15 変なところで電池切れ
朝食の片付けを終わらせて一度部屋に戻り、財布の中身を確認してからカバンを背負う。
財布……すごいことになってたな。遠い目にもなる。
だって、財布を空けたら中がブラックホールみたいになってたんだもん! 目を疑っちゃったよ!
どうしようかと思っていたところへミルメちゃんの解説が。
【地球での貯金がすべて換金されています】
ますます遠い目になっちゃったよ……。
いやっ、ありがたいけど! 一生懸命働いて稼いだお金だから、こちらの世界でも使えるのは本当に助かる!
しかもこの財布、中が異空間に繋がっているとかで、たくさんあるはずの硬貨も重さを感じずに持ち運べるのだとか。
さらに、私以外の人には取り出せない仕組みになっているというセキュリティまで!
すごすぎて、そろそろ考えるのをやめてもいいかなって感じです。ありがたいと思いながら使わせてもらいます。ありがとうございます!
カバンのほうは普通だったからちょっとほっとした。なんでも入れられるカバンがあったらそりゃあ便利だろうけど、そうそう持ち運ぶものもないしね。
「は、っくしゅ」
んー、風邪でもひいたかな? やっぱりこの前、寝落ちした時に窓が開いていたのがよくなかったかな……。
というか、服がこれしかないからかも。ちょっと肌寒いから上に羽織るものとか見つけられたらいいな。
よし! 準備できたしそろそろ行こう! 二人を待たせるのも良くないしね。
「お待たせしました、二人とも」
「待ってないよー。早かったね、ルリ!」
「うん、早かった! ね、最初どこから行く~?」
階段を下りて玄関ホールまで行くと二人が笑顔で手を振ってくれた。気遣いのできる双子だなぁ。優しいね。
「えっと、服が欲しいかな。私、今着ているのしか持ってなくて」
「それは由々しき事態!」
「たくさん買おう! いっぱい買おう!!」
驚愕されちゃった。かわいそうな子を見るような目も向けられている気がする。
なんだか私よりも気合いが入ってない? でもおしゃれな二人ならいいお店を知っているかも。
「それじゃあ、案内をお願いします」
「「任された!!」」
私がぺこっと頭を下げると二人は声を揃えて返事をしてくれた。えへへ、心強いね。いざ、出発ー!
アジトから外へ出ると、思っていた以上にあっさり大通りへと出ることができた。
昨日はあんなに複雑な道を通っていたからびっくりだよ。まさか一本小路を挟んだだけで大通りに出るとは。
そういえばスィさんが言っていたもんね。逃げるために複雑な道を通ってきただけで意外と簡単だって。本当に簡単そうで安心した。
大通りに出て服飾店へ行く道すがら、二人に質問をしてみた。
「二人は、どうして私と買い物に行きたいって言ってくれたの?」
「「かわいいから!」」
「……二人のほうがかわいいと思うんだけど」
あまりにもはやく、しかも二人声を揃えてよくわからない返答をされてしまった。
かわいいと言ってもらえるのは嬉しいけどね。もしかすると、男の人ばかりのクランにいるから女の子ってだけでかわいいと思っちゃうのかも。
……いや、そうだとしてもこの二人のほうがかわいいよね。頭から足のつま先まで随所にこだわりが見えるファッションといい、振る舞いといい、かわいさに対する情熱があるように見えるから。
「ボクらがかわいいのは知ってるよ。でもさ、かわいいはいくらあってもいいものじゃん」
「しかもルリはさ、あんなにガラの悪いかわいさの欠片もないクランに入ってきてくれた稀有な女の子だから。絶対に仲良くなりたかったんだよね~」
なるほど、やっぱり女の子が珍しいんだね。それなら納得できるよ。
かわいいはいくらあってもいい、っていうのも同意できる。私だってかわいいものに囲まれたら幸せだし。
「勘違いしないでね? 珍しいのは事実だけど、ルリはかわいいから」
「えっ」
「そうそう。ルリは思わず振り返っちゃうくらいすごくかわいい」
「えぇ?」
そんなわけないでしょ、と思いつつも、二人なりに気を遣ってくれているのかな? ありがとうね、という意味も込めて笑っておきます。にこっ。
「わかってなさそうだね、サンディ」
「無自覚ってやつだね、メディ」
ちょ、急に二人で内緒話するのやめて? なになに、気に障ることを言っちゃった?
あ、二人揃って笑顔で振り返ってくれた。よかった、大丈夫そう。ふぅ。
「そういえばさ、ルリったら、ボクらには普通の喋り方してくれるよね」
言われて初めてハッとする。……たしかに!
なんとなく年下かなって感じがするのと、かわいくて気さくな雰囲気に引っ張られてつい。
「無意識だったよ。たぶん、二人が年下だからかな?」
「年下ぁ? ルリ、何歳なの?」
「十九歳だよ」
「「ええっ!?」」
ものすごく驚いてることに私のほうが驚いてるよ。
二人は私のこといくつだと思っていたんだろう?
「ボクらと同じくらいか年下だと思ってたんだけど!」
「えっ、二人はいくつなの?」
「「十六歳!」」
「……私、そんなに子どもっぽい?」
地球にいた頃はむしろ高校生の時から二十代? なんて聞かれたくらいなんだけど。
国によって、ううん世界によって見え方が違うのかなぁ。でもこの二人の年齢は相応だなって思ったけど。
なんにせよ、人の年齢を当てるっていうのはなかなか難しいことだ。あんまり気にしないでおこう。
……まさかクランにいる他の人たちも、同じように思ってるのだろうか。だとしたら早めに訂正しておきたいところだね。
「そっかそっか、年上のお姉さんかー」
「美人でかわいいお姉さん、最高~」
なんだか調子がいいなぁ。けど憎めない。
二人ともそれぞれ名前は呼び捨てで! と頼んできたので遠慮なくそうさせてもらうことに。
緑がかった銀髪がメディで、青みがかった銀髪がサンディね。間違えないように気をつけなきゃ。
でも、おかげでメディとサンディとは一気に距離が縮んだ気がする! 気さくに話しかけてくれるから私も話しやすいし、話題が広がるから相手のことも知れる。
服を選ぶ時はちょっと困ったけどね……! 私にそんなかわいらしいフリフリは似合わないよぉ!!
