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9 とんでもない条件


 今、モルガンさんがリーダーって呼んだよね? え、まさか? このマフィアのボスみたいな派手な人がクランのリーダー……?

 右手でウォンさん、左手でテッドさんの胸倉を掴んで軽く持ち上げているあの人が?


 私、これからあの人に気に入られなきゃならないの? 無理では?


「あの、リーダーの風貌は、ルリちゃんに、刺激が強いと、思ってぇ……ぐぇ」

「あ? なにがだよ」

「うぐ、怖い怖い、絶対に引かれてるっすよぉ……」


 はわわわわ……! 処される! ウォンさんとテッドさんが処されちゃう!


 ドスのきいた声に震えていると、スィさんにぽんぽんと背中を優しく叩かれた。涙目で振り返ると大丈夫ですよ、とにっこり微笑んだスィさんは一歩前に出てリーダーさんに声をかけた。


「トウル、女性の前です。本当に怯えているのでその辺で」

「あ? ……なんでここに女なんか」

「新メンバー候補ですよ。ほら、ウーゴが引退したじゃないですか」

「あぁ……いや、にしたってなんで女を」


 サングラスの奥の目がこちらを見た気がしてビクッと飛び上がってしまう。

 私も処されちゃう? なんて不安が膨らみまくった時、ミルメちゃんの文字が浮かんで目が丸くなってしまった。


「それは、ご自身で確認してください。この僕が候補として連れてきたので、ただの女性ではないことはわかるでしょう?」

「ふん……? どれ」


 驚いている間もなく、リーダーさんがウォンさんテッドさんを掴んでいた手をパッと離した。その瞬間、地面に倒れ伏す二人のぐえっ、という悲鳴が耳に入る。

 でもごめんなさい、二人とも。駆け寄りたい気持ちは山々なんだけど、リーダーさんがこっちに近づいてくるのでぇ……!


 ミルメちゃんのことを疑うわけじゃないけど、本当にこの人が……?


【信用できます。頼ることをお勧めします】


 リーダーさんがサングラスを外し、私に顔を近づける。

 あ、瞳が綺麗。金色の目なんて初めて見た。


「ふ、あんま見んなよ。照れるじゃねぇか」

「へっ!?」

「くくっ、初心な反応だな。嫌いじゃない」


 しまった、失礼な態度だったかも!? でも、これまでの低くて迫力のある声とは違って、少し優しい声になっている、かも。

 笑った顔も無邪気な少年みたいで、少しドキッとしちゃった。


「名前は」

「ルリ、です」

「何ができる?」


 はっ! まさかこれはクランの仲間に入るための面接みたいなもの!?

 これは失敗できない。真剣に答えなきゃ!


「えっと、一通りの家事もできますし、いろんな場所で働いた経験もあります!」

「ほぅ。たとえば?」

「飲食店の厨房とホール、家庭教師、清掃……あとは作ったアクセサリーを売ったりとかも」

「多才だな。貴族か」

「いえ! 庶民です! 施設で育ちました!」


 グッと拳を作って元気に答えると、リーダーさんは目を丸くして驚いた様子を見せた。

 え? ここまでの質問のどこに驚く要素が?


「施設育ちでそこまで教養があんのも珍しいな。言葉遣いもやたら丁寧だし……顔が綺麗だから仕込まれたのか……? 他、まだなんかあんのか」


 あ、もしかして庶民があれこれできるのは珍しいってことなのかな。まぁいい。質問にはすぐに答えないと。


「はい! 見る目があります!」

「見る目ぇ?」


 あっ、今度は怪訝な顔にっ! なんだろう、答え方間違えたかな?

 再び小刻みに震えていると、ここでスィさんの助け舟が入った。


「スキルですよ、トウル。ルリさんは全てを見通す目を持っています」

「そりゃ大きく出たな」

「……見ようと思えば、何もかも知ることのできる目です。本人にはその気も、なんならそのスキルがどれほどあり得ないかの自覚もありません」

「……へぇ?」


 えっ、あり得ないの? 見る目が?

