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白物語  作者: 白龍閣下
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昔話(上)

 とりあえず内藤嘉光ないとうよしあきがうざったい。いつものように絡んでくるのを無視し、私は警戒しながら部室の扉を開けた。微妙な確率で黒板消しが落ちてくるから油断ならない。

 さて、知っての通り私こと秋津晴希あきつはるきは文芸部の一員だ。

 学園祭前くらいしか文芸部らしさを見たことが無いのはどこの高校でも同じかもしれないが、我が董城高校の文芸部はいたずらに人数が多いもので騒がしさも大きく、余計に何部なんだと言う疑問が浮かび上がってくる。

 ちなみに内藤嘉光というのは同じ文芸部員で、顔がいい割に馬鹿で阿呆で変態で二十四時間三百六十日永久とこしえに脳内お花畑の男だ。いつも私に絡んできて嫁だーとか何とか言ったりする、私が苦手とする人間の一人。

 まあ大まかに言えばそういう感じなんだが、今回は珍しく、若干文学的かもしれない話。……いや、やっぱり違うかも。

「あーくそ、頭が頭痛だー……」

 今日は嘉光と共に部室に入るなり、大曽根誠文おおぞねまさふみさんがこんな風に国語的に若干突っ込み所のある台詞を口からぶくぶくと溢しながら、机の上に項垂うなだれていた。飾りっ気のない眼鏡にえりまできつく締めた学ランと、見た目だけ優等生のこの人がこんな風にうなだれている様子は、若干シュールでもある。

「どうしたんですか大曽根さん。馬鹿は……大曽根さんが風邪を引くようにも思えませんが」

「……はる、おめー何言いかけた」

 だって、なあ? 頭が頭痛とか言ってたし。

「そんな事はどうでもいいです。大曽根さんともあろう方が頭を悩ませているのに理由がないはずが無いでしょう」

 後ろから嘉光がフォローを入れてくれた。こういう所は気が利くのにな。本当に残念な奴だ。馬鹿で変態じゃなければ完璧なのに。

「あー、演劇部に台本の依頼を受けてな」

 気だるそうな大曽根さん。それにしても、この文芸部に頼むのは正解だったのだろうか?

「先輩方、これを」

「あ、ああ……」

 一年の菅原卜全すがわらぼくぜんが私達の机の上にグラスを置いた。今までのスープからクール方面に転換したようだが、どちらにせよ蝉らしきもの……いや、まさしく蝉が浮いているのであれだあれ。味より見た目のほうを重視しろ。

「もちろんただじゃねえぞ」

 当然のようにリアル素数ゼミジュースに手をつけないまま大曽根さんが付け加える。

「金でもむせり取ったんですか?」

 余計心配になった。金貰って悲惨な出来とかやめてくれよ? 演劇部の方々が救われない。

「そんな事あるか。常識を知れ」

「ですよね」

 ひとまず安心した。こんな先輩に常識云々の説教を受けるのは不本意はなはだしかったが。

 ……いや待て、金じゃなかったら? もっとひどいものか? 女か?

「おめーが俺をどう見てっか知らんが」大曽根さんが半眼を作り説明する。「代わりに晴が出れるよう頼んどいた」

「サラリと私が巻き込まれた!?」

 まったくもって予想外の交換条件だ。プラスかマイナスかも分からない。ある意味ダークホースだよ私。

「新入生があんまし入らずに人員不足だったらしくてな」

「それ逆に罰ゲームですよね?」

「大曽根さん、俺は?」

 内藤が出てきてそんな疑問を唱える。大方私と競演したいのだろう。単純な奴だ。馬鹿なの? 死ぬの?

