箱庭を紡ぐ夢物語 其の陸
「ハハッ、さすがはユーナだ! かっこよかったぞ!」
「褒め言葉はありがたいけどそれはあとで。モンスター達に襲撃されたせいでなし崩しに進軍することになっちゃったし……とにかく! ここからはおふざけなし! 想定規模も過去最大、気は抜かないこと。いい?」
「そうよ! ちゃんと気合を入れてよね!」
「ああ、任せてくれ!」
塩巫女の演説のあと、モンスターの襲撃に対応するように軍は小走りで前進する。肝心の勇者共は軍の中腹に紛れて突撃のタイミングを画策していた。見ての通り、戦争が始まったとは思えぬ面立ちではあるがな。
「まったく、こんな調子で大丈夫かよ」
「悪かったなこんな調子で。いつもこんな感じだ」
いつもこんな調子なら余計心配なんだが? 百年単位で戦争してる以上このくらいの気楽さじゃないとやっていけるわけないってのはわかるが……余所者からすれば懸念点でしかないがな。
俺がこいつらのお気楽さに頭を悩ませているとメルルは神妙な面持ちで忠告してきた。
「再三言ったがもう一度言わせてくれ。お前らは別の世界の住人だ。なら、この戦争はあくまであたい達の世界の問題だ……もし、お前達の命が危なくなるようなことがあったらあたい達のことは全部忘れて自分のことを優先しろ。いいな」
余所者に命を張らせるつもりはない、何度も聞かされたことではあるがその意志を再度俺とこの猫に表明する。
「別に、そのつもりだ」
「……うん、大丈夫」
もちろん俺はそのつもりだ。こいつもそんなつもりはないだろうしそうそう死ぬような奴でもない。心配なのはお人よしのアホ巫女だけだ。まぁ、あのアホも後ろに置いてきたし適当な護衛もつけさせたからなんとかなるだろ。
今は目の前の出来事に集中だ。
作戦は軽く聞いた、最初は軍の兵士共に露払いをしてもらいながらブランリーに突入する。その後、兵士が都市の地上を制圧するために散開したタイミングで勇者と共にどこかにある地下空間に突入し制圧する。理屈の上ではそれで終わりだ。
強いて言うなら、地下空間ってのが数日前に見たモンスターが住む空洞の数十倍は大きい地下空間ってことか。直接突入しないと制圧しきれないのは面倒くさい。
もちろんそう簡単に済むわけはないだろうがな。想定外や不運なんてもんは簡単に起きる、俺は戦術や戦略なんて専門外だが戦争なんてそういうもんだろ。焦らず順次対応していくしかない。
それよりも……
「気がかりなのはあの結界だな。結局アレをどうにか出来るのか?」
メルルの懸念通り、結界を突破しないことには作戦も軍も全く意味をなさない。そして、それをどうにかする手段はちゃんと用意していた。
「見てきたがおそらく心配ない。設計思想を聞いた限りでも問題は特になさそうだった」
「ならいいけどな」
設計や構造が良くても実際に動かしてみたら駄目だったなんてのはよくある話ではあるがそんなもんは今更だ。問題なく稼働すると仮定してこっちは動くしかない。
「それに、とあるものを渡してきた。設計者であるあの女が意図に気付けたならさらに万全だろ。採用してるかは別問題だがな」
「大丈夫かよ……」
使い方次第だが多少どころかかなり危険な代物だ、採用しませんでしたと言われても納得出来るものだ。正直俺だったらあんな危険物の組み合わせなんて即興では使わん。
ほどなくして後方から爆発音が響き渡る。空を見上げると大きな弾頭が結界に向かって飛翔していった。
へるたんという兵器から撃ち出されたそれは俺達の進軍先の結界に着弾し、爆発した。弾頭に内包された崩壊の魔力は着弾の衝撃で漏れ出し、それが侵食した故にいともたやすく結界が瓦解していく。
それを見た兵士達から歓声があがる。何度もこの結界に阻まれてきたのだから当然だろう。
しかし、その歓声も長くは続かなかった。崩壊した結界が再生し始めたのだ。厳密には、崩壊した結界を覆いかぶせるように新しい結界が作られ始めた……ってところか。
ま、そう簡単にいくわけないわな。これで突破出来るような結界ならここの人類が苦労してるわけがない。
「……っ」
「あっこら! ……くそ、アタイも行く!」
結界の再生に気付いた瞬間には野良猫が走り始めていた。兵士共の隙間を潜り抜け、上を跳び越し、いとも簡単に抜け出していった。慌ててそれを追いかけるようにメルルも走り出す。
「俺達も行こう!」
「そうね」
勇者と塩巫女の酒カスコンビも遅れて走り出そうとした。が、ぶっちゃけもう手遅れだな。間に合わん。
「今更走ったところでもう間に合わんぞ。あいつらじゃあるまいし」
「ならば聖剣で……」
「再生する物斬ったって意味ないからね?」
「うむ……」
例えその聖剣がすべての物体を斬れたとしても再生すれば元通りだと嘘つき妖精は酒カス勇者を諫める。
こうなったら結界の中はあの二人に任せるしかないだろ。張り直され続ける結界といえど必ずそれを維持するための要がある。人だろうが物だろうが変わりはない、それを壊せば結界は解かれる。それを待つしかないだろう。
「それより不味いかも……軍の左右からモンスターが続々と湧いて出てきてる」
「このままだと挟み撃ちだな。結界のせいで逃げ道も塞がれてる」
どうやらここまではモンスター共の作戦通りってわけだ。このままじゃ下手すりゃ軍隊が壊滅するぞ。
「わかった。ユーナ、俺を上に飛ばしてくれ」
「任せて、目一杯飛ばしてあげるわ」
聖女は瞬く間に片腕だけが肥大化した人型ゴーレムを作り上げ、それが勇者を空へと放り投げた。
勇者は空中で体勢を立て直し、聖剣を一回だけ大きく振りぬいた。一息置いたのち、喚声や絶叫など、悲喜入り混じった声があちこちから聞こえてきた。
モンスター共を斬り終わった勇者は重力に身を任せるように落下し、聖女のゴーレムに優しく受け止められた。
「ありがとう、ユーナはさすがだな!」
「はいはい……で、どうだった?」
「認識出来たものは全部斬れた。生き残りはいるだろうがあとは任せても大丈夫だろう」
「さすがね」
勇者はゴーレムから降り立ち、力を行使した聖剣を鞘へ納める。この二人は自身が行ったことを何とも思わず、そのまま何事もなかったかのように笑いあった。
「……ま、ひとまず結界はあいつら任せだな。その間はどうする?」
結界も湧いてきたモンスターも任せるとなれば俺達はやることがない。俺はそれでもいいがこいつらを遊ばせておくのはよくないだろ。
「とりあえず結界の場所まで行きましょう。もしかしたらこっちから出来ることがあるかもしれないからね」
「うむ、そうだな」
噓つき妖精の提案で結界に可能な限り近づくことになった。結界が解かれた時に素早く合流できる点でも悪くない。
そうして俺達は結界に近づくために兵士共で出来た人混みの中を縫って歩いた。その最中、噓つき妖精が零した言葉を俺は聞き逃さなかった。
「……本当に大丈夫よね?」
意図を測りかねる言葉を零した噓つき妖精を問い詰めようとも考えたがこいつの性質上真意がわかる事はない。ならば聞き出そうとしても無意味だろう。
今は目の前の出来事に集中だ。他にも聞きだしたいことは山ほどある、あとでまとめて問い詰めればいい。
そう考えた俺は聞くべきことを飲み込んだ。この判断が間違いだったとしても今はそれを知る由もなく────




