1 いきなり異世界
ちょ、ここは、お城?なんでぇー!
「これは、もしや、とうとうやったのか。ルーベルト王子!」
「はい、父上。やり遂げました。」
「よくやった。これでこの国も安泰じゃ。長年の願いが適ったな。」
「はい、早めに催事の準備を御願いいたします。僕達は今日はこれで下がらせて頂きます。リンも疲ております故。暫く休ませててやりたいのです。」
「うむ。下がって良いぞ。」
何、私を差し置いて二人で盛り上がってるのよ!説明して!
何故か声が出ない。どうなってしまったの?
こいつ、王子とか言っていなかった?王様、王子、お城。何処の国に来ちゃったの。
部屋を解約して、引っ越ししようとしていたら突然、あの彼が目の前に現れて、それからの記憶が無い。多分薬を盛られて、どっかの国まで連れてこられたのだ。
ストーカーじゃなくて人攫いだったの?
どうしよう、携帯も無くなっている。誰にも知られないで、私は、どこかに売られてしまうのかしら。それとも、臓器売買のために殺されて仕舞うの?怖すぎる。何処よここは!絶対逃げ出してやる。
日本大使館の無いところは、多分無いと思うから、まずは大使館の場所を探さなくちゃ。
ん?日本語が通じる国?どう見ても西洋人だ。どこかあったかしら、日本語が公用語の国。
「さあ、リン。ここで暫くゆっくりしていてくれ。僕達の結婚式までお互い清い関係でいなければならないのは少し不満だが、直ぐに二人で一緒に暮らせる。僕は第二王子だから、気楽なんだ。国の外れに領地がある。そこに行って君に力を貰って、国をもり立てて行こう。愛しているよ。リン」
なんか、一人で言ってるが、誰がお前と結婚するか。絶対逃げてやる。
「じゃあ、また明日。ゆっくり休んで。あ、そうだ。君に掛けた魔法は結婚してから解いて上げるね。」
一人になれてホッとした。
部屋の中を見まわしてみる。凄い部屋だ。まるでお伽の国に迷い込んだようだ。
繊細な細工の椅子やテーブル。綺麗な刺繍のベッドカバー。大きな掃き出し窓にはたっぷりとしたカーテンが掛かっている。ここは1階のようだ。
掃き出し窓を開けようとしても開かない。鍵は付いていないのに、押しても、引いても、叩いてもだめだ。
窓から逃げようとしても出来そうに無い。声も出ない。もう、どうしようも無い。
私は力が抜けて、椅子に腰を落とすように座った。
あいつ、名前をルーベルトって言ってたな。名前まで嘘を言っていた。
私にはベンジャミンと言っていたのに。金髪で背が高く、金色の眼。確かに王子様だわ。見た目は。
こんなに素敵な人と巡り会えて、夢でも見ている気分だったのに。本当に悪夢だ。
ルーベルトは、頭が間違いなく壊れてしまっていた。おまけに父親まで狂っていた。ここは狂人が支配している国なのだ。ここを逃げ出すにはどうしたら良いか、じっくり考えなければならない。
ふと、鏡に目が行く。じっと、自分の身体を点検してみる。
首のあたりに何やら入れ墨のような複雑な模様があった。
指でこすっても取れないので、自分のつばを付けて、こすってみた。
すると綺麗に取れた。「あ、取れた。!」
声が出た。良かった。これで問題は、ここを脱出する方法だけ。その前に、お金をちょろまかしておかないと、大使館までどれくらい離れて居るかも分らないし、電車のお金さえ持っていないのだ。
くるりと見まわして、金目の物を物色した。
総て、高そうな物ばかり。
「この壺、高く売れそう。でも、壊れてしまえば売れなくなってしまう。他は、おおーこれは金?金のゴブレットだ。」大丈夫。これくらいの物はこのお城から無くなっても迷惑は掛からないだろう。
着ていたコートの懐に入れ、他の物をみていく。
本棚に重そうな前時代的な本があった。金の装飾で縁取られ、金の鍵穴があった。隣の本は持てそうだ。
そっと引き抜き、テーブルまで持ってきて、読めるか試してみよう。公用語が日本語なら読めるはず。
つばを付けてめくってみようとしたら、突然目の前から、本が消えた。
「えっ?何処行っちゃったの、本。」
すると目の前にまた本が現れた。どういうこと?
そう言えばルーベルトは、私に魔法を掛けたとか言っていた。頭が、お花畑の言うことは本気にしていなかったが、若しかして、本当に魔法がある世界なのかも知れない。世の中、まだまだ秘境があったのか。
もう一度、つばを付けて、本に触ってみると消えた。
「これはよく聞く、インベントリーという物では無いか?」
ゲームオタクの友達が、解説してくれたことを思い出した。じゃあ、此処にある物は持って行き放題って事になる。やったね!
