10 クランの空き部屋
ひとまずメンバーの紹介はおいおいするとして、まずは今日休める部屋に案内するとのこと。
ここでずっと案内してくれていたウォンさんとテッドさん、それからスィさんとモルガンさんと別れ、トウルさんにクランの内部を案内してもらうことになった。
リーダー直々に? 責任感があるんだなぁ。組織のリーダーとしてのカリスマ性もあるし、器も大きい人だよね。
「同じアジトにいるんだからよ、いつでも声かけてくれよな!」
「困ったことがあったら、いや、なくてもなぁ!」
「お前ら……無駄に押しかけたりすんなよ」
「「モルガン、うるせー!」」
ウォンさんとテッドさんは去り際までずっと騒がしかったけど、その気持ちがありたがいよ。
それに、まだわからないことばかりだからすぐに頼れる人がいるっていうのは本当に心強いもの!
「ルリ、行くぞ。おいお前ら、当番の仕事忘れんなよ」
「「うっす!!」」
当番かぁ。施設で暮らしていた時もあったな。掃除する場所とか、食事の準備とか。共同生活だから買い物とかもあるかもしれないよね。
いつか私も回ってくるかもしれないから、少しずつ聞いておくようにしようっと。
それにしてもこのアジト、とにかく広々としているよね。玄関ホールを抜けた先にまず目に飛び込んできたのは、中央にある大きな階段。
踊り場がやたら広くて、そこから右と左に階段が分かれていた。うん、ホテルのロビーっぽい。
階段を上らず右に進むと食堂があるのだとか。ふむふむ。慣れるまでは迷子になりそうだから、主要な場所はしっかり覚えておかなきゃね。
トウルさんに続いて階段を上り、踊り場からは右側の階段を上った。
上りきると長い廊下が続いていて、奥にいくつも部屋がある感じだ。
私に与えられる部屋は二階の右奥だそう。左奥は増築された建物への渡り廊下があるんだって。
す、すごい。ホテルっぽいと思ったけど、高級感溢れる学校って感じかも。
ちなみに、増築はモルガンさんとその舎弟たちの仕事だそう。すごぉい!!
「図体のデカいヤツがいたろ? あいつがいるからいろんなものがデカいんだ」
「あっ、いましたね。二メートル以上身長がありそうな方でした」
「二メートル三十センチくらいはあるな、ありゃ」
そんなに大きいんだ。離れた位置から見ただけでも大きかったから、近くでみたら迫力がありそうだね。
トウルさんも大きいけど、あの人はもっとってことか。早めに挨拶できたらいいな。
二階の廊下を進みながら、トウルさんはクランのことを少し教えてくれた。
「ごちゃまぜな工具ども、ですか?」
「ああ。それがうちのクラン名だ。覚えておけよ」
「は、はい。でもどうして工具……?」
工具を使う人が多いとか? いや、そんなわけないか。大工仕事はモルガンさんが担当だって言っていたし……。
すると、トウルさんからは予想外の答えが返ってきた。
「うちのクランははみ出し者の集まりだが、それぞれ得意なことがバラバラでな。目的も思想も統一感がないごちゃまぜで、便利な工具として使ってくれってことでつけたクラン名だ。ま、思い付きだ」
便利な工具、って。メンバーのこと?
自分たちのことは便利に使ってくれって意味かぁ。ちょっと面白い由来かも。
「そうは言っても、クランに依頼がくることは滅多にないがな」
「えっ、どうしてですか!?」
「メンバーの面、見てみろよ。ガラ悪ぃだろ? 生まれ育ちが悪かったり、問題児だったり、そんなヤツらばっかりだ。普通の感覚ってやつを持ってたら、近づきたくないんだろうよ」
う、なるほど。たしかに近寄りがたい雰囲気があるから、気軽に使えるかというと微妙かもしれない。
怖がられるというのはわかるけど、なにより畏れ多いというか、そんな感じがある。
えー。でもなー。もったいないって思っちゃう。
「皆さん、優しいのに……」
「はっ、そう思うのも、見る目があるからか」
「そうです!」
「おいおい、大丈夫かよ、その目は。どうしてその結論になるのか問い質してみたいもんだな」
む、あまり信じていないみたい。照れ隠しってわけでもなさそうだし、本気で自分たちが優しいだなんて微塵も思っていない気がする。
うーん、自覚がない、のかな? ミルメちゃんがそう言ってくれているっていうのもあるけど、ほんの少し接しただけでも皆さんが優しいのはわかったんだけどな。
「ただ、それって外見で損をしているってことになりません? 怖そうだって思われているわけですし……でも、誰も変える気はないんですよね」
「ああ。好きな格好で好きなことして。誰にも縛られずにいたいからこうなってる」
トウルさんは軽く両手を開いて肩をすくめると、目だけでこちらを見ながら言葉を続ける。
「なんだ。ルリもおかしいと思うか? 俺らのことが」
「え? いいえ?」
おかしいとは思わない。多様性の時代だったし、良い人だってわかってしまえば私はもう気にならないかな。
それも皆さん一人一人の個性だし、素直に似合っていると思うから。
ただ、偏見がなかなかなくならないのもわかる。やっぱり第一印象って大事だから。
その印象が払拭されないっていうのが悔しいな、とは思うんだよね。
「素敵な人たちが周囲から誤解されたままなのは嫌だな、って思うだけです。でも、皆さんが気にしていないことを私が気にするのも違う気がして」
手に負えない実害とかがあるなら、どうにかしたほうがいいんじゃないかな、とは思うけど。
特にウォンさんとテッドさんは、ものすごく損をしている気がするから。
でも、あの二人はあのスタイルに自信を持っている様子だった。だから私は何も言わないし、ありのままのお二人を受け入れたいって思うよ。
「仲間がわかってりゃ、それでいいんだよ」
トウルさんはそれだけを言うと、二階の一番端にある部屋のドアを開けた。
「この部屋を好きに使え。最初から空き部屋だ。それと、俺の部屋が近い」
そう言いながら視線を向けた先を確認すると、二つ隣の向かい側の部屋がトウルさんの部屋なのだということがわかった。
その部屋からこちら側は全部空き部屋になっているのだとか。
たぶん、気を遣ってくれたんだろうなって思う。わかってるんだけど、これはさすがに……。
「ひ、広くないですか?」
「別にこんなもんだろ。っていうかお前、俺の部屋が近いってところにはなんの反応もねぇんだな」
「えっ、なにか問題が?」
リーダーだから、新入りが妙なことをしないように見張りも兼ねているのかなって思ったけど。あれ、違うのかな?
