箱庭を紡ぐ夢物語 其の漆
────作り直される結界の隙間を抜けるためにアタシ……いや、アタシ達は駆ける。
「まったく、一人で突っ走るなよ」
「……ごめん」
「……まぁ、いいけどさ」
謝るアタシに対してメルルさんはばつが悪そうにしていた。なにか思うところがあるみたいだけどそれはアタシにはわからなかった。
再生を始めた結界を突破しようとなだれ込む人達をすり抜けて最前列にたどり着けた。結界の生成速度を見るとこのままならなんとか滑り込むことは出来そうだ。
「……ん? 弾が落ちたところの周辺、なんか変だな?」
メルルさんが示したところを見てみると靄のような何かが漂っていた。それは少しずつ小さく、そして薄くなっている。
そして、アタシの直感がこれは危険だと感じ取った。
「それ、触っちゃダメだよ。多分、体が壊れる」
「やっぱりか……わかった」
結界に、そして謎の靄を触らないようにすり抜け、アタシ達は結界の中にもぐりこんだ。
「後ろの奴らもこれに触るなよー!」
メルルさんは追いかけてきた兵士の人達に危険を知らせ、回避するように促す。少しずつ効力を失っているようにも見えるが、靄に触れた石ころが崩れ去るのを見るに完全に消え去るまで近づくのはよくないだろう。
……なんとなくだがミカ姐が使っていた妖術に近い力を少しだけ感じる。おそらくはアル兄が渡してきたものがそれなのだろう。
靄が消え、結界が張り直される頃には数十人が結界の中にもぐりこんでいた。この結界が維持される限り他の人達はここに入ってこれない。つまり、アタシ達がやるべきことはこの結界を維持している者を探し当てて結界を無くすこと。
しかし、問題が一つある。
「さて、この城壁をどうするべきか……」
目の前にそびえたつ大きな壁だ。壁面のくぼみを使えば登ることはできそうだがその上に隠れている気配の主から攻撃されるだろう。
そうこうしているうちに周囲の穴や壁の上からモンスターが溢れんばかりに湧いて出てきた。外見は動物に近いものもいれば生き物とは到底思えない存在も混ざっている。
「ちっ、時間はかけてられないんだがな……!」
このままだと多数のモンスターに囲まれてしまう。逃げ回ればいいアタシやメルルさんはともかく兵士の人達はそうはいかない。
モンスターの気を引きながらどうするべきかを考えていると壁の近くにいる蜥蜴のような大きなモンスターが目に入った。
アタシはすぐさま走り出し、モンスターの攻撃を避けながら大きなモンスターに駆け寄る。
蜥蜴のようなモンスターは近づくアタシを食い殺そうと口を大きく開ける。その瞬間に短剣の一つを口の中に蹴り入れる。突き刺した短剣の痛みに怯んだ隙に接近し、モンスターの目にもう一つの短剣を突き刺して抉り、引き抜く。
「ごめんね」
このモンスターにも使命があったのかもしれない。けど、それがアタシを止める理由にはならない。
激痛にもだえ苦しむモンスターに巻き込まれないように背中から壁の中腹に飛び移る。モンスターが暴れることで舞う土煙が壁を登るアタシを隠す。
「ミコト! 悪いがそっちは任せる!」
メルルさんは兵士の人達を守ることにしたらしく、必然的に結界の対処はアタシ一人でやることになった。
「……大丈夫。皆のためならアタシの手が汚れることくらい」
皆が誰かを守るという善い行いをするなら、代わりにアタシが汚れた手で使命を果たせばいい。だってそれがアタシにできる唯一の……
壁の上まで登ると様々なモンスターが待ち受けていた。アタシが勢いよく飛び出すと呆気に取られてたり慌てて攻撃しようとするなど一枚岩ではなく様々な反応が見て取れるが如何せん数が多い。結界の元を探るために全てを無視して壁の中へと降りる。
そこには見たこともないような建物が壁と山に囲まれた狭い範囲にひしめいていた。アタシ達の世界の建物とは大きく違う、石で造られた無機質で大きな建物。地面から伝う感覚が、鼻を掠める風の匂いが、あらゆるものがアタシにとっては新鮮だ。
