7 トラブルメーカーなお二人
私の言葉を聞いて、全員がぽかんとした顔を向けてきた。
……今更だけど私、何を言ってるんだろう。
客観的に今の言葉を向けられたところで「は?」と思われるのは当たり前なわけで。
そして今、私はこの人たちから「は?」と思われているに違いない。
は、恥ずかしくなってきたーーーー!
あわわ、と両頬に手を当てて熱くなった顔を誤魔化していると、思ってもみなかった質問をされた。
「その確信に満ちた物言い……もしやルリさん。スキル持ちですか?」
「スキルってなんですか?」
「薄々そんな気はしましたが、やっぱりそこからなんですね?」
動揺しすぎてスィさんの質問に条件反射で答えてしまったけど、もしかしてスキルもクランと同じで常識だった……?
だってスィさん、さっきの雰囲気がやっぱりちょっと怖かったし、正直に白状したほうがいいと思ってぇ!
ええい、世間知らずだと思われているなら今更だよね! どうせ察していたみたいだし、開き直ろう!
「スキルというのは人には使えない特別な能力、でしょうか。人には出せない怪力が使えるですとか、計算能力がずば抜けているとか、気配を消して行動できるとか……まぁできることは様々ですが。ルリさんにはなにか、人の本質を見抜くようなスキルがあるのかと思いまして」
す、鋭い。そんなにバレバレだったかな? 見る目があるって言っておけば大丈夫かなって思ったんだけど、甘かった?
「その様子……もしや隠す気があったんですか?」
「か、隠し通せた気でいました」
「残念ながら、貴女は隠しごとするには不向きかと」
「あれぇ……?」
戸惑いながら他のみなさんの顔を窺うも、揃いも揃って苦笑を浮かべられてしまった。
そ、そんなにわかりやすかったのか……。確かに嘘をつくとか誤魔化すのは苦手だけど、そこまでなんだ、そうなんだ……。
「ずいぶん危なっかしい嬢ちゃんだな……? むしろ今までよく無事に生きてこられたもんだ」
モルガンさんには呆れた目でそんな風に言われてしまったけど、いえ、実はこの世界に来たのはついさっきなんです、とまでは言えず。笑って誤魔化しておこう。にこーっ。
「しかし、スキルを知らずに能力を使っているのだとしたら……少々、危険ですね」
「えっ、スキルって危ないんですか!?」
おっと、また世間知らず全開な反応をしてしまったようだ。みなさん、顔を引きつらせていらっしゃる。
でもスィさんだけはにこーっと笑みを深めてさらに説明をしてくれました。お世話かけますぅ……。
「スキルが危ないのではなく、レアな能力なので貴女がいろんな人から狙われるという意味で危険なんですよ。差し支えなければどんなスキルをお持ちなのか教えていただいても? もちろん他言いたしません。この者たちも、一応口は堅いのでご安心を」
「おー! 絶対に言わねぇぞ!」
「言わねぇ! 死んでも!」
そ、そんなに? もちろん、最初から言いふらすだなんて思っていないけど。
私は軽く頷きながら答えた。
「文字通り、見る目があるだけ、ですよ?」
「見る目、とは……一体、何を見るんですか?」
「なんでもです」
「……」
あ、アバウトすぎる答えだったかな? 無言になっちゃった。
もっと詳しく言うべきだよね、よしっ。
「たとえば、スィさんは嘘吐きだけど信用していいって! あと、わざと怖がらせようとしているとか、曲者だけどみんな信用できるとか……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
焦ったように止められて、またなにかやらかしてしまったのかと心配になる。
む、難しいな、異世界。
「本当に、なんでもわかるんですか? 僕たちの素性、とかも……?」
「えーっと……?」
本当になんでもわかる、よね?
【ご希望であればお教えできます】
心の中で質問すると、有能なミルメちゃんはすぐに答えてくれた。
「私が望めば、はい。そうですね、わかります。あっ、もちろん見てませんよ!」
「なんてこと……試しにこの男の名前と職業だけを見ることってできますか?」
「おい、なんで俺なんだよ」
「当たり障りないじゃないですか」
まぁ、信じてもらうには実践してみせるしかないのはわかる。
でもそこで自分ではなくモルガンさんを、と差し出すところにスィさんの性格が滲み出ている気がした。
自分は探られたくないのかな……?
