箱庭を紡ぐ夢物語 其の肆
苦節数日。俺はある目的のために歩いて、走って、戦った。この酒カス勇者とその一行を助けることなんかはそのついでだ。
過去に後ろ髪を引かれつつもなんとか目当ての物をお目にかかることが出来た。この世界における軍隊の最新兵器とやらを……。
なにも俺の知識が遠く及ばない代物を期待していたわけではない。あるならそれに越したことはない……が、勇者一行の知識や装備に加えて軍隊の設営の質を見る限りアホがいた世界の方が明らかに進んでいる。俺の世界から見ても劣っていると推測できる以上、わざわざ期待する意味がない。
とはいえだ、技術が劣ってるならば価値はないかといわれればそれも違う。環境が異なれば必要な道具や技術も異なる。その差異を見出すのも後学のために必要なことだ。
それにしても、なぁ……
「なんだこの鉄の塊?」
この新兵器とやらは大砲を鉄の箱で囲ってそれを自走出来るようにしてある。それはいい。前後の車輪を帯状の物で繋げて連動させてるという点も興味深い。なぜそうなったかは精査する必要はあるがこうなった理由は必ずあるはずだ。
「あの~……」
しかしだ、これくらいならちょっと優秀な魔法使いを連れてきた方がいいんじゃないか?
大砲の性能次第ではあるがこれをここまで持ってくるリソースと釣り合ってねぇ気がするんだが……積み込んである砲弾の解析もするべきだな。
「すいませ~ん……」
そもそもこれをここまで持ってくるためのエネルギーをどうやって工面するんだ?『魔法・ω(解析)』によると魔力で動かすこっちの世界でもよくある形式ではあるが鉄の塊を長距離走らせるには構造に無駄が多い……。
魔法で強化するにしても所詮は鉄だ。魔法を前提にすると鉄の重さがあまりにも余計だ。いっそ全部取っ払った方が色々利便性は上がりそうなものだが……うーむ。
ところで、だ
「誰だお前?」
「私が聞きたいですぅ……」
いつの間にかおどおどしている緑髪の女が俺に付きまとっていた。今は最新兵器の解析で忙しいから関わらないでくれ。どうしても話し相手が欲しいなら野良猫……いや、今は猫なのは隠してるか。刀三本持ったちっこいガキンチョに相手してもらえ。
「俺は今忙しい、話しかけないでくれ」
「話しかけないでと言われても……私の『へるたん』になにか御用でしょうかぁ?」
「お前に話がある」
「ひゃぁ!?」
関係者となれば話は別だ。搭乗者か? 開発者か? どちらにせよ聞きたいことが山ほどある。じっくりと話は聞かせてもらおう。
「あぁ……勇者さんのお連れでしたか、失礼しましたぁ。それでぇ……私のへるたんに何か御用でしょうかぁ?」
どうやらこの女はこの兵器……命名『へるたん』の設計者なようだ。偶然だがありがたい出会いだ。
「それで、これはどういう兵器なんだ?」
「ひぃ……コンセプトとしては特殊な魔力を大量に溜め込んだ触媒を弾頭に組み込み、魔力を暴発させたい対象へ遠距離から安全に砲撃することを目的としていますぅ。装甲は搭乗員以上に砲弾をモンスターの攻撃から保護するためのものですよぉ」
「なるほど、本命は撃ち出す弾の中身か」
魔力を魔力のまま利用するのか。こっちの世界だと褒められるやり方ではないが、それ故に開拓の余地はありそうだ。
一部の魔力特性は魔力として存在するだけで危険なものもある。雷や毒、なんなら野良猫の墨のようななにかもその類だ。まぁあいつは自己防衛以外で発露してる様子が無いから問題はないはず。
なぜ問題かというとだが……こっちの世界だとそいつらの魔力が制御出来ずに死者を出すことが多々あり、それが原因で未だに大きな禍根を残している事例が少なくない。俺の親族にも一人いる。
「走行用の魔力は王国軍の方々に捻出してもらい、砲撃は私が担当しますぅ」
「なるほど……」
軍隊みたいな大所帯なら多少の非効率も無視出来るのか。なにを作るにしても個人が運用する前提の物しか作ってこなかったからその発想はなかったな。活用法はいくらでもありそうだし研究してみるか……。
