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浮気の代償

作者: 柚希 幸希

付き合って10年。

あまりにも長いと、結婚から遠ざかるようです。

もし別れるなら。

彼が別の女性を選ぶのだとしたら、普通の女性を選んで欲しいものですね。

『別れたい』


 大学を卒業し、社会人になってから10年間の交際を経た結果、であった。

 少し前までは、結婚の話も出ていたというのに。

 直接目の前で言うのではなく、LINEで一言だけ。

 まあ、今どきそんなの珍しくもない。


「そんな気がしたんだよねえ・・・」


 思えば、心当たりはいくらでもあった。

 お互い、すれ違いの日々が増えていったというのもある。

 20代後半になると、海翔(かいと)には役職もつき、部下もいて忙しいと言っていた。

 私も役職は付いてはいないが、重要な仕事を任され出張することが増えていく。

 年が明けてから、何かと理由を付けて会うことがなくなっていった。


 そのせいであろうか?

 海翔は会うたびに、なんだか疲れているように見えた。

 身に着けている衣類にはシワが一つもなく清潔感であふれているのに、肌は日に日にくすんでいき、瞳には活力が失われ、口元には言葉よりもため息が先に出るような影がさしているからか、めっきり会話が減っていった。

 会うたびに、とてもけだるげにしているというか心ここにあらずといった感じで、すぐに帰ってしまうため、昔のように頻繁に海翔の部屋に泊まることもなく、もちろん体の関係さえもない。


 もしかしてどこか悪いのでは?

 心配になり、4月初めに強引に有休をとって一緒に病院に行き、検査をしてもらった結果。

 体の異常は特に診られないとのことで、付いた診断名は“ストレスによるうつ病”であった。

 診断書をもらってから、海翔は無断欠勤をするようになってしまう。

 病院に通院する事もなく、マンションの部屋から出てこなくなった。

 様子を見に行くも、いつの間にか鍵を変えられ、部屋に入ることもできなくて、仕方なく帰る日々が続いていた。


 そんな時。


 私は毎晩、悪夢を見るようになった。

 内容はよく覚えていないのだが、怖い夢なのだろう。

 夜中に何度も自分の叫び声で目が覚めては、絞ったら出てくるほどの寝汗をかいており、そのたびに着替える羽目になる。

 なぜか夜の風呂場がとても恐ろしくて近寄れず、朝になるのを待って汗でベトベトした肌を洗い流す日々が続いた。

 寝不足なためか、仕事でも私生活でも小さなミスを連発するようになる。

 このままではヤバいと思い、中学からの親友である美彩(みさ)に相談したところ、近隣にあるお(はら)いで有名な神社へと無理やり連れていかれた。

 そこでは長い長~い呪文のような言葉を延々と聞かされ、ジグザグの白い紙を挟んだ棒を振りながら塩を何度も体のあちこちにまかれ、頭から清酒をかけられたりした。

 やっと終わったかと思えば、最初に出会った時とは全く違った(けわ)しい表情の神主(かんぬし)さんから、帰り際に朱色のお守りを渡され、肌身離さず持っているようにと言われた。