しかし、新たな知見に対して悠長に感傷している余裕はない。地面や建物に作られたありとあらゆる穴からモンスターが沸いて出てくる。早々に離脱し、目的を果たすためにも走り出す────
「────見つけた」
妖術の気配を頼りに探し続けていると、やや高い建物の上からひときわ大きな妖術を使う存在を見つけた。奥の方に見える大きな建物ほどではないが傍に建てられた剣を持った人間の石の像と比べるとはるかに高い。先ほどの壁と同じくらいだろうか。
建物の凹みに足をかけ、飛び出してきたモンスターを踏みつけ、可能な限り速やかに屋根まで飛び移る。
そこには数体のモンスターの他にひと際目立つ水晶が屋根の中央でふわふわと陣取っていた。アタシはこの水晶が結界を張っているのだとひと目で確信した。
「……それが、結界を張ってるんだね」
アタシは登ってきた勢いをそのまま使い、短剣を水晶に突き刺そうとした。しかし、水晶に短剣は突き刺さることなく弾かれ、無残にも砕け散った。
体勢を崩した所に他のモンスターが襲い掛かってきたがなんとか回避して蹴って突き落す。
安全を確保し、改めて水晶を攻撃するが力を流すように揺れるだけでやはりびくともしない。つまりアタシだけでは壊せそうにない。
それにしても不思議な水晶だ。誰かが触ってるわけでもないのに自発的に妖術を使っている。こんなものアタシは見た事がない。
「……悠長にはしてられない」
結界を壊さなければ皆が困る。メルルさん達も危ないかもしれない。アタシを追いかけて下から登ってきてるモンスターもたくさんいる。時間はかけてられない。
動かすことが出来るならやれることはある。蹴って、蹴って、無理矢理屋根から蹴落とす。ふわふわと浮いていても地面に付かないだけで空を飛べるわけではないのなら、もしかしたら叩きつけることで壊せるかもしれない。
落とす場所は石の像。突き立てられた剣の先に落とせばもしかしたら壊せるかもしれない。
蹴落とした水晶はゆっくりと石の像へと落ちていく。剣の先に突き刺すことは出来そうだが速度は全く足りない。アタシは屋根の上から飛び降り、勢いを全て乗せるように両足で水晶を蹴る。
速度は上がった、それでもまだ足りない。二回、三回と蹴って水晶が割れることを祈って落下速度を足していく。
「これで……おねがい!」
四回目を蹴ったとほぼ同時に水晶は石の像の剣先にぶつかる。これがアタシの全力、これで駄目ならどうしようもない。
剣先にぶつかった水晶は跳ね返り、ふわりと宙に浮いた。駄目だったかと石像の上に着地したアタシは落胆した、が。
「……結界が消えた?」
周囲と水晶から発せられた大きな妖術の気配が消え去っている。アタシは壊すことが出来なかったと思っていたがどうやら違うらしい。
空を浮かぶ水晶はピシッ、ピシリと少しずつひび割れていき、それが水晶全部を覆った瞬間にはじけ散った。
石の像には申し訳ないことをした。出来ればじっくりと観察し、石の像の制作者に敬意を表したいがそうも言ってられなさそうだ。
「逃げた方がいい、かな?」
気がつくと周囲はモンスターの大軍に取り囲まれており、今にも一帯を埋め尽くさんとしていた。
木を伝うように建物を飛び移っていけば逃げることは出来るだろうが如何せん数が多い。逃げ先を間違えれば危ないかもしれない。
────だが、そんな心配は杞憂だった。
直後に鳴り響く轟音。音を辿ると大きな壁と繋がっているとても大きな門のような建物が崩れ去っていた。
おそらくはアッシュさんだろう。結界が消えたことで外から合流する算段が付いたのだろう。
そうしてモンスター達が動揺する最中、崩れる音に混じってメルルさんの声がした。
「ミコト、こっちだ!」
すかさずアタシは声がした小さな建物の屋根に飛び移る。
「ありがとう、助かった」
