8 なんとかアジトへ到着したけど
広場にいた人たちが次々に何ごとかとこちらに顔を向けてくる。
中には泥棒と聞いてすごい形相で駆け寄ってくる人がいたり、騎士に連絡を! なんて声も聞こえてきた。
こ、これは、ウォンさんが犯人扱いされるやつ……!
そんな中、スィさんが淀みない口調でみんなに指示を飛ばした。
「ここは逃げますよ。ウォン、すぐに財布を捨てなさい。モルガン、ルリさんをお願いします」
「ちっ、面倒なことを~っ! 嬢ちゃん、悪ぃな。よっと」
「ひゃあぁっ!?」
何が何やらわからぬうちに、気づけば私はモルガンさんの肩に担がれていた。
た、高いっ!
「口閉じとけ。舌を噛みたくなかったらな」
「むぐぅっ」
慌てて口を両手で塞ぐと、モルガンさんは人混みの合間を縫いながらものすごいスピードで駆け抜けていく。ひえぇぇぇっ!
叫び声を上げそうになったけど、ぐっと口を押えて耐える私。
スィさんがモルガンさんを抜かしていったのを視界の端で捉えた。
私はモルガンさんの背中側に顔があるので前が見えない恐怖と戦いつつ、ウォンさんとテッドさんが必死の形相で後ろからついてきているのを見た。
と、とりあえず、身を任せるしかなさそう。
でも、ちょっと……お腹が圧迫されて気持ち悪い~っ! 助けて~!
◇
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
「ひぃ、はぁ、へぇ」
「ぜぇ、ぜぇ……」
「おい、だらしねぇな、ウォン、テッド」
どれだけ逃げていただろう。気づけば人気のない路地裏に来ている。はぁ、ようやく足を止めてくれた。
ちょっと薄汚れた小路で、軽く周囲を見た感じだと他に人の気配はない。
そうは言っても私は今グロッキーなので、気づいてないだけで人はいるのかもしれないけど。
「化け物体力と、一緒に、すんな……」
「そうだ、そう、うっぷ……」
ウォンさん、テッドさんの言うように、私を抱えたまま走り続けたモルガンさんの息がほとんど上がってないことのほうがおかしいと私も思う。
ちなみに、私だったら絶対についていけないスピードだった。なんなら、走り出した瞬間に見失ってたよ。
しかも途中で小路に入った後は何度道を曲がったかわからない。まるで迷路みたいで、それなのにスピードを落とさなくて目が回ったもん。
「っと、悪かったな。荷物みたいに担いじまってよ。……だ、大丈夫か?」
ようやくモルガンさんが私に意識を向けてくれた。
そっと地面に下ろされたものの、軽くよろけて壁に手をついてしまう。
しかも私ったら手が震えてる。なんだかお腹の底から笑いが込み上げてきた。
「ふ、ふふ、あははっ! ビックリしたぁ。あ、あれ」
「ルリちゃん!? な、泣い、泣いてっ! おいモルガン! 怪我でもさせたんじゃねぇのか!?」
「そ、そんなことはないはずなんだが……おい、どこか痛ぇのか? 具合悪ぃか!?」
心からおかしいと思っているのに、涙が勝手にポロポロ溢れてくる。
悲しいわけじゃない。どこかが痛いわけでも、苦しいわけでもない。
怖かった、のかな。それともちょっと違う気がする。
なんというか……急に転生なんてことになって、非日常が目まぐるしく襲い掛かって、私の中のキャパシティーがオーバーしてしまったのかもしれない。
「ぐすっ、ごめ、なさ……どこも、なんともない、です、ぐすっ」
「あー! 泣かしたーっ! サイテー!」
「モルガンが女の子泣かしたぁっ!!」
「おい、馬鹿、騒ぐなっ」
えぐえぐ私が泣く横で、ウォンさんとテッドさんがここぞとばかりにモルガンさんを責め立てている。
その様子がまるで小学生の子どもみたいで、さらに笑いが込み上げてきた。
おかげで私は泣きながら笑うというおかしなことになっている。
一方、騒ぐ三人を無視し、スィさんが私にハンカチを差し出しながら優しく声をかけてくれた。
「突然のことで驚いたのですよね。巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。こちらをどうぞ」
