12 私がクランでできること
「ん、あれ……? ここって……?」
ふと気がつくと、私はベッドの上に突っ伏していた。
しばらくぼんやりしながら思考停止。それからじわじわと異世界に転生したことを思い出し、今どこにいるかを思い出し。
ガバッと上体を起こして周囲を見渡したことで全てを思い出した。
これはもしかして、いやもしかしなくても……寝落ちした?
ああっ、やっちゃったー! 掃除の途中で力尽きて仮眠をとるつもりががっつり寝ちゃったんだーっ!
でも、最低限の掃除はすませていたからまだいいかな? それもこれもスィさんがくれたお布団がふかふかで気持ち良すぎたからだ。やっぱりお布団は最高……。
「うぅ、寒い。窓を開けっぱなしで寝ちゃってたぁ」
ぶるっと身体を震わせながら窓を閉める。外はまだ薄暗くて、日の出前みたい。
かなり早くに寝ちゃったもんねー……そりゃあ目覚めも早くなっちゃうか。
でもまさかこんなにぐっすり寝ちゃうなんて。
信用できる人たちにクランの仲間入りをさせてもらったとはいえ、知らない人たちもまだ多いアジトで熟睡するとは思わなかった。
こ、これでも危機感は持っていたはずなんだけど……。
うーん。異世界に転生したばかりでいろいろありすぎたからか、精神的に疲れていたのかもね。
今日からはもっと気を引き締めていかないと。今の私を香苗が見たらものすごく怒るだろうな。ごめんって。
「あー、お腹空いたかもぉ……」
夕飯を食べずに寝ちゃったから、ものすごくお腹が空いてる……。まだ薄暗いし、誰も起きてないよね?
勝手にキッチンを借りてもいいかな? 食材とか、使ってもいいのだろうか。
他の皆さんの朝食を作るついでに食べさせてもらえないかな? 図々しすぎる?
「うぅ……空腹には勝てないっ! もし何か言われたら、その時に支払いとかすればいい、よね?」
怒られたらその時はその時! と覚悟を決めて私はキッチンへと向かった。
「え、あれ? ウォンさんとテッドさん……?」
階段までやってくると、二人が互いに寄りかかって座りながらぐっすり眠っている姿が。
こ、こんなところで寝ちゃったの? なんで?
「おや、おはようございます、ルリさん」
「え、わ! スィさん! おはようございます。早いんですね?」
この二人をそのままにしておくべきか悩んでいたところへ声をかけられたのでちょっとビックリしちゃった。
スィさんはそんな私の反応を見てふっと笑うと再び口を開く。
「驚かせたようですみません。僕はたまたま、今日は早朝からの仕事があったので」
「そうでしたか……」
「ルリさんこそ、ずいぶんお早いではありませんか。あまりよく眠れませんでしたか?」
まだ薄暗い早朝だというのに、スィさんは朝から隙のない佇まいで、微笑みも美しいですね……? ちょっと眩しいくらいの麗しさだ。
それに引き換え私は寝落ちして起きて、そのままの格好だと気づく。か、顔くらい洗っておきたかったかも。でも水場がどことかまだ何も知らないや。
急に恥ずかしくなってささっと手で髪を整えつつ答える羽目に。
「ええと、むしろその逆で……スィさんからいただいたお布団が気持ち良すぎて、仮眠するつもりが熟睡しちゃったみたいなんです」
「ははっ、そうでしたか。それはなによりです。それで、早くに目覚めてしまったのですね」
「そうなんです。お腹も空いちゃって。それで、キッチンを使わせてもらえないかなって……あ、あと、図々しいのですが、その。食材も」
この際だから全部聞いちゃおう。すでにスィさんには世間知らずなことも、寝起きの顔も見られてしまったわけだし、怖いものはない。くっ……!