 脳内が疑問符でいっぱいになっているところへ、復活を果たしたウォンさんとテッドさんが声を上げた。


「俺らが見つけたんす!」

「そうそう! 騎士にしょっぴかれそうなのを庇ってくれてよぉ! 優しいんだぁ、ルリちゃんは!」


 二人とも、さっきあんな風に脅されたというのにまったく気にしてないみたい。へこたれない鋼の精神力だ。

 それか、リーダーさんのことを心から信用しているからこそ、かも。


 だってミルメちゃんのお墨付きだもんね。さっきだって脅しただけで別に暴力を振るったわけでもなかったし。胸倉を掴んで放り投げるのは暴力に入るのかもしれないけど。


「チンピラもたまにはいい仕事すんじゃねぇか。よし、ルリ」

「は、はい!」


 再びこちらを見たリーダーさんに名前を呼ばれてピッと背筋が伸びる。

 次の質問はなんだろう? と心構えを……。


「俺の女になれ」

「はい……は、えっ!?」


 今、なんとおっしゃいました? 聞き間違いかな?


 驚いてリーダーさんを見上げると、ニッと悪い笑みを浮かべている。もしや、聞き間違いではなかった?


 本当に「俺の女になれ」って言ったってこと!?


「ずるいっす! 納得いかねぇっすーっ!」

「いくらリーダーでもそれはダメっすよぉ! 職権乱用だぁっ!!」


 ウォンさんとテッドさんが猛抗議するのをぼんやりと眺めつつ、言葉の意味を理解した私は急激に顔が熱くなった。


 ど、ど、どうして!? 私とは初対面だよね!?


 はっ、そういえば香苗が言ってた注意点ってなんだったっけ。


『すぐに連絡先を聞いてくる男には教えない、二人きりにならない、身体を触らせない』


 ……初対面で自分の女になれって言ってくる場合は該当する、のかな? あれ?

 脳内パニックになっている私の目の前に、再びミルメちゃんの文字が浮かぶ。


【あなたを守るための提案です】


 私を、守るため……?


 それがどういう意味かはわからないけど……理由があるということは、きっと本気で自分の女になれと言ったわけではない、よね? そうすることが最善だと思って言ってくれた?


「どうだ? 俺の女になるなら、クランに入れてやる」

「トウル! さすがに言葉が足りな——」

「わかりました」


 庇ってくれるスィさんの言葉を遮る形で返事をすると、その場にいた全員が驚いたように振り向いた。


「お気遣い、ありがとうございます。えっと、トウルさん?」


 にへっと笑いながら答えると、リーダー……トウルさんは片眉を上げて驚いた顔を見せた後、すぐにフッと笑った。

 やっぱり笑うとちょっとかわいくなるよね、この人。失礼になりそうだから言わないけどね。


「……はっ。物分かりの良い女は好きだぜ、俺は」

「いえ、これは物分かりがいいというより、見る目があるからで……」

「見る目、ね。よし、ちょっと来い」


 トウルさんはそういうと、意外にも紳士的に手を差し出してきた。


 これっ、エスコートっていうんだよね? すごい、初めて! やってみたい!

 さっきスィさんにも言われたけど色々あってチャンスを逃したし!


「なんだ、エスコートは初めてか?」

「はい!」

「……からかっただけなんだが、マジかよ」


 からかわれてた!? でも初めてだもん。

 というか、男の人と手を繋ぐのが初めてかもしれない。施設で面倒を見ていた弟とかは別にしてね。


「ルリさん、今までどんな扱いを……?」

「まさかルリちゃんっ、酷い目に遭ってきたとか……!?」

「なんてこった……!」


 スィさんとウォンさん、それからテッドさんがなにやらコソコソ話しているけど、そんなに私の反応が変だったのかな。しょぼん。


 ちょっと凹んだ私を不憫に感じたのか、トウルさんがほらとさらに手を差し出してくれる。私はおそるおそるその手に自分の手を重ねた。


 男の人の手って、厚くて大きいんだな。それに少しゴツゴツしてる。みんなそうなのかな?


 そんなことを考えていると、トウルさんが軽く手を引いてニヤッと笑った。


「お前の初めてエスコートを、俺がもらっちまったな」

「わぁ……かっこいいです~!」

「……お前は本当にこの手のからかいが通じねぇな。調子狂うぜ。はっ、ありがとよ」


 パッと見は乱暴そうに見えるけど、トウルさんは強く手を握るわけでもなく、優しく手を引いてくれている。


 おぉ……これが、エスコート……!


