: 霧崎薫


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第四章:情報の関係性編集

 神原数理は捜査資料のすべてを一度白紙に戻した。犯行時刻の最適化、ベイズモデルの攻防。それらはすべて犯人が巧みに仕掛けたミスディレクションだったのかもしれない。彼女は事件のもっと根源的な構造を見つめ直すことにした。


 彼女が新たに着目したのは被害者たちそのものだった。


 田中一郎、佐藤花子、山田太郎、そして鈴木恵子。


 なぜこの四人が選ばれたのか?


 これまで捜査本部は彼らの間に接点がないことから無差別殺人と断定していた。しかし数理は編集工学的な視点――情報の「関係性」を編集し、新しい意味を見出すという視点――で、彼らの膨大な個人データを再分析し始めた。


 彼女は被害者たちの人生のあらゆるデータを国勢調査や各種の統計データベースと照らし合わせていった。年収、家族構成、学歴、勤続年数、住居、消費行動、SNSの利用時間、テレビの視聴時間、支持政党、好きな食べ物……。


 そして数日後。


 彼女はある信じられないほど奇妙で、そして恐ろしい共通点を発見した。


 それは共通点がないという共通点。


 いや、もっと正確に言えば、彼らは全員「統計的に完璧な平均値」を体現していたのだ。


 数理は戦慄しながらその分析結果をレポートにまとめていった。


【被害者の『平均性』に関する分析報告】


**被害者A:田中一郎(35歳・男性・会社員)**


年収:582万円(同世代男性の全国平均値と完全に一致)


勤続年数:12.4年(平均値)


通勤時間:片道58分(首都圏平均)


既婚、子供なし。妻は専業主婦。これもまた統計的に最も標準的な世帯モデル。


**被害者B:佐藤花子(52歳・女性・中学校教師)**


世帯構成:夫、子供2人(男女一人ずつ)。日本の最も平均的な家族構成。


住居:購入後20年の3LDKの持ち家。貯蓄額、保険加入額、すべてが同世代の統計的平均値と驚くほど一致。


**被害者C:山田太郎(23歳・男性・フリーター)**


週の平均労働時間、28.5時間。月収、18万4千円。趣味はスマホゲームと動画鑑賞。SNSの一日あたりの平均利用時間、3.2時間。そのすべてが統計調査で明らかになっている現代の若者の、まさにど真ん中の標準値。


 偶然とは考えられなかった。一人の人間がここまで完璧な平均値を体現すること自体が、統計的には天文学的な確率だ。それが四人も連続で殺されている。


 犯人は無差別に人を殺しているのではなかった。


 その人物は「統計の平均値」そのものを擬人化し、殺害していたのだ。


 数理は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


 これは単なる殺人事件ではない。統計学という学問そのものに対する挑戦であり、復讐だ。


 犯人はこの社会が無意識のうちに神聖視している「平均」や「普通」という概念そのものに牙を剥いている。


 そして数理がファイルを調べ進めた時、彼女はあることに気づいた。過去の論文データベースで「外れ値の統計的処理」に関する研究を引用している人物がいる。その引用パターンが数理自身の研究と酷似していた。


 データの背後にある意味と物語を読み解く。


 編集工学的な思考が純粋な数値分析だけでは決してたどり着けなかった、犯人の心の闇の輪郭を初めて照らし出した瞬間だった。



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