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2 見る目のない私


 ~数カ月前~


 私には、絶望的に見る目がなかった。


「ええっ、二十万振り込んだぁ!?」

「ちょ、香苗っ、声が大きいよ」


 朝、親友の香苗と大学の構内を歩いている時、昨日会ったことを話したらものすごい反応をされてしまって、思わず人差し指を口の前で立てる。


 待って、違うの。これにはとても深刻な事情があったんだから!


「だってね? 上坂くんったらすごく不運が重なっていたんだもん。お母さんが難病で入院してて、今度は妹さんまで事故に遭っちゃったんだよ? 勉強の合間を縫って必死でバイトして入院費を稼いで、母親と妹のどちらかしか治療を続けられないなんて言われたら……」

「バカ瑠璃。ぜーんぶ嘘に決まってるでしょ!」

「ええっ!? そんなはず……」

「ほら、見てみな」


 親友の香苗に言われて顔を上げると、指し示した先には上坂くんの姿が。

 なにやら男友達と楽しそうに会話しながら歩いてる。


「そんな不運な男はあんな風に楽しそうに笑ってない。瑠璃のことは金ヅルとでも思ってんでしょ。目を覚ましなよ。あいつはクズなの!」

「あ、あえて明るく振舞っているのかも。それに上坂くん、瑠璃みたいな素敵な女の子は他にいないから付き合ってほしいって三日前に……」

「まさかオーケーしたの!?」

「う、ううん。考えさせてって言ったけど……」

「あんなの、お断り一択でしょ!? でもまぁ、付き合うことになってなくてよかったよ」


 香苗はそう言うけど、私は好意を向けられて純粋に嬉しかったんだけどな。


 次に会った時にはお願いしますって言おうと思って、取り急ぎお金を彼の口座に入金して……。

 今日はちゃんと振り込めていたか確認をしようって、その時に返事しようと思っていたんだけど。


「はぁ……ごめん、瑠璃。見守ってあげようと思ってはいたんだけどさ、もう黙ってらんないよ。あのね、上坂は女癖が悪いことで有名なの。同時に複数人の女の子に手を出してたり、ヤれないとわかるとあからさまに機嫌が悪くなったり」

