35 震えが止まらないなんて初めて
クランに王族の方がくるというので、トウルさんに連れられてのほほんと治療院でお留守番していたはずが、急に暗殺者からの襲撃。
倉庫に避難するも魔法で破壊されてあわや命の危機に直面した時、よくはわからないけどたぶんラスロさんに助けてもらった。
抱きかかえられる形で避難したのはいいんだけど、スピードもさることながら跳躍したりどこかから落ちたり……。
いつもだったら、トウルさんに運ばれた時のように悲鳴を上げていたと思う。
ただそれ以前に、起きたことが非現実的すぎて私の頭がまったく追いついてない。
私、死ぬところだった、よね……?
「……ルリ」
「う、は、はい」
「もう離れて大丈夫なんだけど……」
おそらく避難は完了した。ラスロさんが安全な場所まで連れてきてくれたんだと思う。
さっきからもう揺れは感じなくなっていたし、足が地面についてるし、ラスロさんは私を離してくれたから。
でも私は怖くて、全身が震えて、たぶん硬直もしてて、ラスロさんに抱き着いたまま動けずにいた。
ラスロさんが困惑しているのはわかってる。離れなきゃって思ってはいるんだけど……!
「ごめん、なさい。あの、なかなか、腕が、離せなくて」
ずっと震えが止まらなくて、腕に力が入らないというか、しがみついた状態から動けないというか……うっ、声まで震えてる。
情けないけど、どうしてもまだ離れることが出来なさそう。
ラスロさんが小さくため息を吐いたのがわかって、ますます申し訳なくなってしまった。
「ごめ……」
「こうしたら落ち着くか?」
再び謝りかけた時、ラスロさんは急にギュッと私を抱きしめてくれた。
さっき抱えてくれた時とは違って、ちゃんとしたハグ。その上、背中をぽんぽんと軽く叩いて落ち着かせてくれている。
手つきとか、ハグの力加減とかから不器用なのが伝わってくるから……きっとこういうのに慣れていないんだと思う。
それなのに、精一杯の配慮をしてくれてるんだ。
や、や、優しい! まるで泣き喚いてあやされる子どもみたいだけど、今はそれがすごくありがたかった。
「カトリーヌもセルジュが保護した。俺は気配に敏感だから、誰か来たらわかる。すぐ逃げられるし、安心していいから」
「ぅ、うぅ……うわぁぁん……!」
しかも普段は寡黙で眼光鋭いラスロさんからこんなにも優しい声で囁かれたら、なんか、こう……安心して涙腺がっ!
私はさらにギュッとラスロさんにしがみついて声を上げて泣いてしまった。
「えっ。あの、ルリ。俺、どうしたらいいかわかんないんだけど……」
「ごめん~~~っ! ううっ、もう少しこうしててください! うぇ、うぅっ! すぐ、落ち着きますからぁ! うわぁぁん!!」
「……わ、わかった」
それからどれほどの時間をそうしていたのか。結構時間がかかった気はする。
それでもラスロさんは文句を言うことなく、ずっと私をあやし続けてくれた。
普段の様子から素っ気ない人のように思えるけど、実は誰よりも優しい人なのかも。
っと、いい加減にちゃんとお礼を言わないとだよね!
私はしがみつく腕をゆっくりと離し、ラスロさんを見上げた。
「もう大丈夫、です。ぐすっ。助けてくれてありがとうございます、ラスロさん」
「別に……あと敬語はいらない。それと名前も呼び捨てにしてくれ。むず痒くなる」
「じゃあ……ありがとう、ラスロ」
「……ん。それでいい」
鼻声だし、たぶん泣き腫らして顔もすごいことになってるだろうけど、ラスロは目元を少し和らげてぽんと一つ頭を撫でてくれた。
口元を覆ってるマスクを外してくれていたら、きっと笑った顔が見えたんだろうな。そう思うと少しだけ残念な気がした。
「これからクランに戻る」
「えっ、今は王子様がいるんじゃ……?」
「いる。でも襲撃があったし、ルリも狙われた。守る対象は一か所にいてくれたほうが助かる」
「まさか、クランも襲撃に!?」
ひょっとして、王子様が来ているのが知られて狙われた……? やっぱり要人はそう簡単に出歩いたりしたらダメなんだよぉ!
クランは、みんなは大丈夫なの!? そんな心配が顔に出ていたのか、ラスロはすぐに答えてくれた。
「スィと双子はいなかったけど、クランにはハマーが残ってたから問題ない。みんな無事。一応、王子にも護衛の兵士が何人かついてきてたし、今も数人の兵士が襲撃犯を追ってると思う」
「そ、そっか。よかった……」
「今回一番やばかったのは、ルリ」
それは私に身を守る手段がないからだよね……。不甲斐ない。
「そういえば、どうしてここが襲われてるってわかったの?」
クランにいる人たちがここの襲撃なんて知るわけないもんね? それなのに、ラスロもセルジュも助けにきてくれた。
不思議に思って首を傾げていると、ラスロはその点についてもしっかり説明してくれた。
「暗殺者が狙ってることにはすぐ気付いたから、そのうち一人を俺が捕らえてクランに連れてった。そいつにギャスパーが作った自白剤を使った」
「すごいね……?」
「そしたらこっちの襲撃は陽動で、本当の狙いはルリだってわかったから、俺とセルジュが治療院に」
「私が……? そう、だったんだ」
なんか、実はラスロってすごくすごい人だね……? 暗殺者が狙ってることなんて、ミルメちゃんが警告を出してくれなかったら私はわかんなかったよ。
やっぱり私が狙いだったんだ。
でも、あの人たちは私を殺そうとしていたんじゃなくて連れ去ろうとしてたよね。
話の内容からも、一瞬だけ見たミルメちゃんの情報からもそれがわかる。
何より怖かったのは、暗殺者がカトリーヌさんは殺してもいいって考えていたことだよ。
私は最悪、捕まっても殺されることはなかった。でもカトリーヌさんは……うぅ、無事で本当によかったよぉ! また遅れて震えがきてしまう。
「カトリーヌもセルジュに連れられてクランに戻ってると思う。ルリも早く無事な姿を見せてあげて。襲撃を知った時、トウルがぶち切れて大変だったから」
「ええっ!? なんでトウルさんがそんなに……」
あ、でも。もし自分のせいで誰かが危ない目に遭ったって知ったら怒るよね。
私だって許せないって思う。自分のせいで、って落ち込んだりもするかも。
そう思ってたんだけど。
「ルリが狙われたから。トウルだけじゃない、みんな怒ってる」
え、そう、なの? そっか……クランの人たちは仲間を傷付けられるのを許さないのかもしれない。
一見、怖いチームにしか見えないけど、実はとても結束が固いもんね。
「不謹慎かもだけど、私もクランの一員だって認められているみたいで嬉しい」
「……なんか、ズレてる」
「え? 違った?」
「はぁ……もうそれでいい」
あれ? もしかしてそれさえ勘違い? おかしいな、間違いないと思ったのに。
あ、ちょっと何度もため息つかないでよ、ラスロ! 本当の理由があるなら教えて~!




