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6 クランってなんですか?


 宿屋までの道中で、美味しい串焼き屋さんやパン屋さん、食事処なんかも案内してもらえた。

 あとは庶民がよく使う服飾店や、日用品、それから野菜や肉など朝に開くマーケットの場所も教えてくれた。


 この辺りはよく通うことになりそう。金銭感覚を学ぶのにも便利かも。

 ただやっぱり一度じゃ覚えきれないなぁ。この通りに辿り着ければわかると思うんだけど。


「ほい、ルリちゃん」

「え? わぁ!」


 キョロキョロよそ見ばかりしていたところへ、ウォンさんが急に紙包みを手渡してきた。


 これは、サンドイッチ? ほかほかと温かくて、フランスパンのようなパンにたっぷりの野菜とチーズ、お肉が挟んである。ほわぁ、おいしそう!


「ここのカスクートは肉も野菜もいっぱいでうまいんだぁ!」

「えっ、えっ? お、お代は」

「いーの、いーの! 俺らのおごりだぁ!」

「そんな、悪いですよ!」

「いいから食いな! たった三百リジア程度、気にすんなって」


 リジア? もしかしてお金の単位かな……と、ひとまずそれは頭の片隅に置いておいて。


「でも……」

「こうしてかわいい女の子に奢ってみたかったんだよなぁ」

「くぅぅ、今日は夢が叶っていい日だ!」


 カバンを下ろして財布を出そうとする私をそっと制し、ウォンさんとテッドさんは感涙まで滲ませてそんなことを言ってくれる。


 でもでも、やっぱり申し訳ない気がする……そんな居た堪れなさをキャッチしたのか、有能なミルメちゃんが私の不安を払拭する文字を浮かび上がらせてくれた。


【完全に本心です】


 そ、そうなんだ? それならいいのかな。

 うーん、ここまで本心で喜ばれちゃったら断れないね。あまりにも善人な二人に思わずクスッと笑っちゃう。


「ありがとうございます。お二人は紳士ですね! いただきます」

「お、おい、聞いたかテッド。俺らが紳士だってよ!」

「ああ、俺ぁ、もう悔いはねぇよぉ……ぐすっ」


 大げさだなぁ、もう。でも、もしかしたらずっと人に誤解され続けていたのかもしれないよね。


 さ、せっかくいただいたのでぱくりと一口。


「んんっ、おいひぃ!」


 外側はパリッ、中はもちっとした食感のパンに、シャキシャキの新鮮野菜。チーズのコクとお肉がちょうどいいバランスで食べ応え満点! ドレッシングが特においしいな。酸味と甘みのバランスが抜群だ。


 ん~っ、異世界のサンドイッチおいしい! これなら毎日通いたくなるかも!


「そうだろぉ! オススメだぜぇ!」

「いつも同じ場所に店出してっからよ、また行ってやってくれ。おっさんもかわいいルリちゃんにならオマケしてくれっからよ!」

「ふふ、そんなこと言ったら毎日通っちゃいそうですよ」


 ああ、いいなぁ。こういう雰囲気。人々が陽気で仲が良くて。そんな輪に私も入れたらきっと楽しいだろうな。


 受け入れてもらえるかな、この世界、この町に。これで私にもできるお仕事が見つかったら定住もありかも。


 さていよいよ、おすすめの宿屋に向かおうとした時、背後から声がかけられた。


「おいおいおいおい、まじかよ。ウォンとテッドがナンパに成功してやがる。明日は槍でも降るんじゃねぇか?」

「モルガンさん、さすがに槍はないでしょう。天変地異の前触れですよ、これは」


 振り返るとそこには筋肉質な焦茶の髪と無精ひげのワイルドな男性と、白銀の髪が眩しいスレンダーな男性が立っていた。


 ウォンさん、テッドさんのお知り合いかな?


