4 見る目ってすごい
家族……そっか。私にも血の繋がった家族がいるんだ。
今までそんなこと考えたこともなかった。いや、小さい頃は少し考えたこともあったけど、その度に周りの人たちがたくさん愛情をくれたから気にしなくなっていったんだよね。
これから行く世界には本当の家族がいて、まだ生きてるってこと?
普通に生活していて、もしかしたら会うことがあるかもしれない?
急に心臓がバクバクして、動揺してしまう。
「で、でも、知ったところで今の私にとっては他人、ですよね。それに、その家族だって今は生活があるでしょうし……急に成長した私が現れて『あなたの子です!』って言われても困っちゃうんじゃないでしょうか」
わからない。本当の家族は、私に会いたいと思ってくれているのかな?
私の質問に対し、神様はどうかな、と首を傾げている。
教えるつもりがないのか、本当にわからないのか……いずれにせよ、家族の気持ちは知り得ない。自分で結論を出すしかなさそう。
正直に言うと、興味がないわけじゃない。知りたい気持ちもあるけど……それ以上に、怖かった。
覚えていなかったら? お前なんか知らないって言われたら?
期待すればするほど、存在を否定された時が怖い。
「や、やっぱりやめておきます! 気にしちゃったらそれでいっぱいになりそうですし。まずは神様の世界で過ごすことに慣れて、その内もし知る機会があったら……その時に考えようと思います」
「ん、そっか。それならそれでいいと思うよ」
逃げているだけかもしれないけど、神様に知らされるのは違う気もするし……。
だからもしそういう機会があったら、それも運命だったんだって思おう。
今は頭の片隅に置いておいて、少しずつ気持ちの整理をつけたいな。
神様はそんな私の思考を見ていたかのように微笑んで頷くと、指をさらにくるくる回して渦を大きくした。やっぱりあの中に入るっぽい。どきどき。
「じゃあ、今度こそ送るね」
「はい。あの、いろいろとありがとうございました」
「それはこちらのセリフ。迷惑をかけたね。良い人生を、瑠璃」
神様に名前を呼んでもらえた瞬間、ふわっと心が温かくなるのを感じた。
心地よいぬるま湯に浸かっているみたい。なんだか眠くなってきた、かも……。
「……縁というのは、なかなか深いものだから。きっといつかは本当の家族に会う日が来るだろうね。揉めごとに巻き込まれないといいけれど。さすがにそこまでは干渉できないからなぁ。もどかしいね」
◇
はっと気づいた時には、森にいた。
森。まごうことなく森だ。周りに木しかない。
「最後に神様が何か言っていた気がするけど……覚えてないや」
大事なことだったらどうしよう。ちゃんと聞けなくて申し訳ないな。
でもそれ以外はしっかり覚えてる。うん、きっとなんとかなる。
「あ、道がある」
木しかないと思っていたけど、よく見回してみたらちゃんと道が見えた。よかった、森で迷子になったらどうしようかと。
もしかすると、突然私がこの世界に現れても問題ないような場所を選んでくれたのかもしれないな。人がいなくて、それでいてちゃんと進むべき道がわかるような場所に。ありがとう、神様。
草木をかき分けて道に出る。きちんと舗装された道は左右に伸びていて、意外と道幅もあった。
「どっちに向かえばいいんだろう?」
右を見ても、左を見ても、あまり景色は変わらない。できれば人が住む場所に近いほうを選びたい。体力にはあんまり自信がないから……。
でも、まったくわからない。勘に頼るしかないのかなぁ。
サァッと風が吹いて、髪が視界の邪魔をした。
目にかからないように髪を耳に掛けながら景色を眺めていると、これまでいた建物ばかりの環境との違いをしみじみと感じる。
今さらだけど、着ている服も見たことのないワンピースになっていた。ベルトがついていて、しっかりとしたブーツも履いている。いつの間にか布製のリュックも背負っていて、ちょっとファンタジーなスタイルかも。
神様が見せてくれたこの世界の景色からも、地球の都会みたいに高いビルがあるわけでも、車が走っているわけでもなさそうだったもんね。
知らない生物も見た気がするし、勇者が旅をするようなゲームの世界、ってイメージが近いかも。
うーん、そうなるとライフラインとかはどうなっているんだろう。これまで便利な世界で生きてきたから、ちゃんと生活していけるのか不安だな。
あ、でも魔法が発達しているんだっけ。道具とか、私にも使えるのかな? 魔法なんて使えるわけないし。
あー、その辺りちゃんと聞いておけばよかった。見る目がもらえるって聞いて有頂天になっていた自分が恥ずかしい。
「うぅ、後悔したって仕方ないよね。せめてどっちに向かうのがいいのかわかればいいのにっ!」
そう嘆いた瞬間。
【この道は次の町まで五キロメートルほどあります】
……え?
右の道を見つめていたら、急に目の前にそんな文字が現れた。思わず目をごしごし擦ってしまったけど、まだ文字が浮いている。
宙に浮かぶ青い光の文字、っていうのかな。手で触ろうとしても何もない。
慌てて左に顔を向けると。
【この道は次の町まで一キロメートルほどです】
「ほわぁぁぁ!?」
なにこれ!? テレビのテロップみたいな感じで丁寧な説明文が浮かんでくるぅ!
