47 何が不安でどう生きたいか
あの後セルジュは実家、つまりキンドリー家に手紙を送ってくれた。
十日後、私をキンドリー家に連れて行くということ、恐らく娘で間違いないということ、それから私が酷く戸惑っているから無理に引き込まないようにという注意点まで細かく伝えてくれたみたい。
本当に助かるよ。未だに実感はないしビックリだけど、セルジュが私のお兄ちゃんでよかった。
血の繋がりはなくても、元々世話焼きだからかセルジュがお兄ちゃんという部分はしっくりくるんだよね。それを言ったら微妙な顔をされちゃったけど。
『そう思ってもらえるのは光栄だが……私はルリと血の繋がりがなくてよかったと思う』
……それって、私みたいなぽやっとしている女と本当の兄妹じゃなくてよかったってことぉ?と思ったけど、セルジュに限ってそんな意地悪は言わないはず。
だからいまだにあの言葉の真意は掴めていない。ほんと、どういう意味?
それから、セルジュには屋敷訪問までの間、夕食後の一、二時間ほど授業をしてもらっている。今も授業の真っ最中です。
何を教わっているかというと、貴族の常識とか、失礼な言動をしないための注意点について。
今からマナーを身に着けるなんて付け焼刃は通用しないし、そもそも無理だし、キンドリー家の方々もその辺りは知っているので気にしなくていいとは言ってもらえたんだけど……。
せめて、失礼のないようにしたいじゃない?
さすがにさ、貴族家に行くわけだし……。血は繋がっているわけだし?
色々と自信がないけど、授業中セルジュには何度も驚かれた。読解力とか計算力とか物事の考え方がとても平民とは思えないんだって。
あー、それはたぶん、日本の義務教育を受けているからだね。
異世界、つまり地球の日本では十五歳まで学校に通って学ぶのが義務だと教えたらさらに驚いていたよ。
高校、大学と進学したって話は胸の中にしまっておこうかな。あんまり褒められすぎると調子に乗っちゃいそうだもん。
勉強の合間に、セルジュとは雑談もする。内容はキンドリー家についてが多かったな。
そりゃあね、共通の話題だし、私も知っておきたいところだからついつい質問しちゃうとうか。
「ルリが貴族になるのを拒んでいることは、すでに伝えてある。だからおそらく、後ろ盾になりたいと言ってくるだろう」
「後ろ盾?」
「ああ。ルリの身元を保証してくれる。その反面、他の貴族から注目は浴びてしまうだろうし、茶会などには誘われることもあるかもしれない」
「うっ、やっぱりマナーの習得は必須ですかねぇ……」
「後ろ盾を受け入れるのなら、覚えていて損はないだろう。あまり言いたくはないが……おかしな行動を取るとそれがキンドリー家の評判にも繋がる」
「ひぃ……」
そして聞けば聞くほど、貴族籍に入ったほうがマシなのでは? と思うようになってきた。
貴族になりたいわけじゃない。メリットとデメリットを考えた時にはたしてそこまでして貴族になるのを拒否する必要はないんじゃないか? と思えてきたんだよね。
思えてきただけで自信はないし、いまだに無理! って気持ちのほうが大きいけど。
「ただ、後ろ盾というのはその人物に特別な何かがある場合であることが多い。突出した才能があり、伸ばすことでその貴族家にもメリットがある、というようなものだ。家族が若者の未来に投資している、と考えるとわかりやすいか?」
なるほど、投資。才能はあるのに平民だからそれを伸ばすことも出来ない、って人が意外と多いのかも。
そのままにするのはもったいない!って思うのもわかる。
支援すればいつか才能が開花し、治めている領地、ひいては国のためになるかもしれないもんね。
「平民の後ろ盾になるのなら、相当な価値がルリにあるのだろうと周囲は思うことだろう」
「そ、そんなものは何もないですよ!?」
「そう考えると、行方不明だった娘と公表し、貴族籍に入ったほうがあれこれと探られないというメリットはある」
な、悩ましいところだね。
結局、キンドリー家との接触を一切なくす、という決断でもしない限り、私とキンドリー家に一体どんな繋がりがあるのかを噂をされるのは免れないってことだ。
変な噂をされるくらいなら、はっきりと立場を明言したほうがいい。
その際、世間にどう公表するかが重要になってくるんだね。たぶん、その辺りを話し合うことになるんだろうな。
接触をしない、それなら私はこれまでと同じ生活が出来る。きっと一番平和なのだろう。
ただ、話を聞く限りだとキンドリー公爵は私と関わりたがるよね。公爵様にとってはやっと見つけた実の娘だもん。
親になったことがないからその気持ちはわからないけど、想像は出来る。
そして私は、貴族籍に入らなくてもいいからたまに会ってほしいと言われたら拒否出来ない。出来るわけがないよ……。
「……貴族になったほうがいいのでしょうか」
「もし、自由が失われることを恐れているのなら、その心配はいらない。私もクランで好き勝手にしているからな」
「あっ、そ、そっか」
「しかし、家の大きな催しには時々参加しなければならないが」
「あぁ……」
参加が必須な催し、避けては通れない面倒ごと、そういったものが一生ついて回ることになるんだね。
正直に言うなら……嫌。やりたくないし、行きたくない。
でもそれは子どもが言うようなワガママだ。たとえば、気分じゃないから今日は学校を休みたいとか、そういう感じの。
なんだ、私ってただの子どもだったんだ。イヤイヤってじたばたしているだけの。
「もし貴族になってしまってもどうにかなる、ということを伝えたかっただけだ。それでも嫌だというならそれでもいい。何が不安か、ルリはどう生きていきたいのかを考えてくれ」
私がどう生きたいか。
何が不安で、私は悩んでいるのか。
口では貴族にならないって決めていても、実は私がまだ答えを出せていないことを、セルジュはわかっていたんだね。
頭が下がるなぁ。そして、頼りになるよ。すっごくすっごく頼りになる。
「私は……キンドリー家の娘と知られることで、今の生活が脅かされるのが怖いです。クランから出ることになるのも……嫌です」
「ふっ、そうか」
「なんで笑うんですか……」
これでも思い切って本音を打ち明けたのに。
でも、あまりこうして笑うことがないセルジュだから、怒る気持ちは湧かなかった。
「私もルリと同じ気持ちだからだ。似ているなと思っただけだ」
「……お兄ちゃんだから?」
「そこはただ気が合うだけと言っておきたいところだな」
やっぱり私のお兄ちゃんって立場が嫌なのかな?って思っちゃうよその反応。
嫌われてはいないのがわかるから、なんだか複雑。
……うん。キンドリー家に行くまでまだ時間もあることだし、もう一度じっくり考えてみようかな。




