17 この男、絶対に許せないとは思ったけれど
いつまでも変な顔をしたままのトウルさんを無視して、笑い声をあげるカトリーヌさんに声をかける。
「駆け付けてくれてありがとうございます、カトリーヌさん」
「いやいや、役に立ててよかったよ。いつでもトウルにがつんと言ってやるからね」
「……おい」
声をかけられたけどさらに無視して、カトリーヌさんとともに室内に戻る。
まだ熱があるんだからベッドに座ってな、と言われたので素直に腰かけた。優しさが沁みるなぁ。
「おいっ」
大きな声を出されたので今度は無視をやめてキッと睨んでみた。
そう来るとは思ってなかったのかなんなのか、トウルさんは少しだけたじろぐ様子を見せている。
私、怒ってますアピールですよ。伝わってます?
「トウル。言うことがあるんじゃないかい?」
見かねたカトリーヌさんがやれやれといった様子でトウルさんに声をかけた。
私は変わらずトウルさんを睨んだままムッとしています!
「ちっ、悪かったよ! これでいいだろ!」
いいわけないでしょ。絶対に反省してないやつぅ!
ほら、カトリーヌさんだって額に手を当てて首を横に振っているじゃん。呆れられてるよっ!
「なにが悪いか、わかってます?」
「……部屋に勝手に入ったこと、か?」
「あんた、本気で言ってんのかい」
これにはカトリーヌさんも黙っていられなかったご様子。私はというと、愕然としてしまっている。
だって! 本当に何もわかっていないだなんて!
ならば教えてあげましょう!
「まず、着替え中に無遠慮に入ってきたのが嫌でした」
「お、おう」
「次に、私は悲鳴を上げたというのにあろうことかそのまま話し続けようとしたのも」
「それは部屋に入ってきた、の内に入らねぇのか」
「トウルさんにとっては大したことはないのかもしれませんが、見られたほうにとっては大事件です。恐怖です。不快です。許せません」
「そんなにか。安心しろ、俺はすぐに忘れる」
「そういう問題ではありません。今すぐ忘れてほしいのはたしかですけど」
「わかった。すぐ忘れる。それでいいか?」
こ、この人……! 自分が悪いなんて微塵も思ってない!
私は思わずベッドから立ち上がって大きな声を上げた。
「よくないです! 私が一番許せないのは、トウルさんが! まったく! 反省していないことですっ!!」
頭に血が上ったのと、急に立ち上がったこと、それから私はまだ微熱があること。
それらが重なったせいか、急に目の前が真っ暗になった。スゥっと血の気が引いて、全身の力が入らない。
「っ、ルリ!」
トウルさんの叫び声とほぼ同時に、身体を支えられたのがわかった。目が回る感覚があってぎゅっと目を瞑る。うっ、ちょっと気持ち悪い……。
身体を支えてくれた手が私を抱き上げ、ゆっくりとベッドに寝かされたのがわかる。ふわっとしたお布団の感触にほっと息を吐き、それから数秒後。
少しずつぐるぐるする感覚が治っていって、ゆっくりと目を開けた。真剣な眼差しのトウルさんの顔が見える。ああ、ビックリした。
「大丈夫か」
「なん、とか」
「はぁ~~~……ビックリさせんな。お前、まだ熱があんじゃねぇか。なのに怒鳴るから」
「誰の、せいだと……」
どう考えてもデリカシーのないトウルさんのせいではあるんだけど、ぶり返したら元も子もないね。
いくら腹が立ったからって私も大人しくすべきでした。反省。
「気を取り直して食事を持ってくるよ。けど……食べられそうかい?」
「食べたいです! ありがとうございます、カトリーヌさん」
「いいんだよ。ならすぐに持ってくるからね」
食事の準備中だったのに私の悲鳴を聞いて駆け付けてくれたんだよね。つくづく感謝だ。
まだ少しだけくらくらするけどお腹は空いているし、ちゃんと食べて、寝て、早く回復させなきゃね。
さて。そうなると、カトリーヌさんが戻って来るまで部屋にはトウルさんと二人きりになっちゃうわけで。
「なぁ、ルリ」
ちょっと気まずいけど私はまだ怒っているので、声をかけられたってプイッとそっぽを向いておきます。ぷい。
「こんの……いい度胸じゃねぇか」
倒れたところを助けてくれたことには感謝しているけど、まだちゃんと謝ってもらってませんからね! ぷい!
さらにトウルさんが何かを言おうとした時、病室の入り口のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ルリさん、お加減はいかがですか?」
「おう、ルリ。倒れたって?」
「スィさん、モルガンさん!」
視線を向けると笑顔のスィさんと少し遠慮気味なモルガンさんの姿が! 二人きりはそろそろ厳しかったので助かる~!
「おい、ずいぶん俺と態度が違うじゃねぇか」
「ご自分の胸に手を当てて聞いてみたらいいと思います」
「ちっ」
スィさんとモルガンさんは室内に入ってくると、トウルさんと私のやり取りを見てぽかんとした表情を浮かべた。ま、気になるよね。
「……何かあったようですね?」
「ルリとなんかあったのか? トウル」
「うるせぇ」
トウルさんは不機嫌そうにそう返したけど、私は誰かに聞いてもらいたかったのでことの経緯をざっくり話して聞かせた。
うっ、迫力のあるオーラがトウルさんから放たれている、けど!