 くわしく聞いてみると、私には女性の強い思いが呪いとなって向けられているらしい。

 その時に確信したのだ。

 ああ。

 海翔は浮気をしているんだ・・・と。


 それからはいてもたってもいられなくなり、海翔のマンションの周辺で、いろいろと聞いて回った。

 結果。

 “クロ”であった。

 マンションの右隣りに住んでいる大学生のお兄さんが、聞いてくれと言わんばかりにグイグイと前のめりになりながら、息をつく暇もないほどに、勢いよく話してくれた。  

 赤いワンピースを着た髪の長い小柄な女性が来る日は、必ずと言っていいほどに突然、激しい雨が降る。

 大きなつばの付いた帽子を深くかぶっているために、顔は見えないらしい。

 真夜中に、傘も持たずに帽子を被っており、なおかつ全身ずぶ濡れの状態でドアの前にいるので、変わった人だなと思い、覚えていたのだという。

 それともう一つ。

 彼は、()()()()()()()()()()()()()ため、わざわざ教えてくれたのだ。


()()()()()()()()()()()()()()・・・」


その内容を聞いた時、まるで氷水を背骨に流し込まれたように、ぞくりと寒気が走った。



 神社でお祓いをした後、お守りを肌身離さず持っているからか、悪夢を見る事は無くなった。

 夜になるとあれだけ怖がっていたお風呂にも、すんなり入れるようになってすっきりしたからか、朝までぐっすり眠れるようになった。

 しかし。

 今度は別の問題が起こった。

 毎朝、ドアに手のひら大の泥がべったりとこびりつくようになった。

 とにかく、臭いがひどい。

 湿った土と腐った野菜、錆びついた鉄、そして生乾きの布のような酸味が入り混じった様な悪臭をアパート中に放っているからだ。

 息を止めても逃れられないような、吐き気をもよおすほどひどいため、すぐさま洗い流さなければならない。

 見かねて泥の後始末を手伝ってくれる、親切な隣の部屋のOLさんの話によると、毎晩決まって夜中の2時くらいに、


“バン!! バン!! ”


 とドアに何かを叩きつけるような大きな音がするので、目が覚めてしまうそうだ。

 寝不足が解消されたためか、夜中に目が覚める事がなかったので、この時初めて知った。

 私の住んでいるアパートは、女性専用となっている。

 出入り口はオートロックになっていて、入居者の許可なしでは中に入れず、各階にあるエレベーターや通路には、不審者対応として監視カメラが設置されていた。


 誰のいたずらなのかと、大家さんとお隣のOLさんと3人で監視カメラの録画を確認すると。


「ナニコレ・・・」


 不可解な映像を見ることとなった。

 夜中の2時5分前になると突然。


“ザザ……ザツ……”


 という耳障りな音とともに画面いっぱいの砂嵐が現れたかと思うと3時になったとたん、何事もなかったかのような普通の映像に戻っている。

 3時以降の映像を確認してみれば、マンション入り口からエレベータの入り口と中、そして私が住んでいる5階のエレベータ入り口から部屋の前のドアまでをまるで道しるべのように濡れた何かを引きずったような跡がついていた。

 この跡は、朝には蒸発して消えているのか、監視カメラで確認するまでは誰も気づくことはなかったものである。

 案の定、ドアにはベッタリと泥の塊が塗りつけられていた。

 が、不審な人物は一切移っていないため、この時までは犯人はわからずじまいで、毎日悔しい思いをしながら朝早く起きて、ドア掃除をする日々を送っていたのだが。


 海翔の隣に住んでいる大学生の話を聞き、理不尽なモーニングルーティーンに終止符が打てそう・・・そこには確かに、一筋の希望の光が差し込んでいた。


 なぜなら彼はこう言ったのだ。


【あの女の人が来るときはいつも、下水が詰まったような腐った泥水みたいな臭いがするんですよ。その臭いが、目が痛くて吐きそうになるくらいひどくて困っているんです。何度もお隣さんに抗議しているんですけどね。聞いてもらえないみたいなので、このマンションの管理人にも相談しているんですよ。もし、お隣さんと知り合いなら、何とかしてもらえませんか? 】


と。

  そういえば、付き合い始めた頃から、海翔に何度も伝えていたことがある。


【浮気するなら、私に一生バレないようにしてね。もしわかったら、私はあなたを捨てるから】


と。


『別れたい』


 とはすなわち、そういうことなのだと確信した。

 その瞬間。

 海翔への想いが、10年間の想いが、音もなくスーーーッと消えていくのが分かった。

 正直、怒る気にもなれない。

 それどころか、とても清々しい気分である。

 だからこそこれ以上、嫌がらせを受け続ける気にはなれない。

 今後接触しないためにも、事務的に用件を済まそうと、すぐに返事を送った。


『分かりました。今後一切、私にはかかわらないでくださいね! 』

『最後にお願いがあります。彼女さんに今後私への嫌がらせは止めるようお伝えください!もし止めないのであれば訴えますので』

『それでは、彼女さんとお幸せに』


 送信・・・して、既読を確認。

 これで、すべてが終わるはずであった。


 なのに。


『助けてほしい』


 予想外の返答が、削除しようとした連絡先に現れたのである。



「浮気しといて、助けてほしいとか何なのアイツ!! 」


 スマホ越しの美彩の声は、雑音すら跳ね飛ばすほど鋭く響いた。

 気持ちを整理するためにすぐさま連絡し、先ほどの短いやり取りを説明した結果である。

 まあ、そうだよね。

 普通はキレて暴言を吐きまくるところだよね。


「そうなんだよね。()()()に助けてとかどの口が言うんだろうねぇ~」


 開いた口が塞がらないとは、こういうことではなかろうか??


