27 女子の妄想は止まることを知らない!
翌日からソニア、アミシー、ビルジニの三人は午後一からクランに来てくれた。
三人とも敬称はいらないというので気軽に呼ばせてもらっている。もちろん、私のこともルリと呼んでもらうことになったよ。
「結構、広いキッチンだね」
「それに片付いてる」
「思ってた以上に綺麗だわ……」
三人はクランに入る前こそビクビクしていたけど、いざ中に入ってみたらその広さと綺麗さに呆気に取られていた様子だった。
まぁ、すれ違うクランのメンバーには怯えていたけどね。そこはこれから少しずつ無害だってことをわかってもらえればいいな。
本当は交代制で、って話だったんだけど、最初は説明だから一度で済むようにと三人揃って来てくれたのだ。
……怖いから少しでも大人数で、という気持ちもあるとかないとか。
「今日はジンジャーを使って甘辛く薄切り肉を焼いていこうかと!」
キャベツのような野菜を片手に私が宣言するも、三人とも首を傾げていまいちわかっていない様子だ。
いわゆる生姜焼きを作ろうかと思っているんだけど、馴染みがないのかな?
「煮込むのではなく?」
「うん。濃い目の味付けにして、野菜をたくさん食べてもらおうかと思って」
本当は白米が一番合うんだけどね……。ないものは仕方がない。大量のキャベツで食べていただくっ!
この町で手に入る野菜は新鮮な物も多くて、生で食べてもおいしいんだよね。海が近いから魚も豊富だし、私としてはホクホクだ。いつかはお米もっ!
「へぇ、おいしそうじゃん! ルリの故郷のメニューなの?」
「う、うん。そんな感じ!」
あはは、と曖昧に笑って誤魔化す。ただ、私は誤魔化すのが下手なのでアミシーには変な顔をされちゃった。うう、誤魔化されておいて~!
「私たちの仕事は下ごしらえだけど……配膳までやらせてもらうから」
「えっ、でも……いいの?」
「あれだけ給金を貰うのに、簡単な作業だけで終わりなんて気が引けるから。それに、一人じゃないなら頑張れる!」
「そうそう、ルリみたいなか弱そうな女の子が一人で頑張ってるんだもん。弱音なんて言ってられないって!」
ソニアとアミシーが明るく笑いながらそう言ってくれた。心強い!
……でも、か弱そうとか思われていたんだ。むむ、実は頼りがいのあるお姉さんと思ってもらえるように頑張ろうっと。
「二人ともえらいわ。ごめんなさい、私は下ごしらえだけしかできなくて……」
「そんな、謝らないでよ、ビルジニ! 貴女には赤ちゃんと旦那さんがいるんだから!」
「ルリは優しいわね。その分、私はみんなより早く出勤するようにするわ」
「うん、助かるよ! あっ、ビルジニだけじゃなくて、二人も無理のないようにね?」
できれば長く続けてほしいもん。辛い仕事は長く続けられないからね。ブラックな仕事場にはさせないんだからっ。
「あははっ! たぶん、この町のどこよりも優しい職場だよ、ここは! 無理のしようがないよ。あー……ちょっと怖いってこと以外は」
後半、頬を掻きながら小声になるアミシーがかわいい。
いつかはその怖さもなくなるはず! うん、町一番のホワイトな職場も夢じゃないね!
そんなこんなで初日は調理器具の場所を確認しながら作業を進めていった。
三人いるって素晴らしいよ。あっという間に終わっちゃったもん。やっぱり人がいるって素晴らしい。
「せっかくだから少し焼いて、味見しよう!」
私がそう言うと、三人とも嬉しそうに歓声を上げた。どうやら生姜焼きが気になっていた模様。そんな気はしてたからこその提案です!
合わせダレをフライパンの中のお肉に絡めていると、いい匂いが充満してきた。
この世界に醤油っぽい調味料があって良かった! これがないと味が決まらないよね!
くぅ~~~、何度も思うけど白米が恋しいっ!
醤油があるんだからきっとあるはずと信じよう。
「お、お腹が鳴ってしまいそうね」
「あたし、すでにグーグー鳴ってる」
「恥ずかしながら私も……」
大丈夫、私もですので!!
この食欲をそそる香りには誰も敵わないよね~! うーん、夕食の時間が待ち遠しい。
早速、焼きあがった試食用の生姜焼きをみんなで実食! 小皿にお肉とキャベツの千切りを多めに乗せて……。
いただきます!
みんなでぱくり。んーっ、おいしい! タレがキャベツに合う!