はっ、まさか見る目、ってそういうこと!?
思ってたのと違う気も、いや違わない、のかな?
なんにせよ助かる! これなら迷わなくてすみそう!
【治安的にも、距離的にも、こちらの道がおすすめです】
「しかも親切! ありがとう、『見る目』! ミルメちゃん!」
【はい。今日から私はミルメです】
「嘘でしょ」
まるで見えないなにかと会話しているかのよう。昔からなんにでも名前をつけてしまう癖があるからそのノリで言っただけなのに決まっちゃった。
も、申し訳ない気持ちが……! でも『今日からミルメです』の文字が軽く弾んでいるから喜んでいるんだと思う。それならまぁ、いいか、な?
不思議だなぁ。声が聞こえるわけでもない、ただ文字が見えるだけ。
あまりにも不可思議なできごとが起こりすぎて、イマジナリーフレンドでも作っちゃったのかな、とも思ったけど。
「神様が見る目を与えるって言ってくれたもんね。だから、ミルメちゃんは心強い味方だと思っておこうかな。これからよろしくね」
【こちらこそ、よろしくお願いします】
意思疎通ができて嬉しくなった私は、勧められた左の道を歩きながらミルメちゃんにいろんな質問をしてみた。
おかげでいろんなことがわかったよ。聞いておいてよかった。じゃなきゃ私は独り言を笑顔で呟き続ける不審人物になるところだったから。
だってね、この文字は私にしか見えないんだって! あとわざわざ声に出さなくても、頭で考えるだけで答えてくれるのだそう。
それからこの力は私にしか使えない能力なんだとか。へぇ~。
私の意思でオンオフの切り替えもできるみたい。ずっと文字が浮かんでいたら生活に支障をきたすこともあるからってミルメちゃんに心配されたよ。優しい。
基本的にミルメちゃんはなんでもお見通しで、私が知りたいと思ったことなら全て教えてくれるという。
万能な辞書を持ち歩いているって感じかな? この世界のことを何も知らない上に騙されやすい私にとってはものすごく助かる。
「それなら私がお願いした時以外は、身の危険がある場合とかに自動で教えてもらえるとありがたいな」
【かしこまりました】
人に対しても使えるらしいけど、覗き見しているみたいでちょっとね。プライバシーは守りたい。
だからもし何かの表紙で見てしまった時のために、最初に表示するのはざっくりとした情報だけにしてもらうよう伝えておいた。詳しく知りたい時はその都度、教えてもらう感じで。
よし、決まり!
ふぅ。話し相手、といっても文字だけど、おかげでいくらか気持ちも落ち着いてきたような気がする。
のんびり歩きながら、というのもよかったかも。
本当に見る目がなかったら早々に詰んでた気がするよ。何度も言うけど、神様ありがとうございますっ!!
そうこうしている間に町が見えてきた! それに、道に合流してくる人たちも増えた気がする。数えられるほどだけど……。
人がいるってだけで安心する~~~!
はっ、私自身には見る目がないんだから気をつけないとね。人がいるってだけで喜んでたらダメ。
警戒心を持てって香苗にもいつも言われていたっけ。警戒心持つよ、香苗!
でも、なんていうか……改めて直接見てもこの世界の人たちってカラフルだよね。
茶髪や金髪はまぁわかるよ。地球でもいたもん。でも赤とか青とか紫とかの髪色が当たり前のように歩いてる。
やっぱりあれって別に染めてるわけじゃないんだよね? すごい、ファンタジー感が増した。
いやいや、それが普通の世界で暮らしていくんだから慣れていかないとね。
……あれ。赤と青の人、こっちに近づいてきてない? 私、キョロキョロしすぎた? それかジロジロ見過ぎちゃったかな。
あの髪型もちょっと変わってるかも。えーっと、えーっと……そう! たしかリーゼントとモヒカン!
あ、れ。なんだか怖そうな雰囲気。ポケットに手を突っ込んでて、がに股で私のほうに近づいてきてる……?
は、はわ、怖い人たちかな? どうしよう!
今さら目を逸らしたところでもう遅く、彼らは私の目の前で立ち止まると声をかけてきた。
「おうおう、お嬢ちゃん。どうした、そんなキョロキョロして」
「うひょお! めちゃくちゃかわいこちゃん! どうしたぁ? お困りかなぁ? きひひ!」
やっぱりキョロキョロしてるのがダメだった! そんなに田舎者感が出てたのかな?
「この町は初めてか? それなら俺らが案内してやんよ!」
「おっ、相棒! 良いこと言うなぁ。俺らにとっちゃこの町は庭みたいなもんだからよぉ、任せときなぁ!」
「え、えっと」
赤いリーゼントと青いモヒカンにぐいぐい来られてどう答えたものかと考えていた時だった。
「おい、お前ら! 何してるんだ!」
「げっ、騎士団の奴らだ」
「んだよ、すぐ邪魔すんだからよぉ、こいつらはよぉ」
町のほうから鎧を着た人が駆け寄ってくるのが見えた。
お、おぉぉぉ……! 鎧を着ている人なんて初めて見たぁ!!