箱庭を紡ぐ夢物語 其の参
「────そうして勇者と聖女は群がるモンスターをバッタバッタとなぎ倒し、見事に峡谷突破を果たしたのでしたとさ」
「おぉ~! さすが勇者様に聖女様、私達のあずかり知らぬところでも大活躍しているのですね!」
お手伝いをすることになった回復支援班へ向かう途中、付き添ってくれた若い兵士さん……アランさんと勇者と聖女について話をしていた。私と同世代か少し下の方だからかとても話しやすかった。
アッシュさん達と出会ってからここに来るまでの数日のことを話すと目を輝かせて食いついてきた。初めて出会った時にはるか遠くからスライムを斬り伏せた事、大空を泳ぐドラゴンを切り裂いた事、占拠された村を解放した事、峡谷を駆け抜けた事……思えばこの世界に来てから色々ありました。
「たった数日、しかも移動してるだけなんですけどね。これでも」
「だからこそ、彼らは勇者と聖女なのです」
「わかります~」
彼の力強い宣言を私は肯定する。彼の反応を見る限りこの世界でも勇者や聖女は憧れの的のようだ。
実際、私から見てもアッシュさんとユーナさんは凄い人です。酒絡みでちょっとアレな一面はありますが完璧超人より愛嬌があって接しやすいですよね。まぁ酒ハラは勘弁願いたいですが。いや本当に。
「ありとあらゆる戦いで戦果を挙げ、人類に光を照らしてきた方々です! お二方さえいればモンスターを滅ぼし、人類の平穏を取り戻すことも夢じゃありません! 人類の未来を灯す篝火、それが勇者と聖女なのです! あ、これは私が勝手に言ってるだけですのであしからず」
「ははは……」
アランさんの熱弁に思わず尻込みする。この人にはあの二人のダメなところは言わない方が良さそうですね、少なくとも今は。
「まぁ、ディナさんが不在なのは少し残念ですが」
「ディナさん?」
勇者一行の本来の魔法使い。今は怪我のため離脱しているらしいが話を聞いてる限りでも彼女が優秀な方なのはよくわかった。
彼の表情を見るに彼女が不在であることに落胆している様子だ。なんとなく気になるので聞いてみることに。
「なにかディナさんに思うところが?」
「彼女は私と同い年の大天才なんです。私なんかと比べるのもおこがましいほどの。せめてひと目だけでもと思っていたのですが……残念です」
「……なるほど」
つまりは諦観交じりの敬意ですか……優秀な人とは聞いていましたが私の想像ははるかに超えてそうですね。
敬意や畏怖、嫉妬に諦観といった憧れを通り越した感情を向けるほどですか……そこまでとなるとお互い大変そうですね。主に相互理解の方面で。
「まぁ、アルコンさんも負けず劣らずの天才だと思いますので戦いの方は心配いらないと思いますよ?」
「アルコン……ミカンさんのお仲間さんがディナさんの代わりという話ですがどれほどお強いのですか?」
「どのくらい……」
困った、比較対象がない。
少なくとも私にはアルコンさんの強さを表せるほどの知識を持ち合わせていない。私がもう少し詳しければきちんと説明出来たのですが……ここはそれっぽく誤魔化しましょう。
「……ディナさんに負けず劣らず?」
「そ、それほどとは……」
ごめんなさい、適当言ってます。ディナさんの実力は知らないしなんならアルコンさんの本来の実力も知りません。あの人道具屋が本業のはずなのに現状ろくに道具を作っていませんからね。主に私のせいで。
「……こほん。ともかく、アルコンさんもミコトさんもお強い方です。私達が心配する必要もないでしょう、多分」
それよりも私が心配するだけ杞憂な方々よりも気になる事があります。正直、あの人も私に心配されるような人ではありませんが……なんとなく不安なんですよね。
「ところでアランさん、ホーロンさんってご存じでしょうか? ドワーフの方なんですけど……」
「ドワーフのホーロン……もしや、守護者ホーロンのことですか!?」
「守護者?」
ホーロンさんからは聞いた事もない異名に思わず首をかしげる。
「はい! これは先輩に聞いた話なんですが……モンスター共にブランリーを襲撃された時、人類は抵抗しましたが力及ばず敗走しました。兵器は壊れ、兵士は倒れ、人々は散り散りに逃げまどいました。しかし、蹂躙されたブランリーにただ一人、一人でも救おうと立ち向かった人物がいました!」
「それがホーロンさん、と……」
凄い。逸話を聞いた私に浮かんだ感情はそれだった。
ホーロンさん本人は故郷を守れなかった残りカスだと自分のことを揶揄していたがそんなことは全くないじゃないですか。
奥さんだけではなく、救える限り助けようと必死に戦った語り継がれるべき英雄。自身を卑下する事なんて無い、むしろ誇るべき事をしたと自信と威厳を振りまくべきです。
……というわけにもいかないんでしょうね。
例えどれだけ命を救えてたとしてもホーロンさん自身が覚えていない、覚えていたとしても都市を守れていない時点で誇れるものはないと考えそうです。
「凄い方だったんですね」
「えぇ、ブランリー出身の人類にとっては英雄でしょう。民を助けるためにモンスターの群れに単身消えていった……その時助けてもらった先輩はそう話していました。その背中を目指して兵士になったのだと」
「……」
本人が聞いたら苦い顔をしそうな話です。ワシの背中なぞ目指すな、と。誇れるものではないぞと苦言を述べそうです。
