41 一難去ってまた一難?
あっという間に月日が流れ、カトリーヌさんが治療院に戻る日となった。
私はセレも連れて一緒に治療院までお見送り。荷物は大きくなったセレが運んでくれたよ。良い子!
ただ大きいセレは怖いらしく、町の人たちから距離を保たれちゃったけど。
「わぁ、すっごく綺麗になりましたね」
「なんだか落ち着かないねぇ。前の地味で目立たない外観がいいって言ったんだけど」
罪滅ぼしのためなのかなんなのか、治療院は立て直されただけでなく、増築されていたり良い材質を使っていたり、と以前より豪華になっている。
カトリーヌさん曰く、大きな声じゃ言えないけど裏の世界の者たちが通いにくくなりそうだ、って。
それは、たしかに……? あんまり表立って治療したくない人たちがこっそり来るんだもんね? ここまで豪華だと目立つ可能性がある。
「ま、あいつらは外の倉庫裏にある抜け道からくるから大丈夫だとは思うが」
「抜け道なんてあったんですね!?」
「そりゃあ、そうさ。ラスロがどこからルリを助けに来たと思ってたんだい?」
な、なるほど。知らなかった。
カトリーヌさんに連れられて行くと、たしかに抜け道はあった。でも草木をかき分けなきゃいけないし本当に目立たないから私が気付かなかったのも無理はないと思う。
カトリーヌさんだって、簡単に見つかるようじゃ抜け道とは言えないさ、と笑っていたし。
「この抜け道を使って逃げなって言いたかったんだが、知らない道を探すのなんてあの状況じゃ無理だろう?」
「そうですね、モタモタしている間に見つかっていたかも……」
しかもパニックになっていた状態ではいつもより視野も狭かった。見つけられなかっただろうなぁ。
「でも、今後は逃げられるね」
「そんな状況にならないのが一番ですよ……?」
カトリーヌさんったら、したたかだなぁ。
ふふっ、本当に頼もしい人だよね。
荷物を運び入れて、整理整頓を少し手伝って、持って来たお弁当で一緒に昼食を挟み、またお手伝い。
そんなことしていたらあっという間に夕方になってしまった。
「ここまで手伝ってもらう気はなかったんだけどねぇ。ルリ、あんた意外と押しが強いね」
「お世話になったんですから、そこは押しますよ!」
「あはは! 助かったよ、ありがとうね。またいつでもおいで」
「はい! よし、帰ろっか、セレ」
「……フーッ」
「セレ……?」
肩に乗っていたセレを撫でながら声をかけたんだけど、急に毛を逆立たせてピョンと降りたセレは大きなサイズに変化した。
どこか一点を見つめながら相変わらず何かを威嚇している……?
【貴族家の従者が近付いて来ています】
そこへ、突然のミルメちゃん。
「えっ、貴族家?」
「どうしたんだい、ルリ」
様子のおかしい私とセレを見て、カトリーヌさんも一緒になって警戒してくれている。
うぅ、もう危険な目に遭うのは嫌なんだけどっ!?
ビクビクしていたら、建物の陰からサッと男の人が軽く両手を上げながら出てきた。
四十代くらいの人、かな? 綺麗な服を着ていて、たしかに貴族家の従者って感じかも。
「そっ、そんなに警戒しないでください! 怪しい者ではありません!」
「怪しい者じゃないなら、なんでコソコソ見てくるんだい。堂々と話しかけにきな」
「それは、申し訳ありません。襲撃の後で警戒なさっているかと……」
襲撃事件を知っている?
私たちは一層の警戒を強めた。
男性は一つため息を吐くと、ピシッと背筋を伸ばして一礼をし、改めて名乗る。
「ご不安な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした。私はキンドリー公爵家に仕えるヨハン・カルプスと申します」
「キンドリー……公爵家!?」
公爵って、なんか、あの、すごい身分の高い人じゃなかったっけ!?
【王族の血筋です】
やっぱりーーーーっ!?
そんなすごいお家の従者の方がなんでこんなところにいるの? 別の意味で心臓に悪いよ!