首を傾げたまま聞き返すと、トウルさんはどこか呆れたような、諦めたような顔をしたあと軽いため息を吐いた。
「はぁ。あー、なんだ。みんな俺にこき使われると思って離れた部屋を使いたがるんだよ」
「そういうことでしたか。あ、私のことはこき使っていいですよ! 新人ですし、認めてもらえるように頑張らなきゃって思うので!」
「女をこき使ったりしねぇよ」
「えぇ? 男女なんて関係ないですよ。頼みごとがあるなら遠慮なく言ってもらったほうがいいです」
「お前、本当に変わってんなぁ……」
トウルさんは額に手を当てて項垂れてしまった。
あれぇ? そんなに変なこと言ったかな? やっぱり世界が変わると常識とか感覚も違うのかなぁ。
まだまだこの世界の常識はわからないや。要勉強だね!
「ま、しばらくは生活に慣れろ。んで、仕事が欲しけりゃそん時に言え。ずっと空き部屋だったから掃除も必要だろうが」
「それはそうですね。ありがとうございます! はやく慣れるようにがんばりますね!」
まずは自分の生活基盤を整えるところから、ってことだよね。うん、大事。それができてないと、余計に迷惑かけるかもしれないし。
一人で気合いを入れていると、トウルさんはドアに片腕をついて私の顔を覗き込むようにしながら笑った。
「あんま気を張るなよ。男ばっかのクランだからな。一応気にかけてやるつもりだが、困りごとはすぐに言え」
「やっぱり優しいですね、トウルさん」
「……やめろ。こんな素直だと本当に調子が狂う」
あ、今のはちょっと照れていたかも。
トウルさんはそれだけを言い残すと、頭をガシガシ搔きながらその場を去って行った。
よし、まずは今日寝る場所だけでも綺麗に掃除しよう!
窓を開けて空気の入れ替えを行い、部屋にあった掃除道具で掃除を進めていく。
うーん、雑巾がほしい。あとは水とバケツも。
ああっ、窓も磨きたくなってきた。うーっ、でもやってたらキリがないもんね。そこは後回し! まずはこの埃をなんとかしなきゃ。
布団も外で干せたらいいんだけど、もうすぐ日も沈むだろうしどうしようかなぁ、なんて考えていた時だった。
「ルリさん、少しいいですか?」
「スィさん! どうしました……って、え? これって」
「ベッド用の布団です。その部屋にあるものはずっと使っていなかったボロでしょう? 今日はルリさんを振り回してしまいましたからね。こちらは僕からのお詫びと、仲間入りのお祝いということで」
「新品を用意してくれたんですか!? そんな、悪いですよ!」
急に部屋まで来てくれたと思ったら、贈り物だなんて。
慌てて両手を横に振るも、スィさんはどこ吹く風といった様子でにこにこ微笑んでいる。
「お詫びとお祝いだと言ったでしょう? それでも気になるようでしたら、これからの働きに期待します」
「う、これは受け取るべき、ですね?」
「ええ。ルリさんが受け取らないというのなら、無駄になってしまいます」
そこまで言われてしまっては私も断れない。それに、今の私にとってこれ以上ないほどありがたい贈り物だから。
「ありがとうございます、スィさん。正直、助かりました」
「どういたしまして。他に必要なものがあれば言ってください。店の場所も知らないでしょう?」
う、なんだかお見通しって感じだなぁ。結局、私はここの人たちに頼るしかないのだ。
お金はしばらく大丈夫だと思うけど、いつまでもってわけにはいかないし、仕事一つするにしても誰かの協力がないとなにも始められないもん。
スィさんの言うように、今日少し案内してもらったとはいえ、町のどこに何があるのかもまだ覚えていないしね。
「そうですね。しばらくは色々と頼らせてもらうことになりそうです」
「そうしてください。手の空いている者は必ず力になってくれると思いますが、ルリさんはまだ知らない者に頼みごとをするのも遠慮するのでは?」
「ど、どうしてわかるんですか」
「さぁ、どうしてでしょうねぇ」
やっぱり見透かされているっ!?
これから挨拶していこうとは思っているけど、まだ名前も知らない人たちよりすでにお世話になったスィさんたちのほうが声をかけやすいのは事実!
スィさんにはクスクス笑われてしまったけど、嫌な感じはない。たぶん、私の緊張とか遠慮しすぎなところを気にして、リラックスさせてくれたんだろうな。ありがたい。
「いくらでも甘えてください。お返しも期待していますから」
「お返しっ! わわわ、わかりましたっ!」
「ふふ、冗談ですよ。ルリさんは素直ですねぇ。さ、布団を運びましょう。少し部屋に入っても?」
「あ、ありがとうございます」
……やっぱりただからかわれているだけな気がしなくもないかも!
でもまぁ、親切なのに変わりはないからいっか!