「うっ、あり、ありがと、ぐすっ、ござ、ます」
「無理に泣き止もうとしなくていいですよ。ここは安全ですから、ゆっくり落ち着いてください」
「は、はいぃ」
なんて紳士的な。お言葉に甘えてハンカチを握りしめつつ、溢れる涙をせっせと拭いながら何度も深呼吸を繰り返した。
大丈夫、大丈夫。すぅ~はぁ~~~……。
ようやく落ち着いた頃、スィさんが先ほどのことを軽く説明してくれた。
ずっと誰もなにも喋らなくて、静かで、ちょっと気まずかったので助かる。
「ああいう質の悪い罠、この町では結構あるんですよ。わざと貴重品を落として気の良い人に拾わせ、犯人扱いをする。周囲がこちらに注目し、動揺している間に盗みを働く、とかですね」
「そんな酷いこと、よく考えつきますね……?」
「本当に。小賢しいですよねぇ。僕には到底思いつきません」
「「嘘吐け」」
口を揃えて嘘吐き呼ばわりしたウォンさんとテッドさんのほうにスィさんがぱっと振り向く。
すると、急に二人が震え上がって口を閉ざした。どうしたのかな?
「そろそろアジトに向かおうぜ。嬢ちゃんが、その。落ち着いたんならよ」
「あ、はい! もう大丈夫です。急に泣いたりしてごめんなさい」
「いや、あんたが謝るこっちゃねぇだろ。こっちこそ……なんか悪かったな」
「いえいえ! むしろ運んでくれてありがとうございました、モルガンさん!」
もう平気だしなにも気にしてませんよー、とわかってもらうためにも笑っておこう。にへー。
すると、モルガンさんは一瞬だけ目を丸くした後、眉をハの字にして微笑みながらぽんと私の頭に手を置いた。
大きな手だなぁ、私の頭なんかその気になったら片手で鷲掴みできそう。
「アジトはこの先だぜ、ルリちゃん!」
「俺らが案内してやんよぉ!」
「ありがとうございます。でも……大通りからどうやってこの道に来たのか、全然覚えてないです、私」
なにせ、ずっと担がれて目を回していたからね! どこをどう曲がったかなんてまったく覚えてない。
「場所自体はそこまで複雑な場所にあるわけではありませんよ。覚えてしまえば簡単ですし。今は逃げるためにあえて色んな角を曲がっただけなので」
「そうなんですね。それでも……あれだけ曲がり角があったら迷っちゃいそうです」
そうでなくても方向音痴な自覚はあるから……。一人では辿りつけなさそう。
「大丈夫だぞ! いつだって俺らが連れてってやるぜー!」
「おう! ルリちゃんの行きたい場所にならどこへでもなぁ!」
「ふふっ、頼もしいですね」
私がそう言うと、ウォンさんとテッドさんの二人は飛び上がって喜んでくれた。
……喜びすぎでは? むしろ、案内してもらえる私のほうが嬉しいはずなのに。
ふふっ、本当に面白くていい人たち。この出会いも神様のおかげかな? それとも偶然かな?
いずれにせよ出会いに感謝だね!
「嬢ちゃん……あまり二人を褒めてくれるな。調子に乗る」
「まぁいいじゃないですか、モルガン。優しい言葉をかけてくれる人なんて滅多にいないのでしょうから」
「失礼だな!」
「そうだ! 失礼だぞぉ!」
仲間になれたら、きっと毎日こんなに賑やかなんだろうな。そう思うと、不安だった気持ちも少し晴れていく気がする。
まだ他の人にもリーダーにも会ってないからなんともいえないけど……私の心は仲間になりたいという気持ちのほうに傾き始めていた。
アジトまでは、本当にすぐだった。思っていた以上に近くて驚いたんだけど、もっと驚いたのはその大きさだ。
「……お屋敷?」
「元、ですね。見ればわかるように、建物は結構古いでしょう? 空き家となって解体されるところをリーダーの伝手で購入したのです」
スィさんが言うには、本来なら空き家といえど貴族が所有していた土地や建物を一般人が購入することはできないのだそう。
その辺りがリーダーの伝手なのだと口元に人差し指をあてて教えてくれた。
つまり、その伝手っていうのは内緒ってことね? 詮索したらだめですよー、ってことかな。
もちろん、調べません! 聞きません! ミルメちゃんも勝手に私に教えたらダメだよ!