「図々しいにもほどがあるわ!! 」


 スマホからは、怒りが収まらない美彩のキンキン声が聞こえてくる。

 私のために怒ってくれるのは嬉しいのだが。

 別れると決めたなら、さっさと縁を切りたい。

 今すぐに!


「だからさ。今から確認しに行こうと思うんだけど。一人じゃ怖いから、一緒に海翔ん()行かない? 」

 

 気がせいていたためであろうか。

 美彩の怒りがさらにヒートアップしそうな、そんな提案をしてしまい、少しの後悔が頭をよぎる。


「……はあ? あんたソレ本気で言ってるの? 」


 予想通り、スマホ越しに聞こえる声には、さらなる呆れと怒気がにじみ出ていたのだった。


 電話から1時間後。

 すでに時間は、23時を過ぎていた。

 今日が金曜日であったことに、心から感謝をしたい。


「まあ、春花(はるか)がそれで納得するなら、文句は言わないけどさ・・・」


「ほら美彩、そんな顔しない! 」


「だって、お兄ちゃんーーー! 」


 美彩を海翔のマンション前まで引っ張って連れて来てくれたのは、2つ年上の兄である貴史(たかし)さん。

 眉間にしわを寄せて唇をとがらせ、私と視線を合わせないようにそっぽを向いている美彩を、必死になだめている。

 美彩から話を聞き、きっと心配になって一緒に来てくれたんだろうなと、瞬時に理解した。

 正直、男性が一人でも一緒にいてくれるだけで、心強い。


「もう夜も遅いし。さっさとケリを付けてさ、後はあたしん()で朝まで飲まない? 」


 そう。

 この時、私は軽く考えていた。

 ただ、海翔の話を聞いて、円満に永遠にグッバイできればそれでいいやとしか、思っていなかった。

 だから。

 まさか()()()()()()()()()()()思いもしなかったのである。



「では、深夜ですがチャイムを鳴らしま~す」


 予告と同時に、ドア右横の壁に設置されているチャイムのボタンをなるべく音を立てないように優しく押した。


“ガチャリ”


 というロックが外れた音と共に、ドアが“キー”と不快な音を立てて、ゆっくりと開かれる。


「「「おじゃましま~す」」」


 扉の向こうには人影は見当たらなかったが、気にすることなく3人同時に小さな声で軽く挨拶をして、私、美彩、貴史さんの順で入っていった。

 今日は雨が降っていないせいか、隣人の大学生が言っていた不快なにおいは、今のところしていない。


 が。

 玄関に入った瞬間から、どうにも寒い。

 7月に入ったとはいえ昼間は35℃を超え、夜もコンクリートの照り返しから蒸し暑さが続き、外はうだるような暑さだというのに。  

 エアコンが利きすぎているのか。

 ひんやりとした空気が肌をかすめたため、3人同時に体をブルリと震わせた。

 そのまま廊下を通って、海翔のいるであろう部屋へと進んでいく。


「!! 」


 部屋へと入り、久しぶりに光の当たる下で見た海斗は、以前にも増して変わり果てた姿となっていた。

 3人とも海翔とは以前から面識があるため、その変わりように言葉をしばし失ってしまうほどである。     

 

「海翔、だいじょう・・・」


 頬はこけ、無精髭(ぶしょうひげ)が薄く伸び、目の下にはくっきりとしたクマが沈んでいるが、それ以上に・・・。


「春花、本当にすまなかった」


 私が言い終わるの待たずして海翔は力なくそう言うと、その場に座り込み目の前で床に額をこすりつけて土下座した。

 

「それよりも、その肌・・・」


 さらに私の言葉をさえぎって、海翔は自分を守るように話し始めた。

 

