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箱庭を紡ぐ夢物語 其の玖

「『ルシオル・リミエ』」


 迷宮に足を踏み入れ、外の光も届かなくなった暗闇を塩巫女の魔法の光が照らす。照らされたそこは煩雑に掘られただけの入り口とは異なり、石畳や石壁でそれらしく整備されていた。

 専門家が作ったそれと比べればお粗末な出来ではあるが拙いながらも整備されていることに驚かされる。


「わかってはいたが数日前のものとは比べ物にならんな」


 モンスターに制圧されていた村の地下に広がっていた迷宮。数十人は暮らしていたであろう村を全て覆いつくすように広がっていたそれは塩巫女のゴーレムで制圧できるようなものでしかなかった。

 それですら地下で数十人は余裕で生活できるほどの広さがあった。モンスターの生態次第では百を越えててもおかしくはないだろう。


「ユーナのゴーレムで制圧できる迷宮なんて比較対象ですらないわ。数十倍は覚悟しててよね」


 俺達が足を踏み入れた迷宮は嘘つき妖精が言ったように前のそれとは桁違いだ、比較するのもおこがましい。

 数百、千、下手したら万……とは言え、地上に飛び出したであろうモンスターもそれなりにいる。最悪を想定する必要はない。


「ま、そういうこった。悪いが付き合ってもらうぞ」


「うむ、よろしく頼む!」


「よろしくね」


 それぞれが思い思いに期待の願望を俺に向ける。特にガキ二人は満面の笑みをこちらに向けてきた。

 引き受けた以上やることはやる。が、何故か無駄に信頼されてる気がするんだが……俺のどこにそんな信頼を向ける要素があるんだよ。それは一行本来の魔法使いに向けてやれ。


「……好かれているね」


「嬉しくねぇんだよなぁ」


 野良猫が遠巻きに柔らかい目つきで呟いていた。そんな羨ましそうな目つきをするならお前が変われ……っち、察したのか距離をとりやがった。

 勇者一行本来の魔法使いは嫉妬深いガキだと聞いた。ここでの話がそいつの耳に入ると執着されかねんから身代わりになってくれるとありがたいんだが……。


「ま、そんなこと言ってても仕方がねぇ。無駄話もほどほどにしてさっさと始めるぞ」


 上で兵士共が戦ってるのに勇者一行はここでずっと立ち話をしてました。なんて思われたら上の奴らにしめしが付かんだろ。


「そうだな。さっさと始めるか」


 メルルが声をかけたことで緩んだ空気が引き締まる。


「目的のおさらいだ。今回の目的は都市ブランリーの地下に掘られたモンスターの巣窟の制圧だ。ホーロンからの情報によれば上位のモンスターが最低二体いる」


「真下の最奥に一体、中腹の地下外周に一体かな?」


「……だ、そうだ」


 野良猫が目標の場所をさらっと言い当てた。それが実際に合っているかどうかは別だが他に手掛かりがない以上それを起点に作戦を組むことになるだろう。


「ともかく、そいつらの討伐は必須だろう。それと並行して通常のモンスターの数を削って地下から追い出す。やるべきことはそれくらいだ」


「つまりはいつも通りと言う事だな!」


「規模はいつも通りじゃないけどね」


 軽口こそ叩いてはいるが二人の表情は真剣そのものだ。この二人は性格こそガキみたいなものだが実力は確か、そいつらから漏れる集中と殺気に身震いさせられた事実がこれからの事の大きさを嫌でも実感させられる。

 手伝うだけとは言ったが死なねぇために俺も気を引き締めないとな。


 塩巫女が発する光を頼りにしながら慎重に歩みを進めていると一軒家くらいなら丸々収まりそうなほどの広い空間に出くわした。

 石畳で中途半端に整備されたその広間には九つの道が繋がっており、まるで豪邸のエントランスのような構造をしていた。


「なんだここ?」


「ただの広場ね。モンスター達もきっとここで生物的な営みをしてるのよ」


 広場を観察すると嘘つき妖精の解説の通りいくつかの生活痕が見て取れる。何かしらの食べ残し、火を焚いて黒ずんだ地面、何かを数えていたのか壁に刻まれた緑色の刻印……大方は片付けられているが残っている痕跡がモンスターの生態を教えてくれる。