私としてはそういうのも肯定したいですけどね。憧れや尊敬というのは誰かにとっての原動力です。ポジティブな感情は肯定されるべきものです。
……さて、ホーロンさんを見かけていないかを聞くはずがホーロンさんの英雄譚を聞かされていましたね。面白い話ではありましたがそれは本来聞きたかったことではありません。
「えぇっと……」
「どうなされました?」
「いえ、聞きたかったのはそういう話ではなく……」
「あ、ようやく見えてきましたよ。あそこが回復支援班の拠点です」
聞きそびれた……。
まぁ無事に着いたので良しとしましょう。ホーロンさんについてはまた折を見て聞くとしましょう。
さてさて、肝心の回復支援班なんですが────
「アクレスの奴め……確かに人手が足りんとは言ったが素人を連れてこいと言った覚えはないんだがな」
「すいません……」
到着早々茶髪の大きなお姉さん……トレイシーさんに嫌な顔をされた。まぁごもっともではありますが……。
とはいえ現状行く当てもなし、足手まといなのは理解しつつも居残らせてもらうために軽く事情説明をしてお願いをする。
「ふぅん……なるほどねぇ、お前が特異な存在なのは理解した」
「まぁこの世界からしたら異物ですからねぇ」
トレイシーさんは私の事をまじまじと観察している。気まずさのあまり顔を背けるとそこには目をキラキラさせたアランさんがいた。くっ、見る方向を間違えた。
こことは違う世界の存在については正直もっと驚かれると思っていたがそんなことはないらしい。話が早くて助かりますが信仰については大丈夫なのでしょうか?
「それもだが今はどうでもいい、お前は何が出来る?」
どうやらトレイシーさんは現物主義……というかその人が何を為すかに重きを置いている人物のようですね。だから異世界についてもあまり気にしないと。
それはそうと、聞かれたのならば答えねばなりません。とは言っても出来る事は少ないですが。
「えぇっと……血流、血の巡りを良くしたり悪くしたりするお札が使えます。あと、体力には自信があります」
「ふぅん……今すぐそれ出せる?」
「少々お待ちを……はい、これです」
荷物の奥から引っ張り出したそれをトレイシーさんに手渡す。彼女はそれをじっくりと観察したのち私に問いかける。
「これはどうやって使う?」
「魔力を込めながら小さな衝撃を与えれば使えます。今渡したお札は血流を止めるお札、それの効果を反転させてもいいですが最初から血流を良くするお札はこちらにあります」
もう一つのお札も取り出して彼女に見せる。今回は荷物を持ち運べなかった前回と違ってお札は大量にある。なんなら実演のために多少使うのもやぶさかではないですよ。
「ふむ、あまり見かけない魔法だな……先ほどの話に偽りはなしのようだな」
「信じてもらえたようでなによりです」
信じてもらえたからどうしたって話ではありますけどね。それは何を為すかには関係ないですし。
「ところでだが、それを何重にも重ねれば死者すら蘇る……なんて話はあるのか?」
「脈が止まった直後ならもしかしたらがありますけど既に亡くなっている者には効果はないです」
脈という単語が通じるかわからないので手首に指を添えて意図を説明する。結局は心臓マッサージくらいの効力しかありません。それだけは伝えておかなければならない。
「そうか……そううまい話はないか」
私の話を聞いたトレイシーさんは悲しそうな目をしていた。やはり医療従事者は死者に思うところがあるのでしょうか? 私にはわかりません。
「……うん、これとそれをあるだけ貰おう。使いどころはあるかもしれない」
「わかりました!」
荷物から全てのお札を引っ張り出し、目的のお札を全てトレイシーさんに手渡す。残りのお札もなにかに使えるかもしれないので袖に入れておきましょう。
とりあえずここで私がお世話になる最低限の義理は果たせたと思います。とはいえ皆さんが頑張ってるのに何もしないというのは申し訳ないです。何か出来る事はあるでしょうか?
「んー……体力に自信はあるんだったよな?」
「はい」
「ならそこの川で水汲み……の前に、勇者の奴にこれを渡してきてくれ」
「これは……小袋?」
投げ渡されたそれを確認するとどうやら薬のようなものが入っていた。何の薬かは私にはわからないがどうやら大事なものらしい。
「たいしたもんじゃないけどな、ちょっとした興奮剤だ。効果も殆どないし思い込みで気分があがるだけの代物だ」
つまりプラシーボ効果を期待して飲む薬と……。
懐疑的な目を薬に向ける私を無視して話は進む。
「勇者の力ってのはどうやら精神が重要らしい、それなのに大事な場面で精神が後ろ向きになりました~なんて話にならないだろう? それをちょっとでも防ごうというわけだ。なぁに、大きな仕事だといつも渡してるもんだ、不安がるな」
「なるほど……」
いつも使ってる物なら大丈夫かな? ちょっと麻薬とかの良くない薬を連想してしまいましたがどうやらそうではない様子。なら私が心配するのも余計なものでしょう。
「それを届けてやってくれ。終わったらすぐ戻ってくること、いいな?」
「わかりました!」
「よし、治療を終えた奴らと一緒に行ってこい」
そうして私はアランさんや兵士の方々と共に走り出した。道中、兵士の皆さんとお話しして仲を深めながらも道を急ぐ。兵士の方々に施された治療の痕跡に戦争の面影を感じながら────




