内藤嘉光の主張
──どうして晴希が神なんだと思う?
──それはな、
──晴希が神だからだ。 内藤嘉光
「……やっぱり、理不尽だよなぁ」
ここは文芸部室──まぁ、色々すごい部。何がすごいって? まぁ……色々だよ。
放課後のこの部屋では、「文芸部は人がいない」というノンフィクションの固定概念を打破するかのように多くの部員たちがいて、部室の広さもそれに見合ったものとなっている。
そこで椅子に座りその椅子の後ろの二本脚だけで立ちながら、運命と言うものの残酷さに俺、内藤嘉光は嘆息している所だった。
「理不尽だと言いたいのはわたしの方なんだがな。お前と出会ったという運命がまず理不尽な悲劇だ」
横から声が聞こえた。若干ながら堅い台詞回し、そして愚痴を言うようなトーンとは裏腹に女らしい高い声だ。
それが誰なのかはすぐにわかった。まぁこいつに関してだけは、俺はたとえヘリウムガスを吸わせて壁越しに声を聞いても誰だか当てられる自信がある。
俺は二本の脚でバランスをとったまま椅子の向きを変え、声の主のほうに顔を向けた。
「なんだ、晴希か」
「なんだじゃないだろ。お前それ絶対声聞いただけで誰だか分かってた反応だ」
ジト目でツッコまれた。まぁ、これがいつもの俺たちのやり取りだったりする。
こいつは秋津晴希。だらしなく跳ねた短髪や吊り上がっている割にやる気のなさそうな目、凹凸の少ない体つきに前のボタンを開けた学ラン(どうやら兄に買わされたらしい)、下は一応スカートだが実はその制服だけしかスカートだけしか持っていないらしい…………うんぬんかんぬん。
一般に「中性的な女子高生」と言ったら結構いそうだが、こいつは見た目や名前のみならず内面もまさしく「中性的」という言葉が似合う(本人はあまりよく思っていないようだが)。あとツンデレ。あと俺の嫁。晴希可愛いよ晴希。
あ、ちなみに晴希のことは大好きだが別に「男っぽい女とかまさしく男とかが大好き」ってわけじゃ決してないぞ? 晴希とそれらじゃ大きな隔たりがあるのは言うまでも無いことだからさ。
「相変わらず気持ち悪い顔だな」
また晴希にそんなことを言われた。なんだなんだ、そんなに俺のことが気になるか。うん、そんなこと言いながらきっとモノローグでは俺のことを「嘉光」と下の名前で呼んでいるんだろう。きっとそうで……あってほしい。
「内藤、そのまま体の重心を後ろに倒してくれ」
あっはっは、何を言っているんだ晴希は。そんなことをしたら俺が後頭部を床に打ち付けてしまうじゃないか。
続けざまに晴希の一言。
「そして脳震盪を起こしてくれ」
あっはっは、なんだ、承知の上だったのか。じゃあしょうがない。
「じゃあ晴希、その人差し指で俺の額をつついてくれ」
バランスをとったままそんな注文をつけてみる。丁度いいことに、俺も世界の理不尽さに絶えかねて脳震盪を起こしてしまいたいと考えた所だ。今は自分の絶妙なバランス感覚が恨めしい。
だが、なぜか晴希は悩んでいるようだった。もしかすると、こっちが肯定したことに驚いたのかもしれない。
ま、普通はそうだよな。倒してくれなんて、どこのマゾだと言う話に──
「これでいいか?」
おっと晴希は普通じゃなかったみたいだ世界が傾いてさっきまで俺を後ろに倒す為に近づいてきていた晴希の姿が遠のいて──
「…………あっぶねー」
「……ちっ」
気付けば俺は、空中で一回転して床に膝をついていた。どこからか──おそらくは真正面から舌打ちが聞こえてきたことは気にしないでおこう。ちなみに周りからはなぜか歓声と共に「10点」とか「9点」とか書かれたカードが出てきていた。
「てか晴希お前……」
その時の俺の眼差しは、きっと信じられないものを見るような目つきだったことだろう。結局つつくのかよ、と。
「何のことだ?」
「そして開き直ったよ!」
驚嘆驚嘆、ああもう俺の晴希って奴はもう。
「まあ大方予想通りだったがな。仮に頭打ってもお前は脳震盪とかには絶対ならないだろう」
諸星あたるみたいに「いででででっ!」って感じで済むだろ、と晴希。まあそんなことを言う晴希も込みで俺は大好きなんだけどさ。でもこれだけは言わせてほしい。
「……なあ、晴希は俺を何だと思ってんだ?」
「それはこっちが訊きたいことだな」
即答された。俺が晴希をどう思ってるのかと。
「え? ツンデレ」
「即答かよ……」
なぜだか晴希は呆れたようだった。あれ?
