25 黒歴史は一生弄られる覚悟が必要です
わいわい賑やかな状態で花の広場を見て回って、私たちは四人でクランへと戻った。
道中、教会に行ったことを話したり、他に癒しスポットはないかなどを話したりしたよ!
ウォンさんとテッドさんは以外にもいろんな場所を知っていて、おいしいケーキと紅茶が飲めるお店とか、肉系の食事をがっつり出してくれるお店、港の片隅にある知る人ぞ知る新鮮な魚介を楽しめるお店なんかも教えてくれた。物知り……!
「港のおっちゃんに話しかけるとよ、たまに漁にも連れていってくれんのよ」
「そうそう。船の上で食べる生魚も最高だぜぇ! あ、生の魚が食えればだけどよぉ」
生魚……つまり、お刺身ってこと!?
これは嬉しい! 生魚を食べる習慣がここにはあるってことだよね! うぅ、行きたいっ!
「漁か。興味がある。海の上は滅多に行くこともないからな」
「セルジュに漁ってイメージはねぇよな」
「いい体験になるんじゃねぇかぁ?」
「次に休みがあったら行ってみるとしよう」
気づけば、セルジュが海に興味を持っている。ううん、興味を持とうとしているって感じかな。
なんだ、おすすめさえすればセルジュはちゃんと考えてくれるんだね。たぶん、自分で探すのが苦手なだけなのだろう。
それなら、町のことに詳しい彼らに聞いたほうがいろんなことを知れるんじゃないかなー。
むむ、私もおすすめできるようになりたい! そのためには私自身がこの町のことをもっと知らなくちゃだね。
またウォンさんテッドさんや、メディとサンディに町を案内してもらいたいな。ふふっ、楽しみが増えちゃった。
「ルリ。今日はいろいろと気遣ってくれてありがとう」
「えっ、いえいえ! なんだか空回ってばっかりで……」
クランに到着し、玄関ホールに足を踏み入れた時、セルジュに改めてお礼を言われてしまった。
結局、私はぜーんぜんお役に立てなかったもんね。
まさかデートスポットに案内してしまうことになるとは……。くっ、思い出すたびに恥ずかしくなるよ。
「いや。いつもとは違う気持ちになれた。これが気晴らしというのだろうな。それを教えてくれたのは間違いなくルリだ」
「そう、ですか? それならよかったですけど」
私はいまだに引きずっているのに、セルジュは涼しい顔のままだ。もう忘れたか、最初から気にしていないか。
いずれにせよ、その鋼の精神力、見習いたい……!
このまま立ち去るかと思ったんだけど、セルジュは一度私のほうに戻ってくると、少しだけ屈んで、まるで内緒話をするように囁いた。
「……次に花の広場に行く時は、今度こそ最後まで二人で回れるといいな」
「えっ」
それって、どういう意味?
冗談なのかな? セルジュは表情が変わらないから意図がわからないよ。
照れるわけでもないし、本気とも冗談とも取れなくて戸惑ってしまう。
「またな」
「あ、はい! また!」
……まぁ、いいか。あんまり深い意味はないのかもしれないし。
楽しかった、また行こう、それでいいよね!
◇
翌日、私はあの日セルジュと花の広場に行ったことを少しだけ後悔するはめになっている。
「セルジュとなんかより、ボクが最初に連れて行きたかった!!」
「そーだよ! なんで勝手に行っちゃうの! 絶対オレたちと行ったほうがかわいいのに!!」
どこから聞きつけたのか、朝から双子に絡まれ、
「へぇ。クラン内恋愛か。揉めごとだけはやめてほしいんだがなぁ。……ルリ、お前セルジュが好きなのか?」
トウルさんに凄まれたり、
「おいおいおい、マジかよ。セルジュか……まぁ悪いやつではないが、あいつはデリカシーねぇぞ?」
「まぁそう言うな、モルガン。恋愛ってのは自由であるべきだ」
モルガンさんとハマーさんには心配されたり、
「……いや、別に」
ラスロに何か言いたそうな目を向けられたり。
ギャスパーさんとトン、テン、カン、の子どもトリオには何も言われなかったけど……。
勘違いされていちいち訂正するのが大変だった……!!
セレにまでヤキモチ妬かれてずっとすり寄られているんだから! これは嬉しいけど!!
当の本人セルジュはまたしても仕事をたくさん入れているのかクランにほとんど戻ってこないし、私が全部説明する羽目になって、も〜〜〜っ!
中にはわかっててからかってくる人もいたから余計に厄介。本気で勘違いしている人より厄介だったよ、トウルさんっ!
