表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白物語  作者: 白龍閣下
7/7

昔話(下)

「と言うかこんなの、演劇部にやらせていいのか?」

 縄で後ろ手を縛られたまま素朴な疑問を呟く。正直こんな何かのプレイみたいな体勢は嫌だ。鼻の頭もかゆいし。ひざで掻くか? 嫌だよそんな事。

 前向きに検討するなら、嘉光よしあきが死んでいるのがせめてもの救いかもしれない。一応起きたときのためにあいつも縄で縛られてはいるが。まあとどのつまり大曽根さんを動かさなければ今この状況において危険は無いというわけだ。

 ま、今はな。あとは舞台に上がらなければならないという奇天烈きてれつな理論をどうにかしなければならない。

「やるのは演劇部だけじゃないから」と杭瀬くせ

「やめろ! こんな恥晒はじさらし大会に私を参加させようとするな!」

 ああ、まさに恥晒し大会だよ! 演劇部の皆さんにも同情だよ畜生ちくしょう

「それじゃただ単純に面白くない」

「お前のは最早面白さとかそういうのを凌駕りょうがしてるんだよ!」

「……うれしい」

「今の台詞にほおを赤らめる要素があったか!?」

 もうこいつわけ分からない。最初から分かっちゃいなかったけどさ。

 と……。

「ったく、やめねえか似非えせ無口!」

 ここで流れを断ち切ったのがまさかの大曽根おおぞねさん。杭瀬の横行が許せなかったのかもしれない。……いやでも、あんたちょっと前まで何言ってたよ?

「もっとはるの事考えてやれよ!」

「あなたが一番考えていない気がします」

 思わず横からそう突っ込んでしまったが、大曽根さんはそれを無視して話を続けた。

 正直言わせてもらうと、無視でよかった。この人とかは口を少し滑らせただけでも大変な事になるからな。前にも天森あまもりさん相手に油断して、何故か嘉光とのデートという意味不明だがとりあえず最悪な結果を導き出した事があるし。あれは屈辱だった。あの時のような事は、もう起こすわけには行かない。

 私はそう、心に誓った。

「似非無口、おめえの晴を女装させるって逆転の発想は悪かねえんだ」

「女装じゃないし男役にする方がどちらかと言うと逆転してる気がします」

 ……ごめん、どうも誓いは果たせなかったみたいだ。また口を挟んでしまったじゃないか。まあこれも大曽根さんがスルーしてくれてるからよしとしよう。いいよな? 後からやってくるってオチじゃないよな?

「コアなファンを狙えるし、お嫁さんになりたいって晴の夢も叶えられる」

「私にそんな夢はありません」

 ……まただよ。またやっちまったよ。いやしかし、大丈夫なはずだ。二度ある事は三度ある。三度目の正直なんて私は認めな──

「何だ、晴は横から必要ねえことばっか言うな」

「それはあなただと……いえ、何でもありませんから懐から取り出した手榴弾しゅりゅうだんのピンを抜こうとしないで下さい。忘れてるかもしれませんがまだ縛られてるんですよ?」

 口は災いの元。不必要な事を言っていたのは紛れも無く私でした。反省しますからどうかこの私めを封じ込めている縄を解いて下さい。どうかこのあわれな民をお許し下さい。

「さて──」

 そんな私の返事に満足したらしい大曽根さんは、再び話を本筋に戻した。だから縄解いて。

「んじゃなんか案、あるか?」

「はい!」

 ここで蝉野郎、菅原すがわらがようやく話に加わってきたようだ。縄解け。

「蝉──」

「誰か他に案は!」

 見事なスルーに、菅原は茫然自失ぼうぜんじしつ椅子いすに座り込んだ。どうせまた蝉についての話でも書くつもりだったんだろうがな。それならスルーするのも仕方ない。むしろ積極的にスルーされるべきだ。杭瀬みたいに。

「ったく、どこのどいつだよ変な要素を付け加えようとしたのは!」

 大曽根さんが憤慨しているが、ここで「あなたが主犯でしょ」なんて言ったら手榴弾を投げ込まれる可能性があるので黙っておく。恩赦おんしゃに恩赦を重ねてもらってもせいぜい縄の縛りがきつくなるくらいだろう。

 ……しかし本当に、いつまで縛られていればいいんだ私は。

(……晴希はるき

 ふと、誰かの声が耳に入ってくる。

(晴希、俺だ)

 ああ、なるほど。誰なのか分かったぞ。お前か。お前なのか。

(……内藤ないとう、いつの間に生き返った)

(ついさっきな)

 血まで吐いて倒れたくせになかなかの生命力だ。あと三十分ほど死んでればよかったのに。というか……。

(どうして吐血まで行ったんだ?……まあいい。それよりお前のせいで大変な状況になりつつある。責任を取れ)

(俺何にも喋ってなかったぞ!?)

