26 保護者じゃなく仕事仲間で友達ですよね?
「あの、初めまして。私はルリっていいます。みなさんのお名前を聞かせてもらってもいいですか?」
私は無害、無害ですよ~。それをアピールするためにできる限り笑顔で、優しく声をかける。
それが功を奏したのか、今初めて私の存在に気づいたのか。女性たちは三人とも少しだけホッとしたような顔を見せてくれた。
スィさん、どれだけ怖がられているの。
でも今はそれをスィさんも自覚しているのか、気配を消してくれている。うんうん、しばらくそのままでお願いしますね。
まず、ふわふわした赤髪を首の後ろで一つにまとめた女性がおそるおそる自己紹介を始めてくれた。
「わ、私はソニア。町の外れに住んでいるわ。少し前まで酒場で働いていたのだけど、重労働が厳しくてやめてしまったの」
「そうだったんですね。酒場って酔っ払いも多いし、いろんな人がいるから大変ですよね……そこで頑張ってらしたなんてすごいです!」
「いえ、そんな」
酒場での経験があるならきっと強面が集まるうちのクランでもきっと耐えられる、はず!
一人目から心強いね。ずっと怖々している様子ではあるけど。
「あたしはアミシー。宿屋で働いてたら嫌な客と喧嘩になって。要するにクビにされちゃったんだ」
「喧嘩に!? 大丈夫でしたか?」
「ちょっとやばかったけどね……店長がかばってくれたから大丈夫。そのせいでクビにはなったけど!」
次にこげ茶の髪をポニーテールにした、どこか強気に見える女性が元気に答えてくれた。この場の雰囲気に吞まれまいとしてくれているのがわかる。すごく根性のある人だね。
いや、喧嘩はよくないけど。心強いのはたしかだ。
「最後は私ね。ビルジニよ。結婚と出産を機に仕事をやめて、そろそろまた働こうと思っていたところなの」
最後の女性は色素の薄い髪を一本の三つ編みにしたおっとりとした人だ。
にこやかにほほ笑んでいるけど、母は強しって感じかな。
だって、スィさんを前にした時、この三人の中で実は一番落ち着いていたから。内心はどうあれ、それを表に出さないのはすごいと思う。
三人それぞれ違ったタイプの女性だけど、頼もしいのは共通している気がする!
っと、いけない。せっかく自己紹介をしてくれたんだから、流れを切らないように説明をしないと。
「皆さんありがとうございます。えーっと、実は私、この町にきたばかりなんです。いろいろ縁があってこのクランの仲間になることになったんですけど……」
私がそこまで話した時、えっ、と彼女たちの顔が歪むのを見た。
そ、そんなに引かなくても……!
いやでも、クランの怖いイメージがここまで染みついている人からすると、私はとんでもない変人なのかも。
度胸がある女を通り超して、やばい女と思われていそうな雰囲気。
待って、違うの。私は無害な普通の女ですから!
「あ、あの! 確かにメンバーの皆さんはなんとなーく怖い雰囲気がありますけど! すごく気さくで良い方ばかりなんですよ! 誤解されやすいだけで……」
「は、はぁ……」
だ、だめだ。何を言ったところで引かれてしまう。
百聞は一見に如かずって言うもんね。マイナスなイメージを持っている彼女たちに言葉でいくら説明しても、そう簡単に考えは変わらないのも当然だ。
でも、これだけは知っていてもらいたい。事実だけは揺らがないから。
「少なくとも、私は嫌な思いをしたことも、されたことも一度もありません。信じてください!」
まっすぐ彼女たちを見つめて断言すると、ようやく三人とも戸惑いながらも小さく頷いてくれた。うんうん、今はそれで十分!
……まぁ? 正確には、トウルさんに着替え見られた事件があるけどね。悪気ないのがタチ悪かったな……。
でっ、でもでも、事故みたいなものだし、結果的に解決したからよしとします! 十分以上のお詫びもいただいちゃったし! そしてこれは黙っておく!
さ、ここからですよ。本題はここから!
私は一つこほんと咳をしてから改めて仕事内容について話し始めた。
「え、と。皆さんに頼みたいのは夕食の仕込みと調理のお手伝いです。朝食は私だけでなんとかなるのですが、品数も増える夕食は手が回らなくて……」
ずっとクランにいる必要はないこと、交代制で構わないこと。
常に私は一緒にいる、と聞いてようやく三人は前向きに考え始めてくれた。
やっぱりそこなんだ? 心細いもんね。大丈夫、安心のためなら絶対に離れませんとも!