「それで、こんなもんわざわざ運んできたということは理由があるんだよな?」
「はいぃ」
いくら非効率に目を瞑れるからってわざわざこんなもんを理由なく持ってくるとは思えない。それ相応の理由がある。
「王国軍は三十年以上前にブランリーを奪還しようとしたことが何回もありましたぁ。しかし、結果としてはブランリー内に侵入することすらできずにいますぅ。幾重に張られた結界のせいでぇ」
ここからじゃわからんがどうやら都市ブランリーを囲むように結界が張り巡らされてるらしい。それが奪還の障壁になっていると。
「複数の結界を破るには時間がかかり、その隙に包囲されて撤退を余儀なくされるということを繰り返してぇ。それを打破するために必要なのがへるたんとへるたんに積んでいる特殊な砲弾……崩壊の魔力の出番というわけですぅ」
「崩壊、ねぇ」
「彼女を利用することは過去何度か議題に挙がることはありましたがその魔力のせいか行軍に耐えられる体ではないのでぇ……最終的に魔力だけを拝借することにしましたぁ」
随分と物騒な魔力の持ち主がいたもんだ。おおかた結界の構造そのものを崩して自壊させるつもりだろう。最初から貯めておいた魔力を遠距離からぶつけるだけなら邪魔される心配もないというわけだ。
「なるほど……聞いておきたいことはこのくらいだ。礼ってほどでもないがこれをやる」
「……なんですかこの紙ぃ?」
あのアホから拝借しておいたものだ。魔法の兵器を見せてもらったなら魔法の武器を見せるのは道理だろ。俺のではないがな。
「ふむ……ありがたく頂きますぅ」
まぁなんだかんだ苦労した甲斐はあった。試したいことはいくつもあるがそれはまた今度だ。
本命の目的は達成した、気分良く研究するためにもついでを終わらせねぇとな────
────人が多い。
今までアタシが見てきた人間の総数なんて余裕で越えているくらい人が多い。
雑談の声、足音、武具が擦れる音……ありとあらゆる音が折り重なって耳に届く。ここに居続けるだけで精神がすり減っていく感覚がする。
だけど、ここの場所に居続ける事に不快感はない。沢山の人達が一つの目的のために集まっている。それがどこか心地良い。
これから為す事を考えなければ────
「……はぁ」
「大所帯は苦手か? 辛いなら休んどけよ? アルコンの奴もどっか行ったし無理に残る必要はないからな?」
「大丈夫」
メルルさんは心配そうにアタシを見つめるが心配されるほど苦しいわけではない。ただ慣れない環境にどこか浮足立っていて落ち着かないだけだ。
どうにか心を落ち着かせようと深呼吸をしていると突如としておでこに衝撃が走った。
「手伝ってもらう身で言えた義理じゃないのは承知で言わせてもらうがな、ちょっとは子供らしく自分に素直になれ」
どうやらメルルさんに指で小突かれたみたいだ、なぜそんなことをされたのか訳も分からず呆気に取られる。
そんなアタシに優しくするようにメルルさんは語り続ける。
「うちのクソガキ共は今でこそああだが昔はすごかったんだぜ? それはもう散々だ、アタイらがどれだけ苦労したか……」
アッシュさんやユーナさんを思い起こすその表情には過去の苦労がこれでもかと滲み出ていた。
「……まぁ、なんだ。ガキなんてそんなもんだ。お前はもう少し大人に甘えろ、そんで責任なんて大人に取らせろ。お前にはそのくらいがちょうどいい」
アタイはお前の過去を知らないから言えてるだけかもしれないがな、そう苦笑いしながらメルルさんは語った。
アタシにはそれくらいがちょうどいい……か。そんなことはないよ。アタシの罪も責任も、アタシが償わないといけない。たとえ誰もアタシを咎めようとしなかったとしても向き合わない理由にはならないのだから……。
「おい、だからそうやって深く考え込むなって……ん?」
遠くから聞こえる声にメルルさんの言葉が止まる。その混ざった陽気な声色にアタイも耳が釘付けになった。
