33 突然の赤文字にパニックです!
トウルさんとラスロさんは私を治療院まで送ると、すぐにクランへと戻っていった。
はー、なんだかどっと疲れたな。まだ午前中だとは思えないほどだ。すでに体感としては夕方くらいの疲労度だよ。
本当なら今頃、ギャスパーさんの研究室を掃除していたところなんだけど。
一日くらい行かなくても大丈夫だよね? 明日見たら部屋がとんでもなく散らかってたりしないよね?
あんなに整頓が進んだのに、また一からになったら……もとに戻すのもそうだけど立ち直るのに時間かかりそう。
頼みますよ、ギャスパーさんっ!
「トウルに巻き込まれたって? 朝から大変だったねぇ」
「突然お邪魔してすみません」
「いいんだよ! 用がなくてもおいでって言ったの、忘れたのかい?」
ありがたいなぁ、本当に。カトリーヌさんの明るい笑顔と笑い声を聞いていると元気が出てくるよ。さすがは治療院の院長さんだね。
「あの、カトリーヌさんはトウルさんの事情を知っているんですか?」
「まぁ、ね。ここは訳あり患者が運び込まれてくることも多いから。ま、知ってても知らないフリをしてるよ」
「頼もしい……!」
「それがこういう仕事を続ける秘訣だよ」
さすがだなぁ。これがプロなのかもしれない。
なんでも、この治療院にはむしろ表立って治療できない訳ありの人たちのほうがよく運び込まれてくるのだそう。
だから実は夜のほうが患者さんが多いんだって。
なにそれ、裏の顔みたいでちょっとかっこいい……! アングラ感ある。
トウルさんもそれ系統な雰囲気あるもんね。
でもあれで王族なんだよねぇ……? 只者ではないオーラはあるけど、王族っていうとピンとこないや。庶民の感覚なんてこんなものです。
さて、治療院に置いてくれるとはいえ何もしないわけにはいきません。
私はピッと手を上げてカトリーヌさんにお手伝いを申し出た。
「カトリーヌさん、今日は私に治療院のお手伝いをさせてください! 何かしていないと落ち着かなくって」
「あはは! それじゃあ手伝ってもらおうかねぇ。あたしはちょっと厳しいよ?」
「が、頑張りますっ!」
「冗談さ! ルリは素直でいい子だねぇ」
からかわれちゃった。でも同じからかうでもトウルさんと違って嫌な気持ちにはならないや。カトリーヌさん、好き!
しかもカトリーヌさんはぜんっぜん厳しくなんかなく、優しく丁寧にやることを教えてくれた。
触ったらいけない棚や注意点など、ただの掃除でも気を付けるところを一つ一つ教えてくれる丁寧な人だ。
こういうのを厳しいという人がいるみたいだけど……当たり前のことでは? と思っちゃう。
そんな私の様子に、カトリーヌさんはまたしても「いい子だね」と褒めてくれたけど。大げさですよぅ。褒められて嬉しいけどね! えへへ。
「……とはいったものの。今日は患者が来ないみたいだ」
「いつもはこの時間から来るんですか?」
「来るとしたらこの時間だね。ま、患者がこないにこしたことはないから」
それはその通りなんだけど。
治療院内の掃除をして、棚の整頓をして、それも全部終わった今もまだ誰も来ない。
なんなら、外の通りもやけに静かでちょっと違和感があるくらいだ。
今日は町で特別なイベントか何かがあったりするのかな?
と、のんきなことを考えていた矢先のことだった。
急に目の前が赤くなり、脳内にビービーとアラームのような音が響いてビクッとしてしまう。な、何!?
【暗殺者に囲まれています。今すぐ避難しましょう】
目の前の赤は、ミルメちゃんの警告文だった。
赤文字なんて初めて……! それほど危険ってこと!?
っていうか暗殺者!? なんで!?
「どうかしたのかい?」
突然様子がおかしくなった私に気付いたのだろう、カトリーヌさんが心配そうに声をかけてきた。
伝えなきゃ。お、落ち着いて、私!
「っ、カトリーヌさん、あの」
ミルメちゃんのことはあんまり知られない方がいいとは思うけど……緊急事態にそんなこと言ってられないよね。
それにカトリーヌさんのことはクランのみんなも信用しているし、ミルメちゃんからも警告はされてないから大丈夫っ!
一瞬だけ迷った後、私は正直に今の状況を伝えた。
「この治療院が今、その……暗殺者に囲まれてます」
「!? なんだってそんなことが……」
「えっと。実は私、スキルがあって。それでわかるんです」
とはいってもそう簡単に信じられないよね。急に「わかるんです」なんて言われたって信用が……。
「まずいね……でも、事前に気付けてよかったよ」
「信じてくれるんですか?」
「そういう嘘を吐くような子じゃないってわかってるからね」
カトリーヌさん、好きっ!!
って今はそんなこと言ってる場合じゃない。
うぅ、ミルメちゃんはとっても有能だけど、状況がわかったとしても私じゃ対処が出来ないよ~!
一人あわあわしていると、カトリーヌさんは冷静に私の両肩に手を置いて落ち着かせてくれた。
「いいかい? ルリちゃんは裏口から出たところにある外倉庫の中に逃げるんだ。ドアは鉄製で建物も頑丈だからね。内側から鍵をかけて閉じこもっておくんだよ」
そう言いながらポケットの中から鍵を渡してくれたカトリーヌさんだけど……。
「カトリーヌさんはどうするの!? 一緒に……」
「あたしはこういうゴタゴタに慣れてんのさ。表に出て奴らの気を引いている内に逃げとくれ」
「そんな……」
「心配してくれてるのかい? これでもあたしは戦えるんだ。昔はいろんな所を旅して魔物なんかも倒してきてる。でもあんたは違うだろう?」
「そう、ですけど……うぅ、絶対に無事でいてくださいね!」
足手纏いになる、ってことだよね。それは事実なので私は断腸の思いで逃げることを決めた。
私の言葉に力強く頷いてくれたカトリーヌさんに頷き返し、鍵をギュッと握る。
それから音を立てずにゆっくりと裏口の方へ行き、それを確認したカトリーヌさんが普段通りの気楽さで表の出入り口を開けに行く姿を見送った。
最後までその姿を確認したかったけど、私が捕まりでもしたら余計に迷惑をかけちゃう。
だから振り返らずに裏口のドアを静かに開けて、すぐには出ずに倉庫の場所を確認する。
外倉庫までは裏口から数メートルほどの距離があったけど、暗殺者が見張っているかもしれないと思うととても遠くにも感じるね……。
よ、よし。私も普段通りを装わなきゃ。もし見られていたとしても、頼まれて必要な物を取りに来てます、といった様子に装わないと。
それでも小走りで。急ぎめで。
ひぃん、怖いよぉ!!