ちらっとモルガンさんを目だけで見上げると目が合ったので確認をとる。
「いいんですか?」
「名前と職業だけだぞ?」
「それはもちろん。えーっと……」
ミルメちゃんに頼むと、あっさり情報を出してくれたのでそれをそのまま読み上げた。
「モルガン・ド・レオさん。鍛冶師、ですね。大工仕事もされていらっしゃる……? わぁ、多才ですね!」
「……そこまでわかんのかよ」
「えっ、ごめんなさい!」
「いや、いい。驚いただけだ。しかしこいつぁ……本物だぞ。スィ」
心底驚いたように自身の髪をくしゃっと掻き上げながらモルガンさんがそんなことを言う。
相変わらずよくわからない雰囲気だけど、なんとなくやばい感じはヒシヒシと……。
言わないほうがよかったかなぁ? でもこの人たちは信用できるってミルメちゃんが教えてくれたし、私は隠しごとができないタイプみたいだし、いつかどこかでバレるなら今この人たちに頼ったほうがいい、よね? ドキドキ。
続く言葉を緊張しながら待っていると、ウォンさんとテッドさんが神妙な面持ちで話しかけてきた。
「ルリちゃん。やべぇスキルだぜ、それ……仕事には困らねーと思うが」
「貴族なんかに知られたら囲われるぞぉ? 一生監禁されて利用されたりとかよぉ……」
「か、監禁!?」
怖い! そんなの嫌ーっ!
私がひゃー、となっていると二人の頭にモルガンさんのゲンコツが落ちた。うわ、痛そう。
「馬鹿野郎ども、怖がらせてどーすんだよ」
「「痛ぇ!!」」
二人揃って頭を押さえてうずくまっちゃった。だ、大丈夫かな?
でも……今、ウォンさんとテッドさんが言ったことを否定はしなかったよね?
つまり、実際に起こり得るってことだよね? やっぱり怖い!
ビビり散らかしている私に、スィさんが変わらぬ笑顔でとある提案をしてくれた。
「そんな心配を全て解決するいい案があります。ルリさん、よろしければうちのクランに入りませんか?」
「えっ、クランに、ですか?」
思わぬ提案過ぎてまだ理解が及ばない。
だって自分がクランに入るという頭がまったくなかったから。クランの存在自体、今初めて知ったことだし。
スィさんは戸惑う私に気づいているのかいないのか、ぺらぺらと説明を続けた。
「うちのリーダーは敵に回すと厄介な男ですが、味方になればこれ以上ない心強さです。クランに所属しているというだけで、狙うような馬鹿も減りますから」
「……スィ、本音は」
「実は料理人の爺様が隠居することになりましてね。クランを維持するのに必要な最低人数の十五人が達成できなくて困っていたので人員補充にちょうどいいと思いまして」
最低人数とかあるんだ? クランを維持するのにも条件があるんだね。
えっとつまり、彼らのクランはギリギリの人数で回っていて、どのみち人員を補充する必要があったってことだよね。
私としても、何もわからないまま一人で生活するよりは信用できる人たちと一緒のほうがありがたいけど。
「あの、私は助かりますが……許して貰えるんでしょうか。その、リーダーさんや他の方々に」
「ルリちゃんが仲間にぃ!? そりゃあいい!!」
「ひゃっはー! 女の子が来るぜぇ!!」
私が話している途中で食い気味にウォンさんとテッドさんが乱入してきた。
「うるせぇ!!」
「「痛ぇ!!」」
そしてまたやってる……! もしやいつもこんな感じなのかな?
話が進まないので彼らは大丈夫だと信じて、今はスィさんの話を聞いておこう。
「うちのクランに入るための条件はただ一つ。リーダーに気に入られればいいだけです」
「それは……難しかったりするのでは?」
「正直、リーダーの考えなんて誰にもわからないんですよ。気分屋ですしね」
だからその条件を満たすのが簡単かどうかは人によるのだとか。
馬が合わない人とは暮らせない、みたいな感じ? いったいどんな人なんだろう。
「俺らが説得するぜ!」
「するぜぇ!!」
「悪化するからそれだけはやめとけ、このトラブルメーカーども」
張り切ってくれたウォンさんとテッドさんの言葉をモルガンさんがばっさり切り捨てている。
やっぱりいつものことっぽいよね、こういうやり取り。
ただこの二人がトラブルメーカーっていうのは……ちょっとだけわかるなんて思ったら失礼かな?