耳を澄ますと歌を奏でる声の中にミカ姐の声が混ざっていた。ミカ姐は別行動だったはず、なぜここにいるのか気になって急いで駆け寄る。
ミカ姐の声をする方に駆け寄ると、ミカ姐はこの世界の人達と共に不思議な歌を歌っていた。
「め~がみのか~ご~う~け~て~♪ せ~かい~のへいわをと~りも~どせ~♪」
「「さぁおたけび~を~あ~げ~よ~♪ い~のちもやしす~す~め~♪」」
上の句をミカ姐が歌い、それに合わせて他の人達が下の句を歌う。アタシが知らない歌だ。
おそらくはミカ姐がこの世界の歌を教えてもらって一緒に歌っているのだろう。ミカ姐の世界の歌はもう少し違った……はず。
知らない人達とすぐ仲良くなれるミカ姐を羨ましく見入っていると、アタシに気付いて駆け寄ってきた。
ミカ姐と共に来ていた人達はミカ姐やアタシの頭を撫でたり肩を軽く叩きながら「頑張れよ」とか、「よろしくな」なんて思い思いのことを口にしながら走って去っていった。
「皆さん凄いですよね、怪我だって治りきっていないでしょうに……ところでどうしたんですかこんなところで?」
「ミカ姐こそなんでここに?」
「お使いです。アッシュさんに届け物をして欲しいと言われたので」
どうやらアッシュさんを探しているらしい。それなら知ってるから案内しよう。
「それならこっち。これからなにかするらしい」
「うーん……もしかして今立て込んでます? 忙しいところに邪魔するのも悪いですしどうしましょう……」
「ならアタイが渡しといてやるから寄こしな。どうせいつものだろ?」
アタシを追いかけて来たメルルさんが仲介役を買って出た。口ぶりからして普段からアッシュさんに渡すものがあるようだ。
渡りに船とばかりにミカ姐は目的の物をメルルさんに渡す。表情からして想定していた通りの物らしい。微かに漏れる匂いに顔をしかめてしまうが二人にとってはなんともないらしい。本当に大丈夫なものなのだろうか?
そんなことをしているとどこかに行っていたアル兄も帰ってきた。帰ってきて早々ミカ姐を見つめて顔をしかめている。
「……なんでいるんだよ」
「お届け物です! これをアッシュさんに渡して来いと言われたので来たんですよ」
ミカ姐はメルルさんに渡したそれを指差しながら説明する。考えなしに来たわけじゃないと反論しているがアル兄からしたら危険な場所になる可能性があるからついて来てほしくないのだろう。
アル兄の意見はもっともだがミカ姐だって何も考えず危険な場所には来ないだろう。来るとしたら危険を承知で来るはず。だってアタシの時もそうだったから。
「第一、わざわざこいつに運ばせる代物ってなんだ……そんな大事なモノなのか?」
そういってアル兄はその届け物に手をかざす。わざわざ探るほどでもないぞという目をしたメルルさんをよそにアル兄は届け物に神力を流し、少し経ったのちにぼそっと呟いた。
「……これコーヒーだろ」
「つまり軽い興奮作用ってカフェイン? ……薬ですらないじゃないですかー!」
先ほど走って来た方角に向かって叫んでいる。なんでそんなことをしているのかはわからないがきっと理由はあるのだろう。
「……はぁ、まぁ届け物は確かに届けました。私は後方へ帰ります」
「さっさと帰れ、終わるまで帰ってくんな」
「はーい……」
「あ、お前らちょっと待った」
アル兄の不器用な優しさが混ざった小言を受けて素直に帰ろうとしたミカ姐をメルルさんが止めた。
「どうしましたメルルさん?」
「せっかくだし見ていったらどうだ?」
「……なにをです?」
「うちの聖女様の演説」
「演説?」
どうやらユーナさんがここにいる人達の前に立って何かを話すらしい。ミカ姐は乗り気らしく、その言葉を聞いた途端食いついていた。
アタシもなにをするのかに興味を持ったので聞いてみることに。もしかしたらアタシにとっても何か良い知見を得られるかもしれない、と。
アル兄はさっさと帰れよという目でミカ姐を見ていた。
メルルが今回言った「クソガキ共」はアッシュとディナのこと
ユーナは入ってない(手のかかる子ではあった)




