18 もふもふは幸せを感じさせてくれる
私は今、すごく戸惑っています。
なぜなら、目の前に全身真っ黒な不審人物が立っているから。
「迎えに来た」
「えーっと……」
真っ黒なローブを着て、フードまで被っているからよく見えないけど……綺麗な紫色の髪をしているのが隙間からチラッと見える。
さらに黒いマフラーを巻いて口元が隠れているからか、朱色の瞳がやけに印象的だ。
というか、眼光が鋭すぎる。三白眼っていうのかな? ちょっと人を寄せ付けない雰囲気のある人だ。
それでも私が冷静でいられるのは、ミルメちゃんのおかげ。
【クランの仲間です。信用して大丈夫です】
ミルメちゃんのこと、全面的に信用してるからね!
とはいえ、迎えに来たと言ったきり何も言わずにただドアの前に佇んでいるのでどうしたらいいのかわからない。
クランの人だってことはわかったけど……正直、見覚えはないから余計にどう接したらいいのかわからないというか。
ミルメちゃんに名前を聞いておこうかな、と考えていた時、彼のフードの中から真っ白なふわふわがひょこっと飛び出した。
「にゃぁ」
「! 猫ちゃん?」
尻尾が長く、虎柄で、ちょっぴりずんぐりとした身体。なんでそんなとこから……というか!
か、か、かわいいっ!!
「真っ白だぁ! かわいい〜!」
うっとり見つめてたら声にも出ちゃった。
すると、猫ちゃんは彼の肩からピョンと飛び降り、するりと私の足に擦り寄ってきた。
はわぁ! な、撫でてもいいかな?
その場にしゃがみこみ、猫ちゃんのほうにそっと手を出すと、今度は手に擦り寄ってきてくれる。ふわふわぁ! 幸せぇ!!
「人懐っこい子ですね! 貴方の猫ですか?」
猫ちゃんを撫でつつ見上げながら訪ねると、彼は驚いたようにその朱色の目を丸くしていた。
「あ、あの……?」
「セレは人に懐かない。触れることを許すのは、俺とトウルくらいだ」
「そうなの? こんなに人懐っこいのに?」
首を傾げて問い返すも、彼は無言のままだ。
か、会話が続かない……!
気まずいなぁ、なんて思いながら立ち上がると、彼が急にスッと手を出して私が持っていた荷物を流れるように取った。
「荷物。持つ」
「え、あ、ありがとうございます」
戸惑いながらお礼を言うと、猫ちゃんがぴょんと私の腕の中に跳んできたので慌てて抱き止める。
「お礼はいい。セレが迷惑かける」
「いえいえ! こちらこそ、もふもふできて幸せなので! 君、セレっていうんだね」
「にゃぁ!」
セレはまるで返事をするように一つ鳴き声を上げると私の腕の中で大人しくなった。
猫ちゃんを抱っこできて幸せすぎるんだけど、自分で荷物を持ちますって言えなくなっちゃったな……。なんだかごめんなさい。
もふもふと温かさを感じながら治療院の出口まで向かう途中、お世話になったカトリーヌさんに何度もお礼を言った。
病気やケガがなくても、いつでもおいでと言ってくれて本当にありがたい。女性にしか相談できないこととか、あるもんね! ぜひ頼らせてもらいたいな。
っと、まだ挨拶しているというのに彼はすでに治療院の外に出てしまっている。ま、待ってー!
