13 賑やかな朝
食事を終え、スィさんはお礼を言いながら食器を下げた後すぐに仕事へ向かってしまった。
外ではどんな仕事をしてるのかな、とも思ったけど、プライベートなことだもんね。無理には聞かないようにしよう。
私もささっと食事を終えて、起きてきた人たちのためにいつでも食事を提供できるようにキッチンで待機した。
すると、そう待たないうちに次から次へとクランの人たちがやってくる。初対面の人もいるから緊張しちゃうな、ドキドキ。
あっ、あの大きな人は……。たしか、この人がいるから天井が高いんだってトウルさんが言っていたっけ。
「おはようさん。まさか、朝食を作ってくれたのか?」
「えっ、あ、はい!」
ぬっと目の前に現れた大きな大きな男の人。す、すごい存在感!
背の高さだけじゃなくて厚みがあるというか、筋肉がすごいというか……。
思わず圧倒されてぽかんとしたまま見上げてしまう。
「ちょっとー、ハマー! そんなに近づいたら彼女、怖がるよー?」
「そーそー。ちょっとは自分の厳つさを自覚しなっていつも言ってるじゃん!」
そんな時、ハマーさんの左右からひょこっと二人の顔が飛び出した。
緑がかった銀髪と、青みがかった銀髪の二人で、共に長い髪をツインテールに結っている。それにすごくかわいらしい服! 似合う!
昨日も一瞬だけ見かけたけど、そっくりな二人だからもしかして。
「む、そ、そうか? ごめんな、ルリっつったか。怖がらせたか?」
「いえ! 大きくてびっくりはしましたが、怖くはないです!」
二人に気を取られているところへハマーさんから謝罪の言葉がかけられる。ん、まずはこちらからフォローしないとね。
むしろ呆気に取られてまじまじと見上げてしまってごめんなさい。
私がそう伝えると、ハマーさんはほっとしたように肩の力を抜いてくれた。
怖くないのは本当だよ。ミルメちゃんに聞かなくてもなぜか平気だって感じるんだよね。
だって、目がすごく優しいんだもん。
そもそも、このクランにいる人たちのことを無条件で信じられるのは最初にミルメちゃんが大丈夫って教えてくれたからっていうのもある。
ハマーさんはたしかに威圧感のある見た目だと思う。
スキンヘッドだし、目も赤くて怖い印象を与えてくる。なにより右目から頬にかけてある大きな切り傷の痕が、迫力のある外見の大きな原因かも。
それでも、相手を怖がらせないようにしようという配慮が見えるんだ。
ゆっくり動いてくれるし、近づきすぎないようにしてくれてるのがわかる。
「あんまり緊張しないでください。気遣ってくださるのはありがたいですが、優しい人だってわかりますから」
私が怖がってるって思わせてしまうのは申し訳なさすぎるからね。こういう時も、笑顔でアピール!
怖がってないですよ~、仲良くしてくださ~い、ってね。
「嬉しいことを言ってくれるなぁ、ルリは。メディ、サンディ、お前らも見習ったらどうだ?」
「うるさいよ、ハマー」
「余計なお世話だよ、ハマー」
両サイドから覗き込んできたままの二人に目を向けたハマーさんはまるで親が子を叱るかのような口調だ。
一方、二人もまた反抗期の子どもかのような反応を見せていて、なんだか微笑ましくなっちゃった。
せっかくだし、改めてご挨拶させてもらおうっと。
「これからどうぞよろしくお願いしますね。ハマーさんと、メディさん、サンディさん?」
私が声をかけると、ハマーさんが返事をしようとするのを遮るようにツインテールの二人がずいっと前に出てきた。
「メディでいいよ!」
「サンディって呼んでよ!」
人懐っこい! ニコニコ顔でそう言うものだから、ハマーさんもやれやれ顔だ。ふふ、憎めない子たちって感じだね。
「リーダーを篭絡する嫌な女だったらどーしよーかと思ったけどー」
「ルリってめちゃくちゃいい子じゃん」
「えっ。ええっ?」
あっ、もしかして警戒されていたの?
でも、よく考えたらそうだよね。新しく仲間に入った人が嫌な人だったら困るだろうし、心配するのもわかる。
でもなかなか好意的な印象を持ってもらえたみたいで私も安心だ。
「リーダーが気に入るのもわかるかもー!」
「ね! しかもかわいい!」
「「仲良くしようねー!!」」
「か、かわっ……!?」
無邪気な笑顔でストレートに褒められて思わず顔が熱くなる。
昨日に引き続き、なんだか褒められることが多い気がする。お国柄? それともこの世界の人はみんなこうなのかな。
面と向かって褒められることに慣れていないから照れる……。お世辞でもうれしいかも。
「悪ぃな。この双子はかわいいもんが好きなんだよ。誰に対しても距離が近ぇしな」
「そうなんですね。身につけているものも全部かわいいですもんね」
「「わかるぅ!?」」
わわっ! 二人揃ってさらに顔を近づけてきたのですごくビックリした。
ハマーさんが後ろから二人の首根っこを掴んでいる。そんな猫みたいな。
でも二人はまったく気にした様子もなく嬉しそうに今日のファッションのポイントを語ってくれた。
「この袖の部分、ふわっとしてるところがお気に入りなんだよね。よく見るとかわいい刺繍も入ってるの! このさりげなさが最高に好みなんだー!」
「ベルト部分の金具も見てよ! ハート型とか考えた人、天才だと思わない!? それにボタンも一つ一つハートの形しててさぁ。全部オーダーメイドなんだー!」
「こらこら、お前ら。その辺にしとけ。せっかく飯を準備してくれんのに、ルリの仕事の邪魔になるだろ」
目をキラキラさせて語って……本当に好きなんだなぁ。ほっこりしちゃう。
おしゃれだし、いつか服を買いに行く時のアドバイスとか頼みたいかも。
「ふふ、大丈夫ですよ。私も仲良くしたいので」
「うれしい!」
「やったぁ!」
なんだか、ウォンさんテッドさんのコンビとは違ったニコイチ感。さすがは双子って感じで言動がよくシンクロしているのがかわいい。
服装もそうだけど、肌も綺麗で動きも話し方もアイドルみたい。
動くたびに揺れるツインテールも、きゃっきゃとはしゃぐ様子も無邪気で本当にかわいい。
でも、この二人……。
【彼らは男性です】
まさかの男の娘~~~!