「なんだ、キンドリー家の者かい。だとしたら余計にレディーに対する態度がなってないんじゃないかい?」
「申し訳ありませんでした。怖がらせてしまいましたね……」
一方でカトリーヌさんは少し肩の力を抜いたように見える。
それよりなにより、態度が変わらないというところがびっくりだよ。知り合い、なのかな? それにしたって貴族に対してそんな感じでいいのかな……?
カトリーヌさんも本当は貴族家だったり? もはや何を聞かされても驚かないよっ!
私が一人であわあわしていると、セレが擦り寄ってきてくれた。ああ、癒される。もふもふは最高の精神安定剤だね。
ようやく私も肩の力が抜けた時、従者の人が私に向き合って口を開いた。
「貴女にお願いがあってまいりました。どうか少しだけ話を聞かせてくれませんか」
「えっ。私!? なんで、ですか!?」
動揺しすぎてまたしても全身に力が入る。セレが従者の人に再び威嚇を始めたので慌てて撫でて落ち着かせた。
それはそれとして本当に意味がわからないよ。話を聞くべきなのか、断るべきなのか。
いや……そもそも貴族からの申し出を断ることなんて出来る?
な、何もわからない。ついに思考停止した私を見かねて、カトリーヌさんが助け舟を出してくれる。
「はぁ、仕方ないね。ルリ、この人は一応怪しい者ではないよ。あんたに声をかける気持ちはわかるしね……」
「カトリーヌさんは知っているんですか?」
「みんなが知ってる噂程度さ。ルリだって聞いたことくらいあるだろう?」
「えーっと」
みんなが知ってる噂程度、でも最近になってこの世界に来た私には知らない話である可能性が高いよね。言えないけど……。
肯定も否定も出来ずに曖昧に首を傾げていたら、カトリーヌさんには変な顔を向けられてしまった。不審でごめんなさい。
「まさか、キンドリー家の名前も聞いたことないのかい?」
「は、はい。……あの、本当に話が見えなくて。教えてもらえませんか?」
常識の話をされているっぽいけど、私にはその常識さえわからない。
もはや不審に思われるのは諦めて、素直に知らないと言ってしまうことにした。
カトリーヌさんは驚いたように目を丸くしたけど、深くは聞かずに質問に答えてくれた。
「キンドリー公爵家ってのは、セルジュの実家だよ」
「えっ、えええええ!?」
「本当に初耳だったんだね……」
「は、はい。あ、いえっ! セルジュが貴族だってことは聞いていますけど」
セルジュって、そんなにすごい身分の人だったの!? もう何を聞いても驚かないって思ってたのに、まだまだだね……。
「ということは、キンドリー家の事情も知らないってことか。……これはもしかすると、もしかするかもしれないね?」
「……ええ、私も驚いております」
カトリーヌさんと従者の人が顔を見合わせている。特に従者の人はどことなく期待に満ちた眼差しというか……。
「お願いします、お嬢様。どうか、どうかお話だけでも」
「お、お嬢様!?」
「あたしもちょっと気になるね。話くらい聞いてやったらどうだい?」
「カトリーヌさんまで!」
えええ、どうしよう。話が見えないから本当にどうしたら……ミルメちゃーーーん!
【真実を知りたいですか?】
え……。急に、何?
【真実を知りたいのなら、聞くべきです】
真実。……もしかして?
まだ話はちゃんと見えてこないけど……なんとなく、胸騒ぎがする。
私は一つ息を深く吐いてから冷静さを取り戻すと、改めて従者の人に向き直った。
「お話は聞かせていただきます。でも……トウルさんやセルジュと一緒でもいいですか?」
「……かしこまりました。では、これから共にクランに伺わせても?」
「は、はい」
困ったことがあったら頼る。トウルさんにいつも言われているもんね。
それにセルジュの実家に関係するなら、セルジュにも一緒にいてもらったほうがいいはず。
私はカトリーヌさんと別れ、従者の人と一緒にクランへと戻ることにした。




