3 異世界人だった
思わず正座をしてしまっているけど、真っ白なこの空間は床がないというか、天井も壁も何もないのでこの姿勢に意味があるのかはわからない。
まぁ、気持ちの問題です。だって姿は見えないけど神様がそこにいるというなら、ちゃんとしたほうがいいかなって。
「すぐに信じてもらえて助かるけれど。あまり簡単に信じられても心配になるね」
「えっ、でも。神様だとおっしゃるから……」
「素直すぎる。良い子すぎる」
素直は香苗にもよく言われたけれど、良い子かどうかは疑問だ。
「さて、説明するにもこのままじゃ話しにくいから姿を現すよ」
神様がそう言うと、ぱぁっと周囲が眩く輝きだした。
光が収まるとそこには……。
「ええっ!? 香苗!?」
「へぇ、あなたにはそう見えるんだ。でも残念。その香苗って子じゃないよ」
「え? あれ? ええ?」
違うと言われても、まさしく今日会って話した時の服装と髪型の親友、香苗が目の前にいるとしか思えない。
なんでも神様が言うには、その人が最も信用している者の姿に見えるんだって。へぇ~。
「まず、今の状況がわかるかな?」
「え、っと」
香苗、じゃなくて神様に問われてはっとする。
考えないようにしていたけど……こうしてよくわからない空間で神様に会っているということは——
「私、死んじゃったんですか……?」
「うん、そうだね。階段から落ちて、打ち所が悪くてね」
やっぱりそう、なんだ。
薄々そうだと思っていたけど……なんだろう、この気持ち。悲しいとか悔しいとか、そういうのとはまた少し違う。
寂しさ、かな。こんなことであっけなく命を落としてしまったことに。
香苗も悲しんでくれたりするのかな。最期まで心配かけっぱなしで本当に申し訳ないって気持ちになる。
それに施設の人たちにも、まだ恩返し一つできていないのが心残りだ。
「あなたにとっては不運だったかもしれないけれど、実をいうと私はこうなるのをずっと待っていたんだ」
「……え?」
「あなたはね、どのみち長生きはできなかった。そう遠くない内に命を落とす運命にあったんだ」
「そんな……」
結局、死ぬ運命だったなんて。救いがなさすぎて涙が出そう。
私がしょぼくれていると、神様はそっと肩に手を置いて優しい顔で言葉を続けた。
「ただこれは必然的な運命、とでもいうのかな。命を落とす必要があった、ともいえる」
「それはどういう……」
泣きそうになりながら疑問を口にすると、神様は手のひらをさっと振り、まるで映画館のように宙に映像を浮かび上がらせた。わ、すごい。魔法みたい。
その映像には自然豊かな世界が広がっていて、思わず見入ってしまう。
なんだか、おとぎ話にでも出てきそうな雰囲気の森や街並みだなぁ。
わ、あれって人間? 獣耳が頭の上にある人がいる! 髪の色もカラフル〜! 地毛かなぁ?
「あなたはね、元々は私の管理するこの世界の住人だったんだよ」
「……え、と?」
「わからないかな。あなたの世界でいうところの、異世界というものだね。ま、これまでいた地球があなたにとっての異世界だったわけだけど」
「ちょ、ちょっと待ってください。理解が追い付かないです」
異世界、というのは聞いたことがあるけどそんな夢物語……なんて言ってられないか。目の前で見せられちゃったら信じるしかない。
けど、これまで過ごしてきた場所が自分の生まれた世界じゃないというのはまだわからないよ!
「私の世界ではね、魔法が発達しているんだ。ある日、いずれ訪れる強大な敵の脅威に備えるため、聖女を召喚する魔法が使われた。今まであなたが過ごしていた地球から、私の世界へとね」
「ええっ!? そんな、勝手に!?」
「あはは、そう思うよね。呼ばれた側は迷惑でしかないと思うでしょ? けどね、本人にその自覚はなかったんだ」
「自覚がない?」
記憶がなくなった、とかかな? と思ったけれど、答えは予想外のものだった。
「呼ばれた聖女は赤ん坊だったんだ。だから、本当の両親は急に赤ん坊が消えてしまって……どれほど辛い思いをしただろうね」
「酷い……」
「そうだろう? 人間とは時に残酷だ。世界のためと言いつつ、一人の人間の、そしてその人間に関わる人たちを一方的に不幸にする。正義って言葉で片付けられてしまうんだよ」
残酷だ、と語るわりに、神様は無表情で淡々としている。
まるで他人事みたいな……ううん、それとも違う。
たぶん、神様だから人間はそういうものだと思っているのかも。
客観的視点を持っているし、人間の基準で良し悪しもわかるけど、それに対して心が動かされることはない、って感じ。
私がそんなことを考えていると、まるでそれさえもお見通しとばかりに神様は香苗の顔でにこりと笑った。
「さて、ここで問題が起きた。世界を渡るには代償がつきものでね。一人の人間を別の世界から呼び寄せたということは……その世界は代わりの人間を呼び寄せる必要がある」
「あ……じゃ、じゃあ私は」
ここまで言われて、ようやく私にも察しがついた。 パッと顔を上げた私に、神様は穏やかな顔で頷く。
「そう。あなたはね、呼ばれた聖女のかわりに地球へと転移させられた、私の世界で生まれた赤ん坊だったんだ」
わ、私、異世界人だったの!?
異国風の顔立ちや、名前の由来にもなっている少しだけ青みがかった瞳とかで、外国人の血が流れてるんじゃないかとは言われていたけど……まさか異世界の血だとは。
……私、カラフルな髪じゃなくて黒髪でよかったね?
