24 知らないというのは恐ろしい
セルジュとともに教会の外に出ると、明るい太陽の日差しがやけに眩しく感じた。
教会の中もそれなりに明るかったけど、外はもっと明るかったみたい。うぅ、目が眩む。
「ルリ、腕を掴むといい」
「え?」
「先ほどもよろけていただろう。転ぶと危ない」
改めて言われると恥ずかしい。私、やんちゃな子どもみたいだね……。
セルジュにからかう気が微塵もないのがわかるから余計にいたたまれない。
運動不足なのかな。これからはもう少し動く時間を作ろう、そうしよう。
それはともかく、今は腕を差し出してくれるセルジュに甘えておこうと思います!
「え、と。ありがとうございます」
「ああ」
こういうエスコートってまだ慣れないな。トウルさんもさらっとエスコートしてくれるし、この世界では割と当たり前の感覚なのだろうけど。
たぶん、いちいち照れる私のほうがお子様になるんだと思う。
慣れろ、慣れろ。これはただの親切だからねっ。
「それで? これからどこに行くつもりなんだ?」
「そうですね……。案内したいところなのですが、私はまだこの町のことに詳しくないので、結局セルジュに案内してもらうことになりそうなんですよね」
あはは、と笑いながら少し誤魔化す。
忘れてないよ! 今日の目的のもう一つはセルジュに休日の楽しみ方を教えることだって。
本当は一人でしっかり町を見て回って、調査する時間がほしかったところだけど……そうも言っていられないので素直にセルジュにも頼ることにします。
「どこかに公園のようなものはありますか?」
「コウエン、とはなんだ?」
噓でしょ? 公園を知らないなんてことある!?
いやいや、ここは異世界。公園という単語がないだけかも。
「えーっと。自然豊かで、座って休めるようにベンチがあったり、木陰があったりするような場所です。あとは景色が良くて散歩しやすいところとか」
「ふむ……」
言い方を変えると、セルジュは顎に手を当てて少し考えてくれた。よかった、そういう場所自体はあるっぽい。
その後、セルジュは何か思いついたように口を開いた。
「ベンチはないが、四季折々の花が楽しめる広場ならある。だがそこは……」
「いいですね! そこに行きましょう!」
「……まぁ、ルリがいいなら構わないが」
どことなく歯切れの悪い言い方だった気がしないでもないけど、花が楽しめる広場なんて絶対に素敵な場所に決まってる!
ミルメちゃんも、四季折々の花が咲き誇るこの町の名所があるって説明してくれたし問題ないでしょ!
お花を見て心癒される体験をしたら、セルジュにも休日に心を休める良さを知ってもらえるかも。
何より私が行きたい!
そんな思いが先に立ってしまい、私は掴んでいたセルジュの腕をぐいぐい引っ張る形で歩を進めた。
あ、そんな呆れたような目をしないでよ、セルジュ!
「わぁ、綺麗な場所! この町にこんなに素敵な場所があったなんて。もっと早くに知りたかったなぁ」
花の広場は想像以上に素敵な場所だった。
散歩しやすいように歩道が整備されているし、場所によって植わっている花も違って見ごたえがある。
なんというか、植物園って感じ。
誰かが丁寧に整備しているんだろうな。大切にされているのがわかる。町の名所と呼ばれるだけあるよ。
「セルジュはここに来たことありますか?」
「いや、初めてきた」
「この町に住んでいるのに?」
「ああ、まぁ……」
もったいない! せっかく近くにこんな癒しスポットがあるというのに。
でもこれで癒される感覚がわかってもらえたかな? そう思ってセルジュを見上げると、どことなく気まずそうな表情を浮かべていた。
「もしかして、あまり来たくなかった場所ですか?」
「いやっ、そんなことはない。花々は素晴らしいし、気持ちが落ち着く感覚も覚えた。だが……」
「だが?」
またしてもお節介が先走っちゃったかな、と思って不安になったけど、行きたくなかったというわけではなさそう。
んー、それならなんでこんなに居心地悪そうなんだろう。セルジュの言葉に嘘はないのはわかるけど、やっぱり気まずそうなんだよね。
この広場には特殊な何かがあるのかな? そうはいっても別におかしなところは見当たらない。
散歩している人たちもみんな幸せそうで平和そのもの……ん? あれ?
「……恋人同士で来ている人たちが多いっぽい、ですね?」
「……ここは有名なデートスポットというやつだからな」
「先に言ってくださいよ、そういうことは!!」
ひえぇ、恋人たちの聖地ってことぉ!?
一気に体温が上昇して、顔が真っ赤になってるのがわかる。
うわぁ、まるで私がセルジュをデートに誘ったみたいじゃない! 恥ずかしすぎる!!