(馬鹿か。お前だから悪いんだ。キャラ的に)

(キャラ的に!?)

(うるさい黙れ)

 大曽根さんたちに気付かれるじゃないか。

 困ったことがあったらとりあえず嘉光のせいにしておくって解決方法がこの世の中には存在する。私はそれで幾多の問題を解決してきた。なんて万能なんだ。伊東家の食卓に投稿してもいいレベルだろう。唯一の問題点は伊東家に嘉光がいない事だが。

(あのな、そんな事言ってたら縄、解いてやらないぞ)

(……それは困る。さっきの言葉を訂正するからこの縄を解いてくれ)

(分かった。お礼のキスは?)

(断る)

 それ以上の条件なら縛られてたままの方がましだ。嘉光に助けられるだけでも屈辱なのに、末代まで恥を引きってたまるもんか。

(冗談だ。ちゃんと解いてやるからさ)

 と、嘉光は縄をすぐに解いてくれた。しかし無駄に器用だな。あれだけ固く縛られた縄を十秒で解いたぞ。もしかしてその指使いを常々練習してたのか?……うえ気持ち悪い。吐き気がする。私は少し後悔した。

「大曽根先輩、晴希の縄が」

「しまったな。ま、もういっちょ捕まえるぞ!」

 杭瀬の無駄な告げ口のせいでまた囲まれた。

「晴希」

「ああ、分かってる。内藤」

 選択肢は一つ。攻撃でも防御でも魔法でもない、撤退だ。迷う間も無く走り出した。まるで風の如く。どうだ、これが自他共に認める超低スペック女子の全力だ。

 全力を出せば逃げ切れない事はない。部室を出ればゲームクリア……のような気がする。保証はない。まあ嘉光の主人公補正があればあるいは。だったらこれで捕まったときは嘉光のせいになるんだろうな。うん、実に合理的だ。

 そして朱鷺羽ときわに視線を送っておく。後で鞄を届けてくれるくらいの事は喜んでしてくれるだろう。

 案の定、廊下に出ると誰も追って来なかった。

「さて、行くか」

「演劇部の所か?」

 まさか嘉光もここで愛の逃避行なんて答えは言わないだろう。

「ああ。とりあえず話をやめにしてもらう」

 だろうな。しかし。

「お前もノリノリだったろ。どうしていきなり意見を変えたんだ?」

「倒れた後しばらく考えてたんだけどな、やっぱ演技って形じゃ駄目なんだ」

「どうせそんな事だろうとは思ったよ」

 変に一直線なんだよな。この内藤嘉光って男は。そして同時に凄く気持ち悪くもある。

陰陽師おんみょうじの力なんて糞喰らえだしな」

「……もうそのネタはいい」

 そのまま廊下を歩き出す。嘉光が私の肩に手を回そうとしてきたが、私はそれをすぐさましゃがむ事で回避した。

 嘉光は少し残念そうな顔をしてから外を眺め、そしてニヒルにこう呟いた。

「お返しのキス、駄目だろうか」

「冗談言うな阿呆あほう

 そうやって私達は演劇部の方へ歩き出した。


 では、簡潔な後日談でもしよう。

 結論から言えば、演劇部云々の話は根も葉もない盛大な嘘だったらしい。要するに「頭が頭痛だ」の辺りからもう私達は罠におちいっていたと。この孔明こうめいめ、私達をもてあそびやがって。

 常識的にはそんな文芸部に全てを任せるような真似をするはずなどないのだが、それでも真実を知った時には流石さすがに驚いた。知っていたのは大曽根・一宮の両先輩だけだったそうだから、きっと皆もふざけんなといったような気持ちだっただろう。

 杭瀬は勢いで執筆を終えてしまったが、出来上がったシナリオは恐ろしいほど混沌こんとんとしていて、ある意味でこの文芸部らしいといってもいい出来だった。参考として、朱鷺羽などはたった2ページで吐き気を覚えたそうだ。新しい拷問ごうもんに利用できそうだな。

「ちなみに内藤、先に私がお前の手を縛っておいたのもよく解けたな」

「あれお前が縛ってたのかよ!」

 しまったな、これは伏せておくべきだったか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