「ったく、気遣いって言葉を知らないのかねぇ。焦らなくても大丈夫さ。目つきだけで人を殺しそうに見えるけど悪いヤツじゃないんだ。外で待ってるだろうよ」
カトリーヌさんはやれやれといった様子で腰に手を当ててそんなことを言う。やっぱり彼とも顔見知りみたいだね。
とはいえ、荷物を持ってもらっている上、セレを私が抱っこしている以上、待たせてしまうのも申し訳ない。
私は最後にもう一度カトリーヌさんに頭を下げ、慌てて治療院を後にした。
「来たか」
ドアの外に出てすぐ、知らない声が頭上から聞こえてくる。
パッと顔を上げると、長く赤い髪をうなじのあたりで結った、緑の瞳の男性と目が合った。
あ、この人は見覚えがある。ただクランのメンバーだというのはわかるけど、まだ名前は知らないや。
そう思っていると、タイミングよく赤い髪の男性は自ら名乗ってくれた。
「ちゃんと挨拶をするのは初めてだな。私はセルジュという者だ。トウルからの命でな、まだちゃんと挨拶してないヤツが迎えに行けとのことで、私たちが来た次第だ」
「そうだったんですね。えっと、ルリです。わざわざ迎えに来てくださりありがとうございます」
「礼は不要だ。命じられてきただけだし、それに……君とも話してみたかったからな」
どことなく生真面目な雰囲気だ。表情も硬いけど、悪い人ではなさそう。
この世界に来て最初の日に出会った騎士さんに雰囲気が似ているかもしれない。セルジュさんね、覚えておかなきゃ。
あとは。
「あの、そちらの方のお名前を聞いても?」
「お前、まだ名乗ってもいなかったのか。ちゃんとした説明もしていなかったようだし、本当に呆れたヤツだな」
私が訊ねると、本人より先にセルジュさんが眉間にシワを寄せながら口を開いた。
当の彼は今思い出したというように軽く頷くと、
「ラスロ」
と名前だけを言って再び黙ってしまった。話すのが苦手な人、なのかな?
さっきも必要なことだけを話した、って感じだったもんね。
「おい、それだけか? 言葉が足りなさすぎる。だいたいお前はいつも……」
すると、私が返事をする前にまたしてもセルジュさんが口を開く。
せ、説教が始まった……! でもラスロさんは我関せずといった様子で、なんだか暖簾に腕押し状態だ。
マイペースすぎるラスロさんに、生真面目なセルジュさん、か。
この二人、実はすごく相性が悪いんじゃない……?
説教を続けるセルジュさんとぼんやりしているラスロさんの二人を眺め続けて数分後、ようやくセルジュさんがこちらに振り向く。
「すまなかったな、ルリ嬢。余計な時間をとらせてしまった」
「いえ。あの、ルリでいいですよ? どうぞ呼び捨てにしてください」
「む、そうか。それならば私のことも呼び捨てで構わない」
「えっ、さすがに年上の方を呼び捨てにはできませんよ」
「年齢など些細な問題だ。メディとサンディも呼び捨てにしてくるからな。私は慣れている」
あー、双子が呼び捨てにするのは想像がつくかも。
私が先に自分を呼び捨てにって言い出したんだもんね。それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。
「では、お言葉に甘えて。セルジュ、これからよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく頼む。困ったことがあればいつでも声をかけてくれ」
軽く口角を上げたセルジュの微笑んだ顔は、とても優しげだ。やっぱりこの人はとても良い人なんだなって感じるよ。
モルガンさんもそうだけど、また違ったタイプの世話焼きって感じ。
「ところでルリ。妙なことを聞くかもしれないんだが……」
「はい?」
三人でクランに向かっていると、セルジュさんが言い難そうにしながら問いかけてきた。
なんだろう?
「その名は……ルリという名は、本名か?」
「本名、ですけど……」
え、なんでそんなことを? 私の脳内は疑問符でいっぱいだ。
私のそんな様子を察したのか、セルジュさんは申し訳なさそうに微笑みながら言う。
「そうか。いや、なんでもない。少し、知り合いに似ていると思っただけだ」
知り合いに? そう聞くと思い浮かぶのは、私の本当の家族のことだけど……。
私が転移してしまったのは赤ん坊の時だというし、私自身をどこかで見たことはないはず。
つまり、私と似ている家族の誰かとセルジュさんが知り合いだったりする、のかな?
