箱庭を紡ぐ夢物語 其の壱
────都市ブランリーの地下深くにて
「ふむ、どうやらわたしの網に勇者がかかったようですのう」
老婆のようなモンスターが一匹、水晶のような魔術道具を利用してブランリーに近づきつつある勇者一行を監視していた。
「この様子だと決戦は昼頃ですかのう。それならばそろそろ準備に取り掛からなくては……それでわたしの仕事は終わり、あとはあのお方が全てを終わらせるでしょう」
魔術道具を停止し、勇者一行の監視を終える。この者にとって既に戦争は詰めの段階であり、描いた絵をどれだけ思い通りに出来るかである。それのためならば、このモンスターは全てを利用するだろう。
老婆のようなモンスターは身を翻し、洞窟の奥へと消えていった。勇者を殺す、その一手の準備のために。
消えていく最中、頭の片隅に引っかかったものを取り出すようにポツリとつぶやいた。
「……はて、そういえば勇者の道案内に四人はどうにも人数が多いですな?」
本来の勇者一行にはいないはずの人類が数人いることがモンスターの思考に引っかかった。おそらく道案内役はドワーフだろう、ここら近辺の土地に精通している様子が見て取れた。なら、それ以外は?
なにか想定外が起こらなければよいが……そんな一抹の不安を抱えながらモンスターは準備に取り掛かる────
「昨日は迷惑をかけた」
「いやー……いいものみさせてもらいまし……あ、すいません調子乗りまぶぎゃほおお!!!」
はい、調子乗りました。
「懲りない奴だ……」
またしても動物に変えられた私を見てホーロンさんは呆れている。でも良いものを見れたのは事実です。なんならホーロンさん達にも見せてあげたかったくらいです。
翌日、そしてブランリー到着予定日になりました。
ついでに前の世界で譲り受けた食料が全てなくなりました。本来は二人だったはずが今は大所帯ですからね、当然と言えばそうですね。アッシュさん達から貰える報酬に食料も含めてもらいましょう。
一応食べられる葉や木の実があれば採取してお粥の中に入れてはいたんですけど結局は焼け石に水でした。味は悪くなかったけどそろそろちゃんとした料理が食べたい。
それはそれとして、昨日の夜はゴーストの件でアルコンさんの意外な一面が見れたのもまた事実です。あの決闘そのものもそうですが、アルコンさんにも大事な人がいたということが知れたのはなんだか不思議な気持ちになりました。
雰囲気的にはくっついててもおかしくはなさそうでしたが……そうなってないあたり何かしらの事情があるんですかね? 気になる……。
そういえばウーティスさんが何かを取り出す時の魔力反応……というか渦、どこかで見たような気がするんですよね……?
何処だっけかな? ちょっと違う気がするけど同じようなものは間違いなく見てるはずなんだけど……。
喉の奥でつっかえた違和感をゆっくり歩きながら探す。遠くからではなく至近距離で観察できていればあっさりわかったような気もするんですが……。
そうやって考え事をしながら歩いていたせいで枝に顔面をぶつけました。注意散漫なのはよくない。
「ミカン、いい加減前を見て歩け」
「ふぁい」
歩きながらずっと違和感を探しているけどいっこうに見つからない。そんな時間が長くなればなるほど髪の毛に葉っぱが多く引っかかる。
メルルさんに注意されながら葉っぱを落とし、改めて違和感を探る。そしてまた枝が頭の上を掠める。
「ミカン? ぼーっとしてるとその綺麗な髪飾りが駄目になるよ?」
「……あっ」
ユーナさんに髪飾りを指摘されて慌てて髪飾りを確認する。手で触り大きな傷がない事を確かめ、安堵する。
イネさんから貰った大切な髪飾り、不可抗力による損傷ならまだしも私の不注意で壊してしまうなんてことはあってはならないですからね。
そんな様子を見ていたマリーさんの悪戯心を刺激してしまったのか、私をからかうような表情で話しかけてきた。
「昨日からずっとそんな感じだけどそんなに面白かったの? 私も見てみたかったわ」