「へっ、俺らの魅力をわかってくれるお嬢さんがいたってだけよ」

「そうだそうだ!」


 やっぱりお知り合いっぽい。ウォンさんとテッドさんは腰に手を当てて胸を張って、ふんぞり返りながら言い返している。ちょっとかわいく思えてきた。


「チンピラもどきの馬鹿正直ってだけじゃねぇか」

「んだと、モルガンごるぁ!」

「はっはっはっ、てめぇなんざの拳が俺に届くかよ」


 ぶんぶんと拳を振り回すウォンさんに対し、モルガンさんと呼ばれたワイルド系の男性が片手でパシパシ受けて止めている。完全に遊ばれてる……!


 ウォンさんはそれが悔しいのかさらに拳を振り回していて、そこにテッドさんも参戦。それでもモルガンさんは余裕でひょいひょい避けているのがすごい。


 モルガンさんが二人の攻撃を同時に避けた時、勢い余ってウォンさんテッドさんの二人がこちらに向かってきた。あ、危ない!


「きゃ……」

「おっと」


 ぶつかる、と思いきや、さっと私の肩を抱いて避けてくれたのは白銀の髪の男性だった。


 はぁ、危なかった。目を丸くして見上げると、深緑の瞳と目が合う。


「大丈夫ですか? お嬢さん」

「あ、ありがとう、ございます」


 にこりと微笑んだそのお顔はとても綺麗で、思わず見惚れちゃった。こんなに綺麗な男性は初めて見たかも。芸能人やアイドルを間近でみたらこんな感じなのかな。


 そんな中、二人と一人の攻防はまだ続いていた。その様子に白銀の髪の男性は呆れたようにため息を吐いた。


「まったく、野蛮な人たちは嫌ですねぇ。お嬢さん、よろしければ僕がエスコートいたしますよ。あれらは放っておきましょう」

「えっ、えっ」

「大丈夫です。一応あれらとは帰る場所も同じなので。どちらに向かう予定だったのですか?」

「ごるぁ、スィ! この詐欺師! 勝手にルリちゃん連れてくんじゃねぇぇぇ!!!」

「そうだそうだぁぁぁぁ!!!!」

「ああ、うるさいですね。詐欺師ではありませんよ、失礼な」


 さ、詐欺師? こんなに綺麗に微笑む人が?

 目を白黒させて彼を見上げていると、モルガンさんも同意を示す様に口を挟んできた。


「詐欺師顔ではあるよな。胡散臭ぇ」

「モルガンまで、酷いです。泣いてしまいそうだ」

「嘘吐け」


 たしかに泣き真似をする様子は嘘っぽいけど、冗談、だよね? ほ、本当に詐欺師なのかな……?

 いやいや、そんなことないよね? 仲がいいゆえの冗談とかだよね?


 そんな時、またしても不安を察知したミルメちゃんが仕事をした。


【場合によっては詐欺師にもなれる嘘吐きですが、信用しても大丈夫です】


 ば、場合によっては詐欺師にもなれる? どういうこと? ミルメちゃんってたまによくわからない言い回しをするよね?


 でも、信用していいっていうのなら、悪い人じゃないんだと思う。


 それよりなにより。


「あの、みなさんは同じ場所で暮らしているんですか? 帰る場所が同じ、って」

「まぁね。僕らは同じクランに所属していますから」

「クラン……? って、なんですか?」


 よくわからず首を傾げると、大騒ぎしていたウォンさんとテッドさんもピタリと動きを止めてみんな揃って私のほうに顔を向けた。えっ、喧嘩も忘れるほど?