 しかし、見て取れるのはそれだけだ。そして、その情報のほぼ全ては今必要なものではない。


「罠があるわけではない……か。本当にただの広場な訳だな」


「こんなに横穴が多い事はそうないけどね」


 今通ってきた道を含めればちょうど十だ。その先それぞれに居住地や生物の営みに必要な施設があると考えると気が遠くなる。


「さて、どの道が正解だ?」


「順番に突撃するのもやぶさかではないぞ?」


「そんなことしてアッシュの魔力が持つわけないでしょ! いつも通りメルルに正解の道を教えてもらいなさい」


 そんなことを言いながら広場の中央あたりまで歩いたあたりで斥候役の二人の様子が変わった。


「……来る」


「あー……お前ら、戦闘準備。なんだが……不味いな」


 どうやら敵襲を感知したらしい。この広場に繋がる道からモンスターが湧き出てくるとの事だ。が、如何せん二人の様子に違和感がある。

 多少の襲撃なら特に問題はない、それは二人もわかっているはずだ。それでも不安の表情がよぎるなら理由は単純明白だ。


 広場に繋がる道の奥でその音は反響する。地を蹴る音。這いずる音。広場で響き渡るそれは小さく、されど徐々に大きくなって地響きという形として俺達に届く。

 いや、ここまでくればもはや地震とも言っていいだろう。それがモンスター共の叫び声と共に俺達を縛り付けようとする。


 なにが来るかは単純明快、モンスターの大軍だ。


「まずい下がれ下がれ下がれ!」


 メルルが叫ぶように撤退を促す。それとほぼ同時に全ての道からモンスターが広場に流れ込んできた。動物のようなモンスター、怪物のようなモンスター、非生物にも見えるモンスター……視界全てがモンスターで埋め尽くされた光景に思わず声が漏れる。


「うっわ気持ちわる」


「……任せて」


「無理に決まってるだろさっさと下がれ!」


 野良猫が突撃しようとするがいくらなんでも無茶だ。メルルが口で止めているがこいつは飛び出しかねん、さっさと首根っこを掴んで下がらせる。そして素手で行こうとするな。短剣を失くしたのなら大層大事にしてる腰に携えた剣を使え。使いたがらん理由は察するがそれだと宝の持ち腐れだ。

 野良猫を捕まえると同時に反撃の『種』をまいておく。必要ないかもしれないが所詮はただの種だ、大切に抱えておく必要もない。


「い、いいわアッシュ! 聖剣で全部斬っちゃいなさい!」


「うむ、任された! ユーナ!」


「はいはい」


 塩巫女が呆れながら生成した巨大なゴーレムの背に勇者は飛び乗った。その背にはL字型の足場が作られており、聖剣を無理矢理振るえるようになっていた。

 嘘つき妖精は妙に慌てながら肩にしがみついている。勇者はそれを気にすることなく詠唱も無しに剣を振るう。

 一振り、二振りと剣を振るう度にモンスター共が真っ二つに切り裂かれる。三度振るえば正面に見えていたモンスターは全て切り払われただろう。


「……キリがないな」


 勇者の言葉の通り、このままでは埒が明かない。

 最初に見えていたモンスターは確かに全て切り裂かれた。しかし、それ以上のモンスターがその後ろから猛進してくる。お仲間の屍なんて気にすることもなく押しのけて、な。


 一先ず来た道を引き返して狭い通路まで避難することは出来た。しかし、大量に押し寄せてくるモンスターを勇者と塩巫女の二人でなだれ込まれないようにするので精一杯の様子だ。


「メルルー! これどうにか出来る!?」


「無茶言うなっての」


 勇者の隙を埋めるようにゴーレムを展開する塩巫女からの救援要請という名の無茶振りが保護者(メルル)に飛ばされる。そしてそのメルルから俺に向かって視線が向けられる。

 ……まぁ、そう来るだろうとは思ってた。こういう場面で頼ってたのが不在の魔法使いだろう。その代理となりゃ約束こそしてなくても緊急時にその役割を求められるのは理解できる。

 だからこそ、使える種はさっきまいておいた。


「『魔法・γ・θ・ι(強化・変質・拡大)』」


 さっきまいた種を一斉に急成長させる。今回はさらにひと手間加えて植物そのものを巨大化させる。

 まいた種は薔薇の種。この世界特有の品種らしいがそこはどうでもいい、欲しいのは薔薇の棘だ。

 巨大化した薔薇の棘は広場にいたモンスターを突き刺し、枝は猛進するモンスターの勢いを阻害する。


「すごい、モンスターの勢いが弱まった!」


「よし! 反撃と行こう────」


「まだだ!」


 勢いこそ弱まったがモンスターの数自体はたいして減ってない。そして勇者と塩巫女も火力こそあれど攻撃の貫通性能はさほど高くない。どちらも大軍相手だと正面しか削れないからな。