「お前……ツンデレじゃなかったんだな……」
俺は一世一代のシリアス顔を形成しながら、認めたくなかった言葉を紡ぐ。
「いったい何なんだそのまるで新鮮な反応は」
しかもその顔が無駄に様になってるし死ねばいいのに、と晴希。
困ったな、ずっとツンデレだと思ってたのに……いや、違う!? まさかこれは……。
「……これはあえて『ツンデレじゃない』ということにより表現されるツンデレ……」
「うん、お前がわたしを何だと思っているかはもう確定したと言っても過言ではないな」
「なんという深さ……さすが俺の晴希は尋常じゃない」
「お前の秋津晴希になった思えはないし尋常じゃないのはお前の限りない浅さだ」
呆れた様子ながらもツッコミを入れてくれる晴希。やっぱりツンデレだい。ひゃっほう。
しばらくすると、「それでだ」と晴希が話を切り出した。
「一体何が理不尽なんだ。さあ言ってみろ」
そして成仏しろ、とまで晴希は言ったが、実質俺のことを心配してる辺り晴希は優しい。
「ああ、別にお前のことを思って言ったわけじゃないぞ? ただ訊かないと理不尽理不尽うるさそうだし、さっさと未練なくなって成仏してほしいし」
「あぁ……さいですか」
怒りとかそういった感情を顔に表さずに平然と言ってのける晴希に、俺はツンデレと知りながらも敬語で受けるしかなかった。
「クラス分けについてだ」
それでもなんとか開き直り、俺はこの世の理不尽たるものの一つを挙げた。
「ああ、違うクラスだったよな。めでたしめでたし」
また即答か。でも全然めでたくないぜこんちくしょう。
「ま……それでもわたしは杭瀬と同じクラスだったんだがな」
そう言って晴希は部室の窓際に座る読書娘、杭瀬弥葉琉のほうを怪訝な表情で見やった。
どうしてそんな嫌そうな表情なのか、俺にはよく分からない。ひょっとしたらあいつにもデレてるのか? いやまさか、俺の晴希がレズなんて……。
「なんだか酷い誤解を受けている気がするな……」
晴希はこちらを見ながらそんな発言。うん、分かってるって。晴希は俺の晴──
「なんだか酷い誤解を受けている気がするな……」
……あれ? 間違い?