チョット待って、若しかして、私にも魔法が使えるって事よね。
「火よ出ろ!」
出ない。目を閉じてインベントリーの中を見れるか試してみたが、分らなかった。
!っと。分った。つばよ。自分のつば。
人差し指につばを付けて、掃き出し窓にチョンと触って魔法を試してみた。
「窓よ開け!」
開いたし。すごいじゃない、私は魔女になってしまったみたい。
それから、部屋にある金目の物を全部インベントリーに入れ、鏡を見て自分の容姿を変えた。
男になったら、誰も分らないだろう。私好みのイケメンになって、ルーベルトが着ていた服にしてみた。これなら、大丈夫だろう。凄くない?「ではさらばだ。」
掃き出し窓を出ると、大きな庭園になっていて、こそこそと、生け垣のそばを通りながら、人目を避け、魔法で石塀に穴を開け、私はお城を抜け出した。
「まずは、この国は何処の国か調べる。それから日本大使館があれば、そこに行って助けて貰う。」
お城を出て、暫く歩くとまた、門があった。そこにも警備員がいた。警備員と言うより兵士のような格好だ。イギリス、バッキンガム宮殿の衛兵ような格好をしている。腰に短い剣を差して、手には長い槍を持っていた。私が門を出ようとすると、誰何される。
「貴方は、何処から出てきた?」
「・・あっち。」
「持ち物を、調べさせて貰います。」
殆ど裸にされて、色々調べられたが、何も持っていない。
これ以上質問されても答えられない。指につばを付け、警備員に向けて
「前部忘れて!」
と魔法を掛け、警備員がボケッとしている間にサッサと門を出た。
良かった。ここは貴族街を仕切る門だった。門を出ると一気に庶民的な町並みが見えてきた。
お城や貴族街は、少し高台にあったようだ。見下ろす形で、街の全容が見える。
「塀にグルリと囲まれた街。どこもかしこも塀だらけだわ。」
遠くには草原や、農地も見えていた。電車は走っていないようだ。車もないし、馬車みたいのが、代わりに行き交っていた。まるで、タイムスリップしたような街だ。
キョロキョロと町並みを見ながら歩く。大通りをずっと歩いていると、周りの人が、私を避けて歩いているのが分った。『なんで?私、臭いのかしら。』
よく見てみたら、私の服装と、町の人の服装に、隔たりがあるようだ。
急いで物陰に隠れて、服を替える。私と似たような体格の人が着ていた服装を真似て変えた。
底の厚いブーツ、黄土色のジャケットに革の鎧を着け、茶色のズボンに股の所をカバーするファウルカップの様な物。武器も持っていたが、それは真似できなかった。
「今度は、大丈夫みたい。」
横道に入ると、色んな屋台があって、美味しそうな匂いが私の胃袋を刺激してきた。
『お腹が減った。お金が無い。どこかで持ってきた物をお金に換えなければ。』
周りを見て、小物を売っている屋台があったので、そこで聞いて見る。
「すみません。此、買って貰えませんか?」
「おお、兄ちゃん。どれどれ、見せてみな。オオ、これは金じゃあねえか。あんた、これ何処で盗んできた?」
まずい。バレてた。
「そ、それは・・」
「まあいいや。高値は無理だ。これでいいなら、買ってやる。」
金のゴブレットは、金色のお金2枚に銀色のお金3枚になった。
これでご飯を食べることが出来るの?パンに肉を挟んだものを買ってみたら、一杯お釣りがきた。
残ったお金が金貨2枚、銀貨2枚、銅貨9枚、銭貨7枚。
この銭貨というのは百円か?銅貨が千円、銀貨が一万円、金貨が十万円。
ビックリ。あのゴブレット、凄い高級品だった。まだ、インベントリーの中には4個入っている。
チョット、やばいかも。見付かったら、泥棒したのが直ぐ分ってしまう。
ここには長く居られない。顔をもう一度変えよう。
ずっと奥の方に入って行って、そこで変身しようとしたら、汚らしい恰好の男が二人私を前後に挟んで、
「兄ちゃん、可愛い顔してんじゃあねえか。俺達と遊ぼうぜ。へ、へ。」
きもちわるー。こいつら、何考えている?どうしよう、二人を相手に魔法使える?取り敢えず、前に居る汚いちびに魔法を放った。
「燃えろ」
一瞬で男が燃え上がり、苦しそうに転げ回った。
「まずい!お前、魔法使いだったのか!」
もう一人が逃げて行って仕舞った。目の前で苦しがっていた男は、もう動かない。死んで仕舞ったようだ。
「人を殺してしまった。」
足がガクガクして、変な汗がだらだらと流れてくる。ここには居られない。彼奴に顔を見られたし。
ああ、顔を変えれば、良いんだった。今度は絡まれないように、怖そうな見た目にしよう。
筋肉隆々の、スキンヘッドにしてみた。
「これで大丈夫なはず。誰にも分らないだろう」
私は、宿を探して、また街の中を歩き回った。
宿は、細い通りの中程にある所に決めた。私と同じような格好をしている男の後を付いていったら、ここに辿り着いた。男の後ろで、男の言うことをじっと聞いて真似をする。宿の主人に、
「親父一泊頼む。女はいらねえから、飯多めで頼む。相部屋はだめだ個室で、いくらだ。」
チョット棒読みになってしまったが、なんとか部屋を取ることが出来た。
2階の奥の部屋に通された。ベッドが1つと、小さなテーブルと椅子が有った。入り口の横にドアがあったので開けてみると、風呂場とトイレが一緒になっていた。トイレの底には砂の入った桶が置いてあった。
「私は猫か。ここにしろって事だろうけど、変わった習慣の所だな。」
風呂にはツマミが付いていて、ツマミをひねるとお湯が出てきた。良かった、お風呂に入れる。
風呂に入ってさっぱりしていると、食事が運ばれてきた。
凄い量だ。あ、さっき自分で行った言葉通りなのね。女はいると言ったら、どうなっていたことやら。
「お客さん、初顔ようだが。この宿を見付けるとは、知り合いにでも聞いたのかい?違う?そうかい。ここは冒険者の間では有名な宿さ。安くて、風呂付き。女付きってね。へへ。」
へえ、そうなんだ。冒険者?まるでラノベに出てくるような言葉だ。
親父さんにこの国の名前を聞いた。変な顔をして、教えてくれた。
この国の名前は、北の魔女の国『ノーズデン』と言うらしい。
そんな国名聞いたことが無い。でも、日本語が通じる、国があったかしら?
若しかしたら、本当に異世界の王子様だったのかしら。ルーベルトは。