 時期は去年のクリスマス。

 私は、海外出張で12月31日にならないと日本に帰れなかったため不在。

 海翔は仕方なく大学時代の独身男性5人で、行きつけの居酒屋にてやけ酒をあおっていた。

 話が弾み、アルコールも入りすぎたのか、はしご酒をして5件目、夜中の3時を過ぎた頃にやっとの事でお開きとなった。

 酔いを醒ますため、いつもより一駅前で降り、川べりを歩いていた時である。

 突然、雨が降り出した。

 雪は降ってはいないが、年末の寒い時期である。

 酔いは一瞬で冷め、早く家に帰ろうと近道に公園を通っていた時の事。

 街灯(がいとう)の明かりの下、雨が降っているのに傘もささずにベンチに座ってうつむいている、一人の女性が目に入った。

 その時のことは、今でもあまり覚えていないのだという。

 気が付けば女性に声をかけていたらしい。


「大丈夫ですか? このままだと、風邪をひいてしまいますよ。」


 と。

 すると女は顔を上げ、こちらを見た。


「うわ・・・・・・」


 言葉では言い表せないこの世のものとは思えないほどの、それはそれは美しい顔があったのだという。

 しかし。

 具体的にどんな感じなのかと聞かれても、まるでもやがかかったかのように思い出せないらしい。

 それから気が付けば、次の日の朝になっていたのだという。


「え・・・」


 あまりのショックに頭の中の血流が逆流し、足先から体温が一気に逃げていくのを感じた。

 なぜなら、床には昨日着ていた服や下着が散乱し、全裸で布団の中に入っていたからである。

 うっすら記憶のある女性の事を思い出し、慌てて部屋全てを確認したが、自分以外の痕跡は見つからない。

 玄関を確認するも、自分以外の靴はない。

 だからこう思った。

 あれはきっと夢だったのだと。

 しかし。

 それから少しずつ、夢と現実の区別がつかなくなっていった。

 なぜなら、雨の降る夜には必ず、彼女がやってくるようになったから。

 そのたびに自分の意志とは関係なく、部屋に招き入れては一夜を過ごし、どんどん思考が、記憶が不鮮明になっていく。

 気が付けば3月になっていた。

 そんな雨の降る夜に、彼女は自分にこう言ったのだ。


『子供ができた』


 と。

 それからも、彼女は雨の降る夜にやってきてはいつもと変わらず体を重ねていき、そのたびに記憶があいまいになっていく。

 そしてとうとう昨日の雨の夜。

 彼女はいつも通り体を重ねた後、こう言ったのだ。


『もうすぐ子供が生まれるから、家に帰りましょう』


 と。

 その直後である。

 体中から熱が失われていく感覚がしたかと思うとそのまま意識を失くした。

 気が付けば、次の日の夜8時をまわっていたらしい。

 目が覚めた時、体全体に言葉にできない違和感を感じたため、洗面所へと向かい、鏡で自分の姿を確認したその時である。 


「なんだ・・・コレ・・・」


 絶望に打ちひしがれ、とっさに私にあのLINEをしてしまったのだという。


「あの時、あの時俺のそばに春花がいてくれれば! さっさと結婚しておけばこんなことには・・・」


 海斗が、まるで赤ちゃんのように大声で泣き叫びながら私の足元にしがみついてきた、その時である。


“バリィィィンッ! ゴロゴロゴロ……”


 窓の外が一瞬ピカッと光ったかと思うと、鼓膜が掻きむしられるほどの重低音が胸に突き刺さる。

 と、同時に突然部屋の明かりが消え、水道管が破裂でもしたのか、下水が流れ出たような不快な臭いがし始めた。


「うっ」


 反射的に左手のひらで鼻と口元を覆った。

 とっさにスマホのライトで美彩と貴史さんを照らすと、2人も同じように手のひらで鼻と口元を覆っている。

 美彩は雷が怖かったのか、ブルブル震えながら貴史さんに抱きついていた。

 と、突然。


“キギ……ギィィ……ッ”