何だかこのままじゃいたたまれなさそうなので、俺は「コホン」と一つ下手な咳払いをしてから話を再開した。あまり演技力がないことぐらいは自分でも分かってる。
「とにかくこれは、陰謀としか考えられないな」
「余裕で考えられるけどな。被害妄想もそこまでくるか」
「俺と晴希という二年を代表するカップルが違うクラスなのは、最早陰謀としか思えない」
「一緒になってなんぼという状況の方がわたしには陰謀を感じるのだが。そしていつ、誰と誰がカップルになった」
「いや……俺らの会話にあんまり他の部員が割り込んで来ないのは、そう言うことだろ?」
「……もう部室内じゃそういう扱いだったのか」
そして晴希は額に手を当て、「危ない、この別クラスになったことを機として対応策を練っておかなければ」などと考え込んだ。何の対応策だ? ……む、よく分からん。
くそ、文芸部の力でクラス換えとかの操作はできなかったのか……。
「クラス分けの操作なら出来た」
俺の心を読んだかのように……というか、俺の心を読んだ人の声が横から聞こえてきた。
「……出来たんですか、一宮さん」
一宮敦次さんはこの文芸部を纏め上げている先輩だ。特技は読心術で、ついでに生徒会も真っ青の権力を行使できたりする。いや、読心術の方がついでか。
一宮さんはこちらに目線もくれず、パソコンに何か──文芸部なので小説と思われる──を打ち込んだまま答える。
「ああ、偶然にもそういう権力を得た」
「どこが偶然ですか」
「細かいことを気にするな。それでそういう権力も偶然持ってはいたが……それを行使するのが面倒だった」
「ぶっちゃけすぎです」
こう答えたのは俺ではなく、晴希。だが俺も同意見。ぶっちゃけすぎだ。
「ま……過ぎたものは仕方ないか」
「そういうことだ。男なら諦めろ」
そう言うと一宮さんは会話を終え、再びパソコン作業に専念した……と言っても、キーボードをたたくペースは変化していないように見受けられるが。
「なあ、晴希はどうだったんだ? 新クラス」
対応策がなんなのかは知らないが、晴希の新しいクラスというのは若干興味を引かれる。晴希に近づく虫がいたら厄介だし。
「知るか。元々話すようなのが邦崎ぐらいしかいなかったからな」
「綾女か」
邦崎綾女は文芸部員ではなかったが、去年は晴希と俺とで話してた記憶がある。
でも、俺と会話してる時にすごい緊張しているように見えたのはなぜなんだろうか。もしかしたら、たまたま「女の子の日」でも来てたのかもしれない。一ヶ月に一日と聞いた覚えがあるが、もしかしたら例外があるのかもしれない。
……っと、ちょっとデリカシーに欠けてたな俺。
「ちなみに、晴希がいないのは残念だが、俺のクラスはみんな団結力があっていいぞ」
「所詮リア充か……」
今晴希が何かを言った気がするが、まぁそれは気にかけないでおこう。それが俺のデリカシー。ふふん、紳士だろ俺? ごめんな、残念なことに彼女なら既に目の前にいるんだ。
「みんなみんな、俺と晴希のことを応援してくれてるんだ」
「駄目だろそれ」
「例えばな──」
「無視かよ」
相槌を打つ晴希。
「『リア充は死ね! 氏ねじゃなくて死ね!』とか『この妻帯者! 新婚旅行にでも消えてこい!』とかな」
「ああ…………いや、それはきっと応援じゃないと思うぞ!?」
「いやぁ、いいクラスメイトたちだ」
「そうか、わたしはお前と違うクラスでよかったと思うよ。色々な意味で」
ううむ、晴希の反応がお世辞にもいいとは言えない。これはどうしたことか。やきもちか?
「晴希」
「…………」
晴希が今度は無視するようになった。うん、これはいかないな。
「俺は、お前のことをずっと大切な嫁だと思ってるぞ」
「嫌なカミングアウトをありがとう!」
とうとう顔を真っ赤にしてそう叫ぶ晴希。ううむ、やはり反応がよろしくない。
「……そういえば新入部員も入ってくるんだな」
再び話題転換。話題の一新。
「話が一転したな」
と晴希。再び平静を取り戻したようだ。
「別にいいだろ。それとも晴希は、俺と話すのが嫌なのか?」
「ああ」
首を縦に振って否定する晴希。
「そうか、やっぱり嫌じゃないよな」
「内藤、病院に行くぞ」
「必要ないさ。……とりあえず新入生の登場によって、この部の恋愛模様も果たして変わるのだろうか、気になるところだな」
「恋愛関係どこにも構築されてないけどな。完全にお前だけだよ」
「いや、ひょっとしたら晴希に憧れるレズの後輩とかそういうのが出てくるかもしれないだろ!」
「嫌だし多分出てこんぞ!」
晴希がまた顔を真っ赤にして叫んだ。まったく、俺は本当に心配していると言うのに……。
……いや、来るかもしれないじゃん? レズの後輩。