「やれないって、何を?」

「嘘でしょ……女子大生でそれって、絶滅危惧種? え、えーと。とりあえず、浮気ばっかりしてるクズ野郎ってことよ!」


 浮気か……それは、ダメだよね。うん、よくない。


「でも、それって噂でしょう? 上坂くんはすごく優しいよ。私、嫌なことされたり言われたりしたことないもん。むしろ色々と助けてくれるよ」

「落とそうと思ってる女の子の前でいい顔してるだけだよ、それは!」


 えぇ? そうなのかなぁ。でも、噂を鵜呑みにするのはよくないし、私は自分の目で見たものを信じたいよ。

 私がそう言うと、香苗は大きくため息を吐いた。


「いい? 瑠璃。まずね、良識のある人はどれだけ困っていても友達からそんな大金を借りようとしたりしないの」

「そんな! 上坂くんは貸してほしいなんて言ってないよ? 私が自分から……」

「そう言わせる手口なのっ! そもそも、そのお金だって瑠璃が頑張って稼いだお金でしょ? どうして恋人でもない人にそこまで貢げるのよ!」

「こ、困っている人には手を差し伸べなさいって言われて育ってきたから。私自身、施設育ちだから助け合うのが当たり前っていうか」


 私には両親がいない。赤ん坊の頃から施設で育ってきたから、普通の家族というものを知らないんだよね。

 でも別にそれで困ったことはない。施設の先生たちはみんな厳しくも優しかったし、同じ施設の子とは兄弟姉妹みたいに仲良しだったしね。


 まぁ、その兄弟姉妹のように思っていた子たちにも何度か騙されたことはあるけど。


 でも、それは寂しさからだと思うんだ。

 私だって本当の家族がいたら、って寂しく思ったことは何度もあるし。それで人に当たりたくなる子だっていると思う。


 それにお金を稼ぐのは嫌いじゃない。

 ホテルのキッチンバイトは調理スキルも磨けるし、ハードな仕事だけどまかないがすごくおいしい。私が作ったまかないも褒めてもらえることがあってやりがいもある。

 手作りのアクセサリーはありがたいことに好評で高く売れるし、裕福なお家の家庭教師もさせてもらったり、貴重な体験をたくさんさせてもらえてる。


 私一人で生活する分には余裕がある程度には稼げているから、困っている人がいたらどうしても助けたくなっちゃうんだもん。


 何より、私が人を信じたいんだ。


「もう、お人好しすぎる……あたしはもう、瑠璃が傷つくのを見たくないよ」


 けど、香苗は適当な嘘を吐く人じゃない。これまでも色んな人に騙されてきた私を、何度も助けてくれて、本気で叱ってくれる貴重な親友だ。


 呆れて離れていく人も多いのに、香苗だけはずっと側にいてくれている。しょうもない噂に振り回されず、裏取りをした上で情報を教えてくれるしっかり者なのだ。


 つまり、信じたいからってあれこれ言い訳を考えている私がたぶん間違っていて、香苗の言っていることが事実なのだろう。


「ごめん、ありがとう香苗。私のこと、心配してくれたんだよね?」


 あーあ。親友にここまで心配させて、手間をかけさせて、私ったら何をやってるんだろう。


 ほんと、見る目がなさすぎるよね。わかってる。


「やっぱり私、上坂くんに騙されてたってこと、だよね?」

「うん。間違いなく」

「そっかぁ……はぁ、どうしてこんなに見る目がないんだろう」

「瑠璃って、自覚がないだけでもっとたくさん騙されてそう。心配だよ、あたしは」


 わ、私だって騙されたくて騙されているわけじゃないよ。優しそうだなって人にしか近寄らないし、怖そうな人からは距離を取ってるし。


「瑠璃はさ、頭も良いし手先も器用。基本的になんでもそつなくこなせて、おまけにこーんなにかわいいのに。人を見る目だけが壊滅的にないよね」

「見る目がないのはたしかだけど、それ以外もそんなにすごくないよ」

「自覚もなし、と。ま、男女関係については初心すぎるのが功を奏してるからまだいいか。でもそろそろ酷い目に遭いそうでマジ心配。付き合う男は事前に相談してよ!?」

「わ、わかったよ」


 ちょっと前まで上坂くんに良い返事をしようと思っていただけにドキッとしてしまう。

 でもそれ以外は香苗の言ったこと、ちゃんと守ってるからきっと大丈夫。


 すぐに連絡先を聞いてくる男には教えない、二人きりにならない、身体を触らせない。

 それで不機嫌になったり離れていく男からは距離を取る、だったかな。


 上坂くんはそんなこともなく、たくさんお話してゆっくり仲良くなっていたと思ったんだけど……。

 香苗曰く、そこまで時間をかけていたならそう簡単に諦めたりしないかも、だそう。


「しばらくは一人で行動しないほうがいいかもね。あいつまた瑠璃に近づくかも」

「大丈夫だよ。私だってさすがにもう近寄らないから」

「向こうから近づいてくるんだよ! もう! 瑠璃はもっと自分のかわいさを自覚するべきだよ!」

「かわいさ? ないよー。だって、結局は上坂くんもお金が目当てだったんでしょ?」

「ぐ、ぬぬ……この天然ちゃんめぇ」


 天然じゃないもん。


 だけど、私は事態を甘く見ていた。

 ちゃんと頼りになる親友の忠告を聞いておくべきだったのだ──


「なぁ、だめか? 俺、瑠璃のことが本気で好きなんだ」

「ごめんなさい! お付き合いはできません!」


 バイトが終わってアパートに帰ろうとした時、バイト先で上坂くんが待ち伏せしていて。

 香苗との話を聞いて怖くなった私は、改まった態度でもう一度告白してきた上坂くんの告白をきちんと断った。


 だというのに、上坂くんは諦めた様子を見せず、帰ろうとする私の後を追ってくる。

 歩道橋の階段を上ると、後ろからも階段を上る音がついてきた。


 うぅ、どんどん怖くなってきた……!


「おいっ、これまで優しくしてやったろ? それに俺は、えと、その。そう! 死期の近い母さんのために、恋人に会わせてやりたいんだよ!」

「えっ、お母さんそんなに悪いの……?」


 もう彼の話は何も信じない、そう思っていたのに、お母さんの具合が悪いと聞いてつい足を止めてしまう。


 でも、それがよくなかった。

 止まった瞬間、上坂くんが私の腕を掴んできたのだ。


「痛っ、や、離してっ」

「ちょ、暴れん……痛ぇ!」


 腕を振り払おうとしただけだった。

 私の手が上坂くんの顔に当たってしまって、それに腹を立てたのかその倍以上の力で頰を叩かれてしまった。


 じんじんと左頬が痛んだと同時に、感じたのは浮遊感。


「あ」


 上坂くんが驚いたような顔をしたのが見えた。


「っ、う」


 私は、身体を打ち付けながら歩道橋の階段から落ちていく。


「おっ、俺はなんも悪くねぇ……! お前が勝手に落ちたんだからな!!」


 最後に聞こえてきたのは、上坂くんのそんな悲しい言葉だった。


 ◇


「——というのが、あなたが命を落とした経緯。どう、思い出した?」

「お、お、思い出しましたぁ……!!」


 そして、私は真っ白な空間で「とある世界の神」だと名乗る光の玉と会話をすることとなったのだ。


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