「うむ、メルルに待機しておけと言われて帰ってくるまで待っていたからな。素直に待ってはいたがそんなことが起こってたならオレ達も見たかったな」
「まず見世物じゃねぇんだよ」
アッシュさんやあの騒動を見ていなかった方達が騒動の主犯に好奇心を向ける。アルコンさん自身がまいた種だからかアルコンさんもあまり強くは拒絶できない様子。
「俺の過去の話がそんなに聞きたいか?」
「もちろん聞きたいに決まってるわ、貴方に関する恋バナとか絶対酒の肴になるもんね!」
「小さい奴をあえて大きな動物に変えるのも一興か……」
「おっとっと……」
あ、マリーさんがライン越えの発言をしました。少なからずあった申し訳なさも消え去り、余計な発言をした者を消し去らんとばかりにアルコンさんがキレました。
とはいえマリーさんもそれは想定していた様子、高く飛び上がってアルコンさんに捕まらないようしています。それを魔法も含めた様々な手段で捕まえようとしているアルコンさんはどこか滑稽ですね。可哀想。
「ま、ゴーストに惑わされたんだ、無事なだけ儲けものと思うべきだな」
「あそこまで自我を獲得したゴーストなんてレアなものも見れた……女神セレスティアがゴーストという埒外の種族に同情的と語られていた理由も少しわかったわ」
私もゴーストという種族を気の毒……というか憐れみの感情を抱いてしまいました。例えこの感情が彼らに失礼だとしても彼らの願いが人類に害をなす以上私達からそれが肯定されることはない。
せめて、彼らの夢は安らかなものであるよう私は祈りましょう。
「それにしても……ウーティス、だったか。どこかお前らに似てるよな」
「私達……ですか?」
「そんなに似てる?」
私とユーナさんがアルコンさんの元カノさんと似てる?
「うーん……確かに髪の色や長さはユーナさんに似てなくもないような……? ユーナさんはどう思います?」
「髪の色が似るなんておかしい事ではないし、そもそも私は彼女より色味が深いのよね。どちらかと言えば立ち振る舞いというか雰囲気がミカンに似てたと思うけど……」
「うーん……内面的なものは客観視しにくいですからね……」
私もユーナさんも、ウーティスさんに似ているという指摘に懐疑的だ。客観的に見れるメルルさんからの指摘とは言え、私達からすれば腑に落ちるものではない。
「ま、あたいが勝手に言ってるだけだ。お前らが納得できないならしなくていい」
納得できないなら忘れていいとメルルさんは言っているが、私達が似てるとメルルさんが言った以上なにかしらそう思える部分があるということ。
それが私にとって重要なものかもしれないのでメルルさんの気づきを無碍にすることなく私は思考を続ける。
……考え事が二つに増えましたね。どうしましょう。
増えた考え事をどうにか処理しようとさらなる考え事をしていた私は当然のごとく木にぶつかった。痛い……。
そんなアホな事をやっているとホーロンさんが真剣な面持ちで声をかけてきた。
「もうすぐブランリーに着く、気合を入れろよ」
その一言で全員の気が引き締まる。その顔つきはさっきまで恋バナの雑談をしていたとは思えないだろう。むしろなんでそんな話してたんだっけ私達?
「やっと着いたか、結局何日かかったんだ?」
「三日丸々ですね、ずっと歩いてました」
各々が気合を入れ直す中、アルコンさんは精神的に疲労困憊だった。今からが本番だと思いますが大丈夫です?
そんなアルコンさんを気にも留めず、ホーロンさんは話を続ける。
「お前達を送り届けたらワシの仕事は終わりだ」
ブランリー奪還は勇者たちの仕事、自分はあくまで道案内だとホーロンさんは念を押す。部外者の身としては作戦に参加すればいいのではと思わなくもないが私が踏み入ってはいけない事情があるのかもしれません。
ホーロンさんは様々な感情を押し殺し、絞り出すように彼自身の願いを勇者に託した。
「……任せたぞ」
「任された!」
託された勇者は力強く宣言した、必ずブランリーを奪還して見せると。




