19 素敵な贈り物の数々
セレは再び白猫の姿になると、ぴょんとジャンプして私の肩の上に乗ってきた。
「わわっ、と。あれ? すごく軽い」
さっき抱っこしていた時はそれなりの重さを感じたのに、今はほとんど重さを感じない。まるでふわふわのマフラーを巻いているかのよう。
不思議に思っていると、トウルさんが教えてくれた。
「言ったろ。セレは光と風の魔法が使える。風で自分の体重を軽くしてんだよ」
「へぇ、すごい! これならずっと肩に乗っていても平気だよ!」
「にゃっ」
気遣いのできる猫、かわいくて賢い!
セレが頭を私の頬にすりすりしてきたのを堪能していると、屋敷の奥からモルガンさんがやってきた。
「帰ってきたんだな。具合はどうだ」
「おかげさまで、ゆっくり休んで今は元気いっぱいです!」
「ははっ、そりゃよかった」
モルガンさんはなんていうか、ずっと笑顔だ。しかめ面でいることが多いので珍しくて首を傾げてしまう。
けど、その笑顔の理由は次に続いた言葉ですぐにわかった。
「部屋、できてんぞ。期せずして丸一日作業日が増えたからな。色んなヤツが自分も歓迎の贈り物するってんでなかなか豪華になってるぜ」
「えっ、ええっ!?」
「ボクたちも贈り物したよー!」
「えっ、メディたちも?」
「俺らも! 俺らも!」
「ウォンさん、テッドさんまで!」
さらにハマーさんや、今この場にはいない他の方々も、クランのメンバーは全員なにか贈り物をしてくれたのだとか。
はわわわ、い、いいのかな? いいのかな!?
「当然、リーダーである俺も飛び切りのを用意したぜ。ほら、さっさと部屋を見に行ってみな」
「は、はい!」
胸がすごくドキドキしてる。まだ部屋を見てはいないけど、クランの皆さんが歓迎してくれてるんだってことがわかって、それだけで胸がいっぱいっていうか。
バスルームの使い方を説明するからと、部屋にはモルガンさんがついてきてくれた。
私の後ろからはメディとサンディ、それからウォンさんとテッドさんもついてきている。
ついていきたい気持ち、わかるなー。
贈り物って、渡した時に相手がどんな反応をするのか見たいものだよね!
六人というやや多い人数でやってきた私の部屋。すごい。まだドアを開ける前からすでにすごかった。
だってこのドア、前に見た時よりも豪華になってるんだもん。木彫りの模様がおしゃれだし、ドアノブも金色でやたらと高級感が漂っている。
「このドアはギャスパーっていううちの博士が作ったもんだ。ちと俺の合図と一緒にドアノブを握ってくれ」
「え、と。こうですか?」
言われるがままモルガンさんの合図でドアのノブを握ると、一瞬だけドア全体が白く光った。わわっ、何!? 魔法!?
「よし。これでお前の魔力が登録された。部屋を出るときにもドアノブを握るとロックされる。入るときは普通にドアノブ握って入りゃいい」
言われた通りもう一度ドアノブを握ってみると、今度はほわっと優しく光った。これで鍵がかかったってことかな?
「試しにウォン、ドアノブ握ってみろ」
「よぉし、お、おぉあああああっ!?」
「ウォンさんっ!?」
ウォンさんがロックのかかったドアノブを握ると、急に叫びながらその場に座り込んでしまった。
え? 何が起きたの!?
「この通り、ルリ以外がロックされたドアノブを掴むと軽い電流が走る」
「モルガンてめぇ! 先に言っておけよ、ばかやろぉ!!」
「ひえぇ……」
座り込んだウォンさんが半泣きで叫んでいる。
よっぽど痛かったんだろうな。なんだか申し訳ない。
「別に命にかかわる罠じゃねぇだろ。しばらくうまく動けなくなるだけだ」
「く、くそ、た、立てねぇ……テッド、て、手を貸してくれぇ」
べ、別に実演までしなくてもよかったのに。というかこれ、誰か用があって来た時には大変なことになるんじゃ?
「罠が作動したときは、クランのあちこちにある警戒ランプが点く。罠にかかったやつが逃げる前に誰かがかけつけるだろうよ」
「なんでそこまで!?」
「クランのセキュリティーも別に甘くはないが、念のための防犯だ。ちなみに俺は防犯設備を頼んだだけだぞ。面白そうだからと罠をしかけたのはギャスパーだ」
ギャスパーさん、話を聞いただけで曲者なのが伝わったよ。
ただこの防犯ドアノブ、内側からなら罠の解除もできるみたい。部屋の中にスイッチがあるんだって。それを聞いて安心した。
ちなみに、ちゃんと普通のカギもついている模様。……それだけで十分だったのでは? と思わなくもない。
「じゃ、次は部屋ん中だ。ルリ、開けてくれ」
「はい!」
そうだった、まだ部屋の中にすら入っていないんだった。
ドキドキしながらドアを開けると、これはあの時に見た私の部屋と同じ部屋なの? と疑いたくなるほどの豪華な室内が目に飛び込んできた。
「わぁぁ……!」
そんな声しか出せないほど、なんていうかもう、いろいろとすごいことになってる!