必死の説明の甲斐あってみんなの誤解は解けたものの、今度は時々からかわれるようになっちゃったんだよね。
これ、ずーっと言われ続けるやつだ。いいもん、強く生きるもん。
「ルリさん、今日お時間ありますか?」
「スィさん? はい、ありますけど……」
「それは良かった!」
セレのブラッシングを終え、夕食のメニューでも考えようかなと思っていたところへスィさんに声をかけられる。
急ぎの予定はないので返事をした瞬間、スィさんは笑顔で手を差し出してきた。えーっと?
「行きたいところがあるのです。一緒に来てもらえませんか?」
「行きたいところ、ですか?」
「はい。それとも僕とデートは嫌ですか?」
「デッ、デートって……!」
私が慌てると、スィさんはクスクス笑う。くっ、からかわれた。
「嫌じゃないです! ぜひ行きましょう!」
「ふふ、ありがとうございます。では早速、向かいましょう」
「あの、結局どこへ……」
「すみませんが少し急ぎます。まぁ、行けばわかりますから」
スィさんの手に私の手を乗せるとグイッと引っ張られ、あれよあれよという間に外に出てきてしまった。
線が細いのに、スィさんってば結構力があるぅ!
いやいや、そうじゃなくて。
も、もう少しなんか、こう、説明とかほしいですよぉ! あーっ!
こうして連れられてきたのは……おしゃれなカフェ?
言われるがままにテーブル席へと案内され、今は紅茶をいただいています。
「もう少しお待ちくださいね。時間までまだありますから今のうちにご説明します」
「なにがなにやらわかりませんが、はい。よろしくお願いします」
「まず、今日はこちらに三名の女性がいらっしゃいます」
「三名、ですか。スィさんのお知り合いで?」
「以前少しご挨拶したくらいですかね」
んー、話の意図が掴めない。
私もつれてきたということは、その三人の女性を私に紹介したい、みたいなことかな?
……あっ! もしかして!
「クランの食堂でお手伝いしてくれる方、ですか?」
「正解です! 見る目をお使いになられましたか?」
「いえ、自分で考えました!」
「なんと、鋭いですね。ルリさんはやはり頭のいい方です」
そんな大げさな。スィさんは褒め上手だなぁ。……えへへ。
しばらくすると、店員さんに案内されながら三人の女性がこちらに向かってくるのが見えた。あの人たちで間違いなさそう。
だけど、なんかものすごく緊張した様子だなぁ。いや、そんな言い方は生温い。
お、怯えてない……?
「やぁ、お待ちしていましたよ、みなさん」
テーブルの近くまで来た女性たちにスィさんが声をかけながら微笑みを向けると、彼女たちは一斉にガタガタ震えだした。涙目の人もいる。
間違いなく怖がってるよ!? なんで!?
「お、遅れて申し訳ありませんっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「どうか、どうかお許しを……!」
「やだな、皆さん。僕たちがはやく来すぎただけですよ。ほら座って、座って」
もはやスィさんの言葉なんて聞こえていない感じあるよ?
いや、椅子に座ってくれているから聞いてはいるのだろうけど……震えすぎて椅子がガタガタいってる。
なんかかわいそうになってきた!
「スィさん、彼女たちに何したんですか!?」
「心外ですね。何もしてませんよ。ただ、うちのクランで少しお仕事しませんか、と勧誘しただけです」
「勧誘しただけで普通、こんなふうになります? 一体、どんな勧誘のしかたを……はっ、もしかしてごちゃまぜな工具どもというだけでこんなに怯えているとか……?」
恐る恐る彼女たちのほうに視線を向けるも、誰も目を合わせようとはせずひたすら俯いている。
【彼女たちはクラン自体を怖がっています】
あーっ! やっぱりー!!
だからメンバーのスィさんの勧誘を断れなかったとか?
あり得る。スィさんの微笑みだけで怖がるなんて重症だぁ……。
「僕らの噂もいろいろありますからねぇ。顔が怖いのが集まっていますし、実際トウルなんかいちいち雑で乱暴に見えますし。誤解される要素が満載で、悩みの種ですよ」
やれやれ、と言いながら肩をすくめるスィさんに同情しかけていると。
【彼の容赦のない交渉術も人々から恐れられています】
えっ。
ついでにミルメちゃんはスィさんが普段どんなふうに交渉を進めているか、いくつか例を挙げて教えてくれた。
悪いことは一切してないし、基本的には正論。相手より自分たちのほうがほんの少し得するような、絶妙なラインを責める交渉術。
それがまたなんというか、絶対に断れないやり方というか、そこはかとなーく嫌な感情が相手に残る方法とか……。
スィさん、この人は絶対に敵に回しちゃいけない人だね? ひょっとするとクランのメンバーで一番恐ろしい人かも。
思わず女性たちと一緒にふるりと体を震わせちゃったよ。
いやいや、私がそんなんじゃだめだよね!
せっかく私のために人員を見つけてくれたわけだし、私としても女の子の友達が作りたい!
まずは彼女たちの恐怖を取り除いてあげなきゃ!