「ルリさん、たったあれだけであんなに感動するなんて」

「嬢ちゃんは一体どんな人生送ってきたんだ?」

「ひぐっ、涙なしでルリちゃんを見れねぇよぉ……」

「ずびっ、俺、ルリちゃんにめちゃくちゃ優しくするぅ……」


 後ろでなんだか私のことを話しているような気配がするし、鼻を啜る音も聞こえて気になるけど、まずはトウルさんについて行かないとね。


 手を引かれるまま進むことほんの五歩。

 アジトのドアが開け放たれ、想像以上の広さと天井の高さに圧倒された。


「お前ら、聞け!」


 感動する暇もなく、屋敷中に響き渡ったんじゃないかというほどよく通るトウルさんの声にビクッと肩を揺らす。

 室内にいた人たちが揃ってこちらに顔を向け、一瞬で静まり返ったことで緊張が走った。


 そんな張り詰めた雰囲気の中、トウルさんははっきりと告げる。


「こいつはルリ。今日からクランのメンバーで、俺の女だ。いいな?」


 ざわっ、と一気に空気が揺れる。


 ひ、ひぇぇぇぇ! そりゃあそうなるよ! たしかに了承はしたけども、したけども!!


 こんなにたくさんの人の前で恥ずかしげもなく宣言されると、私のほうはものすご~く恥ずかしくなるんですけどぉ!!

 たくさんの目が私に集まっているのがわかって居た堪れないし直視できないっ!


 そんな私の下に、スィさんが歩み寄ってため息を吐きながら聞いてきた。


「はぁ、本当にいいんですね? ルリさん」

「いいというか……守ってくれたんですよね? トウルさんは」


 私が他の人から変な絡み方をされないように。さすがにもうわかるよ。


 日本で生まれ育った私は平和ボケをしているんだ。

 たしか海外はもっと危険だって聞いたことがある。


 今日だけであんな事件もあったわけだし、ここもそういう感覚でいなきゃいけないんだ。

 でも私はこの世界に来たばかりで、町はおろか世界の常識も知らない。無防備すぎるんだよね。


 そんな私を保護してくれる人がいる。それも、ミルメちゃんが信用していいという人たちが。

 そこのリーダーなんだもん。たとえ「女になれ!」なんてとんでもない条件だとしても、ここはお言葉に甘えるのが正解だと思う。


 それにたぶん……酷い扱いはされないだろうから。


「私なこのせか……えっと、町のことを何も知りません。あと、世間知らずなので」

「自覚がおありでなによりです。ふぅ、かなり強引でしたが、ルリさんが理解した上でそうおっしゃるのならいいでしょう。お試しもなにもかもすっ飛ばして仲間入りすることになってしまいましたけどね」

「そこは、まぁ。でも結局、遅かれ早かれこうなっていたと思います」


 へへ、と笑って答えると、スィさんもふっと笑ってくれた。

 たくさん助けてくれてとても良い人だよね、スィさんって。このクランでもみんなに頼りにされていそうだな。


「なになに、どういうこと?」

「どういうことっすか!」


 まだざわつくクランの皆さんに混じって、ウォンさんとテッドさんが話に入ってきた。

 するとスィさんが呆れたような目を向けながら説明してくれた。やっぱり頼りにされてるね!


「はぁ、まったく。トウルの女だと知って、手を出す馬鹿がこの町にどれほどいると思いますか?」

「あっ、なぁるほど! おかげでルリちゃんを町の悪いヤツらから守れるってことか!」

「虫除けってことかよぉ! さっすがリーダーだぜぇ! 男の中の男ぉ!!」

「お前ら、手のひら返しがえぐいな……この調子乗りが」


 モルガンさんは呆れているけど、二人が大きな声で叫んだことで他の人たちにも伝わったみたいだ。それだけでわかるクランの人たちもすごい……。


「よろしくなー!」

「困ったことがあればいつでも言えよ!」

「仲良くしてねー!」


 ふと皆さんの方に顔を向けるとそんな温かい声がかけられる。


【仲間は全員、信用して大丈夫です】


 うん、ミルメちゃん。これは見る目のない私でもわかったかも。


「ルリです! よろしくお願いします!」


 ぺこっと頭を下げて挨拶すると、一斉に歓声が上がった。

 そ、そこまで歓迎されると照れちゃうかも!!


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