 だが、大曽根さんのことだ。返答なんて──

「当然頼んである」

 イエスしか言うはずが無いだろうこんちくしょう。

「……ま、頑張ろうや! 俺達の戦いはこれからだ!」

 私の戦いもこれからだ。出来ればラブシーンの少ないものを選ばせたい所。隙を見せたら最後だ。福本漫画のようにざわめいている、腹の探り合い。

「それで、思うように進まなかったと?」

「ああ、『昔話で頼む』なんて言われたが、正直『昔話』『惨劇』『銃撃戦』の三拍子揃えるのは簡単なようですげえ難しい」

「ああ、なるほど」

 嘉光が蝉ジュースを口に運びながら相槌あいづちを打つ。よく飲めるなあんなの。

「残りの二つは専ら大曽根さんの趣味じゃないですか」

 そして私はそう突っ込まずにはいられなかった。三銃士のことか? あれ? そう言えば三銃士って昔話だっけ? 三国志なら知ってるが。

「『惨劇』は後でどうにでも付け加えられるから、『昔話』と『銃』の両立で考えようまずは」

「はい!」

 嘉光が元気よく挙手した。……お前ノリノリだな。

「ほい嘉光君の答え!」

「陰陽師でどうでしょうか」

 ……陰陽師? こいつは何を?

 それは大曽根先輩にとっても同じ疑問だったようで。

「はあ? 陰陽師? 式神出したり式神にいやらしいことさせたり式神に手榴弾投げさせたり式神にソーコム構えさせたりすんのか?」

 などと言っていた。どうでもいいですが式神好きですね。

「彼らなら拳銃なんていりませんよ。超電磁砲レールガンくらい使えるでしょう」

「使えるかよ! というか演じるのは陰陽師じゃなくて普通の人だからな!」

 あくまで演技だと言う事を分かってほしい。ヒーローショーじゃあるまいし。

 全く嘉光の馬鹿は。そう思って大曽根さんを見ると──

「なるほど! すげえよ嘉光! 俺にはこの後輩が輝いて見える!」

「大曽根さん、そこは納得しちゃ駄目でしょう!」

 この二人は演劇って事を早々にして忘れていそうな気がする。

「となれば後は『恋愛』っすね」

「うん、予想はしていたがもう一個無駄な要素が加わったな」

 私も思ったよ。内藤嘉光と言う男がこの好機を活かそうとしないはずがないって。

「つー事は晴と嘉光をどこに配置するかだ。いずれにせよBLだな」

「BLじゃありません。というか大曽根さんは私に対する扱いが全く変わっていない気がします」

「いや、変わってるぞ」

「どこがですか」

 男扱いしかしていない気がする。それとも嘉光の言うところの『ツンデレ』状態なのか?

「昔はクソガキだなって思ったが、今じゃいっちょ前の男じゃねえか」

「ベクトルが見事に真逆で驚きですね!」

 酷い、酷すぎる。でもまあ大曽根さんのこんな扱いには慣れているからまだいいんだ。それよりも──

「やりましょう。BLでもいいんで」

 この嘉光をどう説き伏せるかだ。さて、恋愛方面を押さえ込むにはどうしたらいいのやら……。

(晴希先輩、私が出ましょう)

 そしてこれは後輩の朱鷺羽ときわみのりの声だ。こいつは少し前にレズであり私に好意を寄せていると言う事が明らかになった。以降、私が苦手とする人物リストに追加されたものの、まあ基本的にいい子なので関わってはやっている、そんな後輩。

 さて、こいつもジョーカーだ。嘉光と朱鷺羽、どちらがましか……。

(ああ、出てくれ朱鷺羽)

 考えた末に回答。百合ゆりなんて上等だ。嘉光のリスクに比べれば。

「大曽根先輩、私も──」

「出していいと許可取ってたぞ」

 と、朱鷺羽の言い終わらないうちに当然の如く大曽根さん。これも計算のうちだったんですかあんたは。

「偶然にも、って敦次あつしがな」

 そしてそんな疑問に答えるかのような大曽根さんの声。そうか、一宮いちのみや敦次さんの意見なら頷ける。あの人は偶然とか何とか言いながら常に計算ずくなんだ。

「と言うわけで、やっぱりボーイズラブは不健全だと思うんですよ! そんなものならパンツ一丁の男の人が組み合う映像でも見ておけばいいんです!」

 朱鷺羽がガチムチパンツレスリングというものを知っているとは驚きだったが、やはり私としてはボーイズラブの所を訂正してほしかった。

「やっぱり男と女がくっつくのが一番ですよ!」

「と言うわけで内藤と朱鷺羽をくっつければ──」

「そうなっちゃ困んだよなあ」

 大曽根さんが私の台詞に横槍を入れる。最初から分かっていた事だが、この人はどうあっても私を巻きこみたいのだろう。でなければ私を出すなんて奇妙な交換条件を出すはずがない。