……ううん、ただの推測だ。ミルメちゃんに確認すればわかるとは思うけど。
まだ、聞かないでおこう。私にはまだ心の準備ができていない。
セルジュさんの知り合いが本当に私とかかわりがあるというのなら、いつかわかる日がくるはず。
だから、その日までは。
◇
「おっかえりー! ルリ! うんうん、顔色がよさそうだね」
「メディ、ただいま。たくさん迷惑をかけちゃってごめんね?」
「いいんだよ、そんなの。きっと疲れが出ちゃったんだよね。また一緒に買い物行こうね」
「うん、もちろん」
クランに到着すると、ドアを開けてすぐメディが駆けつけてきてくれた。
近くにはサンディもいて、一緒になって嬉しそうに笑ってくれている。二人には本当にお世話になったよ。
「っていうか、ええ!? 抱っこしてるの、セレじゃん!」
「本当だ!? どうして抱っこできるの、ルリ!?」
急に双子が驚いたように叫んだ。
その声をきっかけにクランにいる人たちがみんな次々に驚きの声を上げている。
え? え? なに? そんなに大騒ぎするほどなの?
キョロキョロしながら首を傾げていると、屋敷の奥から悠々と歩いてくるリーダーが片眉を上げながら近づいてきた。
「ほぅ、セレに気に入られたのか。これはますます頼もしいもんだ」
「トウルさん。えっと、なんで皆さんそんなに驚いているんですか?」
「あ? それはな……おいセレ。こっちにこい」
わけもわからず訊ねると、トウルさんはにやりと笑ってからセレを呼んだ。
呼ばれたセレは少しの間をおいて小さく鳴き声を上げると、しぶしぶといった様子でトウルさんの下へ。
そういえばラスロさんが、セレが懐くのは自分とトウルさんだけみたいなこと言っていたっけ。
「おい、ずいぶん嫌そうじゃねぇか。そんなにルリが気に入ったか」
「にゃぁ」
「はっ、なら猫被ってねぇで、さっさと元の姿に戻りやがれ。隠したまま可愛がられようなんざ、詐欺だぜ」
え、猫と会話してるの? かわいいとこある、じゃなくて……えっ、えええっ!?
セレが、どんどん大きくなってるぅ!?
「改めて紹介しよう。ルリ、こいつはセレ。うちの看板猫、いや看板虎だ」
「虎ぁぁぁっ!?」
さっきまでもふもふの虎柄白猫だったのに、今は私の背よりも大きい真っ白な虎の姿に!
な、なんで? 魔法? どうなってるの!?
【白虎は魔獣に分類されています】
ま、魔獣? ただの虎ですらなかった?
魔、とつくぐらいだから魔法が使えるのかな。たった今、魔法を使って身体を大きくしたってことぉ?
【この白虎は光と風の属性魔法が使えます。貴女のことをとても気に入ったようです】
へぇぇぇ、よくわからないけどすごいんだね、セレ!
大きくなってすごくビックリしたけど、こちらの様子を窺いながらちらちら見てくる姿はすごくかわいい。
「えっと、セレ? まだ自己紹介してなかったよね。私はルリ。仲良くしてもらえたらうれしいな」
「! ぐるるぅ!」
「わっ、ふふっ、あはは! セレはかわいいのにかっこいいね」
「ぐるぅ♪」
大きな顔で擦り寄ってくるところは、猫っぽい。
大きいけどかわいい! もふもふは変わらず! 幸せ!
「……本当に気に入られてんな。俺が手懐けるのに一週間も戦い続けるはめになったってのに。まぁいい。ルリ、できるだけセレと一緒にいるようにしろよ」
「えっ、でもラスロさんの猫ちゃん、虎ちゃん? なのでは」
「別に俺の魔獣じゃない。トウルが連れ帰ってきたからセレに嫌がられない俺が仕方なく世話をしていただけ。あんたがやってくれるなら、助かる」
そうなの? つまり、これは私に適した仕事なのでは!
「それならよろこんで! セレ、これからよろしくね」
「ぐるるぅ!!」
「くそ、まじでただのデカい猫になってやがる。納得いかねぇ」
なんだかトウルさんがすごく悔しそうにしているけど、セレとの仲の良さに嫉妬してるのかな? ふふふっ!