そんな目で睨んでも私は怖くないもんね! 悪いのはトウルさんだもん。
「それは完全にトウルが悪いですね」
「ルリが怒るのも当然だな」
「ですよね!? なのに、適当な謝罪だけしかしてくれないんです。だから無視してるんです」
同意してくれた二人は納得したように頷いてくれている。
「トウル……どうでもいい相手ならともかく、ルリさんに対してはきちんと相手の気持ちを尊重しなくてはいけませんよ。もう仲間なのですから」
「ただでさえ男ばっかのクランに来てくれるってんだ。リーダーがそんな調子じゃ、安心して過ごせねぇだろ」
お二人の正論が心強い!
そりゃあ私はお世話になる身ではあるけど、トウルさんが反省もせずまた同じようなことを起こすというのなら……残念だけどクランにはいられないのはたしかだよ。
ミルメちゃんがいくら信用できると言ってくれたとしても、悪気なくあんなことされたら落ち着けないもん。
モルガンさんが言ったことで改めて実感するけど……私、男の人だけのクランに女一人なんだよね。
ミルメちゃんの判断を信用して所属することに決めたとはいえ、早まりすぎたかなぁ。今さらだし、決めたのも自分だから後悔はしてないけど。
私自身も気をつけないといけないよね。それこそ、モルガンさんに叱られたように部屋の戸締りをちゃんとするとか。そういう細かい部分から。
心に香苗を住まわせないと。ちゃんと叱ってね、香苗。
さて、トウルさんはどんな様子かな?
ん、さすがに二人に言われて何か思うことがあったのかもしれない。トウルさんは急に静かになってしまった。
そんな姿を見ちゃったら……私も、いつまでも拗ねて子どもみたいだったかな? ってちょっとだけ罪悪感が。
ふと、トウルさんと目が合う。真剣な眼差しだ。金色の目から私も目が離せない。
「……本当に悪かったよ。二度としない」
「……」
「約束する」
トウルさんはそう言いながら私に歩み寄ると、ベッド脇に膝をついて頭を軽く下げた。
思わぬ行動にびっくりして目を丸くしていると、スィさんとモルガンさんも動揺したように互いに顔を見合わせている。
なるほど、二人からしても珍しい行動なんだね。それほど真剣ってことだ。
「……わかりました。許します」
なんだか肩の力も抜けて、自然と頬が緩んじゃう。
私が笑っちゃったからか、トウルさんは驚いたように目を丸くしていた。でもすぐにフッと片眉を下げて笑い返してくる。
「やけにすんなり許してくれるんだな?」
「ちゃんと謝ってくれたら許しますよ。ちゃんと謝ってくれたら」
「二回も言うなよ」
つい憎まれ口を叩いちゃったけど、今度は睨まれたりしなかった。
数秒ほどトウルさんと無言で見つめ合い、どちらからともなくプッと噴き出して笑う。
「どうやら、仲直りできたようですね」
「どうなることかと思ったぜ。トウルは絶対に本気で謝らねぇ男だから」
「あー、そんな感じですよね」
「おい、お前ら」
そんなやり取りをして、今度は四人で笑い合ってしまった。へへっ、なんだかいいね。こういうの!
ひとまず解決したところで、カトリーヌさんが食事を持ってきてくれた。
美味しそうなパン粥がとてもいい香り。本音を言えばお米が食べたいところなんだけど、まだ見たことがないからもしかするとない可能性もあるね……。
生活が落ち着いて、余裕ができたら探してみたいところだ。
「今日はここで一日過ごすんだったな? んなら、部屋にもう少し手を加えてもいいか? それを聞きに来たんだ」
「手を加える、ですか?」
パン粥をちびちび食べていると、モルガンさんがここに来た目的を話してくれた。
そうだ、バスルームを造ってくれるっていう話だったよね。
なんでも、バスルーム自体は昨日で完成してしまったのだとか。早すぎる。すごすぎる。
「別におかしなこたぁ、しねぇよ。暮らしやすくしてやる」
「で、でも、お金も労力もかかるんじゃ……」
暮らしやすくしてくれるのは本当にありがたいよ? でもお礼の範疇を超えていると思うの!
「その辺りは心配いりませんよ。まず、クランのメンバー全員がルリさんになにかしたいと思っていたようなので」
「えっ」
「みなさん、歓迎したいそうです。僕やモルガンからの贈り物を受け取るのなら、他のメンバーからのも受け取りますよね?」
そ、その言い方はずるい……! たしかにそれはそうだけど、申し訳なさがすごい。
「もちろん、トウルも」
「あぁ?」
「お金だけ用意してくださればあとは勝手にやりますよ。モルガンが」
「えっ、えっ!?」
スィさん、今勝手に決めてない? ねぇ? 絶対にトウルさん、初耳だよねこの反応!
「はぁ、わかったよ。あとで請求しろ」
「おっ、上限は?」
「好きにしろ」
「なしか。思う存分やらせてもらうぜ!」
トウルさんもそれでいいの!? モルガンさんが生き生きしてるけど?
上限って、その、金額のことだよね? 大丈夫? おかしな額になったりしないよねぇ?
「というわけです。ルリさん、なにも心配せずにゆっくり休んでください。次にクランに来た時をお楽しみに」
「おいスィ。お前はなんにもしねぇだろ。造るのは俺と弟子たちだぞ」
「ははは、細かいことはいいじゃないですか」
あ、あれよあれよという間にいろいろと決まってしまった。
本当にいいのかなぁ? 私、まだ朝食の準備を少ししたくらいなのに……。
一人おろおろしていると、ぽんと頭に手を置かれた。大きくて少し体温が高めな手。
「お詫びも込めて、な。黙って受け取れ」
「トウルさん……。そ、そういうことなら」
い、いいのかなぁ? 私もだいぶ失礼な態度とっちゃったのに。
でも……正直、ちょっと楽しみかも!