そんな怒涛の「これはどう?」をかわしつつ、必要な物だけをどうにか購入。
一着ずつ、オススメされた服を買う羽目にはなったけど。
わ、私も気に入ったものだからよしってことで! 別に二人が落ち込む様子に押し負けしたわけじゃ……いや、ちょっとある。
その後、生活必需品なんかを色々と買って今日はよしとした。あんまり買うと持ちきれないからね。
というかね、メディとサンディが持ってくれるから余計に申し訳ないんだよ。
だって女性に荷物は持たせられない! なんて紳士的なことを言うんだもん。断り切れずに頼んじゃってるんだよね。
やっぱりお国柄なんだろうな。なかなか慣れそうにないや。
「買い物はそれだけ?」
「うん。とりあえず必要最低限は揃ったから。あとは少しずつ買い足していくよ」
「その時はまたいつでも言って! 付き合うから~」
「ありがとう。頼もしいよ」
それに少し疲れちゃったからね。今日はそろそろ帰りたいという気持ちもある。
おかしいな、買い物の後はお茶しようって言われて楽しみにしていたはずなのに、今ははやく帰りたいって思うなんて。
「んっくしゅ、くしゅっ」
あれ、なんだか寒気が増してきた……?
「ルリ、大丈夫?」
「ん、だいじょ……っ、くしゅん!」
「あんまり大丈夫じゃなさそう。ちょっとごめん。触るよ?」
サンディが申し訳なさそうに手の甲で私の首元に触れた。
「うわ、熱あるじゃん! メディ」
「うん、これはまずいね。すぐカトリーヌのとこ連れて行こ」
熱……? 言われてみればぼーっとする。
自覚すると不思議なもので急にしんどくなってきた。視界がぼやけるぅ……。
「ルリ、オレの背中乗って」
「え、でも」
「そんなフラフラじゃ危ないでしょ! 大丈夫、サンディは力持ちだから。ボクでもいーけど」
もはや有無を言わせない雰囲気。すごく真剣な顔だ……心配と迷惑をかけちゃうな。
「ごめんね……」
「具合が悪い時に謝るのはなし! 急ぐから、もう少し我慢してよね」
「ん、ありがと、サンディ……」
正直、今にも座り込んでしまいそうだったから助かるよ。
お言葉に甘えてサンディの背中に乗ると、ぐんっと立ち上がったのを感じた。本当に力持ちなんだなぁ。
そんなことをぼんやり考えつつ、サンディが走る揺れを感じながら私は意識を少しずつ手離していった。
◇
「ごちゃまぜな工具どもにこんなかわいい子が!? 正気とは思えないねぇ」
「それはボクらも驚いたけどさー。でも、ルリったらちっとも怯えたりしないんだよ。すごくいい子!」
「見るからにいい子そうだから驚いてるんだよ。まぁ、あんたらなら大丈夫だとは思うが……女の子一人で大丈夫かい」
「その辺はさ、オレたちもいるし?」
「あんたらも男じゃないのさ」
なんか、話し声が聞こえる……?
女の人と、メディとサンディかな。
「ん……」
「あ、ルリ。目が覚めた? よかった」
薄っすら目を開けると、メディがこちらを覗き込む顔が見えた。
その顔はすぐにぱっと離れていき、続けて声が聞こえてくる。
「じゃあボク、リーダーに伝えてくるから」
「頼んだ、メディ。オレは一応ここに残るからさ。ルリ、安心してよ」
今度はサンディの顔と声。
えぇと、今の状況がよくわからないや。ただ、二人のお世話になっているらしいことはわかる。
私がよくわかっていない顔をしていたのかどうかはわからないけど、サンディはここが町の治療院だと教えてくれた。
そっか、お医者さんのところまで運んでくれたんだね。それで今、私は治療院のベッドに寝かされているってことか。
「んで、この人はカトリーヌ。この町の医者で~、オレらのこともよく知ってるんだ。信用できるよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「病人を診るのがあたしの仕事さ。ほら、少し水を飲みな。少し身体を起こせるかい? 果物も切ってやろうね」
カトリーヌさんは恰幅の良い女性で、温かみのある笑顔を浮かべている。私にはいないけど、お母さんって雰囲気。
補助されながらゆっくり身体を起こすも、熱が高いのかやっぱりふらつく。そんな私をカトリーヌさんは危なげなく片腕で支えてくれて、お水を飲むのも手伝ってくれた。
冷たくて、おいしい。
「今日はここで休んでいきな。なぁに、トウルが来てもあたしがちゃんと説明してやるから」
「オレもいるんですけど~」
「おやおや、背伸びする年頃だね」
「背伸びじゃないし~!」
トウルさんが来るの? あ、メディが伝えに行くって言っていたっけ。
クランに所属している身だからリーダーに話がいくのは当たり前かぁ。
うぅ、所属して早々、私ったら迷惑をかけるようなことばっかりだ~。
カトリーヌさんが切ってくれたりんごのような果物をシャリシャリ食べさせてもらいながら、私は一人密かに落ち込んだ。だ、ダメダメすぎるぅ。