「いや、ルリにそういう意図がないことはわかっていた。むしろ私のほうがまるで騙し討ちのようにルリを連れてきてしまって申し訳ない気持ちだ。すまない、なかなか言い出せなくて」
「うぅ、これはどちらも悪くないやつですぅ……」
責めるに責められない。というか、私がちゃんと説明も聞かずに引っ張ってしまったのが絶対に悪い。ごめんなさい。
「気にしたって仕方ない。切り替えよう。せっかく来たんだしな。それに実を言うと、この広場の奥がどうなっているのか気にはなっていた」
セルジュったら、もう全然恥ずかしがってないね?
私だけがこんなに大慌てで、ちょっと冷静になってきたかも。
うん、今更気にしたって仕方ないよね。
そもそも、恋人同士じゃなきゃ来てはいけないなんてルールがあるわけでもないんだし、私たちはなにも悪くない。開き直ろう!
「そうですね! 引き返すのももったいないですし、せっかくだからゆっくり見て回りましょう!」
「ああ、そうだな」
本当に素敵な花の広場なんだもん。楽しまなきゃ損だよね!
私たちは気を取り直して、進むたびに違う花に出会える楽しみを味わいながらゆったりとした時間を楽しんだ。
……楽しんではいるんだけど。
「さっきから注目されてません? ひょっとしてセルジュ、町の有名人だったりします?」
どうも周囲の人たちがこちらを見ている気がするんだよね。ちくちくと視線が刺さる。
私が注目されるわけがないので、原因は間違いなくセルジュだろう。
そう思って質問すると。
「有名人かはわからないが……王城で勤めていた期間がそれなりに長いからな。私を知る者は多いかもしれない」
「それは絶対に多いですよ。特に女性たちからの熱い視線が多いです。セルジュはモテるんですね?」
「女性から声をかけられることはないぞ。見合いの申し出の手紙は多く届いたが」
「モテモテじゃないですか」
無暗に声をかけられたことがないのは、遠い存在すぎて話しかけられないとか、たぶんそういうのだと思う。
よくよく見なくてもセルジュは精悍な顔立ちをしているし、隠れファンが多くてもなんの不思議もない。
つまりこの視線の正体は「あのセルジュ様に女性の影が!?」的な奴なのでは?
冷や汗を流しつつ、ぽつりと本音がこぼれる。
「私、セルジュのファンの女性から恨まれそう」
「そんなわけがあるか。もしそうだとしても、私が傍にいる間は必ず守る。安心してくれ」
そういう発言が余計に敵を作るんだよ! 女の嫉妬って怖いんだよ!?
昔は私もそういうのに疎かったけど、大学で香苗に会っていろいろ説明してもらったおかげで学んだんだから!
ひぃん、異世界に転生してもそういうごたごたに巻き込まれるのはいやだよ~! 知らないままのほうが幸せだったかも!
セルジュに悪気が一切なく、大真面目なのがまたお困りポイントだよね……。むむむ、どうしようかな。
そんな時、空気を読まない救世主が現れた。
「あーーーっ! セルジュのやつ! 俺らのルリちゃんとなに二人でデートスポットに来てんだよ!」
「うわぁぁぁ! 抜け駆け! 抜け駆けずるい! 許せねぇぜぇ!!」
花の広場の出入り口付近で叫んでいるのは……ウォンさんとテッドさんだーっ!!
二人はなにやら騒ぎながら猛ダッシュで来てくれた。二人同時にずっと喋っているから何を言っているのかは聞き取れなかったけど……なにはともあれ!
「ウォンさん、テッドさん! よろしければお二人も一緒に見て回りませんか?」
「うぇっ!?」
「ひょえっ!?」
え、なんでそんな驚いた声を上げるの……? まるで、そんなこと言われるとは思ってなかった、みたいに。
「ルリはこの場所がデートスポットと呼ばれていることを知らずに私を連れてきてくれたんだ。私としても二人が一緒にいてくれたほうが助かる」
「へ……」
「ほ……」
だから! なんでそんなに以外そうな反応をするのっ!?
でも二人のおかげで周囲の人たちの目が和らいだ気がする。なんだ、クランの関係者だったのね、みたいに思ってもらえたら万々歳だ。
は〜〜〜助かった!
私みたいなただの小娘が恋人と間違われるなんて、セルジュに失礼すぎるからね。
「俺たち、人助けできたのか……?」
「お、おう。求められたのは初めてだぜぇ……」
ウォンさんとテッドさんの二人は相変わらずきょとんとしていたけど、すぐに切り替えて一緒に花の広場を見て回ってくれた。
かなり賑やかになったけど、これはこれで楽しいよね! セルジュも私と二人の時よりリラックスしているように見えるし。
やっぱりこういうのって場所じゃなくて誰と来るかが重要なのかもしれないな。気を遣わせちゃったし。
今後は私が案内するんじゃなくて、気の合う誰かと広場に行ったり飲みに行ったりすることをお勧めしてあげようっと!