「な、なぁ、ルリちゃん? もしや、筋金入りのお嬢様だったり、する?」

「えっ、違いますよ。庶民も庶民、ド庶民です!!」

「ド庶民て。面白ぇ嬢ちゃんだな、おい」


 ウォンさん、テッドさんはおそるおそるといった顔でこちらを見ていて、モルガンさんと呼ばれていた無精ひげの男性は楽しそうに笑っている。

 スィさんと呼ばれていた白銀の髪の男性は……表情が読めないなぁ。にこにこしたままだ。


 あれぇ? もしかしてクランっていうのはこの世界では常識なのかな。世間知らずな質問だったのかもしれない。

 今後は気を付けよう。でも今はどうしようもないので素直に聞いてしまおう。


 そう決意を固めていると、モルガンさんが説明をしてくれた。


「クランってのは、まぁ、簡単にいやぁチームだ。目的を同じくした者たちが集まる仲間ってやつだな。つっても、うちはそんな崇高な目的があるわけじゃねぇが」

「ということは、クランってたくさんあるんですか?」

「ありますよ。商業目的のクランから、仕事の依頼を請け負うクランなど多種多様です。ダンジョン攻略を目指すクランや生産職メインのクランもありますよ」


 モルガンさんの説明を引き継いで、スィさんが答えてくれる。

 へぇ、なんだか小さな会社とか学校みたいだね。

 いや、同士が集まるという意味でいえば大学のサークルとかのほうが似ているかも。規模的にも。


「みなさんのクランは、どんなクランなんですか?」

「はみ出し者の集まりだぜ!」

「はみ出し者……?」

「それぞれの事情で、今までいた場所にいられなくなったようなろくでなしが集まるクランってことよぉ」


 なんでもウォンさんとテッドさんが言うには、彼らのクランにはこれといった大きな目的があるわけではなく、興味が同じなら協力して仕事をこなしたり、ダンジョンに潜ったりしているのだそう。

 働いて一定金額をクランに納めてさえいれば、住む場所と食べるものには困らない場所なんだって。


 互いに詮索はしないので、身を隠したい人や訳ありにはありがたい場所だとモルガンさんが笑いながら付け加えてくれた。

 目的をあえてつけるとしたら、共同生活って感じかな。なんだか私が育った施設みたいでちょっとだけ親近感。


「おかげで周囲からの評判はすげぇ悪いのさ。嬢ちゃんも、俺らのようなろくでなしに関わってっと、町のやつらから白い目で見られ……」

「みなさんはろくでなしには見えませんよ!」


 あまりにもモルガンさんが自分たちのことを悪く言うから、つい言葉を遮って叫んでしまった。

 モルガンさんだけじゃない、スィさんやウォンさんとテッドさんまでそれが当然かのような顔をしているんだもん。


 だって、他のメンバーはどうか知らないけれど、少なくともこの場にいる四人は……。


 と、さらに言葉を続けようとしたところで、スィさんが微笑みながら近づいてきた。な、なに?


「ははっ、ルリさんとおっしゃいましたか? 貴女は優しい女性ですねぇ。ですが」


 スィさんはさらにずいっと顔を寄せて、今度は低い声で告げる。

 口元は微笑んでいるのに、目の前まで迫った深緑の瞳は笑っていないように見えた。


「つい先ほど会ったばかりの貴女に、何がわかるというのです?」


 あまりの迫力に一瞬喉が詰まる。

 その時、モルガンさんがグイッとスィさんの肩を引き、私から引き離した。


「おい、スィ。あんまいじめ……」

「わかりません!」

「潔いな?」


 でもね、今の私はそんなスィさんがあまり怖くない。

 そりゃあ、ちょっとビックリしたけど……わざと、私をみなさんから遠ざけようとしているのが見えた(・・・)から。


【彼はわざと怖がらせようとしています】


 ミルメちゃんは私の不安や危機に反応して教えてくれるのが助かるよ。

 見る目のない私はきっと、ごめんなさいって謝って逃げていたと思う。


 そしてまた、良い人に見えて怖い人に騙され続ける人生を送っていただろう。


 この世界でも香苗みたいに信用できる人ができるとは限らないんだもん。私はこの見る目の助けを借りて、自分で選択して生きていかなきゃ。


 香苗が心配しないように、幸せだよって胸を張れる人生を送りたいから。


「わからないけど、わかるんです。だって私には、見る目がありますから! みなさんはろくでなしなんかじゃありません。優しくて素敵な方々ですよ!」


 といっても詳しく見てはいないので、どんな人なのかはわからない。個人情報はできるだけ見ないようにしたいし。


 ただ、優しくて信用できる人たちだってことは確定だから。


 今度こそ、本当に優しい人と親しくするんだ。

 せっかく見る目が与えられたんだもん、今さら周囲の声に惑わされたりしたくない。


【曲者ですが、才能あふれる信用できる方々です】


 それにね、ほら! ミルメちゃんがこう言っているんだから間違いないっ!


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