 だからこそ、こっちで削ってやる必要がある。最低でも数百や千は想定しないといけない状況でそんな悠長にしてられん。魔力の限界もあるしな。


 水の入った袋を三つほど放り投げ、魔力を通して宙に浮かせる。浮かんだ水の塊に手を添え、魔法を行使する。


「『魔法・γ・ξ・ρ(強化・操作・凝固):ウォーターディレクション』!」


 宙に浮いた水の塊を強化し、そこからあふれ出た水の粒をレーザーのように発射する。

 ある水は真っすぐ一直線に、もしくは回り込むように、はたまた蛇のように……俺の手から離れた水の粒はそれぞれ好き勝手にモンスターの体を貫いて突き進む。

 レーザー一つ一つが命を幾重にも貫く。袋三つ分ともなればレーザーは百を超える。それが通路に押し寄せてきたモンスターを貫き、それぞれが自分勝手な線を描きながら広場で暴れ回る。


「私も続くわ!『ボンブ・リミエ』!」


 俺の魔法がモンスターを貫いて出来た隙間を塩巫女が見逃さなかった。詠唱によって生まれた光の玉が撃ち出され、水の攻撃によって出来た隙間をすり抜け、大軍の中に呑まれていく。


「皆隠れて!」


 その声と同時に生成された塩の壁に俺達は身を隠す。前を張っていた勇者と塩巫女の二人はゴーレムの一体の陰に隠れていた。

 身を隠した直後、モンスター共の隙間から洩れたであろう光が通路の天井を照らす。光が消え、塩巫女の魔法が効力を失くしたことを確認し、顔を出す。


「やれたか?」


 メルルが楽観的なことをつぶやくくらいにはモンスターの勢いが弱まっていた。勇者が聖剣を二度振り、正面の敵を倒すとそこにいたはずのモンスターの群れは殆ど消え失せていた。塩巫女がここまで消し飛ばしてくれるのは嬉しい誤算だ。

 辛うじて生き残っていた奴も覇気が失っている奴や辛うじて消滅しなかった仲間の死体に埋もれて動けなくなっている奴が散見され、残されたモンスターはあまり残っていない。


「……はぁ、なんとかなったみたいね」


 おおかた片付いたことを確認した嘘つき妖精が大きくため息を吐く。あとは任せろとばかりに飛び出したメルルを見送りつつ俺も体の力を抜いて地面に座り、壁にもたれ掛かる。

 特に働いたであろう二人も体を伸ばしたり肩の力を抜いたりとそれぞれの方法で疲れを残さないようにしている。この迷宮攻略もまだ始まったばかりだからな、これくらいでへこたれている場合ではないだろう。

 とはいえ、さっきの襲撃がこれから何回かあると考えるとどうしても気が滅入ってしまう。


「帰りてぇ……」


「え……えっと、確かに途中で離脱しても構わないという約束だったし残念だけど仕方ないよね。うん」


「悪態ついただけだ」


 ただの愚痴を真面目に受け取られそうだったから訂正しておく。確かに面倒くさい案件に首を突っ込んだとは思っているがこれくらいなら兄妹弟子の相手をしてる方がよっぽど疲れる。


「ただまぁ、報酬は倍にしてもらうか」


「そもそも元の報酬想定はどのくらいで……」


「貰えるだけ」


 資産持ってる奴からあるだけ要求させるから覚悟しておけよ。もちろん、その要求をするのはお前らな。精々がっぽり引き出してくれ。


 視線を突撃しようとしたバカ猫に向けると、モンスターの死体の山に手を入れて探し物をするような仕草をしていた。おそらくは紛失した短剣の代わりになる武器を探しているのだろう。俺達の魔法で損壊してる物も多いだろうが質さえ考慮しなければ二本くらいはあるだろう。

 それより問題なのは、俺達の目の前に出来たモンスターの死体の山そのものだ。殆どを消し飛ばした上でなお積みあがっている。


「にしても、どうするんだこんな死体の山。置いておいたら酷い事になるぞ」


 モンスターといえど腐る事には変わりないはずだ。いくら街が綺麗なままでも街の下にこんなものを放置してたら住める街も住めなくなるぞ。


「あー……それはアレクス軍団長に考えてもらおうかな」


「うむ。ユーナの言う通り、オレ達ではどうしようもないからな」


 勇者と塩巫女は目を逸らしながら他人任せという解決策を提示する。こういう雑事を押し付けるための王国軍のはずだが何故か気まずそうだ。

 そんな二人を見かねたのか嘘つき妖精が助太刀する。


「この二人はそういうことを兵士達にやらせるのは申し訳ないと思ってるの!」


「なら自分でやれよ」


「面倒くさい……」


 ガキかよ。

メルルのフラグ発言を拾ってくれる奴(蜜柑)がここにいない……

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