けれどスィさんはその辺りのことには一切触れず、変わらぬ笑顔のまま答えてくれた。
「ルリさんはすでにクランの仲間ですから自由に使ってくださって構いませんよ。まぁ、大量消費するでもなければ。大食いだったりします?」
「そんなに食べませんよ! 人並みです!」
「なら問題ありませんね」
なんだかからかわれた気がする。クスクス笑ってるもん。むぅ、それでも麗しいのズルい。
「たしか料理はできるのでしたね?」
「はい。スィさんは召し上がりますか? 他の方の分も作っておいたほうがいいのでしょうか。それとも、それぞれで勝手に用意するものですか?」
私がそう訊ねると、ここへきて初めてスィさんの表情が変わった。
目を丸くして驚いているようだ。
「僕らにも作ってくださるのですか?」
「え? ご迷惑でなければ、ですが。たしか料理人の方が抜けられたんですよね?」
「よく覚えていましたね。そうなんですよ。なのでそれ以降は個々で用意していましたが、作ってくださるというのならみんな喜ぶと思います」
「ではぜひ作らせてください! お口に合うかはわかりませんが……お近付きの印と、仲間に入れてもらえたお礼に」
両手の指先を軽く合わせつつお願いも込めてそう言うと、スィさんがふわりと笑った。
いつも微笑んでいるけど、なんていうか今のは……花開くような微笑みというか。ちょっとドキッとしちゃった。
「それはありがたいですね。ここのキッチンは初めてでしょうから、僕もお手伝いしますよ」
「あ、ありがとうございます! ところで、あの……」
チラッと視線を斜め下に向ける。
「ウォンさんとテッドさんはどうしたら……」
「ああ、放っておいていいですよ。勝手に起きるか、後で起きてきた誰かに蹴り飛ばされるくらいですから」
それはよくないのでは? でも、まだ朝早いし今起こすのもかわいそう。
「いつものことです。さ、早くしないとみんなが起きてきてしまいます。行きましょう」
「え? あ、えっと、はい」
いいのかなぁ? と思いつつも、スィさんに急かされるような形で私たちは一階へと下りていった。
キッチンへと向かう前に、恥ずかしいのを我慢して顔を洗える場所を教えてもらった。
けど、スィさんはからかうことなく配慮が足りないことを真摯に謝ってくれて、むしろこっちが申し訳ない気持ちに。すごく紳士的だぁ。
「ルリさんは女性ですから、こちらが先に配慮すべきことでした。身支度をしてから人に会いたかったですよね……」
「いえ! どのみち誰かに聞かなきゃいけないことでしたし、最初がスィさんで良かったです」
どうせ見られるのなら顔見知りでと思うし、しかも一人だけだったから良かった、という意味で言ったのだけど。
スィさんはスッと目を細めたかと思うと軽く屈んで私の耳元で囁いた。
「……なかなか罪作りな女性だ。つまり僕だけが、寝起きの無防備なルリさんを知っている、ってことですね?」
「へっ!?!?」
バッと耳を抑えながら一歩離れると、スィさんはすでに上体を起こしていて愉快そうに笑っていた。
「ふふっ、冗談です」
ま、ま、またからかわれた~っ! もうっ!
スィさんはいい人だけど、ちょっとだけ危険人物っ! ちゃんと覚えておくんだからねーっ!
◇
さて、ようやくキッチンへとやってきました。
なにはともあれ朝ごはん。お腹が空いていたら掃除の続きも買い出しもできないからね!