異世界にもいるんだね、男の娘という存在が! しかも双子というインパクト。
最初にこの情報を見た時はビックリしたよ。女の子にしか見えなかったから余計に。
このクランには本当にいろんな人がいるんだな。でも共通してみなさん楽しそう!
「じゃ、また今度いっぱいお喋りしようね!」
「女子会しよ、女子会!」
「女子会ってお前ら……」
「「ハマーは黙ってて!」」
あんまり男の娘ってことは触れられたくないのかな? 隠していたり?
クランのメンバーは知っているだろうけど……二人が教えてくれるのを待っていようかな。
「私も女子会したいな。楽しみにしてますね。はい、オムレツですよ」
「ありがとー!」
「おいしそう!」
だから当たり障りなく返事をして、出来立てのオムレツの乗ったお皿を二人のトレーに置いていく。
焦る必要はないよね。だって知り合ったばかりなんだもん。
るんるんとした足取りで去っていく双子を見送りつつ、さらっと割り込みされたことを怒るでもなく黙って待っていたハマーさんには少しだけ大きめのオムレツを作ってお出しした。
その際、ちょっと大きくないかと首を傾げられたけど、ニコッと笑って誤魔化す。
「サービスしてもらうなんざ初めてだ。ありがとうな」
「いえいえ。ハマーさんって、もしかして世話焼きさんですか?」
「いやぁ、そんなつもりはねぇんだが……いや、そうかもな。若ぇヤツのことは放っておけねぇんだよ」
うん、根っからの善人だ。ウォンさんとテッドさんと同じで見た目で損をしてしまいがちなタイプ。
でもハマーさんは見た目に反して人柄が柔らかいから、少しでも関わったことのある人ならすぐにわかってくれそう。
なんだかお父さんって感じ。父親がいたことがないからわかんないけど……いたらこんな感じかな?
「さて、騒がしくして悪かったなぁ。だがまぁ、仲良くしてやってくれな」
「それはこちらこそですよ。ハマーさんも、これからよろしくお願いしますね」
「おう、よろしくな! 食事もありがとうよ!」
ニカッと笑いながら去っていくハマーさんの背中を見送りながら思う。
ハマーさんは、笑顔も凶悪に見えちゃうんだなぁ、って……。
あんなに良い人なのに。どうか町ではあまり誤解されていませんように。
その後、ウォンさんとテッドさんが朝食を取りに来た。
昨日に引き続き朝から元気で、昨晩のミッションは達成したとかなんとか。どんなミッションがあったんだろう? お仕事かな? ともあれ、お二人が嬉しそうでなによりだね。
それから朝食は私が作ったと言うと涙を流して喜んでくれたけど……相変わらず大げさだなぁ。私のほうが元気をもらえちゃう。
「今日もお仕事がんばってくださいね」
「うおぉぉ!! やる気出てきたー!!」
「やってやろうぜぇ、ウォン!!」
だからっ、大げさだってば! ほら、食べてる人たちがみんな迷惑そうな顔でこっちを見てるよ?
「朝からうるせぇ!」
「「痛ぇ!!」」
「あ、モルガンさん。おはようございます」
「おう」
昨日もこのやり取りを見たなぁ、と思いながら苦笑いで挨拶をすると、モルガンさんは不機嫌そうな顔で答えてくれる。
そのままウォンさんとテッドさんを軽く蹴り飛ばしながらさっさとどけと追い払ってしまった。あ、あはは……。
「よく寝れたかよ」
「え? あ、はい。おかげさまで……」
相変わらず不機嫌そうな顔だったけど聞かれたことに答える。でも、まだなにか怒ってる?
「……お前さ、部屋の鍵を開けっぱなしで寝てたろ」
「うっ」
なぜそれを!?
はわわとしている間に、モルガンさんは昨日ウォンさんとテッドさんの三人で夕食の時間だと呼びにきてくれた時のことを話してくれた。
そ、そういえば起きた時にタオルケットをかけていたっけ。無意識に自分で引っ張ってかけたのかと思っていたけどそういうことだったんだ。
「い、言っておくが、部屋には入ってないからな? 魔法でちょっと上にかけてやっただけだぞ!」
「えっ、魔法が使えるんですか!? ……じゃなくて。すみません、ありがとうございます……」
うっかり先に魔法について声を上げちゃったけど、モルガンさんの一睨みで我に返った。うっ、気になるけど聞けそうにない。
「いいか。このクランにはお前以外の女はいねぇんだ。誰も妙なことはしないと思うが……不用心すぎるぞ」
「ごめんなさい……次からは気をつけますぅ」
心配してくれたんだな……。そう思うと反省しかないよ。
しょぼん、としていると小さくフッとため息を吐いたのが聞こえた。ううっ!
「わかりゃいい」
あれ、笑った?
気遣ってくれてありがたいな。ハマーさんがお父さんならモルガンさんは……。
「お母さんみたい?」
「誰が母親だ、こら」
あっ、口に出してた!! ごめんなさーいっ!!