 更に大曽根さんは続ける。

「んな事をされちゃあ、『組織』にとって都合が悪い」

「いきなりやけに壮大な話になりましたね。驚きです」

「『組織』はなあ、『新しい人間』を生み出すために24時間365日努力してんだよ」

「本当に壮大ですね。勝手に研究してくれれば」

「んなわけにもいかねえ。どういう事か簡潔に説明すんぜ」

 そう言うと、ズバッと人差し指を私に向け、

「おめえは陰陽師の力を体内に秘めてんだ。超電磁砲レールガンもドンと来いだ」

 人差し指をしまい、ガッツポーズを取る大曽根さん。何がドンと来いなのかさっぱり分からない。

「はあ、恐ろしい超展開ですねそれは」と、何だかもう呆れながら答える事しか出来なかった。

「そうか……俺が晴希を見て陰陽師を連想したのはそういう伏線だったのか!」

 嘉光は背後に稲妻いなずまが走ったような衝撃を受けている。それ、どういう突飛な連想だよ。背後霊でも見えたのか?

「当然よ。そいつはいわゆる運命……だが!」

 大曽根さんが固く握った拳を横に振り、その時に机の上に置いてある筆箱が三メートルほど飛んでいった。後でちゃんと回収するんだろうなあれ。


「演劇でラブシーンをしないとその力が消えうせちまうんだよ!」


「いくらなんでもピンポイントすぎるでしょうそれは。というか陰陽師の力なんていりませんから」

「馬鹿野郎!」

「いっ!?」

 口から妙な叫びがこぼれる。まさかいきなり拳骨げんこつをされるとは思わなかったよ。頭がクレヨンしんちゃんみたいにれ上がってそうだ。

「面白くねえだろ! 平和なんて糞喰らえだ!」

「ものすごい理不尽な理由で体罰受けましたよね今!?」

「さて、んじゃテーマ決めんぞ!」

 思いっきりスルーされたよ。拳骨までされたのに。どうせやるなら嘉光にやれ。きっと喜ぶ。いや、野郎にやられたらどうなんだろうな。喜ばなくても私は嘉光でいいけど。

「晴希、痛いか?」

「ああ」

「俺がでてやる。こっちに来い」

「スカトロして死ね」

 嘉光は泣いていた。隣で朱鷺羽が「スカトロって何ですか?」と訊いてきていたが、沈黙を守ることにしておいた。

「ドラゴンボールとかどうよ?」

「ハリウッドに任せてください。あと昔話って事忘れてますよね」

 第一の案が鳥山漫画というのはどうかと思う。

「そうか……んじゃここは無難に電車男で行くか……」

「だから昔話って事忘れてますよね。あとどこに無難さがあるんですか」

「そうだったな。ありゃ確か主人公がデンライナーで登場する現代異能モノだったわ」

「大曽根さん、それ私の知ってる物と全然内容が違います」

「いいと思うんだがなあ……惨劇とか起こせるし」

「惨劇は後回しです惨劇は」

「じゃあなんだ? 桃太郎電鉄でもやれと?」

「『電鉄』の二文字はいらないと思います。もうデンライナーはこりごりですから」

「俺桃太郎嫌いなんだよな。だって軍隊とか出てこねえじゃん」

「そもそもそれを昔話と併せる事が無理だと思います」

「そこをどうにかすんのが文芸部だろ」

「そんな事言われても……」

 と、次々と意見を出していった大曽根さんがはっと気付いたように言った。

「そういや俺達、文芸部っぽくねえよな」

「……今更気付きましたか」

 遅い。遅すぎる。スローすぎて思わず欠伸あくびが出た。

 まあ普通に考えても文学少女なんて言われる人間がそんなに多いわけはないが。

「いなかったっけな? いつも本読んでて『ああ、文芸部だ』って感じの奴」

 ……一人いた。だがあれは駄目だ。あいつは実際無口キャラの皮を被ったただの野次馬なのだから。

「いませんよ。そんなのは私の記憶には全く」

 さらりと受け流……


「呼んだ?」

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