まず、床板や壁紙、天井まですべてがきれいに張り替えられている。
天井と壁紙は飽きのこないベージュで、壁紙はよく見ると草花の模様が描かれていて上品な印象だ。
床板は白い木材を使っているのかな。なめらかで裸足でも心地よく歩けちゃいそう。
「このかわいいラグマットはボクたちからの贈り物だよ!」
「そうなの? すっごくかわいい! 本当にありがとう、メディ、サンディ」
ベッドの近くに敷かれた小花柄の淡いピンクのラグマットは本当にかわいくてすでにお気に入りになっちゃった。
お礼を言うと、二人とも嬉しそうにどういたしまして、と声を合わせて言ってくれた。
「この花瓶は俺だぜ!」
「この花は俺だぁ!!」
ベッド脇にあるチェストの上にあるガラスでできているっぽい花瓶と花を指し示しながらウォンさんとテッドさんがそう言ってくれた。
「お前らの懐具合が知れるな」
「「うっ」」
そうだった、お二人とも金欠だって言ってた気がする!
それなのにこうして贈り物をしてくれたんだ……。
「ウォンさん、テッドさん、とっても嬉しいです! ありがとうございます!」
「ルリちゃん、優しすぎるぜ……」
「天使のようだぜぇ……」
大げさな。うれしい気持ちは本当だから、お礼を言うのは当然です。
他にもクローゼットや鏡台、本棚まであって、本当にこの部屋に住んでいいの? という気持ち。
家具のほとんどはトウルさんが用意してくれたのだとか。
統一感のあるシンプルでおしゃれな品の数々……! センスがいいなぁ。これは着替えを覗かれた件も水に流せるよ。
カーテンやタオル、本棚に入っている何冊かの本や、明かりの魔道具など。
それらをクランのメンバーが贈ってくれたみたい。
これは直接会う機会があったらお礼を言わなくちゃね!
「で、一番の見どころがここだ」
「バスルーム! わぁぁっ、綺麗! 広い!」
モルガンさんが最後に案内してくれたのは、最初に造ると言ってくれていたバスルームだった。
水切れのしやすいタイル、明るい浴室、広い浴槽。
これはうれしい!
それだけでなく、バスルームの隣にあるドアを開けると、私専用のトイレまで!
自動洗浄機能のついた魔道具を使用しているとかで、軽い掃除だけで常に清潔に保ってくれるんだって。魔法すごい!
っていうか、これだけの工事……ものすごくお金がかかったのでは。
お礼とかお詫びの範疇を超えている気がするんだけど?
「お前、さてはいくらかかったんだろうとか考えてんだろ」
「なんでわかったんですか!?」
脳内を読まれた! まるでミルメちゃん並みの鋭さ!
私が慌てて振り返ると、モルガンさんはぶはっと噴き出して笑った。
「顔に全部出てるからな」
うわ、恥ずかしい……! 見ればメディとサンディ、ウォンさんとテッドさんも生温い眼差しでこちらを見ている。そんなにわかりやすいんだ、私……?
「ま、たしかに費用はそれなりにかかったが。誰もお前にいくらか出せなんて言わねぇし、見返りも求めてねぇよ」
「それはそれで困っちゃいますよ。私が気にしますぅ」
「だろうな。だから」
モルガンさんはそこで一度言葉を切ると、腕を組んで壁に寄りかかりながらこちらを見てにやりと悪い笑みを浮かべた。
「身体で払ってもらわねぇとな。クランのためになるような仕事、これから期待してるぞ」
「は、はいぃ……」
タダより高いものはない、とはこのことかな?
うぅ、でもせっかくこんなにも居心地のいい空間を皆さんに作ってもらったんだもん。なにがなんでもがんばらなきゃ!
「モルガン、な~んかその言い方さ、エロい」
「んなっ」
「ほんとー。エロいよねー! モルガンのエロじじー!」
私が張り切っているその後ろで、メディとサンディがモルガンさんに対して年ごろっぽい絡み方をしている。
お前ら、と言いつつ睨むだけで済ますところが、モルガンさんも大人だよね。
「やーい、やーい! 変態!」
「モルガンの変態ぃ!!」
「お前らは許せねぇ」
「「痛ぇ!! なんで!?」」
でも、悪ノリしてきたウォンさんとテッドさんには怒りのゲンコツが二人の頭に降ってきた。
す、すっごい音がしたよね、今。
「いい大人がこいつらと同じ目線でくだらねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
ゲンコツの有無はたぶん、大人だから、だろうね。
けど、痛がる二人を見てメディとサンディがからかうのをピタリと止めたから双子への効果もあったかもしれない。
「「大人ってつらい!!」」
その気持ちはわかるけど、ウォンさんとテッドさんってつくづく間が悪いところがあって不憫だな、なんて思ったり。
余計な一言をなくせばだいぶ過ごしやすくなると思うよ……?