「あなたのいた世界、地球を管理する神には、その世界に住む人間への干渉があまりできなくてね。もともと私の世界の住人であるあなたは身体が適応できず、早死にする運命だった、というわけ」
「そういうことだったんですね……あ、でも聖女はどうなったんですか? まさか彼女も?」
「あなたは本当に優しいなぁ。人のことまで考えるなんて。大丈夫、彼女は生きているよ。私の世界に適応するよう、少し加護を与えたから。この辺りは、世界によって神のスタンスが違うと思ってくれれば」
「そっか、それならよかった。……はっ、でもそれなら、私が元の世界に帰ってしまったら聖女さんがまた大変な目に遭ったりしませんか!?」
もしかしたら、今度は私のかわりに突然地球に転移しちゃったりするかも!
せっかくその世界での生活にも慣れているだろうに、元の世界に戻るとはいえそれはそれでとても困ったことになるんじゃ?
「それも大丈夫。だってあなたは地球で死んでしまったから。そもそもこちらの魂なんだから、帰ってくるだけだよ。聖女も死後は魂が地球に帰るんじゃないかな」
そっかぁ、それならよかった。安心だ。
私がホッと胸を撫で下ろしていると、神様は嬉しそうに微笑みながら何度か頷いた。
「というわけで、あなたの立ち位置は理解してもらえたかな?」
「は、はい。まだ信じられないというのが本音ですが、理解はしました」
「うんうん、それで十分」
いいのかなぁ? 本当の意味での理解はまだまだ時間がかかりそうなんだけど。
「ここからが本題。こうして死後、あなたをここに呼んだのはね……お詫びがしたいと思って」
「お詫び、ですか?」
「うん。私の世界の人間のせいで、あなたは本来いるべき場所から遠く離れた場所で生きなければならなくなってしまったから。それも短命という運命を背負ってね」
「えっ、でもそれは、神様のせいではないですよ?」
「ふふ、そうだね。でも我が子の不始末は親がなんとかしたいものなんだよ。これが、私の世界に対するスタンスってやつさ」
人間の善悪に心は動かされないけど、その世界に生きる者のことは我が子と思う、ってことかな。
もしくは、我が子だから良いことも悪いこともそのまま受け止めているのかも。
いやいや、神様の心情を考えたってわかるわけないよね、ただの人間に。
でもお詫びってなにをするつもりなんだろう。私は死んでしまったし、このまま成仏? とかするだけなんじゃないのかな?
「あなたにはこれから、私の世界で生きてもらいたい。今のままの姿で。どうかな?」
「……え? んん?」
「本当は時間を巻き戻して、本来生まれるべきだった場所で家族とともに過ごしてもらいたいところなんだけれど。巻き戻したところでまた同じことが起こるだけだからね。時間を戻さず、今のあなたのまま、私の世界に転移させるので精一杯なんだ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。それってつまり、私はまだ生きられるって言っているように聞こえるのですが」
「そう言っているよ。ああ、身体は地球で一度失っているから、私が再構築することになるけれど。安心して? ほくろの位置までまったく同じように構築するから不便はないはずだ」
理解の範疇を超えています。
身体の再構築? 生き返るって感じ?
「あはは、あまり難しく考えないで。つまり、今のあなたのまま私の世界に転生するって感じだよ」
「転生……なるほど、理解できました。たぶん」
「もちろん、あなたが望めばこのまま成仏することも可能だよ。ただ……私はぜひ、我が子に生まれ故郷でもあるこの世界を見てほしいと思っている。親のエゴってやつさ」
「我が子……わ、私のことも、ですか?」
「もちろん」
神様にもエゴなんてあるんだ? と思わなくもないけれど……。
うーん、転生か。何も知らない世界で、知り合いもいないのに生きていけるのかな? 働き口や住む場所とかも必要になってくるし……。
「不安はわかるよ。だからこそのお詫びなんだ。あなたには私の加護を与える。聖女への加護とは少し違うけど……そうだな、たとえば欲しがっていた『見る目』を与えたりとか」
「本当ですか!?」
「わぁ、すごい食い付きだ」
だ、だって、私には絶望的に見る目がないんだもん! どれだけ欲していたことかーっ!!
見る目さえあればそう簡単に人には騙されないはず!
……はっ、神様がちょっと引いてる! ごめんなさい、興奮してしまいました。
「ふふっ。それじゃあ、私の世界で生きる、でいいのかな?」
「それは、はい。許されるのであれば。……やっぱりちょっと不安ですけど」
「そこは私の加護が仕事をしてくれるはず。与えた『見る目』があれば不便はしないだろう。それと、人よりちょっとだけ運も良くなるよ」
「それならなんとかなりそうです!」
「あはは! あなたは意外と楽観的だね? いいことだ」
そうと決まったら、なんだかドキドキしてきた。文字通り、新しい人生が始まるってことだもんね。
地球での生活やお世話になった人たちに対して未練は残るけど……地球での私は死んでしまったのだからもうどうしようもない。
それなら、新しい人生をめいっぱい楽しみたい! 人に騙されることなく!
「じゃあ、早速旅立ってもらおうかな。っと、その前に大事なことを忘れていた」
「なんでしょう?」
神様は人差し指をくるくる回しながら思い出したように告げた。
その指くるくるのせいで、空間が歪んですごいことになっているけど。白い光のブラックホールみたいな……まさかあの中に入るのかな、私。
けれど、そんな不安を一瞬忘れてしまうような質問が神様の口から紡がれた。
「本来、私の世界で生まれるはずだったあなたの本当の家族のことは……知りたい?」