 誰も触っていないのに、鳥肌の立ちそうな不快な音とともに、部屋の戸が開いた。

 電気がチカチカとついたり消えたりする廊下の奥を見れば、風呂場のドアが開いており、そこから黒く濁った水がどぶ臭さとともに、廊下へとあふれ出ている。


『迎えに来たわ。さあ、帰りましょう』


 不意に聞こえた女性の声。

 その声は、確かに耳に届いているはずなのに、どこか遠くから響いてくるようだった。

 水の中を通したような、曇った声。

 なのに、頭の中にははっきりと入ってくる。


“ザプン……”


 静かだった廊下から突然、大きな水の音がした。

 よく見れば、水の中に陶器の皿のようなものが浮かんでいる。

 それは、ゆっくりゆっくりと、少しずつ少しずつ、上へ上へと浮上していく。

 皿の下からは、ユラユラと水面を動く無数の長く黒い髪の毛が見え始め、おおい隠すかのように(しずく)をたらしながら顔全体に貼り付いていた。

 次第に海翔と同じ、(こけ)が生えているかのような緑色の鱗がびっしりと張りついた肌が、弾力なく垂れ下がった二つの乳房と共に姿を現す。

 次の瞬間。

 緑色のお腹が、臨月の妊婦のようにぷっくりと膨らんでいるのが見えた。


「そう・・・なんだ・・・」

 

 予想だにしなかった浮気相手は、汚水の中から姿を現すと、指の間にまるでカエルのような薄い半透明の膜が張った手を伸してきた。

 私の横を素通りし、まっすぐに海翔の元へと延びていく。

 その手は海翔の腕をつかむと、いとおしそうに自分の胸元へと抱き寄せた。

 浮気相手の腕の中にいる海翔は、頭ががカクンと後ろに倒れ顔が天を仰いでいる。

 その時に見えた瞳は、まるでガラス玉のように生気がなく、口角からはだらしなく(よだれ)が流れ落ちていた。

 身体はまるで抵抗することを放棄したかのように、されるがままとなっている。

 彼女は満足したのか、海翔を抱きしめその顔を覗き込みながら、暗い泥水の中へと体を沈めていった。


“トプン……”


 すべてが水中へと沈んだことを確認するかのように、音がしたかと思うと、水面に大きな波紋が現れる。


 その瞬間。


「え? 何? 」


 気が付けば、そこは見慣れた私の部屋だった。

 時計を見れば、朝の8時を過ぎている。


 部屋を見渡せば、すぐそばで美彩と貴史さんが、テーブルに突っ伏した状態で眠っていた。

 テーブルの上には、身に覚えのないビール缶が所狭しと並んでいて、ポテチやチーカマといったおつまみ類が、まるで遠慮の塊のように皿に一口分ずつ残っている。


「ねえ、起きて! 」


 大きな声を出せば、2人は体を飛び上がらせた。


「おはよ~。どうしたの~? 大声なんかだしちゃって~」


 美彩はまだ眠たいらしく、両手でグーを作って両目をぐりぐりしている。


「ごめんね。僕も()()()()()()()()()()()()()()()で・・・」


 対して、貴史さんは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

 そんな二人に、目覚めのインスタントコーヒーを淹れたマグカップを手渡し、昨日の事を聞いてみた。

 

「ねえ。私たちさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っけ? 」

 

 まるで思い出せない昨日の出来事。

 もしかして二人なら、何か覚えているかもしれない・・・そう思って聞いてみたのだが。

 美彩は不思議そうに私を見つめると、何かを確認するかのように額に右手のひらを当ててきた。


「え? 何? 」


「春花、大丈夫かと思って」


 両手で私の顔を優しく包み込むと、眉を八の字にして表情を読み取るかのように、顔をのぞきこんできたのだ。

 美彩のその顔は、なんだか今にも泣いてしまいそうな、そんな表情をしていた。


「どういうこと? 」


 私の問いに対し、美彩は貴史さんと顔を見合わせた。

 お互い頭の上にクエスチョンマークがのっかったかのような表情をしている。

 そして何かを確認するかのように、こう聞いてきたのだ。


「ねえ、海翔ってダレ? 」


 と。

河童は、年末から2月にかけてが発情期らしいですよ。

女性の河童は、押しが強いんだとか。

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