37 裏ボスの顔を見た気がする
にしても注目が集まってて話しにくい。緊張するなぁ……。
そんな不安が伝わったのか、トウルさんがそっと背中を撫でてくれるのがわかった。
あやされている……? そう思ったらなんだかおかしくて、ちょっとだけリラックス出来たよ。ありがとうございます!
「えっと。瓦礫に押し潰されそうになる前、一瞬だけど敵の姿を見たんです。その時に……」
「待て。瓦礫に押し潰されそうになった……?」
「え? あ、そうなんです。あの時はさすがに死ぬかと思いましたが、ギリギリでラスロが助けてくれました!」
あれは本当に死ぬかと思った。今思い出しても手が震えるよ。
自分の手を見つめて俯いていたら、その手をトウルさんにギュッと握られて驚く。
顔を上げてトウルさんを見上げたら、鋭い眼差しでラスロのほうを見ていた。ラスロはその視線を受けて一つ頷くと簡潔に告げる。
「ヤバかった。間に合って良かった」
「くそが。ルリを殺す気だったのか……?」
助けてくれて本当に感謝してるよ、ラスロ! ただ、あの、トウルさんの目が据わってるように見えるのは気のせい? 気のせいじゃないよね? なんかすっごく怒ってくれてる!
「ちょ、ちょっと待ってトウルさん! あの人たちの目的は私を連れ去ることでした。殺す気はなかったはずです」
「結果的に死んでたかもしれねぇだろ。襲撃犯としては三流以下だ」
うっ、それは、そうだけど……。とにかく、今は話を逸らしたほうがよさそう。
私はぐいぐいとトウルさんの服を引っ張ってどうにか話を続けた。
「話を戻しますぅ! ミルメちゃんの情報によると、私を、その……トウルさんの恋人だって思っていて、恋人の私を攫うことでトウルさんを罠に嵌めるつもりだった、みたい……?」
まぁ、一応そういう設定みたいなことになってるのは事実なんだけど、改めて自分がトウルさんの恋人、とか言うのはちょっと抵抗があるなぁ。恥ずかしいし。
私の説明を聞いてぴくりと眉を動かしたトウルさんは額に手を当てながら上を向くと、ため息を吐いてから再び口を開いた。
「……相手の所属はわかるか」
「はい。確かキャシー、じゃなくてキャンディじゃなくて……そんな名前の侯爵家が雇った暗殺者だって」
「キャシディ侯爵家か」
「あっ、それです」
一瞬しか見てないから雰囲気で覚えてたんだよね。伝わってよかった。
私がホッとしている一方で、トウルさんがギリッと歯を食いしばっている。えっ、何?
見れば王子様の顔が強張っているし、周囲にいる護衛の人たちもざわついていた。
「おい、ライル」
「……はい」
あっ、もしかして軽々しく口にしてはいけない貴族家だった、とか? いずれにせよ時すでに遅しって感じだけど……。
ビクビクしている私を気遣ってか、トウルさんがまた背中を撫でてくれた。あやされている……。
「俺は貴族に、ましてや王族になんか戻る気は一切ないと何度も言ってるな? 他の者も概ね同意してる。そんな中で王太子であるお前自身が俺の貴族復帰を望んでいた。そのせいで勘違いした野郎どもがこうして襲って来たんじゃねぇのか」
「そ、れは」
「爵位を持てば可能性があるって王太子派の馬鹿どもが考えたんだろ。小さな芽も潰そうとするやつらだ。俺一人ならどうとでもなるが……」
あんまり話が見えないんだけど……例のキャシディという貴族は王子様たちの敵ではなく、もしかして味方の勢力だったりする?
【キャシディ侯爵家はライル殿下派の筆頭貴族です】
私の疑問に答えるように、ミルメちゃんが情報を出してくれる。目の前に王子様がいるから補足事項として教えてくれたっぽい。優秀!
それはさておき。
つまり、王子様の邪魔になるかもしれないトウルさんを排除するためにこんなことをした、ってことだよね。
どうしてそんな……だってトウルさんは自分でも宣言しているように、貴族社会に戻る気なんてないのに!
生きて存在するだけでもダメだっていうの? 酷すぎるよ……。
「何も知らない、力を持たないルリが狙われた。俺が何を言いたいかわかるか? なぁ、ライル」
「……申し訳、ありませんでした」
「謝る相手が違うだろうが!!」
「っ、はいっ!!」
トウルさんの怒声がビリビリと空気を震わせる。
でもこんなに近くで聞いていたのに私にはなんの影響もなかった。たぶん、トウルさんが何かしてくれているのだろう。
いや、それ以前に一国の王子様に、今は一般人のトウルさんがこんなに怒鳴って大丈夫なの……? あと謝罪されたとして、私はどうしたら。
いろんな意味で震えてしまう。今の私は顔が青ざめているかもしれない。
「ルリさん。この度は私の浅慮が招いたことで危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「ひぇっ、あ、あのっ! 王子様がそんな簡単に頭を下げたらまずいのでは……!?」
「いいえ、非を詫びることも出来ずして一国の王太子を名乗れませんから。このお詫びは必ず……え」
「え?」
王子様がようやく顔を上げてくれた時、私と目が合う。その瞬間、なぜか急に固まってしまった。
そのままじーっと私の目を見つめてきて……え、何、何? 尋常ではないほど気まずいんですけど!
「ルリさん。私は貴女を、どこかで……」
「おい、ライル」
「はっ、す、すみません。女性の顔をまじまじと見つめるなど。今度は紳士としてあるまじき行為でした」
「い、いえ……」
途中でトウルさんが間に入ってくれたことでどうにかなったけど、本当に何事? まだ何かあるのかもって不安になる。
「とにかく、キャシディ侯爵の件は私のほうで厳罰を下します。二度とこのようなことが起こらないよう、周囲への牽制もしますから」
「はっ、それだけで解決すりゃ苦労はねぇだろうな」
「っ、トウル殿! さすがにその態度は……!」
「ああ?」
ひぃ、トウルさんが王子様や護衛に対して喧嘩を売る姿勢をやめないよぉ!
凄むトウルさんはもう完全に裏ボスにしか見えない。小心者な一般人には心臓が持ちませんっ!
「やめろ。今回の件は全面的にこちらが悪い。兄上……いえ。トウル殿、どうかここは引いてくれませんか」
王子様の静かな声が響く。しばしの睨み合いがあった後、王子さまは諦めたように再び口を開いた。
「もう二度と……私から兄上に戻ってきてほしいとは言いませんから」
「書面にして持ってこい。口約束で終わらすには足りない」
「わかり、ました」
ヒヤヒヤする話し合いはここで終わり、黙って去っていく王子様たちの背を見送る。
去り際、ちらっとこちらを見た王子様の目はとても悲しそうで、関係ないのに私の胸がギュッと苦しくなった。
ちらっと見上げたトウルさんの顔は変わらず王子様たちを睨みつけたままで、その心情を窺い知ることは出来そうになかった。




