38 今日は本当に色々あったね
き、気まずい……!
居た堪れなさで目を泳がせていると、突然トウルさんが振り返ってこっちを見たのでビクッとしちゃった。
そんな私を見てフッと笑ったトウルさんは、片眉を下げながらまた私を心配するようなことを言う。
「本当にどこにも怪我はねぇか?」
「ないです! 本当に!」
「そうか。……はぁ、悪かったよ。結局ごたごたに巻き込んじまった」
「いえ! それはトウルさんのせいではありませんから」
なんというか、事件は本当に突然起こるものなんだなって改めて思ったよ。
そして悪いのは事件を起こす人であって、被害者であるトウルさんじゃない。そこは間違えないでほしいな。
でも、そうもいかないよね。罪悪感ってそう簡単に拭えるものじゃないもの。
私だって自分のせいでカトリーヌさんが危険な目に遭っちゃったって心苦しく思ってるから。
「いや、俺のせいだろ。俺が勝手に恋人だっつったから、お前が狙われたんだ」
「それだって、私の身を案じて公言してくれたことだったじゃないですか……」
「どのみち、もうそんなこと言わなくてもクランのヤツらはお前を守ってくれる。外で絡まれても、ウチで可愛がられてる女だってわかりゃ、それだけでいい牽制になるだろ」
ほら、やっぱり気にしてる。
トウルさんはとても優しい人だけど、責任感も強いよね。だから一人であれもこれも背負ってるんじゃないかって心配になるよ。
だからといって、新米クランメンバーの私には何も出来ないんだけど……。
なんと言っていいのかわからず俯いていると、トウルさんの大きな手が私の頭に乗った。
「だから、今日で俺の恋人役はおしまいだ」
「え……?」
「そんなもんなくても、お前は大事なクランのメンバーだ。ちゃんと守ってやるから安心しろ」
突然のことにぽかんと口を開けてしまう。
いや、恋人役だったからといって特別何かしていたわけでもないから、たぶん現状は変わらないんだけどね? あまりにも急で、理解が追い付かないというか。
いや、喜ばしいことなんだと思う。変にからかわれることもなくなるんだから。
「これで心置きなく、好きな男と恋人になれるぞ」
「そ、そんな人いませんしっ!」
「そうかい。なら」
トウルさんはニヤッと悪い笑みを浮かべている。
そのままズイッと顔を近付けると、私の耳元で囁いた。
「今度は恋人役じゃなくて、俺も本気で狙うわ」
「へっ!?」
急にブワッと顔が熱くなって動揺していると、トウルさんは耐えきれないとばかりに吹き出し、大笑いしながら立ち去っていった。
ま、またからかわれたぁ!!
「今日はゆっくり休めよ」
「言われなくてもそうしますっ!」
本当になんなんだろう、あの人は。まったくもう!
でも、なんでだろう。少しだけ寂しい気持ちになった、かも。
これまでと関係は変わらないのに、変なの。
たぶん、今日はいろいろあったから疲れてるのかもね。本当にゆっくり休ませてもらおう。
あ、でも夕飯の支度はしておかないと! そう思ってキッチンに向かおうとすると、スッと肩を掴まれて引き留められる。
誰? と思って振り返ったら、そこには気配なく佇むラスロがいた。
「ルリ。今日は食事の支度しなくていいって、トウルが」
「え? で、でも」
「トウルはルリに休んでほしいんだと思う。俺も、ルリは休んだほうがいいと思う」
……そっか。仕事が出来ずに申し訳ないなって思う反面、ホッとしている自分もいる。
思っていた以上に心が疲弊していたんだ、私。
「そっか。それじゃあ、お言葉に甘えて今日は休ませてもらうよ」
「ん。あと、セレも」
「にゃ」
ラスロの肩に乗って様子を伺っていたセレがぴょこっと顔を覗かせている。
思わず両腕を広げるとぴょんっと飛び込んできたのでギュッと抱き止めた。擦り寄ってくるセレ、可愛い!
「セレ~~~! もふもふに癒されるよぉ!」
「じゃ、俺はこれで」
「あ、待って、ラスロ!」
セレといちゃついている間にサッサッと立ち去ろうとするラスロを慌てて呼び止める。
改めてお礼くらいは言わせてもらいたい!
「本当に今日は助けてくれてありがとう。それに、落ち着くまでたくさん待ってくれたでしょ? それも、ありがとう」
「助けるのは当然だ。それにもうお礼は何度も聞いた」
「何度だって言いたいんだよ。だってラスロは命の恩人だもん。私に出来ることなんて何もないかもしれないけど……もし何かあったら言ってね。何でも手伝うから」
ラスロがいなかったら、今ここに私はいなかったかもしれないんだから。
命を救われるってそういうことだよ。この先の人生を守ってもらったようなもの。
だからしつこいくらいお礼を言いたくなるんだよ。
ラスロが望むことはなんだって叶えてあげたいって思うくらいに感謝の気持ちでいっぱいなんだから!
とはいっても、ラスロは別にいいとかいってまた立ち去るんだろうな。
そう思っていたんだけど……。
「……じゃあ、またあれやりたいんだけど」
「あれ?」
以外にも要望を口にしてくれた。いや、でも「あれ」って何だろう?
首を傾げていると、ラスロは両腕を私に向けて広げた。
「これ。結構、心地好かったから」
「うえっ!? は、ハグのこと!?」
「だめか?」
予想外! 予想外の要望だーーーっ!
変な意味はないってわかってるけど、あまりにも意外すぎて動揺してしまう。
「だめ、じゃないけど……そんなことでいいの?」
「うん。ハグってやつ、初めてしたからいいものだって知らなかった。でも、無理ならしない」
ラスロは広げていた腕を少しだけ力なく落としながら目を伏せてそう言った。
ハグは、初めて……?
子どもの頃のことを覚えてないとか、そういう類のことじゃないってなんとなく伝わってしまった。
「~~~っ、いくらでもするよぉ!!」
「わ、っと。無理してないか?」
「私がしたいの!」
「……そう」
ラスロはたぶん私よりも年上だろうけど、そんなこと聞いてしまったら放っておけないよ。
今までハグを知らなかった分、全部与えるつもりで抱きしめる。ついでに背中をとんとんしてあげると、ラスロは少しだけ力を抜いて寄りかかってくれた。
こうやって誰かに甘えるってことを知らなかったのだとしたら寂しすぎるよ。
私は身寄りのない子どもだったけど、それでも施設の人たちや他の子たちとたくさんハグした。
ラスロの孤独を勝手な想像しているだけだし、もしかしたら私の勘違いなのかもしれないけど……。
でも、今の寂しそうな顔を見たら我慢できなかった。
ただ私はラスロの恋人ではないから、あまり軽率にハグなんかしちゃだめだってことはわかるよ。
いつかラスロを心から愛してくれる人が現れて、こうしてハグしてもらえたら一番だけど……現れるまでは私がいくらでも胸を貸してあげたい。
「ありがとう。やっぱりいいものだな」
「そう? ならよかった」
ラスロが微笑んでいる。これは貴重なものを見させてもらったかも。
なんだか私まで嬉しくなって、二人で顔を見合わせて笑った。
後日、ラスロは定期的に私のもとに来てはハグを求めるようになった。
人目をまったく気にしないので、みんなのいる場でもハグしにくるので、また新たなからかいと騒ぎの火種となるのだけど……今の私にそれを知る由もない。
だって、懐かなかった野良猫に懐いてもらったような、そんな嬉しい気持ちでいっぱいだったから、つい!