「ちなみに、給金はこのくらいで考えておりますよ」
「えっ!?」
話の合間に、スィさんがサッと紙を取り出して三人に見せると、みんな揃って驚愕の声を上げた。
あー、たぶん相場よりもずっといい金額を提示したんだろうな。ギャスパーさんもそうだったし。
あの人は特に金銭感覚がザルだけど、スィさんはクランの運営に携わっているからあそこまでではないだろう。
それでも、かなり多めなんだろうなというのは察しがついた。
「これでも皆さんのお気持ちは理解しているつもりです。怖い思いをしてまで我がクランに足を運んでくださるのですから、このくらいは当然でしょう? ま、実はもう一つしてもらいたい仕事があるのですけどね」
ふふ、と意味深な笑みを浮かべるスィさん。再び警戒心を露わにする女性。
ちょっと、わざとやってません? からかってますよね?
せっかく私が安心させるようにがんばったのに、一瞬で元に戻すのやめてもらいたいんですけど!
「もう一つの仕事、それはルリさんの話し相手になっていただくことです」
「え?」
でも、スィさんが告げた追加の仕事内容は、思いもよらぬものだった。
思わず私はまぬけな声を漏らしてしまう。
「ルリさんはクランで唯一の女性となります。男ばかりの中にいては気苦労も多いことでしょう。ですから女性の知り合いがいたほうが安心できるかと思ってお誘いさせていただいたのですよ」
ス、スィさん〜〜〜!
ちょっと感動しちゃったよぉ!
実際、女性の話し相手がいるのは助かる。治療院や市場に行けば頼りになる女性がいるとはいえ、長居はできないし頻繁に行くのも迷惑になっちゃうと思ってたし。
歳の近い女性で、気兼ねなく話せる相手がいるというのは精神的にも本当にありがたいよ。
あっ、涙で目が潤む……!
スィさんの話と私の様子を見た皆さんは、互いに顔を見合わせながら、どこか申し訳なさそうに口を開いた。
「そうだったんですね……あの、実は私たち、どうしてごちゃまぜな工具どもに呼ばれたのかってずっと疑問だったんです」
「何かとんでもないことさせられるのかと……」
「失礼ながら私も。ずっと警戒していました」
ん? んんん? ちょっと待って?
いくら悪いイメージがあるからってそこまで考えるものかな? 事前にスィさんから聞いていればこんなことには……。もしかして。
「……スィさん、ちゃんと説明しなかったんですか?」
「しましたよ? クランのお手伝いを頼めませんかって。とても簡単な仕事で給金も弾みますよ、とも」
あー……なんか、思い出しちゃったな。悪いバイトに申し込んで香苗にこっ酷く叱られたこと。
だって一日で十万近く稼げる簡単な仕事だって書いてあったんだもん。体験者の声とかもちゃんと読んだし。
でも香苗曰く、今時こんな詐欺に引っかかるヤツはいないって呆れられたっけ。
あの時の誘い文句に似ている気がする。
「たぶん、誤解されたのかと……」
「そうでしたか? 申し訳ありません、配慮にかけていて」
ニコニコ微笑んだままのスィさん、呆れた目を向けてくる女性たち。
その目は私にも向けられている気がする。大丈夫かこの子って心配されているような……あの日の香苗と同じ目っ!
なにはともあれ、スィさんは眉尻を下げながら彼女たちに謝罪した。
うんうん、ちゃんと反省しているのならいいよ。次からは気をつけて……。
【わざとです。彼女たちの反応もわかっていて、楽しんでいます】
「……」
「なんですか、ルリさん。そんな目で睨んで」
「ちゃんと反省してください」
「おっと、ルリさんの見る目は侮れませんね。以後、善処しますよ」
「絶対ですよ!? もーっ」
スィさんと言い争って、というか私が一方的にぷんぷんしている間に、三人の女性たちが急にクスクス笑い始めていることに気づく。
しまった、ついに呆れられちゃった?
「なんだか目が離せない子だね。わかった! あたしは引き受けるよ!」
最初にそう言ってくれたのはアミシーさん。私を見る目が香苗っぽくてなんだか懐かしい気持ちになる。
「私も引き受けるわ。貴女を見ていたら、大丈夫な気がしてきたもの」
「私も。どうぞよろしくね、ルリちゃん」
続けてソニアさん、ビルジニさんも困ったように笑いながら引き受けてくれた。
嬉しい! けど、やっぱり保護者目線な気がするのは気のせい?
「快く引き受けてくださってありがとうございます。よかったですね、ルリさん。頼もしい保護……いえ、仲間ができて」
「今、保護者って言いかけました?」
やっぱり、そう思ったのは私だけじゃなかった!
どうして~!? 私だってちゃんとしてるのにっ!
またしてもぷんぷんする私を見て、三人の女性は揃って笑い始めた。
むぅ、引き受けてくれたのは嬉しいけど釈然としない。
いいもん、これから一緒に仕事しながら私がしっかりしてるってところ、見せるんだから。
それと、クランのメンバーが見た目より怖くないってことも知ってもらわないとね!