「……うん」
結界が消えたことで外に取り残された人達と合流することが出来て安全が確保されたのかメルルさんがアタシの事を助けに来てくれた。
蔓延っていたモンスターはアッシュさんによって少しずつ両断されていった。アッシュさんに近いモンスターから順に少しずつまとめて両断されていくのはあまりにも異質だ。
勇者から逃げまどうようにモンスターは散り散りになり、兵士の人達がそれを追いかけるように突撃していくのをアタシ達は建物の上から目撃する。
「これで地上に関しては大丈夫だな。アタイらはアッシュと合流して地下に潜んでる奴らを倒しに行こう」
「わかった」
低めの屋根で待つこと数分、アル兄やアッシュさん達が兵士の人達に紛れてやってきた。
「ありがとうミコト! おかげで結界を突破することが出来た!」
「ありがとね」
「……いいよ」
アッシュさんにお礼を言われながら詰め寄られてなんだか恥ずかしくなる。アタシはやれる事をやった。それだけ。それが皆の助けになったのなら、アタシは嬉しい。
アタシがアッシュさん達に詰め寄られている最中、アル兄は意にも介さず周囲を観察していた。
「……不気味だな」
「なにが?」
アル兄の独り言にユーナさんが反応する。
「数十年モンスターみたいな生き物に制圧されてる都市の割に綺麗すぎる」
「どこも割とこんなもんだぞ」
「気味がわりぃ」
どうやら建物などが綺麗すぎることに疑問を覚えたようだ。確かに管理を疎かにした建物はすぐボロボロになる……イネさんの家もそうだった。
ところが何十年と人の手から離れた建物がボロボロになることなく平然と並んでいた。一応崩れたりしている建物はあるがそれも数棟、放棄された年数からは考えられない数だ。そのことを不気味がっているようだ。
「……そういえば」
アタシも疑問に思っていることがあった。あの水晶の事だ。
結界を張っていた不思議な水晶。今は壊れてしまっているが欠片は水晶が崩壊した場所に残っているはずだ。
アッシュさんに斬られたモンスターの死体の中から欠片を数個見つけ出し、アル兄に見せてみる。
それを受け取ったアル兄は手で触り、目で見て、そして神力を使って水晶を調べてくれた。そして、何かに気がついたのか小さな声で呟いた。
「……モンスターだな、これ」
「……え?」
アッシュさん、ユーナさん、メルルさんがアル兄の呟きに困惑の表情を示した。アル兄はその事にもくれず、独り言のように調べた結果を話し続ける。
「なんだこりゃ……特定の魔法を行使し続けるように作られた鉱物のような生命? ……体内に魔法の補助機構が組み込まれている。怪物の類に見てとれる体質とも違う、人工的に作られたもんだ。生命そのものを魔力の供給源としか見てねぇ、誰だこんなもん作った奴は……」
「あー……つまりどういうことだ?」
早口にまくしたてるアル兄に待ったをかけるようにメルルさんが要点の解説を求める。
「結界を張る事自体が存在意義の生き物ってことだ。道具と変わらん、生命への侮辱と捉えてもいい」
……アタシにはよくわからないが、この水晶が実は生き物で、そしてその事がとてもおかしいということだろうか。
「……初めて見るモンスターね」
「マリーでもそうなのか……」
長い時を生きてきたマリーさんからしても特殊なモンスターのようだ。初めて見るモンスターにアッシュさん達は困惑しているようだ。
「どうにも嫌な予感がするな……」
「うむ……」
「それでも、やるしかないわ」
「そうだな」
今更引き返せないというユーナさんにアッシュさんが同意する。既に始まってしまった戦いは簡単に引き返すことが出来ない。アタシもよく知っている。
頭の片隅に一抹の不安を抱えつつアッシュさん達は走り出し、アタシとアル兄も彼らの後を追いかける。
今、罪を共にした二振りの短剣がアタシの手から離れていることに気付くことなく────