食材庫にあるのは野菜や果物、ベーコンにハム、卵などなど。結構いろいろ揃っているから色んなものが作れそうだなぁ。
「パンはキッチン奥の裏口に毎朝配達されていますよ」
「まだ朝早いですが、もう届いているでしょうか」
「もちろん。早朝から仕事のある僕のような者は結構いるので。それと……あ、いえ。これは知らなくてもいいことでした」
微妙に気になる言い回しを……。でも知らないほうがいいことは世の中にいっぱいあるって香苗も言っていたし、あえて追及しないでおこうっと。
さて、まずはサラダかな。いや、スープにしよう。窓を開けたまま寝ちゃったせいで身体が冷えているし、あったかい物を食べたい。
野菜を洗い、切り分け、根野菜とお水を鍋に入れて火にかける。その間にベーコンを切り分けて卵料理の準備も。
「手際がいいですねぇ」
「食堂の厨房で働いていたことがありますから。大量の料理を仕込むのも得意ですよ。あ、皆さん朝もけっこう召し上がりますか? メイン料理があったほうがいいかな……」
「足りなければ外で調達するでしょうし、あまり気にしなくていいですよ。特に朝食は食べない者もいますからね」
ふむふむ。それならスープと卵とパンでいいかな? その代わり、具沢山で食べ応えのあるスープにしよう。
世界が違うから食材や調味料はどうかな~と心配していたんだけど、そこはさすがミルメちゃん。知りたいと思った情報をすぐに教えてくれるから助かった。
調味料の色や、野菜の形や大きさが違ったりして少し戸惑っちゃったんだよね。
でもミルメちゃんは日本の野菜よりも水分が多めとか、酸味が強いとか、そいういうことを教えてくれるのだ。便利~!
醤油やお味噌はなさそう、かな。大豆ってこの世界にもあるのかな。買い出しに行った時にでも探してみよう。なかったら最終手段としてミルメちゃんに相談だ。
最初から聞いてみてもいいんだけど……こういうのって、まずは自分の目と足で探してから頼りたいんだよね。だって探すのはワクワクするもの!
そうこうしている間に鍋が煮立ってきたので、葉物野菜を追加していく。ベーコンは最後に入れるので、先に焼き目をつけるためにフライパンへ。
一度取り出し、その油で今度はオムレツを作ります! バターもちょっと追加で溶かしたら、塩と少しのお砂糖、それからミルクを足した卵液を注いでいく。ぱらぱらとチーズを入れて、トロトロな状態でフライパンを動かしながら木べらで形を整えて。
「すごく綺麗なオムレツですね! ウーゴが作ったものと遜色ないです」
「そんな、料理人さんには遠く及ばないですよ」
私はただの雇われバイトだったしね。でも、料理の技術はいろいろと教えてもらえたから少しだけ自信があるよ。不味いものはお出ししません!
「できました!」
「すごくおいしそうです」
大鍋にたっぷりのスープと、ふわふわのオムレツが二人分。
あとで起きてきた人たちにも作れるように卵液はいつでも作れるように準備してある。
スィさんが出してくれた器にスープを注ぎ、お皿にパンを乗せてオムレツをテーブルに運んで。
「いただいても?」
「はい、もちろんです」
ようやく朝日が昇ってきた頃、先に二人でいただくことに。
スィさんがスープに口をつけるのを待ってから、私もさっそくいただきます!
「おいしいです……ルリさん、すごくおいしいですよ」
「お口にあったようでよかったです」
「これは毎日作ってもらいたくなりますねぇ。オムレツもチーズがとろとろで大変美味です」
スィさんはひたすら褒め言葉を言いながらすごいスピードで平らげていく。は、はやい。それでいて食べ方が綺麗。
「まだこのクランでできることが見つかっていませんし、料理くらい毎日準備しますよ」
「ありがたいですね。ただ一人では大変でしょうから、手伝いも手配しましょう。前任のウーゴも外部から手伝いを雇っていましたからね」
そうなんだ。ただ、そのお手伝いの方々もウーゴさんの引退を機に別の町に引っ越してしまったのだとか。だから私が料理を担当するというのならきちんと用意するとのこと。
まぁ、毎日たくさんの人たちの食事を用意するのはたしかに一人じゃ大変だよね。朝食のような軽めの食事ならともかく、夕食にもなると品数も増えるし。
ちなみに、お昼は各自で摂るのだとか。仕事柄外で食べる人も多いらしい。なるほど~。
「ルリさんのために、手伝いは女性を探してみましょうか」
「あ、ありがとうございます」
「こういう手配関係が僕のクランでの仕事みたいなものですから。お気になさらず」
昨日のお布団といい、スィさんにはお世話になりっぱなしだな。本当にありがたい。
せめて美味しい食事の提供をがんばろうっと。