「こ、これ、すごい」
「おいしっ」
「家でも作りたいわ!」
三人も気に入ってくれたみたい。ふふふ、そうでしょう、そうでしょう。
あとでレシピを渡すね、と伝えるとみんな喜んでくれた。うんうん、おいしいは正義だからね。ご家庭でもぜひ~!
さ、私も最後の一口を、と思ってフォークを持ち上げた時だった。
急に横から黒髪が飛び出してきた。あーっ! 私の生姜焼きがー!!
「お、うまいな」
「トウルさんっ!」
「今日の夕飯か。楽しみだな」
「もー! わかってるならその時まで待っててくださいよ。お行儀が悪いです!」
「いい匂い漂わせてるほうが悪いんだよ」
ぐぬぬ、おいしそうな匂いに負ける気持ちはわかるけど、やっぱり人の食べかけを横取りするのはよくないと思います。
うぅ、最後の一口ぃ。夕食の時まで我慢か。くすん。
お、っと。三人が呆気に取られてこっちを見てる。呆れられちゃったかな、子どもみたいなやり取りして。あはは……。
でもトウルさんが今気づいたというように視線を向けると、三人ともビクッと硬直してしまった。
だ、大丈夫だよ。ちょっと見た目がアレだけど、それですごく意地悪だけど、怖くは……たぶん、怖くはない、はずの人だから。
「ああ、スィが雇った手伝いか。俺はトウルだ。このクランのリーダーしてる」
「ひっ」
うぅ、だめだ。ますます怯えてしまっている。威圧感のある風貌してるからいけないんだよ。似合ってはいるけどさ。
一方、怖がられることには慣れているのかトウルさんに気にした様子はない。
フッと笑ってサングラスを少しずらし、金の瞳で彼女たちを見た。
「ま。俺の女をよろしく頼むわ、レディーたち」
「っ!?」
わぁ、なんというか、すごい色男感。みんな顔を真っ赤にさせちゃってる。
というかトウルさん、ちゃんとした女性の扱いもできたんだ……。
「おい、お前のこともエスコートしてやっただろ」
「えっ、顔に出てました!?」
「出まくり。ったく、失礼なヤツだ」
考えていたことを見透かされてしまった。あーっ、わしゃわしゃと頭を撫でるのはやめてー!
たしかにエスコートしてもらったし、紳士的だと思ったこともあるけど……最近は遠慮がないというか、こういうちょっと乱暴な面を出してくるのがね。
仲良くなれたみたいで少しだけ嬉しいけど、扱いが雑な気もして複雑。
こうしてトウルさんは何食わぬ顔をして去っていった。つまみ食いだけして行ったね……。
たぶんだけど、彼女たちに挨拶をって思ったのかもしれないな。案外、律儀なとこあるよね。
ふぅ、とため息を吐いていると、静かになったキッチンで急にソニアさんとアミシーが興奮したように声を上げた。
「ルリ! どういうこと!?」
「えっ?」
「俺の女って……リーダーとはそ、そういう関係なわけっ!?」
……あっ! 言ってたね! 言ってた。
私は意味がわかっているから聞き流していたけど、知らない人からしたらそりゃあ誤解もするよね。はわわ。
「えっと、そうだけどそうじゃなくて……」
「あらぁ。まだ複雑な関係というやつかしら。隅に置けないわね、ルリ」
「ビルジニったら! 違うからね?」
「な~るほどぉ。道理でルリが平気でいられるわけだ。リーダーの恋人なら安全は保障されてるよねぇ」
「ふふっ、私こういう話好きよ? これからいーっぱい聞かせてもらうから覚悟してね」
ビルジニだけでなく、アミシーもソニアも完全に誤解しているっ!?
あ、でもおかげで三人のクランに対する恐怖心が少しだけ薄れたっぽい……? それはよかったけど。
「それでそれで? リーダーとはどんなふうに出会ったの?」
「やっぱり告白された? ルリはかわいいもんね~」
「というか、実は他の人にも言い寄られていたり?」
「ビルジニ、天才。絶対にありそう!」
「きゃー! ルリを巡って男同士の戦いが始まるのね!?」
私を置いてけぼりにして、話がどんどん盛り上がっていく。
こ、これはこのままにしたらダメなヤツ!
「ちょ、落ち着いて! 私の話を聞いて~~~!!」
こうして、私は三人の誤解を解くので夕食までの時間を使い切り、疲労困憊となったのでした。
うぅ、妄想で盛り上がった女子を収めるのって、クランのメンバーの大騒ぎを収めるより大変かもぉ!!