だって、貴族なんて響きからして厄介な雰囲気するじゃない。
私のような生まれも育ちも庶民、なんなら親のいない施設育ちからすると、貴族っていうのは手の届かない遠い世界のお話だもん。
勝手なイメージだけど、下々の者が下手に喋ったり会ったりしたら大変なことに巻き込まれそう。気軽に関わっていい人たちじゃない、絶対。
下手したら「無礼者ぉ~」って言われて罰せられたりするかも……!?
そんなわけで、貴族とかその他よくわからないことには触れないのが一番。
町で平和に生きられたらそれでいいのです。
「空き部屋もありますし、修繕もしてあるのでなかなか綺麗ですよ。無駄に広い庭には離れも建っています。ちなみにこれらはモルガンの仕事です」
「おう。本職は鍛冶だが、大工仕事なんかも俺の担当だ」
「すごいです! だから古いのにとても綺麗なんですね!」
「お、わかるか? だというのに野郎ども、綺麗に使いやがらねぇんだ。ったく、ドアをぶち壊したり壁に落書きしたり……」
わぁ、それはそれは……。施設にいた時も、思春期の男の子たちがよく物を壊したりしていたっけ。その度に院長が頭を抱えていたな。懐かしい。
ここで頭を抱えるのはモルガンさんってことだね。額に手を当てて頭を振っている姿からも苦労がわかる……心中お察しします。
でも、あと一歩で解体されるところだったとは思えないほど立派だし綺麗なお屋敷だと思う。
ちょっと庭が荒れていたり、窓が汚れていたりはするけど、最低限の草むしりや掃除はされているように見えるし。
「ささ、ルリちゃん! むさ苦しい場所だけど、入って入って!」
ドアを開けてくれたのはウォンさんとテッドさん。元々、貴族のお屋敷だからかドアは大きく、観音開きになっている。
ギィ、と少しだけ音を鳴らしながら開いたドアの先には——
「……んぁ?」
ちょうど外に出ようとしていたのか、目の前に人が立っていた。
まず目に飛び込んできたのは派手なピンク色のシャツだ。しかも柄シャツ。
上下白のスーツを着こなし、その上から黒い羽コートを肩にかける形で羽織っている。
徐々に視線を上げた先に見えた顔には大きめの黒いサングラス。黒髪で背が高く、どこかただものではない雰囲気を醸し出す男性が仁王立ちしている。
「……」
「……」
たぶん、目が合ったと思う。現在進行形で。
サングラスをしているからよくはわからないけど、たぶん、きっと、すごく見られている……!
「あー……」
「えー……」
ウォンさんとテッドさんのなんとも言えない声が聞こえたかと思うと、二人はそのままドアをパタンと閉めた。
「さすがに突然すぎるよな!」
「見事なタイミングだったなぁ!」
わはは、と笑い合うお二人。同時に、スィさんによってサッと肩を引き寄せられた。
なんだろう、と疑問に思ったその瞬間、バァンッとものすごい音を立ててドアが内側から開かれた。
ドアとともにウォンさんとテッドさんも吹き飛び、私の前を通り過ぎて玄関前の段差からも転げ落ちていく。
な、何が起きたの!?
「あ"ーっ!! ちょ、リーダー! 蹴破んなよ、クソがっ! 誰が直すと思ってんだ!!」
そんなモルガンさんの悲鳴のような大声が響き。
「そりゃおめぇだろ、モルガン。で? ウォンテッド。なんで閉めた? あ?」
ウォンさんとテッドさんをまとめて呼んだピンク柄シャツの男性が、低い声でそう言った。
す、すごい迫力だ。ヤ○ザかマ○ィアの人にしか見えないんですけどぉ!? 怖ぁっ!!