「まず間違いなく採用されると思いますよ。それほど、貴女のスキルは貴重ですから。雲行きが怪しければ僕からも説得しますし。なので、あとは貴女次第です」
「私次第、ですか?」
「ええ。だって、結局は貴女の能力をうちのクランで利用したいということですから。ただ、監禁したりなんかしませんよ。自由と安全を保障します」
「自由と安全……」
これはとても魅力的なお誘いだと思う。
私を気に入って、と言われるよりはっきり能力を利用したいと言ってくれるのはむしろ安心だし。
「それに、すぐに決めろとは言いません。何も知らないままでは貴女も不安でしょう? ですから一度クランに来て、見て、お試しで過ごしてから決めていただいても結構です。契約更新手続きまで日がないので、早めに決めてもらえたら嬉しいというのが本音ですけどね。そして何より」
スィさんはぱちりとウインクをした後、軽く屈んで内緒話をするかのように私の耳元に口を寄せた。
「僕が、貴女のことを気に入ってしまいましたから」
「ひゃ、えっ、気に……?」
良い声が耳元で聞こえてきたことと、その内容に一気に体温が上がった。
バッと手で耳を覆いながら動揺を隠せずにいるところへ、モルガンさんの怒声が響く。
「おい、スィまで! 往来で口説くな! 俺の仕事を増やすな!」
「魅力的な女性がいれば、往来だろうがなんだろうが口説くのは当たり前ですよ。それに、モルガンだって彼女のスキルが有用だと思うでしょう?」
「それとこれとは話が別だっ」
こ、これはお国柄ってやつかな? きっとそう!
ほ、ほら、女性を口説くのが当たり前、みたいなの、あるよね! 日本人にはない感覚だから慣れていないだけ! ふー、熱いなーっ!
「さ、そうと決まればさっさとクランに戻りましょう。ルリさん、他になにか予定がありましたか?」
「いえ、宿を探すところだったので」
「ちょうどいいですね。我々のアジトには空き部屋もありますし、よかったら使ってください。クランに入るかは別にして、そのくらいならリーダーも断ったりしませんから。たぶん」
「ありがとうございます! 助かります!」
最後の「たぶん」が気になるけど、ひとまず今日の宿の心配はしなくてよくなったってことかな。アジトって響きがちょっとだけ怖いけど。
信用できるから大丈夫。信用できるから大丈夫。
もはや自分に言い聞かせちゃってる。
なんだか、不思議だな。前世だったら考えられないような大胆な行動をしてるよね、私。
初対面の男性たちについていくなんて、香苗が知ったらものすごく怒るだろうなぁ……。
「ややっ、財布が落ちてるぞ!」
「そいつぁ、大変だなぁ! 詰所に届けてやろうぜぇ!」
大通りを抜けて広場に出た時、ウォンさんとテッドさんが落し物に気づいたようで声を上げた。
本当だ、お財布が落ちてる。これだけ人が多いと落とした人は探すのも大変だよね。
やっぱりこの二人は根っからの善人なんだなぁ、と思っていると。
【拾うと面倒なことになります】
えっ。面倒なこと?
よくはわからないけど止めたほうがいい、かも?
「ま、待ってください、お二人とも……」
けど、ちょっと遅かった。すでにテッドさんが財布を拾ってしまっていた。
それから間髪入れずに女性の甲高い悲鳴が広場に響く。
「きゃあああああ!! 泥棒! 泥棒よぉーーーーっ!!」
「うえっ!?」
ト、トラブルメーカー~~~!!
「だからいつも言ってんだろ! 誤解されるようなナリしてんだから、善行を重ねるな!!」
善行を重ねるな、って怒る人は初めて見たよ!?
良いことをしているのに空回りするなんて!
ウォンさん、テッドさんの二人って……つくづく不憫!